読み終えました 申京淑『離れ部屋』

申京淑『離れ部屋』(集英社)

16日のブログに申京淑さんの『離れ部屋』を読み始めたと書きましたが、今朝の通勤電車の中でようやく読み終えることができました。

小説の始まりで、作者は「これは事実でもフィクションでもない、その中間くらいの作品になりそうな予感がする」と書き、お終いでもう一度「これは事実でもフィクションでもない、その中間くらいになったような気がする」と書いています。実際、なかなか不思議な具合にストーリーは展開します。

1つのストーリーは、作者が16歳の1978年から19歳の1981年頃までのお話です。16歳で従姉妹と一緒にソウルに出てきて、電子機器メーカーの工場で働きながら夜間高校に通う日々。狭いアパートで、長兄と作者と従姉妹とが(そして途中には、大学受験をめざす三兄までが加わるのですが)一緒に暮らしてゆきます。洞役場の清掃課に勤める長兄は、いわばソウルでの父親代わりに、妹弟、従姉妹たちの面倒を見る責任を背負わされ、恋愛もままならぬ生活を送らざるをえない訳です。作者の通う夜間高校には、いろんな年齢の女性たちがいて、そのなかには、いつもヘーゲルを読んでいるなんていう変わった女性もいたりします。工場では、労働組合ができ、ストライキがあり、組合つぶしの攻撃があり、さらには企業の経営そのものがおかしくなってゆき、ろくに仕事もなく給料も遅配になるところまでゆきます。何にしても、あとになって思い出すには、つらい、惨めな「時代」です。

この「時代」は同時に、1979年に、長く続いた朴正熙独裁政権が突然倒れ、民主化の大きなうねりがわき起こりながら、1980年の「光州事件」をへて再び軍事独裁の全斗煥政権が誕生する時期でもある訳で、作者の回りでも、長兄が徴兵で祖国防衛隊にとられる一方で、三兄は学生運動にのめりこんでいくようになります。

こういう大きな「時代」の話のところに、もう1つ、1994年に、この『離れ部屋』を書き始めてみたものの、なかなか筆が進まず、様々に思い悩む作者の心情の物語が、たがいに重なり合うようにすすんでいきます。そのため、読み始めたときは、ちょっと(というか相当に)面食らったのですが、だんだんコツが飲み込めてくると、この切り替えがやみつきになってくるという感じです。

あの時代を、韓国の人々がどのような思いをもちながら暮らし、過ごしたのか、そんな“心のひだ”が迫ってくる作品でした。

【書誌情報】著者:申京淑(シン・ギョンスク、Shin Kyoung-sook)/書名:離れ部屋(Weh-Ttang Bahng)/翻訳:安宇植(アン・ウシク)/出版社:集英社/出版年:2005年6月(原著は、初版1995年、改訂版1999年)/定価:本体2300円+税/ISBN4-08-773424-2

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