『世界』3月号 特集「景気の上昇をどう見るか」

雑誌『世界』3月号が、「景気の上昇をどう見るか――格差拡大の中で」という特集を組んでいます。中身は以下の通り、なかなか読み応えがありました。

  • 高杉良・佐高信:対談 偽りの改革とメディアの責任を問う
  • 丹羽宇一郎:インタビュー 「第二の踊り場」に来た日本経済
  • 橘木俊詔:格差拡大が歪める日本の人的資源
  • 高橋伸彰:「景気回復劇」の舞台裏で――何が回復したのか
  • 山家悠紀夫:「実感なき景気回復」を読み解く
  • 町田徹:小泉改革が煽る「独占の波」
  • 藤田和恵:ルポ 郵政民営化の大合唱の陰で――郵便局の労働現場はいま

この中で一番面白かったのは、伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎氏へのインタビュー。日本経済の現状について、丹羽氏は次のように指摘。

 日本経済の現状についてですが、私は「一段高い踊り場に来ている」と思います。「踊り場を脱したのか脱しないのか」という議論がありますけれども、過去の低いところの踊り場は脱しているだろう、しかしその原因はエネルギー価格の高騰、素材関係の高騰という風が中国を発信源として吹いてきたということで、本当に日本経済が力強い回復を開始し始めたというとやや疑問です。……そして、日本経済の先行きについて、やや疑問になる点も出てきました。

その疑問点というのは、貿易収支に翳りがでるのではないか、ということ。国民経済論では、S(貯蓄)-I(投資)=X(貿易収支)という恒等式がありますが、この間、日本の貯蓄率は低下(1991年に15%だったものが、2005年は8%、2010年には3%になるといわれている)。そうなると、恒等式から貿易収支が縮小することになる、というのです。

そこで丹羽氏は、「経済成長を2%から2.5%の範囲で維持するためには、国内の消費を増やさないといけない」と主張。日本経済がいまの「踊り場」を脱却するためには、「輸出の減少を国内の消費で埋めていかなければならない」と指摘されています。

さらに格差拡大の問題について、丹羽氏は、財務省の法人企業統計調査データにもとづいて、次のように主張されています。

これでみると、過去10年間の法人企業従業員1人当たりの給与所得はどうか。中小企業・零細企業というのは、資本金1億円以下の企業です。この人たちの平均給与が過去10年間で、16%下がった。資本金が1億円から10億円の間の中堅企業の平均給与は、9%下がりました。そして、資本金10億円以上の大企業の人たちの給与は1%上がりました。内閣府はジニ係数を使って実態は変わっていないといっているけれど、この財務省の調査データをどうみるか。日本は、中小企業・零細企業が、全法人企業従業員の70%を占めている。そこが16%も下がっているんですよ。私が言いたいのは、貧富の差が拡大にしているとうことです。

その上で、丹羽氏は、アメリカのような弱肉強食の社会が「果たして、日本を本当に強くするのか」が問われていると指摘。安定した中間層の存在が、良質の労働者、欠陥品の少ない商品をつくり、高い技術を共有し、理解度が高く、倫理感の強い人たちが日本社会を支えてきたのではないかと問いかけ、「踊り場」ということばの中には、この日本の国をどうするのか、それを「所得の再配分である税体系、税制をどうするかによって決めていかなければなりません」、そういう選択の意味も込められていると述べています。

橘木論文は、「勝ち組・負け組」という格差拡大は、「所得の高い人と低い人の格差が明瞭になっている」と言うだけでなく、「教育や職業の達成においても機会が平等に与えらておらず、恵まれた家庭に育った子弟は有利な人生を送れるのに対して、恵まれない家庭の子弟は不利な状況に置かれたままである」と指摘。そうしたことが、日本人の人的資源の配置という角度から見たとき、どういう問題を生じさせているかを論じています。

なるほどと思ったのは、貧困者が増加した理由として、橘木氏が、<1>失業者の多さ、<2>パートタイムや期限付き労働者が増えたこと、<3>最低賃金の額の低さ、そして必ず最賃以下の賃金で働く人がいること、と並んで、<4>高齢化の進展により高齢単身の寡婦を中心とした低所得者の増加、<5>離婚率の上昇による母子家庭の増加を上げておられること。母子家庭の60%が「貧困者」であるとの推計を明らかにされています。そして、景気が上向きになったといっても、「非正規労働者の数を減少させたり、その人たちの賃金を上げるような政策が採用されていない」ので、日本の貧困の深刻さは簡単には解決しないと言われています。

人材配置という点から、橘木氏は、青年の問題を強調されています。

 もっとも深刻な問題は若者である。フリーター400万人、ニート60万人と言われる若者が、不完全な姿でしか働けないことや、全く働いていない現状は、人材配置の見地からすると大きな損失である。低賃金で苦しみ、かつ技能を習得する機会に乏しく、これらの若者が中年になったときに、どのようなことが社会に発生するか想像すれば、お先は真っ暗である。
 働く場所がなく、あるいは働けても未熟練労働にしか従事できない中年層が、大量に発生するのである。人材の配置としてこれほど不適切なことはない。

 なぜ企業はフリーターなどの中途採用をしないのか。橘木氏は、その一番大きな理由として「企業の資金的余裕と人的余裕(すなわち訓練にあたる人)がないことである」と強調しています。そこで、橘木氏は、イギリス・ブレア政権の「ニュー・ディール計画」を見習って、若者の就職支援と職業訓練を積極的におこなうべきだと提案。日本の場合、政府が支出する職業支援・訓練費用の負担は対GDP比は先進国で最低水準なので、公共部門が若者の支援に乗り出す余地はまだまだあるというのです。そうやってフリーターである若者が雇用されるようになれば、大量の中年貧困者の誕生を防ぎ、有為な人材を多く生むことができて、日本経済にとってメリットは非常に大きいといいます。

橘木論文でもう1つ面白かったのは、貧富の格差が拡大しているというとき、一方の極である富裕層は誰かを検討しているところです。年額所得1億円以上を高額所得者(いわゆるお金持ち)とすると、企業家が約33%、医者が15%を占めているそうです。

で、企業家といっても、昔のようなサラリーマン社長ではなく、圧倒的に創業経営者だといいます。また、医者の場合、開業医や病院長の年収が平均2500万円なのに対し、勤務医は平均1300万円だとも書かれています。ちなみに、僕の友人の心臓外科医も、某国立大医学部時代、認められるだけのアルバイトをやりまくって、ようやく1500万円だと言ってました。一般庶民からすれば高額所得のようですが、人の命を預かり、医療ミスを犯せば莫大な慰謝料請求を迫られる側からすれば、“こんな安い収入じゃあ割に合わないよ”という気持ちになるのもよく分かります。

橘木氏は、こういうふうに一部の業種にだけ高額所得者が偏ると、医学以外の分野の学問、企業における研究・開発、あるいは司法や会計、官界、政界等々の世界で必要とされる人材が不足することになるのではないかと指摘。医者に関しては、勤務医と開業医の格差から医師の人材配置がうまくいかないこと、さらに診療科目間でも人員配置がうまくいっていないことを上げられています。なお氏は、診療報酬3%削減を肯定的に評価されていますが、果たして、そういえるかどうか。追跡的な調査が必要でしょう。

高橋伸彰氏の論文は、企業の業績回復の原資は何か、という問題を、マクロ的な計算から、次のように説明しています。

 その結果が、マクロ的な労働分配率(国民所得に占める雇用者報酬の比率)の急速な低下に現れている。実際、同分配率は2001年度の74.2%をピークにして、04年度には70.7%まで低下した。それは企業から見れば小泉改革の追い風を受けた「ボーナス」であり、労働者から見れば小泉改革の逆風による強制的な「賃金カット」だった。そのカット総額を2001年度の労働分配率を基準にして計算すると、04年度1年間だけで(04年度においても労働分配率が01年度と同じ74.2%と仮定して計算した雇用者報酬額268兆円と実際の報酬額255.4兆円との差額は)12.6兆円にも上る。これは2001年度から04年度にかけての企業収益(所得)の増加額12.5兆円とほぼ同じである。
 すなわち、単純に考えれば小泉改革によるリストラ奨励によって、労働者が受け取るはずの賃金(分配)が減った分だけ企業収益は増加したのである。

景気回復の実態については、山家論文が詳しく分析しています。山家氏は、今回の景気回復の特徴として4点を指摘する。第1は、輸出主導による景気回復、ということ。すなわち、実質GDP成長への寄与度をみると、輸出の増加が42%なのに対し、国内需要の増加はわずか6.4%しかないのです。山家氏は、「構造改革でようやく景気が回復した」という言い方に対し、「『構造改革』とは関わりの薄い理由によって景気は回復した、と見るのが正解」と指摘されています。
第2は、「休み休みの回復」ということ。「景気回復に加速度がつかない、どんどんよくなっているという感じがしない」というのです。第3は、名目成長率の低さ。山家氏は、今回の景気回復がこういうふうになる理由として、「企業から家計への所得移転が円滑に行なわれなくなったためではないか、というのが私の仮説である」と書かれています(それが、前にも紹介した山家氏の岩波新書『景気とは何だろうか』です)。

ところで、山家氏は、小泉改革のもたらしたものとして、雇用者報酬の減少をあげています。そこにかかげられた表は、なかなか面白いので、引用しておきます。

小泉内閣4年間の「成果」

2000年度(小泉内閣発足前) 2004年度(小泉内閣4年目) 2000年度比増減
国民所得 372兆円 361兆円 △11兆円
  雇用者報酬 271兆円 255兆円 △16兆円
  民間法人企業所得 44兆円 50兆円 6兆円
  個人企業所得 19兆円 18兆円 △1兆円
雇用者数 4999万人 4923万人 △76万人
  うち正社員 3640万人 3333万人 △307万人
  うち非正社員 1359万人 1590万人 231万人
正社員の平均年収 461万円 439万円 △22万円
法人企業経常利益 36兆円 45兆円 9兆円
  うち大企業 25兆円 33兆円 8兆円
  うち中小企業 11兆円 12兆円 1兆円

※注、資料などは『世界』3月号の山家論文を参照のこと。

高杉良氏のメディアに対する批判の厳しさは、さすが経済小説の第一人者だけあって、一読の価値ありです。

作成者: GAKU

年齢:50代 性別:男 都道府県:東京都(元関西人) 趣味:映画、クラシック音楽、あとはひたすら読書

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