まだまだ続く『蟹工船』

何かと話題の小林多喜二『蟹工船』。まだまだ、メディアの企画は続いています。

新潮文庫の『蟹工船』が今年に入って5万7000部の増刷になったということは前に紹介しましたが、『週刊新潮』の記事によると、今月3万部の増刷をした後、さらに5万部の増刷を決めたようで、合計10万冊を超える大増刷になります。1996?2007年の12年間の総増刷部数が4万8000部だったのに、今年半年ですでにその2倍以上!! ホントにすごいブームです。

面白かったのは、これ↓。『週刊朝日』最新号(2008年6月6日号)に載った「週刊朝日“腐女子部”の『蟹工船』読書会@かに道楽」。『週刊朝日』編集部の20代?30代の女性4人が『蟹工船』をテーマに、かに道楽で読書会をやったという記事です。(^_^;)

週刊朝日“腐女子部”の「蟹工船」読書会@かに道楽(『週刊朝日』2008年6月6日号)
週刊朝日“腐女子部”の「蟹工船」読書会@かに道楽(『週刊朝日』2008年6月6日号)

しょっぱなでは、「カニコウセンが話題になっている」と聞いて、「カニの密漁船だっけ?」とか、「カニ光線と思った」とか、など、かなりスカタンかましてますが、「今の若者が買って読んでいるとは思えないけどなあ。読んで本当に共感してるのかな?」「私自身はまったく共感っていうか、感情移入できなかった」という発言を受けて、Bさん(記事によれば、「安い原稿料で夜ごと事件取材に走らされる、最年少のプロレタリア記者(20代)」とのこと)が次のように発言。俄然、議論が白熱しています。

 B 私、高校生のとき、飲料メーカーの工場で、ひたすらペットボトルにオマケをつけるバイトをしてたせいか、共感するワーキングプアの気持ち、わかるな。
 全員 えっ! そうなの?
 B クーラーもない掘っ立て小屋みたいなところで、延々オマケをつけるんです。立って作業するんで、次々バイトが倒れていく。
 C Bちゃん、けっこうプロレタリアだったんだ。
 B すっごい空気の悪い地下工場で、携帯電話の部品にひたすらシールを貼る仕事もしましたよ。1分間に100台の携帯電話がベルトにのって流れてくる。
 C 時給はいくらだったの?
 B 日給8千円、って謳ってたけど、交通費も出ないし、物損保険料とかいって、いろいろ引かれるから、手取りは6千円ちょっと。派遣元はあのF社だったんですけどね。

で、この発言をうけて、メンバー唯一の既婚者Dさん(30代)が、こんなふうに発言しています。

 D 私も若者が共感するの分かるな。時代背景は違うけど、「搾取する側」と「搾取される側」が分かれているという構図は変わらなくて、働いても働いても、貧しさから抜け出せないっていう閉塞感は今も同じだと思う。
 C うーん…
 D 私もフリーで働くようになって、私の年収が同じ職場で働く年配の正社員のボーナスと同じくらいだと知ったときは、複雑な気持ちだったし。

このあと、Aさん(20代)の「この小説に感情移入できないのは、内容うんぬん以前に、登場人物全員、キャラが立ってないからだと思うんですよ」という発言から、『蟹工船』には「主人公がいない」、「これまで読んだことのないタイプの小説」など、文学論としても、なかなか興味深い話も展開しています。

また、同じくAさんの「現代は、こんなに単純じゃない」「ここに来る前は別の出版社の正社員だったんですけど、正社員だから恵まれていたかっていうと、そんなことなかった」という発言から、「怒りの矛先は1ヵ所じゃない」(Bさん)という議論なども登場しています。

さらに、「共産主義が成功しなかったことはソ連や他の国がすでに証明しているわけですよね?」という発言もありますが、かつてのように、だからといって“資本主義バンザイ”になるんじゃなくて、「なんかそう考えるとさめざめした気持ちになっちゃって…」という言葉が続いているのも印象に残りました。

それだけに、ぜひ“腐女子部”のみなさんに、ソ連は共産主義だから崩壊したのではなくて、共産主義じゃなかったから崩壊したんですよ。マルクスは、なによりも「人間の自由な発展」というものを重視したんですよ、ということを知ってもらいたい、と思いました。

なお、これまでの引用などでお分かりのように、この“腐女子部”のみなさん、『週刊朝日』編集部と言っても、実は、フリーのライターなど、いわゆる非正社員のようです ((Aさんは、すでに紹介したように「ここに来る前は別の出版社の正社員だった」と発言。Dさんも、自分で「私もフリーで働くようになって」と発言しています。Bさんは、「安い原稿料で夜ごと事件取材に走らされる」と紹介されているので、記事を一本書いていくら、という立場で仕事をしているのは確か。Cさんだけは、正社員かそうでないか手がかりがありません。))。いまどきの雑誌編集部なら、どこでも当たり前なのかも知れませんが、これも日本の雇用の異常の1つではないでしょうか。

さて、次は、『週刊新潮』5月29日号に載った「『蟹工船』ブームの小林多喜二は『エリート銀行員』だった!」という記事。広告で、これをみたときは、“『週刊新潮』らしく、「蟹工船」ブームにケチをつけるつもりか?”と思ったのですが、記事を読んだら全然違ってました。

小林多喜二は「エリート銀行員」だった!(『週刊新潮』2008年5月29日号)
「蟹工船」ブームの小林多喜二は「エリート銀行員」だった!(『週刊新潮』2008年5月29日号)

で、これは多喜二を知っている人には常識に属することですが、彼は、小樽高等商業(現在の小樽商科大)に進学し、北海道拓殖銀行に就職。初任給80円というのは、当時としてはかなりの高給だったことも事実。

しかし、多喜二は、けっして恵まれた環境にぬくぬくと育った訳ではありません。彼の一家は、秋田の貧しい農民の出身で、夜逃げ同前に小樽にわたったので、苦学して、ようやく銀行員としての地位を手に入れた、というのが実際のところ。その彼が、プロレタリア文学の道にすすみ、やがて、プロレタリア文学の道を選ぶか、それとも銀行員としての安逸な生活をとるか、選択を迫られることになります。その悩みを、多喜二自身が作品の中でその悩みを書いていますが、その正義感にも、僕は大きな共感を覚えます ((記事中では、『蟹工船』について「左翼のプロパガンダのようで」と書き、さらに「革命のための文学だったのです。多喜二は1931年非合法だった日本共産党に入党し、実践家でもありました。それどころか、日本プロレタリア作家同盟という共産党の息のかかった組織の書記長兼中央委員で、実質的に党の文学運動のトップでした」という言葉が紹介されています。しかし、多喜二が『蟹工船』を書いたのは1929年。30年に上京し、31年7月にプロレタリア作家同盟の書記長に選ばれ、同10月に共産党に入党します。ですから、共産党の実践家として『蟹工船』を書くなどということは絶対に不可能です。))。

『週刊新潮』では、「『蟹工船』読書エッセーコンテスト」を共催した白樺文学館の佐野力館長の言葉を紹介しています。ソフトウェア大手の日本オラクルの元会長の佐野さんが、なぜ、若い人に『蟹工船』を読んでもらいたいと思ったのか――。

 「(多喜二に)のめりこんだのはビジネスを引退後で、崇拝する志賀直哉が(多喜二を)誉めるのを読んだのがきっかけでした。私は経営者として効率化やITに取り組んできましたが、それを極めると、本当にそれでいいのかという気になる。一方、大先輩の多喜二はエリートの道を捨て、最後は命を捨てて人のためになろうとした。いち早く資本主義の矛盾に気づき実践した。今の日本はすさまじい搾取の世界で、多喜二のような弱者に対するやさしいまなざしがありません」(カッコ内は、引用者による補足)

でもって、『週刊新潮』は、次のような言葉で最後を締めくくっています。

 いちど忘れられながら、再び力を吹き返すのは、ホンモノだけである。

ちなみに、最初に紹介した新潮文庫『蟹工船』の増刷部数は、この記事の中で紹介されていたものです。

さて、最後は、多喜二ではなく、マルクス。先週も紹介した「声に出して読む」の齋藤孝氏の『週刊ポスト』(2008年6月6日号)の連載「賢者はかく語りき」。今週は「カール・マルクス(その2)」、テーマは「『資本論』を生み出した「批判力」に学ぶ強い意志」。

齋藤孝「賢者はかく語りき」第166回(『週刊ポスト』2008年6月6日号)
齋藤孝「賢者はかく語りき」第166回(『週刊ポスト』2008年6月6日号)

齋藤氏は、マルクスの「批判力」が、大著『資本論』を生み出したとして、こう書いています。

 マルクスは当時の「経済学」の考え方を批判するために、『資本論』を著わした。経済学という当時のテーゼに対する徹底した批判が、資本主義というモンスターを明らかにしたのだ。

さらに、次のように続けています。

 マルクスの「批判」の優れていたところは、そこに「世界をこうしよう」という強い意志があったところだ。いわば、「世界」相手に立ち向かっていた勇者だ。

こう言って、齋藤氏は、「フォイエルバッハに関するテーゼ」から、有名な「哲学者たちはただ世界をさまざまに解釈してきただけである。肝心なのは、それを変えることである」という言葉を引用。「現状には問題点がある。だから変えるんだ!」という強い意志があったから、「後世の人々に影響を与える思想も生まれた」と指摘しています。

作成者: GAKU

年齢:50代 性別:男 都道府県:東京都(元関西人) 趣味:映画、クラシック音楽、あとはひたすら読書

3件のコメント

  1. 「週刊新潮」に登場した、某大学教員のものです。「30分で読める 大学生のための マンガ「蟹工船」」、「私たちは「蟹工船」をいかに読んだか」の2冊にも関係しています。

    突然の「蟹工船」ブームに、当事者としてもびっくりしていますが、ブームの表面だけでなく、底流となっているものを見るべきでしょうし、それはもう隠しおおせないものとなっていると思います。

    しっかりしたご紹介ありがとうございます。ぼくのブログのほうにもお立ちよりくださいませ。

  2. Prof. Shimaさま、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。

    私の知り合いが、先日、「一過性のブームだと思っていたが、全然違っていた」と言っていましたが、ご指摘のとおり、ブームの底流が何なのか、そこを明らかにすることが大事だと思っております。

    あと、『蟹工船』を読んだ人に、そこから何を読んでもらうか、ということも大事になってくるのだろうと思っています。

  3. 共産党を茶化す記事かと思ったら、前向きなので驚いた。自民党員の中にも共産党が一番正しいといっている。したがって後はどう人々の心をつかむかだ。共産党の中だけでなく一般の人の中で話しをする必要がある。大衆をつかまないと理論は力にならない。

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