ガラスビン製造マニュファクチュアがわからん…

『資本論』第12章「分業とマニュファクチュア」第3節の終わり近くに、イギリスのガラスビン・マニュファクチュアのことが出てきて、1つのガラス窯に5人の労働者が組みになって仕事をしていると書かれています(ヴェルケ版367ページ、原注(40)の出てくる少しあとの部分)。そのこと自体は分かりやすいことなのですが、問題は、その労働者の「○○工」という名称の翻訳です。

たとえば、新日本出版社の上製版『資本論』では、次のような翻訳になっています。

一つのガラス窯の同じ口のところで一つの群が労働しているが、この群はイギリスでは「穴」と呼ばれていて、(1)壜製造工すなわち(2)壜仕上工一人、(3)吹き細工工一人、(4)集め工一人、(5)積み上げ工すなわち(6)磨き工一人、および(7)搬入工一人から構成されている。(新日本出版社、上製版『資本論』Ib、601ページ)

「壜製造工」、「壜仕上工」や「吹き細工工」は、ほんとうにガラスビン製造工房でそんなふうに呼ばれていたかどうかは別にして、だいたいなんとなく何をする労働者か分かります。しかし、それ以外の「集め工」「積み上げ工」「磨き工」「搬入工」になると、なにをする労働者なのかよく分かりません。たとえば「集め工」「積み上げ工」は、なにを集め、なにを積み上げるのでしょうか。それに、「積み上げ工」と「磨き工」がなぜ「すなわち」でつながれているのかも分かりません。「搬入工」もなにを搬入するのか不明です。

この部分、原文では、こうなっています。ご覧になって分かるように、これらの職種名はすべて英語で表記されています。

An demselben Munde eines Glasofens arbeitet eine Gruppe, die in England das “hole” (Loch) heißt und aus einem (1)bottle maker oder (2)finischer, einem (3)blower, einem (4)gatherer, einem (5)putter up oder (6)whetter off und einem (7)taker in zusammengesetzt ist.

(1)の bottle maker 、(2)の finischer 、(3)の blower はとくに問題ありません。

しかし、(4)の gatherer 。「集め工」といわれると、なんとなく出来上がったビンを集める労働者のように思われますが、マルクスはここでは、準備段階や「分類、荷造りなどといった最終局面」を除いた「本来のガラス製造」に限っているので、ビンを集める作業がそこに含まれるというのは考えにくいことです。そこでいろいろな英和辞典を調べていたら、ランダムハウス英和辞典に gatherer の意味として「〔ガラス製造〕吹きざおの先にガラス種をつける人」と出ていました。つまり、出来上がったビンを gather する(集める)のではなくて、吹き竿にガラス種を gather する労働者が gatherer だというのです。この仕事が、日本でなんと呼ばれているのか分かりませんが、仮に「巻き取り工」と呼んでおきたいと思います ((追記。その後、gatherの作業は日本語では「玉取り」と呼ばれていることが判明しました。したがって、gathererは「玉取り工」とでも呼んでおくのが正解ではないかと思います。))。

その次の(5) putter up 。これも、ただ「積み上げ工」といわれると、ビンを積み上げる人のように思いますが、そうなると、上に書いたように、なぜ「積み上げ工」と「磨き工」が「すなわち」(原文では order )で結ばれるのか分からない(このorderは「すなわち」ではなくて、「または」なのかも知れませんが)し、「本来のガラス製造」に、ビンを積み上げる作業が含まれるというのも変です。

で、またもやランダムハウス英和辞典を見ると、put up の項に「〈食物・薬などを〉〈瓶などに〉詰める」という訳が出てきます。

実は、ガラスビンをつくる工程は、吹き竿の先にガラス種をつけて、これを型のなかに入れたところで、吹き竿から息を吹き込んで、ガラス種を膨らませてビンの形にするというもので、「型吹き」と呼ばれます。ですから、「巻き取り工」が吹き竿の先にガラス種をつけたあとで、それを型の中に差し入れる工程があるはずで、それを英語で put up というということは考えられないでしょうか。そうであれば、putter up は、型のなかにガラス種を突っ込む工程を担当する労働者をさしているということになります(「型入れ工」とでも呼ぶのでしょうか)。

で、もし、そう考えることができるとすれば、(6)の whet off は、その型からビンを取り出すという意味にならないでしょうか。ただし、ランダムハウス英和辞典でも、whet にそんな意味はでてきません。whet は、どの辞書を引いても、「磨く」という意味しか出てきません。しかし、そもそもビンを「磨く」工程って、いったいなんでしょうか? まあ、出荷前にきれいにきれいに磨くというのはあるかも知れませんが、ガラス窯の周りでそんなことをするとは思えないし、それが「本来のガラス製造」に含まれる工程だとも思えません ((追記――吹き竿を使って瓶をつくった場合、吹き竿がついている部分が瓶の口になるのだが、そこを最後に切り離したあと、きれいに仕上げる工程が必要になる(「ガラス瓶の作り方」参照)。それは「磨く」といっても、まだまだガラスは熱い状態なので、研磨剤とかヤスリをつかって磨くような作業ではなく、口の部分をヘラのようなもので滑らかにする作業だろう。しかし、いずれにせよ、本来のガラス瓶製造工程に「磨く」工程が含まれるということは十分考えられる。また、そのように考えれば、whetter off をWERKE版編集部が Absprenger とした理由も納得される。))。

さらに推測をたくましくすれば、この put up 工程と whet off 工程を同じ労働者がやっていたとすれば、マルクスが、putter up と whetter off を order で結んだことも納得がゆきます。だから、put up と whet off を対にして考えれば、一方が、ガラス種を巻きつけた吹き竿を型にはめ込む工程だとすれば、他方は、出来上がったビンを型からはずす作業だと考えられないでしょうか。

(7) taker in については何も手がかりがありませんが、「本来のガラス製造」ということで考えると、出来上がったガラスビンを運び出すような労働者がここに入ってくるというのも、なんとなく奇妙な気がします。実は、原注(40)で、マルクスは、「イギリスでは、溶融窯は、ガラスが加工されるガラス窯とは別である」と指摘しています。つまり、原料の珪砂、ソーダ灰、石灰などを混合して溶かしてガラス種をつくる溶融窯と、そのガラス種を暖めておいて、適量ずつ取り出して加工するためのガラス窯は別になっているというのです。だとすると、溶融窯から溶けたガラス種をガラス窯へ運び入れる工程が必要だったということになります。この工程が take in と呼ばれたとすれば、それをやった労働者が taker in であると考えられます ((追記――これも、その後いろいろ調べてみると、出来上がったガラス瓶を徐冷室に運ぶ作業は、本来のガラス瓶製造工程に含まれていたようである。したがって、taker-in は、徐冷室への運搬担当者であったと考えられる。そう考えると、これを WERKE版で Abträger としたのも納得される。「Glass Blowingの作業工程」参照。))。

ちなみに、マルクス自身が校閲したフランス語版では、この部分は次のようになっています。

qui se compose d′un (1)bottle-maker, faiseur de bouteilles ou (2)finisseur, d′un (3)blower, souffleur, d′un (4)gatherer, d′un (5)putter-up ou (6)whetter-of et d′un (7)taker-in.

ごらんのとおり、(1)にかんしては、bottle-maker を faiseur de bouteilles(ボトルを作る人) と、また、(3)についても、blower についても souffleur すなわち soufflage(ガラスの吹き込み成形)する人と言い換えられています。(2)はそのままフランス語の finisseur に置き換えられています。しかし、問題の(4)以下はフランス語への言い換えはなされておらず、残念ながら手がかりにはなりません。

ところで、従来の邦訳を調べていて、おもしろいことに気がつきました ((ちなみに、中国語版では次のようになっています(郭大力・王亜南訳)。
(1)瓶工人、(2)造形工人、(3)吹气工人、(4)収集工人、(5)堆積工人、(6)磨洗工人、(7)搬入工人))。

高畠訳(改造社版)
(1)壜製造工、(2)仕上げ工、(3)吹き工、(4)集め工、(5)積み工、(6)磨き工、(7)受け工

河上肇訳(改造社版)
(1)瓶製造工、(2)仕上工、(3)吹き工、(4)集め工、(5)積み工、(6)磨き工、(7)受け工

長谷部訳(青木書店版、河出書房版)
(1)瓶製造工、(2)仕上工、(3)吹き工、(4)集め工、(5)積み工、(6)磨き工、(7)雑役

向坂訳(岩波書店版)
(1)びん製造工、(2)仕上工、(3)吹き工、(4)集め工、(5)積み工、(6)磨き工、(7)運搬工

岡崎訳(大月書店全集版、国民文庫版など)
(1)びん製造工、(2)仕上げ工、(3)吹き工、(4)集め工、(5)積み工、(6)磨き工、(7)見習い工

つまり、(1)から(6)についてはほとんど同じですが、(7)だけが大きく違っています。長谷部訳と岡崎訳だけが、「雑役」とか「見習い工」など、要するに「下働き」といった意味の訳語があてられています。

take in を英和辞典で調べると、「中に連れて入る」「(空気を)取り入れる、(荷物を)積み込む」などの意味があって、そこから新日本版の「搬入工」や、向坂訳の「運搬工」という翻訳が出てきたのだと思われますが、しかし、take in から「雑役」とか「見習い」という意味はでてきません。

それでは、どうして長谷部訳や岡崎訳のような翻訳がでてきたのだろうかと思って調べてみたら、この部分、インスティテュート版では、それぞれの英語に次のようなドイツ語が付記されていました。

(1)Flasvhenmacher、(2)Hersteller、(3)Bläser、(4)Zusammenträger、
(5)Aufstapler、(6)Abschleifer、(7)Hüttenjungen

それぞれ意味は、(1)ビンを作る人、(2)作り上げる人、(3)吹く人、(4)運び集める人、(5)積み上げる人(あるいは貯蔵する人)、(6)磨く人、となりますが、(7)だけは、まったく違う「工場の若者」という意味になっています。ここから、「雑役」とか「見習い工」という翻訳がでてきたのだと思われます。しかし、残念ながら、何を根拠にして、(7) taker in を Hüttenjungen と訳したのかは不明です。

ちなみに、現在のヴェルケ版では、この部分の編集脚注で、次のようなドイツ語訳が掲げられています。

(1)Flaschenmacher、(2)Fertigmacher、(3)Bläser、(4)Anfänger、
(5)Aufstapler、(6)Absprenger、(7)Abträger

辞書的な意味でいうと、(4)の Anfäger には「初心者、初学者、新米、青二才」といった意味や「創始者」という意味がありますが、動詞 anfägen には「始める、着手する、取り掛かる」といった意味があります。つまり、ヴェルケ版は、(4)の gatherer を、「吹き込み形成の最初の作業にとりかかる人」という意味にとっているのかも知れません。

また、(6)の absprengen は「吹き飛ばす」とか「切り離す」という意味の単語です。そうすると、whet off は、やはり「磨く」というより、「型を取り外す」といった意味になるのかも知れません。

(7)の abträgen は「運び去る」とか「削り取る」「除去する」という意味です。つまり、ヴェルケ版は、インスティテュート版のような解釈はとらなかった、ということです。ただし、ドイツ語としては、「入る」よりも「出る」方に重心を置いた言葉になっています(つまり、ガラス窯のところで出来上がったビンをどこかへ運んでいく、という意味)。しかし、take in にそういう意味があるのかどうかはよく分かりません。

いずれにせよ、マルクスがここで英語で書いた5つの職種をどう表わしたらよいのか、ドイツ人もたいへん困っていることが想像されます。

ということで、ここに出てくるガラスビン製造マニュファクチュアの職種が、日本では何と呼ばれているのか、お心当たりの方はぜひご教示ください。よろしくお願いします。m(_’_)m

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作成者: GAKU

年齢:50代 性別:男 都道府県:東京都(元関西人) 趣味:映画、クラシック音楽、あとはひたすら読書

2件のコメント

  1. GAKUさん こんにちは。今年もあれこれ学ばせてもらいます。どうぞよろしくおねがいします。

     Gregory Hartswickさんという方が硝子瓶製造工場を見学してルポしている記事をご紹介します。

     硝子瓶製造には6人の人が要る。
    (1)gatherer:(溶けた)ガラスを炉からひっぱり出す人
    (2)blower
    (3)鋳型を扱う人
    (4)「泡状のガラス」を(吹き棒から?)こそぎ取る(?)人
    (5)sharper:瓶の首(neck)の部分を仕上げる人
    (6)carrier-off:形ができた瓶をガラス焼きなまし炉に入れる人
    ※焼き鈍し=annealing

     このcarrier-offがGAKUさんの引いた箇所のtaker-inにあたると考えるとうまく嵌まります。

     このルポを読んで最も「おおっ!」と思ったところは
    <ガラス(製品)は(製造過程で)ゆっくり冷まさないとイカン>
    というところです。
    《でないと脆くなっちゃうよ》
    ということのようです。

    ※焼き入れ・焼き鈍しについては、鉄製品については森下一期・村田道紀『ぼくとナイフ』(算数と理科の本)で学びました。ガラス製品については、今回初めて知りました。

     ご参照あれ。

  2. ぶっさん、こんばんは

    情報ありがとうございます。「焼き鈍し」というかどうかは分かりませんが、『資本論』のこの部分でも「徐冷室」(ガラスを少しずつ冷ますための部屋)のことが出てきます。taker-inについては、僕は、ガラス種を加工用の坩堝に運び入れる人と解釈してみましたが、ご指摘のように、できあがったガラス瓶を「徐冷室」に運ぶ人と考えた方がいいかもしれません。

    それから、瓶の場合は、(5)のharperが担当する瓶の口を仕上げる工程が必ず必要ですね。(3)の「鋳型を扱う人」というのがputter-upだとすれば、もしかするとwhetter-offというのが(5)になるのかもしれません。

    それから(4)にかんしてですが、先日、テレビ東京の「和風総本舗」という番組で紹介されていたガラス工房の「釜焚きさん」のことを思い出しました。夜中にガラスの材料を坩堝に入れて溶かして、翌日、朝から職人が作業できるように、準備をする人のことなのですが、その人が釜焚き作業で注意することとして、ガラス種のなかに気泡ができるので、それが消えるまでかき混ぜ続けることと言っていました。ひょっとしたら、「泡状」云々というのは、そうした問題を指してないでしょうか?

    今日、知り合いの人から、Encyclopedia Americana の「Glass Blowing」という項目に詳しい説明が出ているよと教えてもらいました。もう少し、いろいろと調べてみたいと思います。

    もしよければ、「Gregory Hartswickさんという方が硝子瓶製造工場を見学してルポしている記事」というのがどこに出ていたのか、URLなんぞを教えていただけると助かります。よろしく御願いします。m(_’_)m

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