自民党憲法調査会の憲法改正草案大綱(素案)を読む(3)

自民党憲法調査会の憲法改正草案大綱(素案)の「第三章 基本的な権利・自由及び責務」の「第一節 総論的事項」で、「公共の価値」による人権の制約を主張しています。曰く

この憲法〔というのは当然、自民党の考える憲法のこと。間違えないように――引用者〕が保障する基本的な権利・自由は、すべての公権力を拘束すること、これらの基本的な権利・自由の行使は、他人の基本的な権利・自由との調整を図る必要がある場合又は国家の安全と社会の健全な発展を図る「公共の価値」がある場合に限って、かつ、法律の定めるところに従ってのみ、制限されること……

そして、それへの注釈として次のように述べている。すなわち、

特に、この「公共の価値」による人権制約は、学界における通説的な理解である「人権調整の場面」だけではなくて、「国家・社会の安全・健全な発展」のためにも許容されることを明確にしている。……

現行憲法の「公共の福祉」に代えて、「公共の価値」という用語を用いたのは、「公共の福祉」の概念はやや手垢が付いたものとなっているので、敢えてそれを避けた次第である。ただし、この用語が適切かどうか(より適切な用語がないか)については、さらに検討が必要と思われる。例えば、「公共の価値」のほか、「公共の利益」(読売試案で用いられている用語)、「公共の本質」「公共の意義」「公共の福利」「公共の幸福〔幸せ〕」など」〔ママ〕である。

「公共の福祉」をどう理解するかは、憲法学界でも、さまざまな議論があります。しかし、日本国憲法が、第11条で、憲法の保障する基本的人権の不可侵性を明らかにし、その上で、第12条では「公共の福祉」のために利用する責任を、第13条では「公共の福祉」に反しない限りでの「立法その他国政」上での「最大の尊重」を定めていることを見逃してはならないと思います。つまり、基本に置かれているのは、個人に保障された基本的人権であり、「公共の福祉」さえ持ち出せば何でも制限できる、というような考え方は憲法とはまったく相容れないということは明らかだということです。

ところが、自民党の憲法改正草案の「公共の価値」規定は、基本的人権の制限は原理的に可能であるというもので、憲法原理をまったく変えてしまうものです。そうなれば、政府に反対する活動を「国の安全」を理由に自由に規制することもできるし、「社会の健全な発展」に必要だといって、たとえば公共事業予定地の民有地の強制収用も簡単にできるようになる、ということです。現状でも、そうした傾向が強いなかで、憲法が“歯止め”“最後のよりどころ”になっているのを、根本から破壊してしまうものと言わなければなりません。

彼らが「社会の健全な発展」を本気で守るつもりがあるなら、なぜ、いまのような都市部の乱開発・再開発を許しているのでしょうか。個人の権利が保障されすぎているから、こうした乱開発を規制できないのではありません。そうした規制の枠組みがつくられてきたにもかかわらず、自民党などが、そうした規制を次々と「緩和」して、野放しにしてしまったのが原因です。こうした問題こそ、彼らの持ち出す「国の安全」や「社会の健全な発展」の恣意性を示していると思います。

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