武田一博「現代唯物論の認識論的枠組み」について

知り合いからの質問もあって、武田一博氏の論文「現代唯物論の認識論的枠組み」を読んでみました(唯物論協会編『唯物論研究年誌第8号』2003年)。その人は、サブタイトルに「構成説に立つ投射説(志向説)について」というのが引っかかったようで、“唯物論の認識論が構成説・投射説だというのは納得できない”と言うのです。

私は、以前から、自然科学の最新の到達点を総括することは、唯物論哲学にとって重要な課題だと思っています。認識論の分野で言えば、素粒子論が提起している認識問題に正しい哲学的解答を与えること、大脳生理学・神経科学の研究にもとづいて人間の認識の成り立ちについて解明すること、社会的な対象・関係についての人間の認識と価値規範の成り立ちを明らかにすること、などがその中心的なテーマといえます。この点で、武田氏は、以前から積極的に自然科学の成果を学び、総括しようという立場で研究論文を明らかにされてきており、注目していました。

で、唯物論か観念論かという点だけでいえば、同論文では、「われわれが目を通じて物を見る/物が見えると言うとき、確かに外部世界からやってきた光=電磁波が眼底の網膜上に像を結んでいなければならない」(293ページ)、「もちろん、それらの色相(だけでなく、すべての色相)に対応する電磁波の波長領域は客観的に存在する」(294ページ)と書かれており、外界の客観的実在は認められています。したがって、氏の議論を観念論だと言うことはできないと思います。まあ、こんな議論は、武田氏にとってはまったくどうでもいい話でしょうが。

ところで、こんどの武田氏の論文は、欧米の「心の唯物論」をめぐる最近の研究動向を紹介しつつ、眼前に存在する事物が、まさしく眼前に存在するように見えるのはなぜか?という問題にたいする、脳内における神経生理学的説明を試みたものです。欧米の「心の唯物論」問題というのは、そもそも唯物論が真っ当な評価のされ方をしていない欧米の理論状況を前提にすれば、唯物論の正しさと観念論の敗北を証明するものであり、そうした動向はもっと注目されて良いものと思います。

ただ、「心の唯物論」を主張するすべての議論が、唯物論として評価できるものかと言えば、やっぱり、さまざまな夾雑物がはまりこんでいることも事実で、そのへんの腑分けをきちんとやらないと、足下をすくわれることになるのではないかと思っています。武田氏が紹介している構成説だの投射説だのいう議論は、あくまでそういう「心の唯物論」をめぐる議論の枠の中のものとして理解されるべき議論です。そこを超えて、唯物論哲学の認識論として、構成説や投射説について論じ始めると、訳の分からないところへいってしまうのではないかと思います。

武田氏は、「われわれが知覚している世界は、ニューラル・ネットワークが脳内に構成した表象にほかならない」、「表象=世界が、脳内でなく目の前に存在するように見えるのは、脳内表象が外的対象として構成され、外部世界に存在するものとして、いわば投射的・指向的に認識される」(290ページ)というところから議論を出発させています。しかし僕には、これが議論の出発点として有効なのかどうかいささか疑問なのです。

もし、「外的世界はわれわれの表象である」といえば、立派な観念論です。(^^;) でも、武田氏は、そうではなく、外界についてのわれわれの知覚は、われわれの表象だと言われています。しかし、知覚も表象もわれわれの認識ですから、これは、“外的世界についてのわれわれの認識は認識である”というトートロジーになってしまうのではないでしょうか? また、そもそも、外界について「目の前に存在する」ように見えない知覚などというのはナンセンスであり、そんな知覚しか与えない感覚器官をもった生物は、およそ生存できないでしょう。だから、外的世界についての表象が「目の前に存在しているように見える」のはなぜかということを問題にして、それはニューラル・ネットワークが構成説的・投射説的に認識を外的世界に投げかけているからだ、と説明してみても、何か具体的に説明したことになっているでしょうか? もちろん、武田氏は、ニューラル・ネットワークの中身を具体的に明らかにすることに努力されているのですが、それをニューラル・ネットワークによる「構成・投射」というところへくくられてしまっている訳で、そういうくくり方でよいのかが僕には疑問に思えると言うことです。

最後にもう1つ。ブンゲとギブソンの説の評価について。上記の点とも関連しますが、僕はギブソンの議論の方が生物学的事実をふまえた議論になっているように思われます。また、言語と認識の問題(この論文では、議論はもっぱら視覚的認識に限られています)についてのチョムスキーの議論をふくめて考える必要があるだろうと思っています。このあたりは、ぜひ専門の自然科学者の方の意見を聞いてみたいところです。

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