9条が変えられてしまった時のインパクトは日本国内にとどまらない

日本平和委員会の「平和新聞」2月25日号に、GPPAC(武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ)東北アジア地域会議実行委員長の馬奈木厳太郎さん(早稲田大学大学院博士課程)のインタビューが載っています。

一読して、なるほどなあと思ったのは、9条改憲の問題をアジア的視野、世界的視野でとらえていること。「実際に9条が変えられてしまった時のインパクトは日本国内にとどまりません」、「日本国内の議論はまだまだ内向き」という指摘は、この問題を僕たちがどういう文脈で考えたらいいかということを教えてくれているように思いました。

また、9条を改悪させないためにどうしたらよいかということでも、馬奈木さんは、「そもそも憲法とは何なのかというところから伝えていく必要がある」と言っています。そのことを通して、憲法が、実は僕たち一人ひとりの「生き方」に繋がっていることを意識しよう、というのです。さらに、9条だけでなく、国家と個人の関係も、これまでの「個人のための国家」から「国家のための個人」へ、「政府に守らせる憲法」から「国民に守らせる憲法」へ、根本からひっくり返そうとしているんだ、という指摘に、あらためてはっとさせられました。

※GPPAC(武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ)というのは、国連のアナン事務総長が、2001年に、報告書のなかで、「紛争予防における市民社会の役割が大切」だと述べ、紛争予防にかんするNGO国際会議の開催を呼びかけたのに応えて発足したプロジェクト。欧州紛争予防センター(ECCP)を国際事務局として、世界各国のNGOが「地域プロセス」に参加。2005年7月19日?21日にニューヨーク国連本部で国際会議がおこなわれます。

ということで、「平和新聞」には申し訳ないけれど、馬奈木さんへのインタビューを紹介させていただきます。

「人間の安全保障」へ

 ――九条は日本だけの問題ではないというように捉えられているのですね。

 もちろん日本国憲法の改正権は日本国民にあるのですが、実際に九条が変えられてしまった時のインパクトは日本国内にとどまりませんから。
 一方で日本国内の議論はまだまだ内向きのように感じます。
 九条を変えようという人たちは、自衛隊を軍として認めて集団的自衛権を行使できるようにするか、あるいは国連決議の下でかいろいろ議論はありますが、いずれにせよ自衛隊の海外派遣を目的にしています。
 しかし今現実に国際社会では、国連のミレニアム総会の宣言にしても、UNDP(国連開発計画)やUNHCR(国連難民高等弁務官)などの年次報告書を見ても、「人間の安全保障」が最大の課題となっているのです。「恐怖と欠乏からの自由」という「人間の安全保障」の概念は、日本国憲法前文にも通じるものです。
 例えばテロリズムにしても、決してブッシュ米大統領が進めている「テロとの戦い」などで解決できるものではなく、何で(テロリズムが)生まれてくるのかという構造的な問題にもっと目を向ける必要があると、世界中の人々が気づき始めています。
 そういう意味で私は「まさに今こそ九条が旬」と実感しています。このようにようやく九条の持つ意義や影響力が世界的に注目されつつある時に、肝心の日本がそれを変えてしまうのは何とも転倒した動きだと思います。

生き方に関わる憲法

 ――九条を改正させないためには、どうしたらいいと思いますか。馬奈木さんの考えを聞かせてください。

 護憲派も積極的改憲派も国民の中ではどちらもまだ少数派だと思います。おそらく一番多いのは、憲法がよく分からない、憲法が自分にどう関係があるかについて自覚がない人たちではないでしょうか。
 そういう人たちに、街頭宣伝などでいきなり「九条を守ろう」と訴えても、押し付けがましいと思われて引かれてしまう可能性もない訳ではありません。だから、そもそも憲法とは何なのかというところから伝えていく必要があるのではないでしょうか。確かに憲法は少々難しいけれど、決してどうでもいいものでもない――まずはそのことを一人でも多くの人に実感してもらうことが大切だと思います。
 実際、毎日の生活の中で憲法を意識することはあまりありません。しかしやはり憲法は自分の住んでいるこの国の進路に関わるものであり、そこに住む一人として結局自分の生き方にも返ってくるものです。
 端的に言うと、私たちはもう既に「人を殺す側」に立っています。なぜなら私たちの政府は米英のイラク攻撃を支持し、自衛隊まで派遣してしまったからです。これらの政策が国民主権の下で行われているという事実は、主権者である私たち一人ひとりが真剣に受け止めるべきだと思います。
 改憲勢力は、九条改正とともに、国家と個人の関係を再定義しようと狙っています。つまり個人のための国家から国家のための個人へ、そして政府に守らせる憲法から国民に守らせる憲法へ根本からひっくり返そうとしているのです。これは立憲主義の原則をも放棄することです。日本国民がどれだけこの立憲主義を信頼し愛着を感じているのかが今問われていると思います。

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