JR宝塚線、脱線事故

午後10時現在で、犠牲者は53人になり、まだ1両目、2両目にも取り残されている乗客がいるとのことです。鉄道事故としては、40年来の大事故。地下鉄日比谷線の事故の時、ひどい事故だなぁと思ったものですが、あのときの犠牲者は5人。信楽鉄道の衝突事故の時の犠牲は40人あまり。それに比べてみても、今回の事故の大きさが分かります。

宝塚線(福知山線)といえば、昔はディーゼルしか走っていない田舎路線だったのですが、1997年にJR東西線が開通して、三田あたりまで電化され、最近は通勤線になっています。乗り換えのJR尼崎駅もすっかり新しくなっていて、たまに帰省したときにはびっくりしたものです。

電車脱線、52人死亡 417人けが 兵庫のJR宝塚線―尼崎・列車脱線事故(朝日新聞)

電車脱線、52人死亡 417人けが 兵庫のJR宝塚線

 25日午前9時20分ごろ、兵庫県尼崎市久々知3丁目のJR宝塚線(福知山線)尼崎―塚口間の第1新横枕踏切付近で、宝塚発同志社前行き快速電車(7両編成、乗客約580人)の前から5両目までが脱線した。1両目は、線路から約6メートル脇の9階建てマンション1階部分に突っ込み、2両目は建物に「く」の字形に巻き付くようにして大破した。兵庫県警と尼崎市消防局によると、午後10時現在、乗客ら52人の死亡が確認された。負傷者は417人に上るという。
 重傷者は125人。87年のJR西日本発足以降最悪の事故で、死者数は、1963年の横須賀線鶴見事故で161人が死亡して以来の規模となった。救出作業は夜間に入っても続いており、死者がさらに増える可能性もある。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は25日、鉄道事故調査官ら7人を派遣した。
 県警などによると、快速は午前9時14分ごろ、手前の停車駅の伊丹駅で所定の位置を8メートルほど行き過ぎて停車。このため同駅の発車がダイヤより約1分半遅れ、スピードを上げて遅れを取り戻そうとしていた可能性があるという。「かなりスピードが出ていた」という乗客の証言もあり、県警は尼崎東署に捜査本部を設置し、近く業務上過失致死傷容疑などでJR西日本本社などを家宅捜索して事故原因を詰める。高見隆二郎運転士(23)は車内に閉じこめられたままで、松下正俊車掌(42)から事情を聴いている。
 一方、JR西日本は、快速最後尾の7両目から後方に約5メートルにわたって、車輪が石を踏みつぶした際にできる粉砕痕が左レールにあったと発表した。7両目の真下の枕木に傷があり、この付近から脱線したとみられ、同社は「置き石があった可能性が高い」としている。ただ、置き石と事故との因果関係については不明という。現場周辺では昨年8月に置き石を電車がつぶすトラブルがあった。
 JR西日本によると、快速が脱線したのは、踏切の約100メートル手前の右カーブで、計算上、時速133キロ以上の速度が出ていないと脱線しないという。快速は「207系」という電車で、設計上の最高速度は120キロ。現場は時速70キロの速度制限区間だった。
 事故のあったJR宝塚線は、尼崎駅で東西線と神戸線に相互乗り入れし、都心に向かう新快速電車などと接続している。わずかなダイヤの乱れが乗り入れ先の路線にも影響を及ぼすため、乗務員は遅れを発生させずに運行させることを、会社側から求められていたという。
 高見運転士は約11カ月の運転士歴がある。昨年6月、学研都市線下狛駅(京都府)で快速を運転中に同駅を約100メートルオーバーランし、訓告処分を受けた。13日間の再教育を受けた後、通常の勤務に戻っていた。
 25日午後5時過ぎ、1両目の車内に4人が生存しているのが確認され、同6時半ごろ、レスキュー隊員が4人にスポイトを使って水を飲ませた。1人は車両に挟まれたまま、携帯電話で外部と連絡している様子が確認できたという。
      ◇
 JR西日本は事故に関する「お客様対応窓口」を設けた。専用電話(06・7688・0140)まで。
      ◇
 「キーッ」。事故の直前、JR尼崎駅へ向かう手前で、普段とは違う異音が聞こえた。
 突然、電車がまるで砂利道を走るように小刻みに震えた。「これは普通じゃない。まさか脱線したんじゃ?」
 兵庫県宝塚市栄町の会社員原征児さん(33)は4両目の座席に座っていた。直後に、ガクンと衝撃があり、目の前に立っている客が突然消えた。「きゃー」という悲鳴とともに、重なり合うように客が倒れた。
 隣の中年男性は、車両の壁に足を挟まれて動けなくなっていた。灰色の煙が上がり鼻をついた。「爆発するのでは」と思い、「早く開けろ」と叫んだ。
 誰かが外からバールで車両の連結部をこじ開けた。乗客は次々線路へ飛び降りた。外に出て、惨状が目に飛び込んできた。
 車両は大きく脱線し、フェンスと電柱にぶつかっていた。前方の車両はビルにめり込んでいた。この車両からは乗客がなかなか出てこなかった。
 救急車が来るまでの20分ぐらいの間、すすり泣く客がいる以外は、大勢が線路や側道や歩道に座り込んで、ぼうぜんとしていた。顔や体中から血を流して、線路に横たわっている人や、ブルーシートの上に寝かされて搬出を待つ人が何十人もいた。
 レスキュー隊員が足にロープを巻き、逆さになってつぶれた車内へ入り、救出に当たった。現場近くの工場従業員は、直後に飛び出し、電車の壁やめり込んだ金網を電動カッターで切るのを手伝った。「手が足りない。電車の中からまだ声が聞こえる」と叫んだ。
[asahi.com 2005年04月25日22時24分]

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