今週の「九条の会」(10月1日まで)

全国各地の「九条の会」の活動にかんするニュースをインターネットからピックアップしました。

[講演会]「ひがしなだから9条の声」
あなたの声で今、話さなくては「ひがしなだから9条の声」

 10月2日午後2時、神戸市東灘区御影石町4の御影公会堂1階ホール。
 「九条の会ひがしなだ」の代表呼びかけ人の一人、小松浩・神戸学院大教授が「本当に憲法改正していいの?」をテーマに講演。ラジオのパーソナリティー小山乃里子さん、俳優・演出家の河東けいさんによる詩の朗読、黒田育世さんのチェロ演奏。
 問い合わせは山根法律事務所。

文化祭で戦争を考える催し企画/瀬戸の聖霊中・高

 瀬戸市せいれい町の聖霊中学・高校は30日と10月1日、「Last Shout(最後の叫び)」のテーマで文化祭を開く。戦後60年の節目で、被爆者の人たちから話を聞く最後の年代とも言われる中、「最後のチャンスの意味を込めて平和を叫ぶ」(生徒会)と意気込んでいる。(小島 哲男)

 30日午後3時20分からの中夜祭では、「光の分かち合い」をする。同高の生徒をはじめ県内の高校生たちがこの夏、広島市の平和記念公園で採火し、名古屋市まで自転車でリレーしながら運んだ「平和の灯」を活用。この火を、生徒たちがろうそくに次々とリレー式にともした後、核廃絶を願って一斉に消す。
 ろうそくの風よけとして製作するペットボトルのとうろうには、それぞれに平和へのメッセージを書き入れ、翌日、校舎廊下に展示する。
 両日とも、平和について自由に討論する「しゃべり場」を開設。生徒だけでなく、父母や九条の会の会員にも加わってもらい、憲法九条などについて考える。
 各教室では、空襲、原爆、七三一部隊に関する写真、パネル資料などの展示や、戦争を題材にした演劇上演、来場者に折ってもらった鶴を使ってアート作品の製作も行う。アート作品は、11月の修学旅行の際に広島と長崎に届ける。
 同校の文化祭は、初日は生徒と家族らのみが対象。1日は生徒が招待した人たちや、近隣住民、学校見学を目的とする人も参加できる。

「音楽・九条の会」が発足 各地で公演、改憲阻止訴え

 改憲の動きを阻止し憲法9条を守ろうと、作曲家や歌手らが27日、大阪市内で「音楽・九条の会」を発足させた。
 作家の大江健三郎さんらが昨年結成した「九条の会」に賛同した作曲家の池辺晋一郎さんや、狂言師の茂山千之丞さんら30人が呼び掛け人となって結成。これまでに小林亜星さんをはじめとするプロの音楽家のほか、音楽愛好者ら約1100人から賛同を得た。
 代表で音楽評論家の日下部吉彦さんは記者会見し「与党が衆院議員の3分の2を超え、改憲への客観情勢ができつつある。現状は厳しいが、多くの人に平和を訴えられる音楽を通じて、9条を守り生かす運動を広げていきたい」と述べた。
 今後は各地でコンサートを開催し、改憲阻止を訴えていく。[共同通信 2005年 9月27日 (火) 17:41]

「憲法9条守れ」2000人参加 岐阜市で集会/岐阜県

 岐阜市の長良川国際会議場で25日、「憲法9条は変えたらあかん 岐阜県民のつどい」があった。「岐阜・九条の会」など県内で護憲活動をしている市民グループなどが主催した。会場には約2千人が集まり、立ち見が出る盛況ぶりだった。
 小森陽一・東大教授が「今こそ第9条を高らかに」と題して講演。「(軍が必要という議論の中で)『備えあれば憂いなし』など『有事』という言葉のイメージに問題の本質が隠されている」と指摘し、「今、改めて一人一人が主権者として憲法をアピールしていく必要がある」と訴えた。
 小森教授は講演後、「小さな村や町などからも9条の会が集まって一つになって行う形の今回の講演は全国でも初めて。一つの大きな意思表示になるのではないか」と話した。
 集会に参加した岐阜市の高校1年、渡辺久美子さん(17)は「9条といってもピンとこなかったけれど、大事なものなんだと気づいた」と話していた。
[朝日新聞 名古屋地方版/岐阜 2005/09/26]

歌に兵戈(戦争)は無用です 九条守れ 歌人立つ
発会講演会に250人

 「歌に兵戈(へいか=戦争)は無用です」を合言葉に憲法九条を守る歌人の会(九条歌人の会)の発会講演会が二十四日、東京・学士会館で開かれました。台風接近にもかかわらず二百五十人が参加し、作家の澤地久枝さん、詩人・作家の辻井喬さん、歌人の田井安曇さんの講演に熱心に耳を傾けました。
 「九条の会」呼びかけ人の一人、澤地さんは、中学二年生の相聞歌や新聞投稿欄で感銘をうけたという短歌を数十首紹介。「理屈ぬきの反戦でなく、役に立つ反戦歌はたくさんあり、短歌のもつ証言性を大事にしたい」と発言。「人を殺すくらいなら撃たれ死ぬという子は体操教師に愛されざりき」との短歌も読み上げつつ、「九条歌人の会」ができて、「一緒に手をつなぐ人たちが増えたことはとっても幸せ」とのべました。
 辻井さんは、「しばらく前から日本の詩が危ないところへきている。俳句も短歌も思想性が消えてきている気がしてならない」と前置き。『共産党宣言』にふれて「市場経済原理主義が日本を徘徊(はいかい)している」とのべ、「歌をつくったり詩をつくったりするものは、批判精神を発揮しなければならないのではないか」と問題提起。「憲法九条の問題は、人間が人間らしく生きるためにどうしても守らなければならない問題だと理解している」とのべました。
 「総選挙結果が不愉快でしようがない」という田井さんは、英語で憲法九条を学習した思い出を披露しつつ、今の憲法は簡単に変えることができないとあぐらをかいていてはいけないと警告。「小泉首相は信長が好き」だというが、一六二〇年代に徳川幕府は、「傭兵輸出禁止令や武器輸出禁止令を出している。これをみなさんの宿題にしたい」と聴衆を笑わせつつ、「九条歌人の会」呼びかけ人の一人としての決意も語りました。
 歌人・加藤克巳さんのあいさつ、バイオリニスト・松野迅さんの演奏と語り、ギタリスト・田嶌道生さんと歌人・河路由佳さんの短歌朗読の共演、歌人・杜澤光一郎さんの鈴(れい)と撞木(しゅもく)を使っての和讃(わさん)など、多彩に憲法九条を守ろうの思いを表現。最後に「九条歌人の会」の呼びかけ人が「今度は若い人を会場に連れてくる」「歌壇では画期的な会。大きく広げたい」などの決意表明をしました。
[2005年9月25日(日)「しんぶん赤旗」]

[この人に] 海秀道さん

 お寺を訪れた日、玄関脇の掲示板に、有名な峠三吉の詩「にんげんをかえせ」が張り出されていた。お寺の前の道は、本渡中学校の通学路にもなっている。生徒たちに読んでもらえるようにとの配慮だという。
 檀家(だんか)の法事のたびに、遺族が語る戦争の悲惨さ、傷跡の深さを思い知らされてきた。
 2年前から海さんの法話には憲法が引き合いに出されている。「浄土とは、争いのない理想社会。そこに向かって歩んでいこうという崇高な理念を示したのが憲法の前文であり、9条。争いの絶えない現実をこそ変えるべきで、理念を変えるべきではない」と説く。
 戦後60年となって痛感することは、戦争を直接体験した人が少なくなってしまっている現実。海さんですら、自ら戦争を体験したわけではない。この国が、同じ道を歩かないために、戦後育ちの私たちがすべきことは何だろう。(園田裕道)

 ――憲法9条を中心に「改憲」の動きが強まる中で、5月に「護憲」に取り組む「あまくさ九条の会」が誕生した。住職の傍ら、代表の一人として平和運動に取り組む熱意の源は何か。
 大谷大学(京都市)で学んだお陰でしょうか。入学当時、学長は90歳を超えた真宗学の権威・曽我量深先生。名誉教授は同年配の鈴木大拙先生、金子大榮先生ら、そうそうたる顔ぶれだった。
 同大の安田理深先生は、親鸞を学ぶ姿勢を「聖典と新聞の間に身を置け」と教えられた。つまり、仏の教えと現代社会の諸問題の両面から問い詰められ、引き裂かれる苦痛の中から自らの問いを持て、と。70年代安保を京都で過ごし、結果として平和運動に関心を持つようになった。
 ――門徒には戦争の遺族が多いと聞きました。
 天草から徴用された人たちは、最前線に配置された人が多いようで、それだけ戦争の犠牲者が目立つ。寺の過去帳にも、戦死の記載が50人を超えている。いかに多くの人が死地に追いやられたかがうかがえる。親子4人が出征して4人とも戦死した家族もいる。うち1人は気の毒にも終戦の日に戦病死している。
 南満州鉄道に勤務していた夫が現地召集で戦死し、3人の幼子と胎児を抱え、旧満州から男の格好をして必死の思いで帰郷した女性。戦後の混乱や原爆による被爆死など戦争の傷跡は、子々孫々に大きな影響を残した。
 戦後60年の節目の年に、改憲の動きが強まっている。一度来た道は歩きやすい。「こんなはずではなかった」ということになりかねない危うさを、ひしひしと感じる。
 ――門徒の中に、平和運動は宗教の趣旨から外れると批判する意見もあるようだが。
 うちの寺が所属する真宗大谷派は、本山機関誌「真宗」の中で、一貫して首相・閣僚の靖国神社参拝に中止を要請してきた。
 「あまくさ九条の会」結成記念集会のパンフレットには「憲法九条は浄土への道しるべ」とした。阿弥陀様の本願の呼び声を、私は「人間力を身につけ、平和力を養って下さい」と表現した。これに対し、「宗教の枠を逸脱している」と批判の手紙を頂くことがあるが、ほとんどの門徒さんは平和を希求している。
 ――戦争体験を語れる人が少なくなってきた。若い世代に語り継ぐ手立ては。
 毎年末、南京大虐殺から生き延びた人たちの証言を聞く集会を市民団体と共催している。戦争が人間を鬼にすることを教えられる。
 5年前、日中友好協会50周年記念訪中団の一員となり、南京大虐殺記念館を訪問した。その際、広場の塀に大書された「前事不忘 後事之師」が目についた。「前の教訓を忘れず、後の教訓にする」という意味で、当時の周恩来首相の言葉だという。
 映画や本などでも、戦争の悲惨さの情報は得られるが、正しい歴史認識を学ぶことが大切だと思う。戦争には聖戦も偉業もない。

  かい・しゅうどう 47年、本渡市生まれ。大谷大学大学院で真宗学を専攻。修了後、真宗大谷派本山で10年勤務。機関誌「真宗」の出版に携わった。89年に帰郷し、94年に2代目東光寺住職となる。98年10月、地球市民講座を立ち上げ、環境、平和、教育などのテーマで講師を迎え、会員とともに勉強を続けている。 (asahi.com 9/25)

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  1. GAKUさん、おひさしぶりです。
    TBしておきますので、よろしければご支援ください。

  2. chambre de yoshi - trackback on 2005/10/03 at 19:11:19

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