今週の「九条の会」(10月9日まで)

インターネットから、全国各地の「九条の会」にかんするニュースをピックアップしています。「岐阜新聞」が1面で「シリーズぎふ戦後60年 平和を守り継ぐ」を連載していますが、そこに地元で「九条の会」の活動をされている方が次々に登場しています。

九条の会徳島結成へ参加呼び掛け 準備会が徳島駅前でPR

 11月に設立される憲法九条改正に反対する「九条の会徳島」の準備会は9日、徳島駅前で街頭宣伝を行い、参加を呼び掛けた。
 「輝け憲法九条 まちかどトーク」と題して、呼び掛け人ら50人が参加。マイクを握った大学教授や弁護士らは、国会で憲法改正論議が活発化していることを踏まえ、「戦争に参加できる軍隊を持つのが自民党の改憲の狙い」「戦争する国づくりを許してはいけない」などと訴えながらチラシを配った。結成のつどいは、11月3日午後1時から徳島市文化センターで開かれ、アフガニスタンで活動するペシャワールの会の福元満治事務局長代理による記念講演や総会がある。[徳島新聞 10月09日 19時20分]

「佐野九条の会」 8日に設立集会

 改憲阻止、戦争放棄を訴える「佐野九条の会」の設立集会が八日、佐野市戸奈良町の田沼中央公民館大ホールで行われる。
 九条の会は、昨年六月に作家の井上ひさし、大江健三郎、哲学者の梅原猛ら各氏が行った護憲アピール以来、全国に設立の動きが広がっており、県内でも真岡市や足尾町、益子町などで誕生している。
 当日は、「憲法と私」をテーマに環境問題に取り組む富山和子さんが記念講演、オカリナデュオ「響(ひびき)」による演奏もある。
 「佐野九条の会」設立準備会の小林正義事務局長は「改憲政党が選挙で大勝し、かつてない危機感を持っている。一人でも多くの人に参加してもらいたい」と訴えている。
 午後一時半から。入場無料。問い合わせは小林事務局長へ。 (梅村 武史)

横浜勤労者福祉協会:「九条の会」発足で草の根平和活動 小山内美江子さんが参加呼びかけ

 憲法九条の精神を生かし、鶴見区で平和活動を推進していこうと、下野谷町の財団法人横浜勤労者福祉協会(理事長、川崎博通さん=関連記事「人物風土記」)で「九条の会」が発足した。9月30日には、鶴見区在住の脚本家で「九条かながわの会」の呼びかけ人、小山内美江子さんを招き、同会の発足式を開催。109人が参加者した。
 「九条の会」は、「改憲」の動きに危機感を覚えた劇作家の井上ひさしさんや作家の大江健三郎さんらの呼びかけにより、昨年6月に誕生した。7月末現在、全国3000以上の地域や職場で「九条の会」が発足。「戦争放棄、軍備及び交戦権の否認」を定めた九条の精神を守ろうと、学習会などを通して平和運動が続けられている。

九条の精神尊重

 式の冒頭、同会の会長を務める川崎さんは、先の衆院選での自民党圧勝にふれ、改憲の動きを隠した自民党の選挙戦略を警戒。九条の精神を尊重しながら「憲法と平和を守り、子どもから高齢者まで豊かな生活が保障される福祉社会を求めたい」と語った。

「金八」は平和の思いから

 「女学生時代の経験があるから、金八を書き続けている」
 ドラマ「金八先生」の脚本家として知られる小山内さんは、鶴見での空襲体験が、後の平和活動への原体験になったと語る。
 「あのころは言いたいことも言えない時代。海芝浦の工場地帯へ動員されて、何かは分からずに物を作っていました」
 改憲勢力が強まる風潮を前に「何かしなければならない」と、「九条かながわの会」や「女性達の九条の会」など、率先して運動に携わる小山内さん。「戦争は最大の暴力。みなさんもPTAやスーパーなどで九条の会を作ってもらえれば」と、活動への参加を促した。[タウンニュース 10/6号]

※「タウンニュース」は、神奈川県秦野市の不動産屋さんが県域で発行している地元情報紙。以前にも、地元の「九条の会」の活動を紹介したことがあります。

「世界の宝」9条を後世に/(財)横浜勤労者福祉協会の理事長で同協会九条の会の会長に就任した 川崎 博通さん 南区在住 61歳

 ○…先の衆院選。自民、公明、民主など「改憲政党」の議席数が9割を占める結果となった。「戦争放棄、交戦権の否認」を定める九条に手を加えられる―そのことに危機感を覚える。「戦争責任は日本人にはないのでしょうか」。横浜勤労者福祉教会九条の会発足式で、参加者に呼び掛けた。「日本人の自覚と態度が求められている。九条を守り抜くことが出発点であり帰結点だ」
 ○…「個人参加の、緩やかな組織を目指していきたい」。今後は憲法の勉強会などを開き、草の根的な活動を展開していく予定だ。「鶴見区全体から市、県へと会の活動を底上げできれば」。請願署名を地域の過半数集めるなど、「憲法を守る世論を大きく広げること」が必要だという。
 ○…1973年から医師に。胃ガンが専門だ。ただ、高校時代は哲学に夢中だった。「哲学を知るには大脳生理を学ぼうと思って」。卒業後、横浜市立大医学部に入学した。折しも70年安保闘争の真っ只中。学生運動に没頭するうちに「人権」に対する思いを強くしていった。「国民の暮らしをつぶさに、総合的に判断したい」と臨床医の道を選んだ。以来、「患者さんの話をよく聞き、患者さんと共に歩む」医療を心掛けてきた。「安心して生きていけること。そのためには平和と憲法を守る福祉社会を実現しなければなりません」。生き方を学んだ九条の精神を生かし、地域医療に発展に寄与する。
 ○…「世界に先駆けて戦争を放棄した、素晴らしい世界の宝であり、美しい真珠です」。GHQの占領下、憲法作成準備に携わったベアテ・シロタさんの言葉が心に残る。「この宝を守って、孫の世代に戦争のない新しい世界を残したいですよね」。3人の孫を持つ「おじいちゃん」の顔をのぞかせた。[タウンニュース 10/6号]

「シリーズぎふ戦後60年 平和を守り継ぐ」
「それでも僧侶か」 念仏者をも加害者に

 羽島郡柳津町の寺で、十年前ほどから月に二回ほど、地域の人たちが仏法を学びながら折々の時事問題を話し合う場ができた。ある時、老坊守が思いがけない話をした。
 〈戦地から帰った連れ合いの荷物の中から中国人の女性らしい写真が出てきた。「誰の写真や」…、何度も問い詰めるうち、略奪を繰り返した集落の家から気に入った娘の写真を取ってきたと絞り出すような声で話してくれた。「あなたはそれでも僧侶か」と、病気になって復員し、毎晩夢にうなされているのを知りながら激しくなじった。でも、もし自分だったら人殺しは嫌だ、戦争は嫌だという信念を貫き通すことができたやろうか。戦争は、念仏者をも変えてしまう。何と恐ろしいことやろうか…〉
 住職の小川眞理子さん(50)は七月、岐阜・九条の会の対話集会で講話し、まずこの話をした。
 「今は病気が進んで窓の外ばかりを見ている義母の言葉が、私の体の奥底に、うめき声のように今も聞こえています」
 その上で、「ビハーラ(安らぎの場)活動の現場で戦後五十年を過ぎたころから、夜中にうなされて枕を涙でぬらす人など、戦争体験を話す人が多くなった」と話した。さらに、被差別部落出身の人も『天皇陛下、国家のため功を成してこそ英霊としてたたえられ、救われる』とゲキを飛ばされ突撃した「肉弾三勇士」を例に「戦争が差別を際立たせる」とした。
 また、戦時中の教団が阿弥陀(あみだ)様と天皇を重ね合わせて説くなど経典を読み替えたり、削除、曲解するなど戦争に協力してきた事実を取り上げた。
 最後に昨年末に邦訳された仏の短編寓(ぐう)話「茶色の朝」を紹介。「茶色以外のペットを飼ったら国家反逆罪といった法律がいつのまにかでき、ま、いいかと見逃しているうち戦争になる。変な方に進んでいるのではと気づいた時に声を上げなければ取り返しのつかない事態になるということを、私自身もかみしめている」とまとめた。
 九月下旬。小川さんの寺を訪ねた。集会で話した「それでも僧侶か」という義母の言葉がなぜ今も心に響くのか、再び聞いてやっと本意が分かった。小川さんの心の奥底に響いているのは、義母のその言葉だけでなく、義父の、そして殺された多くの女性や子どもたちのうめき声でもあった。
 「僧侶を特別視することは、世俗を侮蔑(ぶべつ)し、僧侶でない者を差別することになる。戦争を支え、賛美し、戦争に加担した事実を知り、加害者としての責任に目を向けることができなければ、私もまた加害者の一人ではないのかと思うのです」
 小川さんは二年半前まで、教団本部のビハーラや平和活動で国内外を飛び回る女性初の相談員だった。今は、地域の中でじっくりと話し合い考えを深められる場を大切にしようと考えている。(永井豪編集委員)[岐阜新聞 2005/10/5朝刊]

「シリーズぎふ戦後60年 平和を守り継ぐ」
アジアを見つめて 歴史観、価値観共有を

 岐阜市が誇る劇団「はぐるま」の代表こばやしひろしさん(78)=同市桜通=は、劇団創設十一年の一九六五(昭和四十)年に訪中日本新劇団のレパートリー「郡上の立百姓」の作者として同行、当時の周恩来首相に舞台で激励された。
 「中国にはその後何度も行ったが、今の米国一辺倒の日本外交を見ていると、米国からも中国やアジア諸国からも見捨てられるような気がする」
 戦後五十年余。座付き作家として戦争やヒロシマ、「教育正常化」など社会を鋭く見つめた作品を次々と発表してきたこばやしさん。今の時代の状況を「満州事変前夜のようだ」と危ぶむ。
 「フリーター250万人、ニート50万人。拒人症の子がいるかと思うと子どもが巨悪犯だったり。仕事に意欲が無くなり、享楽的になっていく。不景気で閉塞(へいそく)状況になると敵を外に持つようになり、求心力を失うとわしに任せよというのが出てきて、ああいい人が出てきたと我も我もとなびいていく。えらい世の中になったものです」
 先月半ば。九条の会・各務原設立集会で「二十一世紀はアジアの時代」と題した講演でこう切り出した。「戦後六十年」や「8・15」などの数字が中国や韓国にはもっといっぱいあり、今も根強く残っていると話した。
 「日清戦争で日本は領土と賠償金を勝ち取って不平等条約を解消し、近代国家になった。逆に中国は英仏独から借金し、半植民地化していった。この『庚午戦争百年』の昨年は中国の英雄、日本の戦艦に体当たりして沈んだ艦長の映画が作られた。下関条約を結ばされた4・17、盧溝橋事件の7・7、満州事変の9・18…。ずっと忘れられない数字が続くんです」
 数字だけではなく、歴史的事実も忘れない。
 「万里の長城が三光作戦(焼き尽くす、殺し尽くす、奪い尽くす、旧日本軍の作戦の中国側の呼称)の最もひどかった所と知って行く日本人はまずいない。反日感情が若者の間で今、膨らみつつあるのを憂慮する中国の人たちと手を取り合って歴史観を共有し、同じ価値観を築くべきです」
 先月下旬。岐阜市の国際会議場大ホール。約2000人の県民が埋めた「憲法九条は変えたらあかん!」大集会で、こばやしさんは監修役を務めた。
 「大勢がわっと、自分らが主役と思ってくれるようなことができればと考えた。皆の表情やロビーの活況を見ると、まあ成功したか」と語るこばやしさん。今の心境は。
 「戦争はもうこりごりという思いは、日本人に染み込んでいる。一方で脱亜入欧から脱してアジアとどうつながるかが心配。アジアの国々が大きな力を持つと右傾化して変なナショナリズムも出てくる。一方、日本人にアジア軽視の思想も根強い。私の中に今、悲観論と楽観論が共存している。どうしたら若者に希望と夢をもたせられるかが一番気掛かりです」(永井豪編集委員)
[岐阜新聞 2005年10月4日付朝刊1面]

「シリーズぎふ戦後60年 平和を守り継ぐ」
実践童話を通じて 人間の生き方伝える

 各務原市鵜沼朝日町、元中学教諭山本喜久男さん(74)は、岐阜を拠点に口演童話の団体として活動して発足50年になる「実践童話の会」の草創期からの会員(理事)。
 現在の飛騨市神岡町山田の農家に5人姉弟の末っ子として誕生。日中戦争が始まった1937年に小学校に、敗戦の45年に岐阜師範学校予科に入学した。「玉音放送」は何のことか分からず、「戦争に負けた」と寮長に聞いて、泣いた。その後しばらくして「真相はこうだ」というNHKのラジオ番組(1945年12月から翌年にかけて放送)を寮で聞いていて「だまされていた」と気づいた。「八紘一宇とか東亜共栄圏とかいいことをいいながら結局、他国への侵略だったのか」
 ショックだった。模範的な軍国少年の優等生生活は崩れ、荒れ、飢え、むさぼるように本を読んだ。教員になって、組合活動で勤評闘争のスクラムに加わり、県内に吹き荒れた「教育正常化」の嵐の中でも頑張った。
 初任地は神岡。まもなく岐阜市鷺山小に転任したのを機に、授業での話がもっとうまくなるようにと実践童話の会に入った。母乳が子どもの体をはぐくむように、心をはぐくむ童話を生の声で子どもに伝えていく語り聞かせ運動だ。山本さんの得意は「はなたれ小僧」「壁にかいたつる」などで、創作童話も数多い。
 「僕を今日まで生かしてくれたのは、語り。今も月数回は小学校や保育園に語りにいく。もう一つは、平和への活動。戦後60年、戦争が一度もなかったことが不思議。いつも戦争になりそうになると憲法九条が止めてくれた。今、自衛隊が軍隊になる動きがある。僕には我慢ができない」
 今月設立された九条の会・各務原の代表世話人を引き受けたのは、そんな思いから。語りの中にも、それをにじませる。
 「平和の話といっても低学年の子にはみんなで仲良くする、不正を許さない、身勝手でなく相手の気持ちも考えるとかいった人間の生き方の話をする。中高生には真正面から戦争や原爆のことを取り上げてきたが、最近はそれが敬遠されてかなかなか話す機会がない」
 山本さんは苦笑する。
 教員を定年退職した90年に創作童話「吹雪の声」を自費出版。同僚だった久保田勝巳さんが挿絵を担当。飼っていた軍用ウサギの肉を泣きながら土に埋めたのは山本さん自身。軍国主義に染まる飛騨の山里の子どもの気持ちを素直に書いた。
 〈あの戦争は忘れてはなりません。私は、私の中の戦争をどうしても今の皆さんに知っていただきたかったのです。そして「平和な世の中」ということが、人間らしく生きるためにどんなに大切であるかを是非知ってもらいたいと…人間が人間らしく生きていくことをうばってしまう、戦争の本当のおそろしさをどれだけ伝えることができたかということが、とても気がかりなのです〉
 「あとがき」に書いた思いが、今、ますます募る。(永井豪編集委員)
[岐阜新聞10月3日付朝刊一面]

「憲法改悪反対」発足集会で訴え 九条の会・七尾

 七尾市周辺の元教員や主婦ら約20人が呼びかけていた「九条の会・七尾」が1日、発足した。七尾駅前ビル内であった発足集会には、能登各地の賛同者ら約80人が集まり、「この輪を広げ、憲法改悪反対の運動を力強くすすめよう」などとうたった集会アピールを採択した。
 集会では、「九条の会・石川ネット」の呼びかけ人でもある岩淵正明弁護士が「ここがあぶない!自民党改憲案」と題して講演。「自衛『軍』を明記し、集団的自衛権の行使や海外派兵を認めるなど、現行憲法の歯止めをすべて取り払った内容」などと問題点を解説、「改憲論の本当の中身を知り、議論を進めれば、国民投票でも勝てるはず」と話した。 参加者からは「もっと多くの人に運動の意義を伝える必要がある」「輪島でも九条の会を立ち上げたい」などの声が上がっていた。[asahi.com:マイタウン石川 2005/10/2]

設立のつどいに市民900人集まる 九条の会つくば

 憲法九条を輝かせ、いのちを守ろうと「憲法九条の会つくば」設立のつどいが一日、つくば市竹園二のつくば国際会議場で開かれた。会場に九百人を超える市民が集まり、設立宣言に拍手を送った。講演ではフリージャーナリストの斎藤貴男さんが「自民党や民主党の憲法改正論は、強大な国家権力にたがをはめるという憲法のあり方を変えようとする動き。国を縛るのではなく、国民を縛るための改憲だ」などと警鐘を鳴らした。
 続いてシンガー・ソングライターの小室等さんが、谷川俊太郎さん作詞の風刺の効いたユニークな反戦歌「おしっこ」など数曲を披露。いのちの大切さを訴えていた。九条の会つくばは、作家・大江健三郎さんら「九条の会」が呼びかけた「平和を求める世界の市民と手をつなぎ、憲法九条を守り抜こう」という趣旨に賛同した市民ら二百三十二人が呼び掛け人となり、設立準備を進めてきた。[中日新聞 2005年10月2日]

「生保・9条の会」結成 “命と密着した仕事だから”

 「『九条の会』アピールに賛同する生命保険関係者の会」(略称 生保・9条の会)は一日、東京都内で結成講演会を開きました。
 首都圏から百人を超える人たちが参加。生命保険業務に関係する会社・代理店、従業員、元従業員とその家族が力を合わせて、憲法九条の「改正」に反対し、阻止すること、「九条の会」アピールの賛同者を広げることなどの申し合わせを拍手で確認しました。
 久保木亮介弁護士が「いま憲法を考える」と題して講演しました。
 久保木氏はアフガニスタンを訪れ、戦争被害の現場を実際に見てきたことに触れ、「九条が失われたら日本はアメリカとともに世界に戦争を仕掛ける国になる」と強調。
 それを防ぐために一人ひとりがさまざまなかたちで九条を守る活動に参加しようと話しました。
 「私と憲法を語る」のコーナーでは、損保九条の会の人や市議会議員など四人が発言。青山学院大学で保険を研究している本間照光教授は、保険は命と密着している平和産業であり、保険でつながっていることを大切にして、憲法を守る活動に生かしてほしいと話しました。
 夫とともに参加した生命保険会社社員の北山和子さん(59)=横浜市=は「会ができるのを待っていました。これからも他産業の九条の会とも連携していきたい」と話していました。[2005年10月2日(日)「しんぶん赤旗」]

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