人民革命党、民青学連事件は「でっち上げ」

韓国の過去史真実究明発展委員会が、朴正熙政権時代の「人民革命党事件」(1964年)ならびに「民青学連事件」(1974年)は、KCIA(韓国・中央情報部)によるでっち上げであったと発表。

なお、韓国・東亜日報によれば、さらに1973年の金大中氏拉致事件についても調査をおこなう、とのこと。金大中氏拉致事件とは、1972年の大統領選挙で朴正熙大統領にあとわずかというところまで迫った金大中氏を殺害しようとして、KCIAが日本滞在中にホテルから拉致した事件。米日の関与により、金大中氏は殺害だけは免れ、韓国の自宅に軟禁されることになった。

「韓国政府転覆はでっち上げ」 民青学連事件で調査公表(朝日新聞)

「韓国政府転覆はでっち上げ」 民青学連事件で調査公表
[asahi.com 2005年12月07日21時22分]

 韓国国家情報院の真実究明委員会は7日、政府転覆を謀ったなどとして日本人2人を含む民主化運動関係者が大量逮捕された74年の「民青学連事件」について、民主化運動弾圧を目的に当時の朴正熙(パク・チョンヒ)政権がでっち上げた、とする調査結果を公表した。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が進める過去史清算作業の一環。事件には同情報院の前身にあたる情報機関がかかわっており、同院は自らの「犯罪行為」を認めたことになった。
 究明委は事件について「朴大統領の要求で捜査方向が事前に決められ、実態も大きく誇張されて公表された」とした。
 民青学連事件は74年、同院の前身にあたる韓国中央情報部(KCIA)が、共産主義政権の樹立を狙った反政府団体「民青学連」の摘発を発表。詩人の金芝河(キム・ジハ)氏や李海■(イ・ヘチャン)・現首相ら千人以上が連行された。首謀者とされた8人は死刑になった。日本人の早川嘉春さん、太刀川正樹さんも関与を問われて逮捕(後に釈放)され、外交問題にもなった。(■は王へんに賛)

真実委「人革党・民青学連事件は中情のねつ造」(韓国・中央日報)

真実委「人革党・民青学連事件は中情のねつ造」

国家情報院(国情院)の過去史真実究明発展委員会(真実委)は7日、朴正煕(パク・ジョンヒ)元政権時代に発生した「人民革命党(人革党)事件」と「全国民主青年学生連盟(民青学連)事件」について、政権の危機を迎えて権力機関を総動員しねつ造したもの、という結論を下した。
◇広範囲な操作=中央情報部(中情)は1964年8月「韓国に派遣されたスパイキム・ヨンチュンが操縦し、50人余が北朝鮮中央党の指令によって、政権打倒を目ざす人革党を設けた」と発表した。しかし、真実委の調査によると、キム・ヨンチュンは慶尚南道固城(キョンサンナムド・コソン)出身の元東亜(トンア)大教授の「キム・サンハン」であり、陸軍諜報部隊が北朝鮮に派遣したスパイであることが分かった。
中情の記録によると、陸軍諜報部隊は、かつて左翼活動をしていた経歴を弱点として利用し、キム・サンハンを北朝鮮に派遣するスパイに選抜した。中情は当時、民青学連について、人革党・再建委員会と在日在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系の支援を受けた学生らが作った反国家団体だとした。民青学連の主謀者、李哲(イ・チョル)、柳寅泰(ユ・インテ)氏ら7人が、死刑を言い渡され、人革党再建にかかわった8人が75年に処刑された。
中情は、民青学連事件の関連者らが歌った1920年代の『独立軍追悼歌』を北朝鮮の革命歌謡だとした。柳寅泰氏らが日本人記者らに会い、インタビューした礼金として受けた7500ウォンは革命資金だとした。死刑された8人の最後の供述は「祖国の統一を望む」だったが、「赤化統一を望む」との発言に変えられた。
◇存在しない組織=真実委は「人革党や人革党再建委は実在した反国家団体ではなく、綱領・規約もない、反政府闘争に臨んだ学生らが作った連絡網レベルの集い」だとした。そのため、人革党事件の当時、検事らが起訴を拒み、3人が辞任届を提出したりもした、とのこと。中情はねつ造された容疑の自供を得るため、拷問も行った。
◇「最高統帥権者の責任」=真実委は「これら事件は中情・検察・警察・国防部など諸権力機関が連携し作りだした作品」とし「最終的な責任者は朴正煕元大統領」だと強調した。とりわけ、真実委は、人革党再建委関連者ら8人が最高裁判決から18時間後に処刑されたことについて「文書化した朴元大統領の命令書は探せなかったが、ユダヤ人虐殺に関連したヒトラーの命令書は存在しない」とし、死刑執行を朴元大統領の指示によるもの、と結論付けた。しかし、真実委の発表は、当事者らが接触を拒否したり供述を忌避したため、広範囲な面談調査が行われておらず、正確な責任者究明に限界があった。
蔡秉健(チェ・ビョンゴン)記者
中央日報 2005.12.07 18:06:20

国家情報院、「人革党・民青学連事件はねつ造」(韓国・東亜日報)

国家情報院、「人革党・民青学連事件はねつ造」
[東亜日報 DECEMBER 08, 2005 02:59]

 国家情報院の「過去の事件の真実究明を通じた発展委員会(呉忠一委員長)」は7日、1974年、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領政権当時に発生した全国民主青年学生連盟(民青学連)と人民革命党(人革党)再建事件を、朴大統領の指示によってねつ造されたものと規定した。
 過去事委は同日、国情院で記者会見を開き、1964年の第1次人革党事件も、当時の中央情報部(金炯旭部長)が、韓日国交正常化の推進に反対する学生運動を弾圧するために、北朝鮮の指令を受ける人革党をつくり上げ、学生運動とのつながりをねつ造したことを明らかにした。
 過去事委は、「第1次人革党事件について、ソウル地検公安部の検事たちが、証拠不十分を理由に不起訴処分を主張し、辞表を書いたが、元中央情報部次長の申稙秀(シン・チクス)検察総長が起訴を強行した」と説明した。
 1974年当時、中央情報部(申稙秀部長)が明らかにした民青学連事件の骨子は、維新体制に反対する大学生たちが、民青学連という組職をつくり、国家転覆をはかったということだ。
 また、中央情報部は、人革党が再建を推進して、民青学連を背後から操ったと発表したことがある。
 過去事委は、「民青学連事件当時、朴大統領が直接介入して、学生の反政府デモを、背後で共産主義者の操縦を受ける人民革命の試みであると歪曲し、約1000名の市民と学生を令状なしに逮捕・拘禁した」ことを明らかにした。
 また、過去事委は、「人革党再建事件の関係者8名が、最高裁判所の死刑確定判決の18時間後に死刑が執行されたことも、朴大統領の意思が反映した」と述べた。
 しかし、過去事委は、朴大統領が死刑執行に関与した事実を裏づける具体的な陳述や物証は、提示できなかった。
 一方、過去事委は、1973年の「金大中(キム・デジュン)拉致事件」を調査するために、15日、金大中前大統領と面談する予定だと明らかにした。

「人革党・民青学連事件は捏造だった」(韓国・朝鮮日報)

「人革党・民青学連事件は捏造だった」
[朝鮮日報 : 2005/12/07 14:17]

 国家情報院過去史真実究明委員会は6日、1975年の「人民革命党(人革党)」事件、および1974年の「民青学連事件」が、当時の政権によって捏造されたとの結論を下した。
 同委員会関係者は「当時、スパイの嫌疑をかけられていた関連者らの陳述が拷問によりどのように変わり、このうち8人が死刑宣告を受け、18時間後に執行された過程などを究明する」と語った。
 呉忠一(オ・チュンイル)委員長は先月29日、「執権者の意図に合わせて、拷問捜査をはじめ幾つかのパターンがあり、発表内容や時期も同様だったと判断される」と話した。
 国情院が今回調査した2次人革党事件は、1974年に朴正熙(パク・ジョンヒ)政権の「緊急処置4号」発表以後、民青学連を中心に維新反対が強まるなか、中央情報部がその黒幕として人革党再建委員会に目星をつけ、8人を死刑に処した事件だ。

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