往復16時間半の日帰り出張…疲れた

昨日は、学生対象の講師を務めると言うことで出張してきました。

朝6時に出かけ、帰ってきたのは夜10時半過ぎ…。2時間半かけて出かけて、4時間講義して、2時間余り質問に答えて、また2時間半かけて帰ってくるという強行日程でした。お疲れ様?

しかし、学生諸君の熱心な質問攻めにあって、こちらの方が元気をもらったぐらい。みなさん、しっかり学習して、それをパワーにしてください。時間配分のへたくそな講義につきあってくれてありがとうございました。m(_’_)m

講義では、科学的社会主義が、60年代以来、日本と世界の現実にたちむかいながら豊かに発展させられてきたこと、とくにこの5?6年の間には、レーニンの評価や、『資本論』研究にもとづく新しい発展など、科学的社会主義の理論そのものが「音を立てて」発展しているということを、少し詳しく話してみました。(リポートを見せてもらったら、何人かの学生が、そのことを書いてくれていたので、ちょっとは伝わったようです)

もう1つ強調したのは、科学的社会主義が、定義や命題から出発するのではなく、つねに現実から出発するということ。

で、こうした講義でありがちなことなんだけれども、哲学、経済学、社会主義の順で講義するので、最初の哲学のところで、どうしても手間取ってしまうこと。唯物論か観念論かとか、弁証法的なものの見方ということは、非常に大事なことではあるが、それだけを議論すると、どうしても勢い話が抽象的になってしまって、なぜ唯物論かどうかというのが大事なのか、唯物論や弁証法ということが現実をみるときにどんなふうに役に立つのかということが、学生になかなか伝わらないということがあります。
それでも、物事を弁証法的に、多面的にとらえることの意義というのは割と説明しやすいのですが、唯物論の方は、なかなか学生諸君もつかみかねてるところがあるようです。だから、あとでみんなで何を議論したか聞いてみると、「唯物論と観念論とどっちが正しいか、どうやったら論証できるのか」とか「意識の問題も大事なのではないか」というあたりで、混乱していた様子でした。そのへんまできちんと講義で話せなかったのは講師としての僕の不徳の致すところ。しかし、唯物論=現実から出発する、現実をありのままにとらえる、という説明だけでは、現在の学生を取り巻く意識状況の中で、唯物論の立場を本当に輝かせるには不十分だということも明らかです。そのあたりにどうやって切り込んでいくか、研究課題だと思います。

それから、あともう1つ、学生の諸君が関心を示したのは、社会主義と市場経済の問題。将来、社会主義になったら、どんなふうになるのかイメージがわかない、という疑問と、それから、中国の社会主義市場経済をどうみたらいいのか、という疑問。後者について言えば、日本では、中国はもう資本主義になっちゃったという議論や、あれこれの混乱を取り上げての「崩壊」論、そうでなければ、中国は経済大国になるだけでなく軍事的にも大国になって大変だという中国「脅威」論か、ともかくそういうバイアスが強烈にかかっているので、学生諸君が「よく分からない」と思うのも当たり前。もちろんすべての問題の解決に成功しているわけではないし、その解決が保証されているわけでもないけれど、いま中国を見るとき大事なことは、現在の党や政府の指導部がそうした問題の解決にどういう姿勢で臨んでいるかと言うこと。人口13億の国をどこへ引っ張っていこうとしているのか、そこを見ないと、訳が分からなくなります。

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