姿勢を正さずにはいられない 藤原彰『天皇の軍隊と日中戦争』

藤原彰『天皇の軍隊と日中戦争』(大月書店)

3年前に亡くなられた藤原彰先生の論文・追悼文集が出ました。

内容は3部に別れていて、1つめは、藤原先生の晩年の日中戦争にかんする論文集。2つめは、藤原先生が自らの研究をふり返った論文2つ。そして最後に、藤原先生を偲ぶ荒井信一氏ほかの追悼文。そのなかには、その後急逝された江口圭一氏の一文も含まれています。

今日、ようやく手に入れて、さっそく回想の2論文と追悼文を読み終えましたが、あらためて現代史研究を開拓してきたというにふさわしい先生の業績の大きさに姿勢を正さずにはいられません。

遺稿「ある現代史家の回想」で、先生は、歴史を研究しようと考えた理由をこう述べられています。

 私が歴史を学ぼうと考え、東大の文学部史学科を選んだ理由は、さきの『従軍記』〔『中国戦線従軍記』2002年、大月書店刊〕に述べたとおりである。4年間の戦場生活で、戦争の矛盾とくに戦争が中国の人民を苦しめる以外の何ものでもないことを痛切に感じ、また日本の戦争遂行が、過誤にみち、国民と兵士の無駄な犠牲を強要するものだったことを感じたからである。そして、このような誤った戦争を、何故おこしたのか、その原因を究明したいと考えて、歴史を学ぶことにしたのである。(本書、186?187ページ)

また、吉田裕氏との対談「日本の侵略戦争と軍隊、天皇」の中で、次のようにも語っておられます。

 私が戦争と天皇の問題について、最初に強く感じたのは、1945年8月15日です。天皇は、15日の詔書の中で「朕はここに国体を護持し得て」と言ったのです。私はそれまで、自分はどうせ死ぬと思っていました。また、まわりの部下、同僚がどんどん死んでいく中で、戦争の結末などは考えられませんでした。しかし、降伏と決まった時には、天皇は当然、自殺すると思いました。ところが平然として、「国体を護持し得て」などと言っている。これはおかしいと思ったのが、私の思想が変わった決定的な原因でした。(本書、234ページ)

戦後の歴史研究は、藤原先生のように、直接戦争を体験された方がまさに自らの全存在をかけて切り開いてこられたものだと言うことをあらためて強く感じさせられました。もちろん、いまの私たちが藤原先生と同じように戦争史を研究することは不可能ですが、しかし、侵略戦争の歴史に立ち向かって、戦争は何故起こったのか、どうして止められなかったのか、さらに日本の戦争犯罪や戦争責任の問題を追究し続けた先生の姿勢には深く学んでゆかなければならないとあらためて思いました。

【書誌情報】
書名:天皇の軍隊と日中戦争/著者:藤原彰/出版社:大月書店/出版年:2006年5月12日/定価:本体2,800円+税/ISBN4-272-52076-8

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  1. 藤原先生の追悼文集が出ていたことを、貴ブログにて知りました。ありがとうございます。早速購入して読もうと思っています。
    小生も藤原先生の教えを受けた人間で、吉田裕さんも存じ上げています。
    昨今、アジアへの侵略戦争を好意的に書いたり、南京虐殺がなかったという曲学阿世の徒が多いなか、貴ブログのような主張には感銘を覚えます。

  2. moriさん、初めまして。
    藤原ゼミのご出身なのでしょうか? だとすれば同じ大学の先輩ということになります。よろしくお願いします。m(_’_)m

    私は、大学の授業では藤原先生の講義を受けましたが、ゼミは佐々木ゼミだったので、直接指導を受けたことはありません。この本に収められた回想記(そのうち1つは、偲ぶ会の時に配られたものとのことです)は、藤原先生が何を考えて、それぞれの研究をすすめてこられたかがよく分かり、先生の業績をふり返り勉強し直すよい刺戟になります。

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