日米首脳会談にかんする社説あれこれ

全国紙では、「朝日」が「日米首脳会談 同盟一本やりの危うさ」という見出しをかかげて注目されましたが、中身を読んでみると、やっぱりだいぶ腰が引けてますねぇ。(^_^;) で、同じ腰が引けたものなら、「毎日」の社説の方が、小泉外交のゆきづまりをずばり指摘しているだけ面白いかも…。

それに対し、地方紙の方がいろいろ気を吐いていますね。「愛媛新聞」は、「米国の世界戦略に巻き込まれ、自衛隊の海外派遣がなし崩し的に世界規模に拡大する恐れは否定できない」として、「さらなる連携強化はこれからの日本にとって、危うさをはらむと言わざるを得ない」と批判。「琉球新報」は、「国の安全保障どころか、国を危機的状況に追いやる結果を招くのではないか」ともっと深刻です。中国新聞も、「軍事行動まで発動し、価値観の押し付けとの反感が強いブッシュ路線を、日本が無条件で支持すると受け取られかねない」と問題点をずばり指摘しています。「小泉政権は、日米関係が強大な軍事同盟へと変容する流れを加速させてきた」という「北海道新聞」の指摘もなかなか鋭いと思います。

社説:日米首脳会談 「盟友」依存超えた関係構築を(毎日新聞)
日米首脳会談 同盟一本やりの危うさ(朝日新聞)
日米首脳会談 安保だけが同盟でない(東京新聞)

地方紙はこちら。

日米首脳会談 同盟深化は危うさをはらむ(愛媛新聞)
新世紀の日米同盟・対米一辺倒外交でいいのか(琉球新報)
日米首脳会談/「新同盟」の先に何がある(神戸新聞)
日米首脳会談 自画自賛の空虚と怖さ(中国新聞)
日米首脳会談*軍事が突出する「同盟」(北海道新聞)

社説:日米首脳会談 「盟友」依存超えた関係構築を
[毎日新聞 2006年7月1日]

(前略)

 両首脳が会談の成果をまとめた文書を発表したのは01年6月の初会談で「揺るぎない同盟のパートナー」をアピールした共同声明以来。今回の共同文書に盛られた「世界の中の日米同盟」は03年5月にテキサス州のブッシュ大統領の私邸で行われた会談で使われた言葉だが、文書化されたのは初めてだ。
 日米関係を表す言葉が「揺るぎない同盟」から「世界の中の同盟」に変わる過程では、国際情勢に大きな変化があった。01年9月の米同時多発テロとそれを受けた米国による対テロ戦争開始、北朝鮮の核問題の深刻化、中国の軍事力増強などだ。

(中略)

 しかし、小泉首相が良好な日米関係を現実の国際政治に生かし切れなかったのは残念だ。典型的な例は国連安保理常任理事国入りの失敗である。中国の反対も大きかったが、米国の冷淡さは決定的だった。首脳の個人的関係に依存し総合戦略を欠いた小泉外交の限界を露呈したものだ。
 東アジア外交の立ち往生は、首相の対米関係での功績を相殺した。北朝鮮の長距離ミサイル「テポドン2号」の発射準備や拉致問題のこう着化など猶予が許されない事態が生じているのに、中国や韓国のトップと話すら出来ないのはもどかしい。近隣国との不正常な関係はアジアでの日本の立場を不利にし、米国の利益にも反する。(後略)

日米首脳会談 同盟一本やりの危うさ
[朝日新聞 2006年7月1日社説]

(前略)

 だが、そもそも安保条約は「日本防衛と極東」に限定した約束事だ。
 この領域を超えて両国が政治的、外交的に協調するのはもちろんあっていい。たとえば、イランの核問題の解決や国際テロの防止のために、日米が力を合わせて取り組むことに異論はない。
 しかし、軍事で協力するとなると話は別だ。どのテーマで、どこまで協力していくのか。とりわけ軍事的な要素が絡む問題ではそこを明確にする必要がある。
 政治的な協調にしても、無条件ではないはずだ。イラク戦争のとき、同盟国の独仏は異を唱え続けたではないか。

(中略)

 首相は首脳会談で、靖国神社参拝の問題について持論を繰り返した。自由や民主主義を掲げた新世紀の同盟を語る場だったのに、日本が民主主義とは遠かった時代から重い荷物を引きずっていることを浮き彫りにしてしまったのは笑えない皮肉である。
 米国内でも、首相の靖国参拝を批判する声が目立っている折、とても説得力を持ったとは思えない。ましてや中国や韓国がこの首脳会談での言葉をどう受け止めただろうか。
 対米関係はもちろん重要だが、それを多角的な外交戦略の土台に生かしてこそ、強みが発揮される。米国との同盟一辺倒の印象を振りまいたことは、日本外交の幅を狭めてしまったのではないか。首相が気づかないのは残念である。

日米首脳会談 安保だけが同盟でない
[東京新聞 2006/7/1付社説]

 小泉純一郎首相とブッシュ米大統領が、共同文書で、首相在任中の両国関係を総括した。日米関係は今後、安全保障面での協力と幅広い分野での連携がバランスを回復するよう、目配りすべきだ。
 小泉首相の訪米にあたり両国がとりまとめた共同文書は、五年間の首相在任中における日米関係の変容ぶりを総括し、ともに目指す方向を確認して次の政権に引き継ぐための証文といえる。
 共同文書は、小泉政権下で両国関係が「歴史上最も成熟した二国間関係」に高まったとうたいあげた。両国の結びつきを強化した取り組みとして、イラクやインド洋への自衛隊派遣、弾道ミサイル防衛協力、在日米軍の再編といった、安全保障分野での「著しい進展」を列挙した。
 両国のきずなが格段に強まった背景には、二〇〇一年四月に小泉首相が就任して間もなく米国中枢部が9・11同時テロに襲われ、米国が日本の協力を必要とした事情がある。
 首相がエルビス・プレスリーのファンだと知ったブッシュ大統領は、今回、自らテネシー州メンフィスの旧プレスリー邸まで案内する。両首脳がそれほど親密に築いた人間関係も、日米関係に大きく作用した。
 小泉政権下でも、国連安保理改革や米国産牛肉輸入といった問題で、両国間に摩擦の火種がなかったわけではない。国際情勢や首脳間の関係が、衝撃を和らげていたのだ。
 では、小泉政権の後、両国関係はどうなるのか。共同文書は「二十一世紀の地球的規模での協力のための新しい日米同盟」を宣言し、今後も幅広い課題で密接に協力していく意思を確認した。両国が安全保障分野でさまざまな課題を共有している現状も書き込まれた。
 一方、安全保障以外の分野をめぐっては、日本の安保理常任理事国入り、自由貿易体制の強化、気候変動への対応といった問題で、両国間の連携が一通りうたわれた。むしろ安全保障分野の外周でいっそう協力を強化し、均衡の取れた両国関係を構築していかねばならない。
 共同文書に「憲法」の文字が見あたらないことも気になる。今後、在日米軍再編やミサイル防衛協力などの作業を進めていく場合でも、日本には踏み外せない枠がある。米国が過大な期待を抱かないよう、その念押しをすべきではなかったか。
 今後の両国関係を担う日本側の指導者は事実上、九月に予定される自民党総裁選で決まる。立候補を目指す有力者らには、両国関係をどうかじ取りするつもりなのか、共同文書を踏まえて説明する責任がある。

日米首脳会談 同盟深化は危うさをはらむ
[愛媛新聞 2006/07/01(土)付社説]

 日米首脳会談で小泉純一郎首相とブッシュ大統領が共同文書「新世紀の日米同盟」に合意した。
 人権、民主主義やテロとの戦いなど共通の価値観と利益に基づく「世界の中の日米同盟」を強調したのが特徴だ。二十一世紀の地球的規模での協力を、ともに内外に宣言したといえる。
 これはブッシュ政権の「民主化拡大構想」に共同対処することを意味し、日米安保体制は新たな領域に入った。さらなる連携強化はこれからの日本にとって、危うさをはらむと言わざるを得ない。
 日米同盟は戦後日本が国際協調とともに、外交の機軸に据えてきた。だがこの五年余、小泉首相は歴代政権以上に日米同盟を重視し、同盟関係はより深化した。日本国内の有事法制整備が進んだほか「テロとの戦い」の一環としてインド洋やイラクに自衛隊を派遣するなど、憲法上の疑義をよそに日米の安全保障面の連携は拡大している。
 今年五月、在日米軍再編の最終報告に合意した際、同盟は「新たな段階に入る」と宣言した。そして今回の共同文書の合意である。米国の世界戦略に巻き込まれ、自衛隊の海外派遣がなし崩し的に世界規模に拡大する恐れは否定できない。
 首脳会談で小泉首相は「歴史上最も成熟」した日米関係をことさら強調し、同盟を最優先してきた小泉外交の成果を誇示した。ポスト小泉に外交面でも小泉路線の継承を求めたと見ていい。
 だが、まもなく退任する小泉首相が次期首相の足かせになりかねない同盟深化に踏み込む必要があったのか、大いに疑問が残る。次期政権は重い課題を背負ったというほかない。
 たとえば巨額の経費負担が必至の在日米軍再編問題がある。合意文書は「アジア太平洋地域の平和と安定に必要」と明記し、合意内容の着実な実施をうたった。だが、米軍普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部(沖縄県名護市)への移転問題には沖縄県などの不満が強く、解決は容易ではない。
 イラク問題では陸上自衛隊部隊の撤収を開始し、今後の支援の軸足は航空自衛隊の輸送支援や政府開発援助(ODA)による復興支援に移る。小泉首相は支援活動に取り組む決意を強調したが、どこまで米国を側面支援していくのかが問われよう。
 アジア外交では小泉首相の靖国神社参拝などで中国、韓国との関係は冷えたままだ。北朝鮮の拉致、核、ミサイル問題の解決の見通しも立っていない。日本がアジア周辺諸国といかに安定した関係を築いていくのか。その答えを日本側は迫られるにちがいない。
 さまざまな国際的課題で日米協力は欠かせないが、日本はやはり国際社会全体との調和をも念頭に置くべきだ。
 日米同盟を常に最重要視する小泉首相の外交路線には自民党内にも根強い批判がある。小泉外交の総括とともに、合意した「新世紀の日米同盟」をめぐって論議を深める必要がある。

新世紀の日米同盟・対米一辺倒外交でいいのか
[琉球新報 2006-7-1 10:29:30]

 これほど和やかなムードの日米首脳会談も珍しい。外交には障害がなく相互理解が深まれば深まるほどいい。しかし、今回の首脳会談の雰囲気の和やかさには違和感を覚え、釈然としない。
 ブッシュ大統領の笑顔は、ある意味で理解できる。懸案だった牛肉の輸入再開は決まったし、米軍再編は合意に至り、在沖海兵隊の海外移転に必要な巨額な費用も日本側が応分に負担する方向で進められているからだ。米側が半ば強引に要求することも、小泉首相は誠意をもって応えてくれる。これほど都合のいいパートナーはなかなかいないだろう。
 一方、小泉首相の笑顔。理解するのに苦しむ。米国追従と批判されても日米同盟優先という姿勢を崩さないし、中国、韓国との外交は冷え切っている。沖縄県民が求めた米軍基地の負担軽減も、実質的に機能強化の方向に進んでいる。現状を認識すれば、とても日米の蜜月関係を喜べる状況にはない。
 その上、今回の首脳会談で合意した共同文書「新世紀の日米同盟」は両国の関係をより深化させる内容となった。
 すなわち「共通の脅威に対処するのみならず、自由、人間の尊厳及び人権、民主主義、市場経済、法の支配といった中核となる普遍的価値観を共に推進していく」と記した。これはブッシュ政権の「民主化拡大構想」に日本が深く関与することを意味する。小泉首相は日米同盟が突出しているという指摘が多くあるにもかかわらず、さらに進展させると表明してしまった。日米関係は新しい段階に踏みだしたといえよう。
 懸念されるのは、米国の世界戦略に巻き込まれ、国際紛争に直面することである。国の安全保障どころか、国を危機的状況に追いやる結果を招くのではないか。
 沖縄では嘉手納基地にパトリオット配備計画があり、紛争に巻き込まれる恐れがなおさら高い。
 「日米関係が良ければ、自動的にアジアとの関係が良くなるとはいかない」。自民党内からもこのような批判が出るほどだから、小泉首相の外交姿勢には疑問を感じる。さらに退任間近な首相が「総決算」としてここまで踏み込んでいいのかという指摘もある。
 対中国・韓国外交で見せる強気な対応がなぜ、米国に対してできないのか。是々非々の姿勢でシビアに外交に臨まなければ、足元を見られるのは明らかであり、そのデメリットを被るのは国民である。
 今後の外交は新しい首相に委ねられるが、小泉方針に縛られる必要はない。むしろ、対米一辺倒の外交を変更し、中国・韓国との関係改善を進め、国連を重視した国際協調的な外交を目指すべきだ。

日米首脳会談/「新同盟」の先に何がある
[神戸新聞 2006年7月1日付社説]

(前略)

 もっぱら軍事面での協力が目立つ中、軍事一体化がもたらす「危うさ」はないのだろうか。
 共同文書に「アジアは民主主義、自由といった普遍的価値観に拠(よ)って立つ地域へ変わりつつある。アジアの歴史的変革を共に形作り支援していく」とある。
 明らかに、台頭する中国を意識しているのだろう。しかし、中国は日本にとってきわめて重要な隣国である。「新たな日米同盟」の下、同じアジアの一員として、日本の取るべき道が試されている。
 具体的な外交課題は、ポスト小泉政権に引き継がれたが、イスラム圏などでは米国流の民主化に反発する国は多い。そのことを、日本も十分に認識すべきだ。
 日米関係が日本外交の基軸であることに、疑いはないだろう。さらに、それを強めるのなら、「新たな日米同盟」の先に何があるのか、しっかりと見定めたうえで日本独自の戦略が要る。

日米首脳会談 自画自賛の空虚と怖さ
[中国新聞 2006/7/1付社説]

 深まるばかりの日米同盟に、戸惑いを感じる国民は多いのではないか。米国を訪問中の小泉純一郎首相はブッシュ大統領と会談し、日米関係の「成熟」をアピールした。その小泉首相は退陣まで残り三カ月。在日米軍再編に伴う地元への負担しわ寄せをはじめ、多くの宿題は今後に持ち越された。
 就任間もない小泉首相がブッシュ大統領に構造改革を強調し、キャッチボールをして見せたのは二〇〇一年夏だった。それから五年。故エルビス・プレスリーの邸宅「グレースランド」訪問まで盛り込んだ今回の歓待ぶりは、初会談の比ではない。
 親密さは「新世紀の日米同盟」と題し、会談後に発表された共同文書に端的に表れている。「自由、人権、民主主義、市場経済、法の支配といった普遍的価値観を共に推進する」と踏み込んだ。軍事行動まで発動し、価値観の押し付けとの反感が強いブッシュ路線を、日本が無条件で支持すると受け取られかねない内容である。
 米中枢同時テロ以来、インド洋へ海上自衛隊、イラクへ陸上自衛隊を派遣するなど、小泉首相は日米の結束強化を進めてきた。共同文書はその帰結かもしれない。
 しかし国内合意への努力はなおざりなままだ。特に在日米軍再編で、岩国基地への空母艦載機移転で住民は明確に反対の意思を示した。沖縄の普天間飛行場移転も合意には達していない。三兆円ともいわれる日本側の負担経費も大きな問題だ。なにより軍事的な連携強化は憲法に触れる懸念がある。
 にもかかわらず首脳会談では、「在日米軍再編は歴史的成果」と両首脳はたたえ合った。住民の痛みや実現の見通しは、どれだけ頭にあったのか。
 会談ではまた、北朝鮮の拉致問題やミサイル問題について突っ込んだやりとりをした半面、米国とインドの原子力協力や小泉首相の靖国参拝問題などは、さらりと触れた程度だったようだ。都合の悪い点はさしおいて、合意した部分だけたたえ合う。これで真のパートナーといえるのだろうか。
 小泉首相が外交の「総仕上げ」と称して将来の日米関係にまで踏み込み過ぎたとの印象は免れない。改革路線に続き次期政権の外交政策にまで、たがをはめるつもりかと勘ぐりたくなる。
 在任中に対米一辺倒を貫いた小泉首相への餞別(せんべつ)が歓待だとすれば、あまりにもむなしい。ツケは今後、確実に国民にのしかかる。

日米首脳会談*軍事が突出する「同盟」
[北海道新聞 2006年7月1日付社説]

 九月に退任する小泉純一郎首相に対し、ブッシュ米大統領は国賓並みのもてなしで「花道」を用意してくれた。
 共同記者会見では、お互いに相手を持ち上げる言葉が躍った。
 小泉首相にとって最後となる日米首脳会談で際立ったのは「親友」と呼び合う二人の蜜月関係の演出ぶりだ。
 両首脳の会談は今回を含め、五年間で十三回を数える。この間、首相はひたすら米国傾斜を強めてきた。「新世紀の日米同盟」と題する共同文書は、その総仕上げとなるものだ。
 日米関係は、両首脳が強調する「世界の中の日米同盟」という言葉が示すように、地球規模に役割を広げつつある。しかも、それは軍事ばかりを偏重した同盟である。
 小泉首相は二○○一年六月の第一回会談で、ミサイル防衛について、日本は専守防衛の国であり、「研究」は理解するが「開発、配備」は別だと、米国にくぎを刺した。
 それがいつの間にか共同開発へと進み、将来の日本配備まで決まってしまっている。
 欧州各国が反対した米国のイラク戦争にもいち早く支持を表明し、憲法が厳しく制約する「戦地」への自衛隊派遣要請にさえ応じた。
 在日米軍再編では、日米の軍事的一体化を推し進め、巨額の費用負担も受け入れた。
 このように小泉政権は、日米関係が強大な軍事同盟へと変容する流れを加速させてきた。
 共同文書では自由、人権、民主主義、市場経済などの「普遍的価値観」をともに推進することがうたわれた。
 問題は、それらを超大国の力で押し付ける米国のやり方にある。イラク戦争はその典型的な例だろう。ことあるごとに途上国と対立する国連での振る舞いにも、米国の独善が見て取れる。
 そして、そんな米国に追従してきたのが小泉外交だったのではないか。
 米国が今後、日本に求めてくるのは米英同盟をモデルにした同盟関係の構築だと言われる。それは日本が専守防衛を捨て、憲法が禁じる集団的自衛権の行使に踏み込み、戦地で血を流す覚悟をするということだ。
 首相は晩さん会のあいさつで、映画「真昼の決闘」の保安官に大統領をなぞらえて「悪に立ち向かうときに米国は一人ではない。日本は常に米国の味方だ」と述べた。
 これを社交辞令と聞き流せない危うさが、いまの日米関係にはある。
 確かに両首脳は厚い友情をはぐくんだかもしれないが、真の友人なら、ときに厳しい苦言を呈することもできなければならない。
 首相の後継者には、米国に言うべきは言う、本当の意味での成熟した日米関係を築く重い課題が残された。

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