敵基地攻撃論にかんする地方紙の社説(続き)

敵基地攻撃論にたいする地方紙の社説の続きです。この手の問題になると、全国紙より地方紙の方がまともな議論が多いのはどうしてでしょう?

専守防衛の原則が崩れる 敵基地攻撃能力(西日本新聞 7/14)
社説 敵基地攻撃論 広い視点から冷静な議論を(熊本日日新聞 7/13)
敵基地攻撃能力/過熱せずに冷静な議論を(河北新報 7/12)
敵基地攻撃論 日米安保で足りぬのか(新潟日報 7/12)

専守防衛の原則が崩れる 敵基地攻撃能力
[2006/07/14付 西日本新聞朝刊 2006年07月14日10時08分]

 北朝鮮の弾道ミサイル連続発射を受けて、自衛隊に敵の基地を攻撃できる能力を持たせるべきだという議論が政府・自民党内で急浮上している。
 政府・自民党内の一部に以前からあった「敵基地攻撃能力保有論」ではある。が、いまは北朝鮮の「暴走」を制止し対話の場に引き戻そうと、国際社会挙げて外交努力をしているさなかである。
 この時期「専守防衛の範囲」見直しにつながる敵基地攻撃論の再燃は、北朝鮮脅威論に便乗した先制攻撃論との誤解を国際社会に招きかねない。それは日本外交にとっても得策ではないはずだ。
 議論の口火を切ったのは額賀福志郎防衛庁長官である。「国民を守るためなら独立国家として限定的な攻撃能力を持つことは当然」と語り、敵基地攻撃能力を保有しておく必要性を指摘した。
 麻生太郎外相も「ミサイルが日本に向けられるなら、被害を受けるまで何もしないわけにはいかない」と表明した。これらの指摘を受け、安倍晋三官房長官は「今後そういう能力を持つべきかどうか、議論を深めていく必要がある」との考えを示した。
 北朝鮮が日本に向けてミサイルを撃ってくる前に、発射基地を先制攻撃して破壊する。そのための攻撃用兵器と装備を日本は持っておくべきだというわけだろう。安倍長官は後日「先制攻撃論ではない」と否定したが、周辺国にはそう受け取られている。
 北朝鮮は日本列島を射程に収める中距離弾道ミサイル「ノドン」を200発以上配備しているとされる。核兵器開発や拉致問題で、北朝鮮に対する日本国民の不信や憤りが高まっているなかでの、今回のミサイル連続発射である。
 漠然としていた北朝鮮の脅威が現実となり、私たちは強い衝撃を受けた。国民の間に「攻撃される前に北朝鮮の基地をたたくべきだ」という声が出ているのも、感情論としては理解できる。
 しかし、このような時期だからこそ、冷静に対処したい。三閣僚の発言は日本の安全保障への問題提起ではあろうが、敵基地攻撃能力保有論はわが国が防衛政策の大原則としてきた「専守防衛」を揺るがしかねない問題である。感情論に乗った短兵急な議論は避けるべきだろう。
 他国から攻撃を受けた場合「他に手段がないと認められる限り、誘導弾などの基地をたたくことは法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」(1956年、鳩山一郎首相答弁)というのが政府の見解ではある。
 しかし、法理論としては可能であっても、日本の歴代政権が選択した道は、平和憲法の理念を尊重し日米安保体制の下で「専守防衛」を基本とすることだ。
 戦後60年、他国を攻撃できる軍備を持たないことで、日本は国際社会の信を得てきたのではないか。その歴史の重みをあらためて考えるときでもある。

社説 敵基地攻撃論 広い視点から冷静な議論を
[熊本日日新聞 2006年7月13日付]

 北朝鮮の弾道ミサイル連続発射を受け、政府・与党部内で、敵国の発射基地などへの「敵基地攻撃能力」を保持すべきだという議論が出てきた。
 額賀福志郎防衛庁長官は「独立国家として、一定の枠組みの中で、最低限のものを持つという考え方は当然だ」と発言。安倍晋三官房長官も会見で理解を示した。自民党の武部勤幹事長も「黙ってミサイルを撃ち込まれるのになすすべがないのは許されない」と、関連の法整備に積極姿勢を示した。
 一方、小泉純一郎首相は、先制攻撃論には「憲法上の問題もある」と慎重な考えを示し、公明党の神崎武法代表は「基地を攻撃することになれば、全面戦争になる」と否定的な見解を表明した。
 北朝鮮は今回、射程の長いテポドン2号や比較的射程が短いノドンや新型スカッドミサイルを発射したとされる。ほぼ日本全域を射程内に収めるノドンやスカッドミサイルは、一九九八年ごろには実戦配備されており、日本にとっては現実的な脅威となっている。
 北朝鮮から日本に向け弾道ミサイルが発射された場合、日本にこれを撃ち落とす能力はない。ミサイル迎撃用の地対空誘導弾(PAC3)は首都防衛用が予算化されたばかりで、実戦配備は来年からだ。現在配備されているイージス艦も、ミサイルを探知・追跡する能力はあっても迎撃ミサイルは搭載していない。
 政府はこれまで、我が国に対する攻撃が差し迫り、ほかに防衛手段がない場合は、敵基地の攻撃も「自衛の範囲」で憲法上容認されるとの見解(一九五六年の鳩山一郎首相答弁)を示している。
 ただ、これまで我が国は「専守防衛」の立場を堅持してきた。言うまでもなく、それが平和憲法を持つ戦後日本の変わらぬ姿勢だった。日本の安全保障は、日本が「盾」、米国が「矛」の役割を果たす日米安保体制で成り立っている。
 自衛隊の攻撃的な兵器保有をめぐっては、石破茂防衛庁長官(当時)が二〇〇三年に「検討に値する」と国会答弁するなど、これまでもくすぶってきた問題だ。ただ今回の額賀発言は、攻撃的兵器の保有問題を超えて敵基地攻撃能力に言及するなど突出した印象はぬぐえない。
 専守防衛に徹してきた日本が独自に敵基地攻撃能力を持つということは、日米安保体制の枠組みを根本から変えることにつながる。果たしてそれが日本にとって賢明な選択かどうか、北朝鮮問題だけで判断することは到底できない。
 もし日本が安全保障政策を大転換するならば、中国や韓国など周辺諸国の反発は必至だ。韓国は早くも十一日、日本の閣僚らから先制攻撃論が出ていることについて、大統領官邸の報道官が「日本の侵略主義的傾向を示したもので深く警戒するしかない」と厳しく批判した。
 しかし、核兵器保有を宣言している北朝鮮がミサイルを発射したのを機に、日本の安全保障について論議が起こるのは当たり前のことである。これまではむしろ、米国に自国の安全保障のげたを預け、議論を避けてきたのが現実ではなかったか。ただ留意すべきは、短絡的議論に陥らないことだ。東アジアの安全と安定をどう構築していくかという広い視点に立った冷静な議論が求められる。

敵基地攻撃能力/過熱せずに冷静な議論を
[河北新報 2006年07月12日水曜]

 北朝鮮の弾道ミサイル連続発射を受けて、自衛隊に敵基地攻撃能力の必要性を指摘した額賀福志郎防衛庁長官の発言が内外に波紋を広げている。
 政府、与野党幹部の反応は肯定、慎重、否定とさまざまだが、安倍晋三官房長官や麻生太郎外相、自民党の武部勤幹事長らは積極的に検討を進める考えを明らかにしている。
 国際緊張が極めて高い今、前のめりの発言は危険だ。特に、日本が先制攻撃を模索し始めたといったような、誤ったメッセージが海外に受け取られることは避けなければならない。
 北朝鮮に対する日本国民の不信感、憤りは拉致事件をめぐってかつてなく強い。そこにミサイル連続発射だ。
 北朝鮮は日本のほぼ全域を射程に収める中距離弾道ミサイル「ノドン」を200発程度配備しているとされる。「何をするか分からない」という不安感は国民の間に広がっている。
 しかしそのような時だからこそ、冷静に対処したい。北朝鮮の挑発に乗ってはなるまい。防衛の在り方については、過熱することなく、あくまでも冷静に考えていくべきだ。
 もし敵国から攻撃されたらどうするかという問題は、平和憲法と深くかかわる。日本が選択した道は日米安保の下、専守防衛を基本とすることだ。敵国を攻撃することを目的とした軍備は持たず、万一の場合は米軍に期待する体制でやってきた。
 ただし、敵基地への攻撃は自衛の範囲内として、憲法上も可能とするのが政府見解だ。
 鳩山一郎首相当時の1956年、政府は「他に手段がないと認められる限り、誘導弾などの基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」と答弁。2003年には石破茂防衛庁長官(当時)が可能との認識を示している。
 一方、武力攻撃の恐れがあると推量されるだけで他国を攻撃する、いわゆる先制攻撃は許されないとしてきた。
 敵国のミサイル攻撃に対しては、米国と協力したミサイル防衛(MD)システムの早期構築を加速させる方針だが、迎撃能力がどの程度あるかは未知数だ。飛距離の短いミサイルの場合は迎撃は困難ともされる。
 北朝鮮によるミサイル発射を受けて、敵基地攻撃能力の保有論が大きく浮上したのは、これまでの姿勢のままでいいのか、という危機意識の表れにほかならない。小泉政権による自衛隊のイラクなどへの海外派遣、憲法改正論議の流れなどとも関係しているだろう。
 しかし、あらためて考えたい。日本は戦後60年、他国を攻撃できる軍備を持たないことで、アジア諸国の信頼を得てきたのではなかったか。攻撃能力を持つことは、基本姿勢の大転換を意味する。
 とりわけ韓国、中国との関係が小泉純一郎首相の靖国神社参拝で冷え切っている現在、北東アジアの緊張を一気に高めることにつながる。
 何よりもまず、韓国、中国との緊張関係をときほぐすことから始めるべきではないのか。

敵基地攻撃論 日米安保で足りぬのか
[新潟日報 2006年7月12日(水)]

 北朝鮮による弾道ミサイル発射を受け、自衛隊に敵の基地を攻撃できる能力を持たせるべきだとする議論が政府、自民党内でにわかに高まっている。
 「国民を守るためなら独立国家として最低限のものを持つという考え方は当然だ」。額賀福志郎防衛庁長官はこう述べて、自衛隊の敵基地攻撃能力保有を検討すべきだという考えを表明した。
 安倍晋三官房長官、麻生太郎外相も額賀長官の発言に理解を示し、自民党の武部勤幹事長は「ミサイルが撃ち込まれるのを分かっていて、なすすべがないというのは許されない」と同調した。
 北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ノドン」は、日本列島を射程に収めている。五日の連続発射で脅威は現実となり、私たちは強い衝撃を覚えた。攻撃される前に北朝鮮の基地をたたく力を持つべきだ、という声が出ても不思議ではない。
 しかし、この議論は慎重の上にも慎重を期すべきだ。憲法に触れる恐れがある上に、専守防衛を原則とする防衛政策の変更につながりかねない重大な問題をはらんでいるからだ。近隣諸国との関係にも思いをめぐらす必要がある。
 急迫不正の侵害があった場合について政府は一九五六年、「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨ではない」とする見解を示している。他に手段がなければ敵のミサイル基地を攻撃しても法理的には認められる、という理屈だ。
 あれから半世紀がたったが、日本は現実には他国を攻撃するための武器や能力を備えてはこなかった。普段からそうした装備を持つことは憲法に違反する、と解釈されてきたためだ。
 この間、日米安全保障条約により、日本は専守防衛に徹しながら、敵の基地などへの攻撃能力は米軍に委ねる仕組みがつくられた。日米の軍事同盟の存在が敵に対する抑止力になっており、その効果は日米安保条約がある限り続く。
 それでも足りず、自衛隊にまで攻撃能力を持たせようというのだろうか。北朝鮮のミサイル発射に浮き足立つのではなく、ここは深呼吸をして考えたい。
 敵の基地を攻撃するためには、航続距離の長い戦闘爆撃機や中距離の弾道ミサイルが必要となる。日本がそんな攻撃的な武器を手にすれば、東アジアの緊張を高め、情勢をより不安定にさせる。
 日本は二度と他国に脅威を与える国になってはいけない。戦後一貫してとってきた専守防衛政策には、歴史の反省を踏まえたそんな決意も込められていたはずだ。敵基地攻撃論を交わす際には、その原点をしっかり踏まえることである。

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