アラ還のオッサンがマルクスの勉強やらコンサートの感想やらを書き込んでいます

見てきました 映画「胡同のひまわり」

2006年8月20日 at 13:38:59

胡同のひまわり

昨日、久しぶりに、映画を見てきました(今年7本目)。写真は、ル・シネマのホールに飾られていた「胡同のひまわり」のポスターです。張楊監督と子役の張凡くんのサインが書かれているのですが、分かるでしょうか(クリックすると大きくなります)。

「胡同」というのは、中庭を囲んでロの字に家が並ぶ四合院がつらなる北京の街の路地、横町のこと。中庭はご近所共用で、日本の下町のように、わいわい言いながら暮らしている。映画は、1976年、1987年、1999年という3つの年代を重ねることで描かれています。

1976年。文化大革命の末期。主人公シャンヤン(向陽)の父親は、6年間の強制労働に追いやられていた農場から帰ってくる。3歳のときに父親がいなくなったシャンヤンは、なかなかなつこうとしない。ある日、悪戯をくり返すシャンヤンに、父親は絵を描かせてみる。その絵にシャンヤンの才能をみた父親は、厳しく絵の勉強をさせるが、シャンヤンは反発する。

1987年。シャンヤンは19歳になり、初恋をする。父親の拘束から逃れたいシャンヤンは、友人と、経済発展著しい広州へ向かおうとするが、列車の発車直前、父親に連れ戻される。

1999年。北京では次々に新しいアパートが建てられる。なんとしてもアパートに移り住みたい母親は、夫の経歴のために選に漏れていることに気づき、偽装離婚。見事、アパートを手に入れる。シャンヤンは32歳。すでに結婚しているが、妻が妊娠しても、シャンヤンはどうしても子どもを持つ気になれない。シャンヤンの父親には、それが自分への面当てに思えてならない。父親は、依然として胡同に暮らし続け、偽装離婚した母親のアパートで暮らそうとしない。会うたびに、衝突する父と子。そんななか、シャンヤンの大規模な個展が開かれる…。

ということで、急速に変貌する中国の庶民の暮らしぶりを背景に、父と子の複雑な関係を丹念に描いてゆきます。

同じ胡同の生活でも、1976年と1987年と1999年では大違い。1987年に、シャンヤンが彼女と出会う冬の后海でのスケートの場面では、彼女の真っ赤な帽子とマフラーが印象的。他の女性だって、少しずつおしゃれができるようになっていることが分かります。シャンヤンの勉強部屋に置かれたでっかいラジカセ(SANYO製)が、「改革・開放」の始まった時代を象徴しています。

1999年になると、胡同の町並みは、あちこちで取り壊しが始まっています。解体された胡同の向こうに見えるのは、近代的な高層アパート。それでも、父親が独りで住む胡同の家のなかは、すっかりこざっぱりしてきれいになっているし、電話があったり、テレビがあったり。そんな変化が、見事に描かれています。

ラストのシャンヤンの作品展の場面では、中国現代アートの代表・張暁剛(ジャン・シャオガン)の作品(「全家福」)が登場します。これがまた、なかなか不思議な雰囲気をもった作品です。

ところで、作品では、シャンヤンの隣家のラオさんが大事な役割を果たしています。シャンヤンの父親が帰ってきてから、何かと親切にするラオさん。しかし、ある日、彼の告発が、強制労働に送られる原因となった明らかになります。告発しなければ自分が有罪とされかねなかった時代状況――。しかし、ラオの「許してほしい」という言葉に、父親は、「許して何になる」と言うだけでした。

いらい、二人は口も聴かなくなってしまうのですが、それでも、一人で暮らし始めた父親とシャンヤンは、中庭に置かれた盤の上で、黙って将棋を差し合う日々が続きます。ラオが駒を動かして家の中に戻ると、急いでどんな手を打ったか確かめに行く父親。すぐに家に戻って、部屋の中の盤で、次の差し手を考え、翌日、中庭の盤の駒を1つだけ動かす…。そんな“意地っ張り”な関係がずっと続いてゆきます。しかし、あるとき、待ってもラオが駒を動かさない日が続きます。父親が部屋に入ると、盤を前にラオさんが息絶えていた。父親は、ひとりラオさんの亡骸を前に、「あと1手で詰むところだった」「こんなことになると分かっていたら、詰まない手を打ったのに」「待ったをしたかった…」と慟哭する…。

そこには、「文化大革命」によって人生を狂わされた人びとの悔しさと、そうした悲劇の責任を個々の人間に負わせても仕方がないという気持ちとの、複雑な絡み合いが描かれています。1976年は、毛沢東が死亡し、「四人組」が追放され、「文化大革命」が終息に向かう年。胡同の“懐かしい”庶民の暮らしぶりだけでなく、「文化大革命」が一人の人間にあたえた“痛み”についても思いをいたしたい作品です。

チャン・ユエリャン・ジン

それにしても、シャンヤンの最初の恋人役のチャン・ユエ(張●=王ヘンに月)と妻役のリャン・ジン(粱静)が美しい。やっぱり中国人女性は美形だなぁ? (^_^;)

胡同のひまわり

【映画情報】監督・脚本:チャン・ヤン(張楊)/出演:スン・ハイイン(孫海英、父親役)、ジョアン・チェン(陳冲、母親役)、 チャン・ファン(張凡、9歳のシャンヤン役)、ガオ・グー(高歌、19歳のシャンヤン役)、ワン・ハイディ(王海地、32歳のシャンヤン役)/2005年、中国/132分

追伸:
大変だったのは、映画の帰り。新宿駅に着くと、人身事故ということで、中央線・総武線とも1時間ほどとまったあと。ちょうど総武線が止まっていて、何とか動き出しそうだったので、それに乗っていくことにしたら、東中野・中野間で「前に電車が詰まっている」「中野駅で電車が車庫にはいるのに手間がかかっている」とのアナウンスで、かれこれ30分ぐらい止まってしまいました。そのあいだに、隣の中央線を快速電車が4、5本がびゅんびゅん通り過ぎてゆきます(ほかに特急やら回送電車も)。で、ようやく中野駅に着くと、こんどは「車内で具合の悪くなったお客さんが出たので、救護活動をします」と、またまた停車。次の高円寺駅では、「後続の電車からお客さんが線路に降りたということで、緊急停止信号を受信しましたので、しばらく停車します」。阿佐ヶ谷駅では、発車しかかったところで、またまた緊急停止。「警察の指示で、再びドアを開けます」云々…。新宿駅の手前で聞き始めたマーラーの交響曲第7番が阿佐ヶ谷駅で終わってしまった、といえばどれぐらい時間がかかったか、分かってもらえるでしょうか。結局、駅に帰り着いたのは午前0時を回っていました。映画を見終わって、渋谷駅に着いたのが10時過ぎでしたから、かれこれ2時間かかった計算。疲れました〜〜〜(?_?;)

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2 Responses to “見てきました 映画「胡同のひまわり」”

  1. 胡同のひまわり…

    2005年 中国 2006年7月公開 評価:★★★★★ 原題:向日葵監督、脚本: (more…)

  2. 「胡同(フートン)のひまわり」(中国 2005年)…

    これは文化大革命に翻弄された男の物語。 これは父と息子の対立と葛藤の物語。 「胡同(フートン)のひまわり」 (more…)

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