意識をささえる物質的基盤を探る

クリストフ・コッホ『意識の探求』(岩波書店)

仙台出張の行き帰りで、こないだから読んでいたクリストフ・コッホ『意識の探求』(上下、岩波書店、6月刊)を読み終えました。

サブタイトルに「神経科学からのアプローチ」とあるように、神経科学の最新の研究成果にもとづいて、視覚情報の処理に即しながら、「意識と相関しているニューロン」はどこにあるか、を探ったものです。もっと砕いて言うと、人間は、視覚の中に入ってきたものすべてを意識しているわけではなく、あるものが「見えた」という意識が生じるとき、脳内は、いったいどういう状態になっているのか、ということに、これまでの神経科学の研究で分かっていることを積み重ねながら、迫ったものです。

ということで、中身は省略。ド素人が、つまみ食い的に紹介しても仕方がないですからね。(^_^;)

ところで、結論に近い部分で、著者は、「意識の中間レベル理論」というものに触れて、こんなふうに書いています。

 意識されているのは外にある物体(自分の体も含む)の「表象」か、「感覚表象に代理された」内的な思考だけだということになる。外の世界の物体(たとえば椅子)も直接的に意識されるのではなく、脳内にある視覚や触覚による「表象」が知覚されているのである。椅子は外の世界にあるが、意識的に知りうることは、明示的で感覚的な、「中間レベル」に位置する脳内の表象のみである。(下、546ページ)

こう書くと、昔の「マッハ主義」と同じではないか、と思う人もあるかも知れません。しかし、まったく違います。上のように書いた少し先で、こういう「中間レベル理論」は二元論におちいってしまい、「物質ではないふわふわしたもの」を考えなければならなくなる、という批判に反論して、著者は、ここでいう「中間レベル理論」は、「前頭葉と関連した大脳基底核などからなるニューロンのネットワークという物質的基礎があり、現実の物理学の法則にのっとっている」(同、547?548ページ)と明言しています。このニューロンのネットワークという物質的基礎がどうなっているかの説明に、これまでの5百数十ページが費やされている訳で、たんなる言明ではありません。

さらに、著者は自らの意識研究のアプローチについて、こうも書いています。これは、まるっきりの唯物論宣言でしょう。

 精神-脳問題に取り組んでいる学者によって、哲学的、宗教的な傾向は明らかに異なる。しかし、脳内に意識に対応する物質的基盤があって、その脳内の物理的現象の特性は科学的に明らかにできる、ということに異論を唱える者はいない。(同、555ページ)

ということで、神経科学の最先端からみれば、人間の意識は何か不思議な現象、神秘的な現象ではなく、脳の神経ニューロンという物質の働きとして科学的に解明できるということは、もはや誰も異論を唱えないほど確かなことだということです。正直いって、細かい議論はさっぱり分かりませんでしたが、おもしろく読ませていただきました。

【書誌情報】書名:意識の探求 神経科学からのアプローチ/著者:クリストフ・コッホ/訳者:土谷尚嗣、金井良太/出版社:岩波書店/発行:2006年6月刊/価格:上下各本体3000円+税/ISBN4-00-005053-2

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  1. トラックバックありがとうございます。クオリアを初め信仰や道徳といったものもニューロンのネットワークに基盤があると思います。それからどのような社会的規範を共有していくかという問題はこれはまた別問題ですが、その生物学的基盤の存在は否定できないでしょう。

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