中国残留孤児で国の責任を問い、賠償命令の判決

中国残留孤児の方々の帰国が遅れたのは国の責任だとし、帰国後の支援も不十分だとする画期的判決。

そもそも、1972年まで国交正常化が遅れたことも、残留孤児の帰国を遅らせた原因の1つ。引き揚げのなかで、さまざまな理由で帰国できなくなった人たちがいることは、敗戦直後から分かっていたこと。ただちに、そうした人たちを探し、帰国できるようにするのは、国の第一義的な義務だったはずです。にもかかわらず、アメリカの政策に追随して、戦後30年近くも国交不正常な状態を放置し、さらに、その後も帰国に取り組もうとしなかった責任は重大です。「国策による棄民」と批判されても仕方ありません。

残留孤児訴訟、国に賠償命令 神戸地裁、支援義務を認定(朝日新聞)

残留孤児訴訟、国に賠償命令 神戸地裁、支援義務を認定
[asahi.com 2006年12月01日11時35分]

 敗戦後、中国東北部(旧満州)からの速やかな帰国措置や、永住後の自立支援義務を怠ったなどとして、兵庫県内に住む残留日本人孤児65人が国を相手取って、1人当たり3300万円の国家賠償を求めた訴訟の判決が1日、神戸地裁であった。橋詰均裁判長は「国は孤児の帰国の妨げとなる違法な措置を講じたうえ、帰国後も自立支援義務を怠った」として原告の請求を認め、61人に対し、国に総額4億6860万円の支払いを命じた。
 原告のうち4人については、永住帰国から5年後を起点として、一定期間以上権利を使わないと消滅するという「除斥期間」20年を経過し、権利が消滅したとして、訴えを退けた。中国残留邦人をめぐる国賠訴訟で、国に賠償を命じた判決は初めて。
 残留孤児らが全国で起こした集団訴訟は、全国15地裁、1高裁で争われている。初の司法判断となった昨年7月の大阪地裁判決は、原告の請求を全面的に棄却した。
 判決は、残留孤児の発生は、旧満州への入植などの国策が原因だと認定。そのうえで、国は、日中国交正常化の72年9月時点で、残留孤児を帰国させるための具体的な政策を実行に移すことが可能になったとした。
 にもかかわらず、国は残留孤児を日本人と認めず、外国人として扱う方針を貫き、留守家族の身元保証なしに入国を許可しなかったほか、86年以降、身元が判明した孤児についても、留守家族の身元保証に代わる招へい理由書の提出や特別身元引受人による身元保証を求めるなどしたと指摘。その結果、原告のうち17人が、永住帰国の遅延を余儀なくされたとした。
 孤児に対する自立支援義務については「孤児の大半が永住帰国時に社会に適応するのに困難な年齢になっていたのは、孤児の救済責任を果たそうとしなかった国の無策と、帰国制限という違法な行政行為が積み重なった結果」と判断。国は残留孤児に対して、日本社会で自立して生活するのに必要な支援策を実施する法的義務を負っていたとした。
 さらに、北朝鮮による拉致被害者に対する自立支援策と比較。「拉致被害者が永住帰国後、5年を限度として生活保護より高水準の給付金や、きめ細やかな就労支援を受けているのに、残留孤児への支援策は生活保護の受給を永住帰国後1年をめどとするなど極めて貧弱だ」と述べ、国の政策の誤りを指摘した。
 橋詰裁判長は判決言い渡し後、「老後の生活についてまでは判断しておらず、原告にとって不満の多い判決であることは裁判所は承知している」と原告らに語りかけ、「裁判を通しての問題解決には限界があることを痛感している」と述べた。
 〈厚生労働省中国孤児等対策室の北原久文室長の話〉 国側にとって厳しい判決であると受け止める。判決内容を詳しく検討の上、今後の対応について関係省庁と協議したい。

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