地方紙の憲法社説を読む

憲法記念日を前に、地方紙が掲載した憲法問題にかんする社説をながめてみました。

北海道新聞は、「民主主義国家として再出発した戦後日本の否定」「侵略したアジア諸国への背信行為」と、安倍首相の姿勢を真正面から批判。東京新聞は、自衛隊の存在と9条とをともに認める国民世論を「優れたバランス感覚」と評していますが、それは、曖昧模糊とした「バランス」ではなく、「かつて戦場となったアジア諸国が日本を不戦国と見てくれるのも、武力行使の歯止めができるのも9条があってこそ」という前向きのもの。「9条が再び見直される時代になった」と結論づけています。神奈川新聞は、9条だけでなく、13条、19条、21条などのいわゆる市民的自由の問題、それに25条、生存権の問題でも、憲法が脅かされていることに警鐘を鳴らしています。

社説 憲法施行から60年*(上)*国家主義への回帰危ぶむ
[北海道新聞 2007年5月1日]

 施行60年の憲法の足元が大きく揺らいでいる。
 昨年九月の安倍晋三政権の発足以降、改憲への動きが、かつてなく強まっているからだ。
 首相は「自分の任期中に憲法改正を目指したい」「時代にそぐわない条文として典型的なものは9条だ。日本を守る観点や国際貢献を行う上で改正すべきだ」と明言した。
 戦後の民主主義を支えた教育基本法を変え、「わが国と郷土を愛する態度」や「公共の精神」などの徳目を「教育目標」に掲げた。
 防衛庁を省に昇格させ、自衛隊の海外活動を本来任務に格上げした。そして改憲手続きを定める国民投票法の参院選前の強引な成立を図る。
 米国など他国への攻撃にも日本が応戦する集団的自衛権の行使を、憲法解釈の変更で可能にする研究まで促した。
 従軍慰安婦問題への首相発言や、沖縄戦の集団自決をめぐる政府の教科書検定などで、先の大戦への反省を無にしかねない対応も続く。
 「占領下に素人が起草した憲法で、古くもなった。21世紀にふさわしいものにしなければ」との首相の物言いは、民主主義国家として再出発した戦後日本の否定でもある。

*戦争する国を目指すのか

 「憲法改正の中身を示さないとよく言われるが、新憲法草案で中身は立派に示している」
 首相は、自民党の「新憲法制定推進の集い」でこう強調し、党の草案を基本に、改憲を必ず政治スケジュールにのせると述べた。
 草案前文は、憲法にある国民の「平和のうちに生存する権利」を捨て去り、「国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務」を書き込んだ。直接的ではないが「国防の責務」につながる表現だ。
 また戦力不保持、交戦権の否認を規定した9条2項を削除し「自衛軍」の保持をうたった。
 軍を公然と持ち、国際的に戦闘に参加できる国、米軍とともに戦争のできる国に国家体制、統治体制をつくろうとする。
 武器輸出、核保有論議を容認しようという動きも、軌を一にしていると言えるだろう。
 国家利益のために戦争に突き進んだ反省の上に、憲法は2度と戦争はしないとの不戦の誓いをした。
 草案は、その誓いを葬り去ることを意味する。侵略したアジア諸国への背信行為ともなる。

*人権より公益優先の発想

 草案のもう1つの眼目は、国家や社会の利益を優先し個人の人権に制約を課す方向への転換だ。
 憲法の基本理念は国民主権、基本的人権の尊重、平和主義にあり、個人の尊厳を保障するために、国家権力に踏み外してはならない枠をはめている。
 多様な人間が、ともに暮らし、社会を構成する上で便宜を分かち合うため国家を認めるが、主権者の国民は憲法で国家の権力を限定する。
 これを立憲主義と言うが、草案はこの考え方と正反対の、国家主義的傾向が色濃い。国家が国民の権利を縛る力を強めようとする。
 国民の自由と権利には「責任及び義務が伴う」とし、「公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う」として、国家的利益の優先を明示した。
 個人より全体に価値を置いた大日本帝国憲法型に近く、憲法観が、現行の憲法とは全く違うものを目指している。
 現憲法は改正の場合、「この憲法と一体を成すものとして」公布することを定めているが、憲法の基本理念を損ないかねない草案は、そもそも「この憲法と一体を成すもの」とはならないのではないか。

*国民が問い直すことこそ

 憲法をどうするか。それは国民に委ねられている。改正権は国民にある。いま進む改憲論に対し、どう意思を示すかだ。
 憲法は一人一人が人間として生きる自由を保障している。それが脅かされない限り、憲法は人々の意識に上りにくい水や空気のような存在かもしれない。
 しかし、国民が現在置かれている状況は違うのではないか。平和的生存権が脅かされ、人権制約の方向へと社会を作り替える力が強い。
 歴代政権が、改憲をこれほどまでに語らなかったのは、国民の支持が得られなかったからだ。いまは参院選の争点にもできると首相は考えている。
 共同通信社の最近の世論調査で改憲賛成は57.0%だった。抽象的に問えば、環境権などの新しい権利の追加などで賛成は当然多くなる。
 だが戦争放棄と戦力不保持を規定した9条については、改憲必要の26.0%に対し、反対が44.5%だ。
 平和主義が揺らぐことを、国民は恐れている。
 ただ、憲法が私たちの生活の中に真に血肉化されてきたと言えるだろうか。
 自民党の草案より、さらに国家主義的な主張も活発に出ている。
 すでに広がった閉塞(へいそく)感が社会への関心を失わせているにしても、主体的判断をしてこその主権者である。
 憲法が岐路に立つ今だからこそ、国民があらためて憲法に相対し、その意味を問い直すことが必要だ。

社説 憲法施行から60年*(中)*九条を変質させていいか
[北海道新聞 2007年5月2日]

 「集団的自衛権の行使を含めて、よく議論していただきたい」
 安倍晋三首相の強い意向で、政府が集団的自衛権を検討する有識者会議を設置した。その狙いを首相はこう明言した。
 戦争放棄を定めた憲法九条の解釈は、政府の法律専門家組織である内閣法制局が担ってきた。
 法制局が積み上げた解釈は「ガラス細工だ」と評判が悪い。しかし「国際法上権利はあるが、憲法が禁じているから行使できない」という集団的自衛権に関する解釈は、安全保障政策の歯止めになってきた。
 有識者会議設置の目的は、そこで集団的自衛権の行使は可能だという論拠をつくり、首相主導で解釈を変更することにある。
 参院で審議中の国民投票法案が成立すれば、改憲の中身の議論が始まる。焦点は9条だが、投票法の施行は公布から3年後になる。
 まず解釈変更という九条の実質改憲を実現し、次に明文改憲へと進むのが首相の描く道筋だろう。
 改憲を掲げる首相のもとで憲法施行60年を迎えた。平和を支えてきた9条の変質を許すかどうか、国民が問われている。

*実力行使の制約が消える

 9条は1項で「戦争の放棄」、2項で「戦力の不保持」を明記している。その解釈が問題になるのは、冷戦下で生まれた自衛隊の存在と集団的自衛権の行使についてである。
 自衛隊をめぐる法制局の解釈を要約すると次のようになる。自国を守る権利(個別的自衛権)は独立国として当然ある。憲法が禁じるのは必要最小限度を超えた戦力であり、自衛隊は違憲ではない――。
 これには「解釈改憲だ」と護憲、改憲両派から批判があり、改憲論議の焦点の1つに違いない。が、発足50年余を経た自衛隊の存在は徐々に受け入れられてきた現実がある。
 一方、集団的自衛権の問題は、自衛隊の行動を制限する封印を解くかどうかである。
 集団的自衛権とは自国が直接攻撃されていなくても、自国と密接な関係がある国に対する攻撃を実力で阻止する権利を言う。
 それは行使できないとする法制局の解釈を変えれば、「自国を守る最小限の戦力」というこれまで維持してきた制約は消え去る。

*解釈変更は自由ではない

 日本は憲法を頂点とする法治国家である。内閣法制局は法律が矛盾なく整備されるよう目配りする役割を担っている。憲法との整合性にも注意を払う。「憲法の番人」と言われるのはこのためだ。
 歴代の内閣法制局長官は、憲法解釈は立法の意図と国会における議論の積み重ねを経て定着したものと説明してきた。解釈は憲法のぎりぎりの一線を示すものであり、時の政府が自由に変更できるものではないという意味である。
 歴代政府は法制局のこうした考えを基本にして答弁してきた。政権が変わるたびに解釈が変わるようなら法律は一貫性を失う。そうなればもはや法治国家とは呼べない。
 しかし、政界の一部には、憲法解釈を法制局が握ることへの反発がくすぶっている。首相も以前から「権利はあっても行使できない」とする法制局解釈に不満を述べている。
 集団的自衛権を検討する有識者会議には首相の考えに近いメンバーをそろえた。会議設置によって、法制局から政府が解釈を奪うという「禁じ手」に踏み込もうとしている。

*狙いは日米間の協力強化

 首相が、そうまでして集団的自衛権の足かせをはずそうとする背景には、日米防衛協力を強化すべきだという米国の要求がある。
 今年2月、アジアの安全保障に関心をもつ米国務省元高官らがまとめた「アーミテージ報告」の第2弾が発表された。2000年の第1弾に続き、集団的自衛権の行使を可能にするよう日本に迫っている。
 米国は在日米軍を世界戦略の要にするための再編を急いでいる。その重要な柱が、自衛隊とともに戦う協力関係を築くことである。
 首相はじめ日本側にも「守られているだけでは真の同盟とはいえない」と考える政治家が増えている。
 日米が呼応して集団的自衛権の制約をなくそうと走りだしている。
 政府が解釈変更に踏み切ったら、何が起きるだろうか。
 政府はイラク戦争を始めた米国を支持し、04年に陸上自衛隊をイラクに派遣した。集団的自衛権の制約のため、比較的平穏な地域を選んで非戦闘地域だとして送り出した。
 幸い武力を使うことなく派遣を終えたが、全土で激しい戦闘が行われる中、薄氷を踏む状況だった。
 集団的自衛権の歯止めを外して同様の派遣を行えば、米軍と共同して戦う事態は現実のものになる。有識者会議の検討課題は、公海上の米艦船を含め共に行動する米軍が攻撃された場合の自衛隊の応戦である。
 安倍政権は防衛庁を防衛省に昇格させ、自衛隊の国際貢献を本来任務に格上げした。いずれも自衛力は抑制的であるべきだという考えから実現を見送ってきたものだ。
 首相はさらに集団的自衛権の行使へと進もうとしている。日本が維持してきた平和国家が崩れる。そんな危惧(きぐ)を抱かざるを得ない。

憲法60年に考える(上) イラク戦争が語るもの
[東京新聞 2007年5月1日]

 憲法施行から60年。人間なら還暦です。改憲の動きが加速する一方、イラク戦争を機に九条が再評価されています。まだまだ元気でいてもらわねばと願います。
 憲法解釈上禁じられている集団的自衛権行使の事例研究を進める有識者懇談会の設置が決まりました。
 歴代内閣が踏襲してきた憲法解釈を見直すお墨付きを得る。日米同盟強化に向け、集団的自衛権行使の道を開くことに狙いがあるのは、メンバーの顔ぶれからも明らかです。
 憲法には手を触れず、日米軍事一体化への障害を解釈で切り抜ける。安倍晋三首相からブッシュ政権への格好の訪米土産になったようです。

キーワードは国際貢献

 言うまでもなく9条の背骨は「戦争の放棄、戦力の不保持」です。その解釈の変遷史でも最大の転機は1991年の湾岸戦争でした。キーワードは国際貢献です。
 戦費など130億ドルを拠出しながら小切手外交と揶揄(やゆ)され、国際社会への人的貢献を迫られたのです。一国平和主義、一国繁栄主義への批判がわき起こったのでした。
 自衛隊は“禁”を破り、海外出動の道を踏み出しました。
 ペルシャ湾への機雷除去を目的とする掃海艇の派遣。続いて翌92年には、国連平和維持活動(PKO)協力法に基づきカンボジアへ。「外国領土」での活動に初めて道を開いたのです。「武力行使と一体とならないものは憲法上許される」という政府見解が根拠になりました。
 自衛隊海外派遣への転機のもう1つの重要な背景は、ソ連・東欧の崩壊による冷戦の終結です。覇権国家となった米国は、アジア・太平洋地域の秩序維持について、経済的にも軍事的にもより積極的な分担を日本に要求したのです。
 この米国の姿勢は、現在も基本的には変わっていません。在日米軍再編もその一環です。呼応して安倍首相は、憲法改定を夏の参院選の争点にすると明言しています。
 実は、それまでの歴代内閣は憲法問題を避けてきました。安保闘争で総辞職した岸内閣のあとを受けて登場した池田勇人首相は「自分の在任中は憲法改正はしない」と声明を出しました。
 以後、小泉純一郎首相に至るまで18人に及ぶ歴代首相は、全員例外なく、就任時に「在任中は憲法改正はしない」ということを約束するのが慣例になったのです。
 湾岸戦争が安全保障上の転換点だとすると、2003年のイラク戦争はまた別の転機となったようです。

間違いだらけの戦争

 この戦争は間違いだらけです。ブッシュ政権が依拠したのは先制攻撃論です。国家であれテロ集団であれ大量破壊兵器を保持する場合、それが使用されると自国の被害は甚大だから、その前に先制攻撃する。中枢同時テロの教訓から生まれた予防攻撃論ですが、国際法上かなり無理のある理屈です。
 圧倒的な武力を過信した米国は、国連の同意なしに攻撃し、フセイン政権を倒しました。でも結局、大量破壊兵器は見つかりませんでした。
 イラクの国情にも通じず、フセイン政権打倒後の見通しも甘いものでした。イラク国軍の40万人を武器を持たせたまま解散させたのが一例です。宗派抗争は泥沼化し、自爆テロの相次ぐ内戦状態に陥らせてしまったのです。まるで処刑されたサダム・フセインの呪(のろ)いのようです。
 国連イラク支援団の法律顧問によると、負傷後の死者を含めると1日に100人が死亡しています。国内外の避難民は370万人に上るそうです。米兵死者も3千数百人を数えます。米国内では早期撤退が議決されるなど、誤った戦争とみる人が多数派です。
 日本でも大義なき戦争へ厳しい目が注がれています。政府はイラク戦争を支持し、イラク復興支援特別措置法に基づいて自衛隊を派遣しました。幸いサマワの陸上自衛隊は無事帰還しました。9条のおかげで「非戦闘地域」に派遣されたからとも言えます。
 航空自衛隊は今も空輸活動に従事していますが、武器弾薬は扱っていません。これも9条の制約です。
 もし、9条がなければ、米軍への全面協力を余儀なくされ、戦争に巻き込まれていたかもしれません。9条こそ、日本が柔軟に対応できる唯一の担保となっているのです。

国民のバランス感覚

 9条の「戦力の不保持」と自衛隊の存在との整合性の問題がよく言われます。自衛隊の存在を認め、かつ9条の有意性も認める、国民の優れたバランス感覚が9条を生きながらえさせたのではないでしょうか。
 イラクの悲惨さ、武力の不毛さから、9条の重さを痛感した人もいたでしょう。全国世論調査では、九条の改定「不要」が44%と、「必要」の26%を大きく上回りました。
 かつて戦場となったアジア諸国が日本を不戦国と見てくれるのも、武力行使の歯止めができるのも9条があってこそです。9条が再び見直される時代になったのです。

憲法60年に考える(中) 統治の道具ではなく
[東京新聞 2007年5月2日]

 安倍晋三首相らの改憲論には、憲法を統治の道具に変える発想があります。9条論議に目を奪われていると、公権力を縛る本来の理念を見失いがちです。
 安倍首相は今年の年頭会見で任期中の憲法改定を宣言し、今度の参院選の争点にすると言いだしました。世論調査では改憲賛成が多く、若者もかなり支持しています。
 国際協調主義の理念をうたった前文、戦争と軍備の放棄を定めた第9条と既成事実との隔たりに、戦後世代の多くはしらけ、憲法を“嘘(うそ)”と感じるのではないでしょうか。
 理念と冷厳な現実との乖離(かいり)が、一般論として改憲を容認させる傾向がみえるようです。

透けて見える国家像

 しかし、改憲論議の対象は第九条だけではありません。多くの人がそこをつい見落としがちです。
 早く憲法を変えたい首相の思いはさまざまな形で伝わってきますが、新たな憲法像が具体的に本人の口から語られることはありません。
 それでも安倍カラーを出そうと次々繰り出す首相指示、政策、法案などから憲法観や国家像が透けて見えます。国民を支配し統治する道具としての憲法であり、正義や真理を所与のものとして国民に教え、ときには押しつける国家、社会です。
 それはまさに首相が言う「戦後レジームからの脱却」であり、公権力と国民との関係の大転換です。国家の役割の転換は、著書「美しい国へ」でも随所で主張されます。
 近代憲法は、政府・公権力ができることを制限し、好き勝手にさせないために生まれました。それを細部にわたって調整するのが法であり、立憲主義、法の支配とはそうした政治、統治のあり方をいいます。
 「憲法を設ける趣旨は君権(公権力)を制限し、臣民(国民)の権利を保全することである」――明治憲法制定の際、枢密院議長だった伊藤博文がこう話しました。

内面に踏み込む権力

 実際にできた明治憲法は、天皇が主権を握り、国民の権利は「法律の範囲内で」しか認めない統治の道具となりましたが、最高の権力主義者といわれた伊藤でさえ憲法の理念は正確に理解していたのです。
 新教育基本法に盛り込まれた愛国心育成、教育に対する国家の関与強化、道徳の教科化…権力が個人の内面まで踏み込んでもいいとする姿勢が、安倍内閣になってからますます鮮明になってきました。
 改憲は統治の基本ルールにそれを反映させることになるでしょう。公権力が国民に対して優位に立ち、思い通りに統治する道具に憲法を変えようとする発想です。
 それは戦後日本の復興と発展を支えてきた“粒あん社会”を否定することも意味します。
 敗戦後の日本人は、正義や真理を自明のものとは考えず、互いに主張し、反論し、対立し合う自由と活力を原動力として豊かな国をつくり上げました。一粒一粒が個性を発揮しながらも全体としてハーモニーを醸し出す粒あんのような社会が、復興、発展の基盤となったのです。
 現行憲法は、一人ひとりが個性的に振る舞いながらも調和することを制度的に保障してきました。
 憲法を統治の道具とし、教育勅語を核とする教育で国民の個性を封じて、あたかも練りあんのように一色に染め上げようとした戦前、戦中の日本は、これと対照的でした。
 この60余年間、一人として軍事力で殺したことも殺されたこともない実績を、政府の行動を制約している憲法の性格と第九条の効果として尊重するか、憲法を現実と合致させて「戦争のできる国」になるか。日本は岐路に立っています。
 その9条を変え、憲法の位置づけも逆転させると、公権力に対する国民によるブレーキの利きは悪くなります。かつてブレーキのないクルマに何十万、何百万の若者が乗せられて戦場に送り出されたことに思いをはせながら「美しい国へ」を再読すると、これまでとは違った理解になるかもしれません。
 安倍首相には、改憲を策して果たせなかった祖父、岸信介への思い入れがあります。本音を抑えソフト路線で出発したのに支持率が低下したことから、最近は「それなら思う通りに」という、いわゆる開き直りも感じられます。ですから、国民投票法が成立すれば、小休止中の改憲論議も活発化するとみられます。
 去る3月に亡くなった作家の城山三郎さんは「敗戦で得たものは憲法だけだ」が口癖でした。「だけ」とは大事な財産であることを訴えるための強調表現でしょう。

生き残った者の実感

 城山さんの口癖は、特攻隊員として死の淵(ふち)に臨み生き残った者の実感です。戦陣の厳しさや悲惨さも知らず、戦火に追われて逃げ回った経験もなく、恵まれた環境、豊かな家庭で育った政治家たちの威勢のよい改憲論とは対極にあります。
 支配され、死を迫られた側の憲法観と、統治、支配する側の憲法観、国民は選択を迫られます。

憲法60年に考える(下) 直視セヨ 偽ルナカレ
[東京新聞 2007年5月3日]

 昭和前半の歴史をふり返るとき心に屈託が生まれてしまいます。「直視セヨ ミズカラヲ偽ルナカレ」。そんな気構えで史実をたどり、思うことがしばしばです。
 第2次大戦に学徒出陣した吉田満氏の手記「戦艦大和ノ最期」を読み直してみました。
 文部科学省の2006年度の教科書検定で、高校用日本史教科書から沖縄戦での集団自決が軍の強制だった旨の記述が一斉に消えてしまうという衝撃の“事件”があったからです。沖縄戦とは何だったのか。

歴史への責任がある

 「日米最後の戦闘」とも呼ばれた沖縄戦は、1945年3月26日の米軍の慶良間諸島上陸から6月23日の事実上の戦闘終結までの3カ月の戦いでした。
 惨たる戦闘の最たるものは、日本人の戦死者18万8100人のうち沖縄一般県民の死者が9万4000人にものぼったことでした。
 戦艦大和の出撃は、米軍が沖縄本島に上陸し「鉄の暴風」攻撃にさらされていた四月六日でした。
 戦記には、稚拙で無思慮極まりない作戦に伊藤整一・司令長官はじめ各艦艦長がこぞって抵抗したこと、連合艦隊参謀長が「一億玉砕ニ先ガケテ立派ニ死ンデモライタシ」と真の作戦目的を明かすことでやむなく作戦が承諾されたことなどが記されています。
 生還を期しがたい特攻作戦だったことは暗黙の了解でしたが、3500の乗組員が従容として死についたわけではありません。
 「国のため君のために死ぬことで十分」とする兵学校出身者と「死をもっと普遍的な価値に」と煩悶(はんもん)する学徒出身士官との激論があったことは印象的です。
 ついに鉄拳乱闘の修羅場ともなった論戦を収拾したのは臼淵磐大尉の「敗レテ目覚メル 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望」の持論だったことが回想されています。

歳月の流れにも時間差

 「直視セヨ ミズカラヲ偽ルナカレ」は、必死を目前にしての吉田氏(当時少尉)の覚悟の言葉ですが、あらゆる時代、あらゆる局面にあてはまる金言です。集団自決も直視されなければなりません。
 集団自決住民は沖縄各地で6、700人とされ、軍によって配られた手榴弾(しゅりゅうだん)を爆発させたり、肉親親族がカマやカミソリで殺し合う悲惨さでした。この惨劇を軍の強制とする判断を避ける文科省の検定こそ歴史を偽るものといえるでしょう。
 一億玉砕が叫ばれ、戦艦大和の出撃もそのための捨て石でした。県民を戦火に巻き込む持久戦が選択され沖縄は投降の許されない「軍官民共生共死」のなかでした。
 軍の強制をめぐる多くの証言記録や生き証人も存在します。沖縄では今、諦観(ていかん)に似た憤りが急速に広がっているといわれます。「また本土に騙(だま)されるのか」と。
 戦後憲法は前文の通り、再び戦争の惨禍が起こることがないようにとの決意でした。戦没者300万人、その平和主義には中国や韓国などアジア諸国へ侵略と植民地支配に対する謝罪の意味が込められています。
 しかし、加害と被害の間には歳月の流れにも大きな違いがあります。戦前の歴史を忘れたかのような憲法改定の動きと従軍慰安婦問題の再燃や戦後補償訴訟提起は象徴的です。
 最高裁は最近になって、日中共同声明(72年)は個人に対する戦後賠償は放棄したもの、との初判断を示しましたが、中国や韓国では戦後は終わっていないのです。
 憲法改定の動きに中国や韓国の指導者の直接の発言はありません。それは内政不干渉の原則を守っているからで、強い警戒心と猜疑(さいぎ)心を抱いているのはもちろんです。
 「過去の戦争への反省が不十分な日本が軍備を強化しようとしているのは心配。他国はともかく日本人が銃を持つのは不安」(中国の新聞編集者)。「軍事力と交戦権を回復した日本は『普通の国』でなく、『普通ではない国』として韓国に脅威を与える」(朝鮮日報社説)
 近隣諸国を納得させられるのか。やはり平和主義はアジア諸国への百年の誓約です。いまだに恩讐(おんしゅう)を超えるには至っていません。

不完全な人間への自覚

 作家の吉行淳之介氏は「戦中少数派の発言」で、戦争に鼓舞される生理をもつ圧倒的多数の存在を語りました。
 戦争への感情爆発と陶酔の病理について、「昭和史」の半藤一利氏は日本人の腹の底の攘夷(じょうい)の発露とし、精神分析の岸田秀氏もペリー来航のショックと屈辱的開国が引き起こした日本の人格分裂で説明しています。
 理性や合理ではなく、その場の空気に支配される日本人の病理を研究したのは評論家の山本七平氏ですがいずれも自己の直視を忘れたわれわれの弱さや未熟さの指摘です。
 憲法にこめられた立憲主義や戦争放棄は、不完全な人間への自覚からの権力やわれわれ人間自身への拘束規定でしょう。その知恵を尊重したいものです。

岐路に立つ平和憲法
[八重山毎日新聞 2007-05-02 09:57:52]

施行60周年、加速する改憲の流れ

■5年後に改憲?

 あす5月3日は「憲法記念日」でわが国の憲法は施行60周年を迎える。人間でいえば“還暦”の節目に当たるが、しかし任期中の改憲を目指す安倍首相の登場で改正手続法の国民投票法も今国会で制定される見通しであり、さらに憲法で禁じられている集団的自衛権の行使も一部容認に向け、有識者会議を設置するなど国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を基本としたその憲法も大きな岐路に立っている。
 しかも安倍首相は5年後の改憲実現を目指しているが、これに対し平和憲法を守るという護憲政党の力は二大政党制の前で衰微。草の根の市民運動で「九条の会」が全国でがんばっているが、各種の世論調査でも改憲賛成が多数を占めるなど、歯止めがかからないというよりむしろ加速する「改憲」の大きな流れの中で危機感とともに無力感も出ている。
 ただ改憲に多くの国民が賛成しているとはいえ、憲法の根幹である戦争放棄の九条改正には逆に半数以上が反対しており、平和憲法が守れるかどうかは今後の市民運動にもよる。若者や子供たちに平和の大切さをいかに伝えていくか、粘り強い地道な活動が必要だ。

■他国民の命、1人たりと奪わず

 国会は先月25日、憲政記念館で衆参両院主催による憲法施行60周年式典を行った。席上安倍首相があらためて改憲の意欲を語ったのに対し、河野洋平衆院議長は、「憲法の下でわが国の部隊が海外で1人たりとも他国の国民の生命を奪うことはなかった。この平和の歩みは誇っても良い実績だ」と強調。「憲法は国家の命運を左右する。憲法論議は幅広い視野に立ち、謙虚に歴史に学ぶ心を持ち、国家と国民の将来に責任感を持って行われることを切に望む」と慎重な議論を求めたという。
 まさにその通りであり、この世界に誇る平和憲法をなぜ改正しなければいけないのか。表向きには「新しい時代に合わせて」とか、「米国に押し付けられた憲法」とかいろいろ理由が挙げられているが、しかし九条に関していえば、変えなければ不都合な人がいるのだろうか。
 確かにいまの日本の実態は、自衛隊のイラク派遣など既に憲法九条をなし崩しにして、「戦争をしない国」から「戦争をする国」に確実に突き進んでいる。そしてそれをさらに進めて安倍首相は、いよいよ米国など同盟国が戦争をするとき、日本も一緒になって自衛隊が海外の戦闘行為に参加する集団的自衛権の行使見直しにも着手した。
 この集団的自衛権の行使は憲法九条で禁じられ、これまでの政府見解でも否定されてきたものだが、これが解釈見直しで認められると事実上憲法改正の前倒しともなるものだ。しかし思うになぜに安倍首相はこうも自らが唱える「美しい国づくり」とは逆の、わが国を再び破滅と荒廃に導く「戦争をする国づくり」に一生懸命なのだろうか。

■九条の会が意見広告

 改憲に関しては、国民投票法案をめぐる安倍内閣の衆院での強行突破で民主党の反発を受けたことから、一部で改憲は遠のいたという見方が出ている。しかしそれは速いか遅いかで流れは止まらないだろう。
 憲法施行60周年の3日には全国各地でさまざまな催しが予定されているようだが、八重山では「九条の会やえやま」が新栄公園の九条の碑前で「憲法が危ない、緊急集会」を開催するほか、憲法改正に反対して意見広告を同日の新聞に掲載する。同広告は1人500円を募って行われたが、1000人余が応募したという。
 イラクに派遣される自衛隊の出発のシーンが何度かテレビで映し出されたことがあった。そのさい直接戦闘に加わらない後方支援といいつつも、見送りの家族らは無事に帰ってきてと不安を口にしていた。しかし憲法が改正され、集団的自衛権が容認されると、後方支援でなく直接戦闘に参加することになるのである。そうなると九条の会などがよく言うように、自衛隊に応募する人がいなくなり、必然的に日本も韓国などと同じく「徴兵制」はあながち否定できない現実になるだろう。改憲の大きな流れの中で「護憲」の市民運動も大きな岐路にある。

憲法60年 再確認したい人権の意義
[神奈川新聞 2007/05/01]

 日本国憲法が5月3日に施行60周年を迎える。自らと世界に多大な惨禍を与えた侵略戦争への反省に基づき、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を定めた日本国憲法は、うちひしがれた国民に新たな希望と針路を与えた。戦後の日本が国際社会に復帰し、世界第二位の経済大国となった土台には、この憲法があった。
 ところが現在、憲法と日本社会は大きな岐路を迎えている。「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げる安倍晋三首相は、任期中の憲法改正に強い決意をみせている。国会では、憲法改正手続きを定める国民投票法案の国会審議が大詰めを迎えた。何より重大なことは、国民の義務や安全保障を強調する憲法改正論と連動して、基本的人権の軽視、平和主義の後退が顕著になっていることである。60周年を機に、憲法の意義をあらためて考えたい。
 まずは基本的人権である。憲法は「すべて国民は、個人として尊重される」(13条)、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」(19条)、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」(21条)と規定している。個人の尊厳と精神的自由は、世界人権宣言や諸国の憲法に明記された人類普遍の価値である。
 ところが日本の現状はどうか。自衛隊イラク派遣に反対するビラを配布すれば狙い撃ちで逮捕される。戦前の治安維持法の再来を思わせる権力の暴走だ。学校現場では、教職員を処分してまで日の丸・君が代の「強制」が行われる。そして、改正教育基本法の下で、「愛国心」教育が進められようとしている。権力が個人の心に土足で踏み込もうとしている。
 また、憲法は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(25条)とうたっている。生存権を規定し社会保障制度の確立を求めたものだ。しかし、現在の日本は、構造改革と規制緩和の下で「格差」と「貧困」が拡大し、米国流の弱肉強食の社会になりつつある。
 経済協力開発機構(OECD)報告書によると、日本の相対的貧困率は米国に次いで2位だ。生活保護世帯は百万世帯を超えている。非正規雇用労働者の増加は、懸命に働いても貧困から抜け出せない「ワーキングプア」を生み出すなど、格差のさらなる拡大と固定化を招こうとしている。巨額の財政赤字があるとはいえ、医療福祉予算は厳しく抑制され、容赦ない弱者切り捨てが進んだ。
 国民が抑圧され、分断される社会。富と権力を持つ側のための社会。恐ろしげな未来像が見える。私たちは今こそ人権規定の意義を再確認したい。憲法は個性と人権が尊重され、安心して暮らせる社会への道を示している。問われるのは憲法ではなく政治である。

憲法60年 許されぬ政府解釈の変更
[神奈川新聞 2007/05/02]

 憲法施行60周年を目前に、安倍晋三首相とブッシュ大統領の日米首脳会談が開かれた。首相が訪米への“手土産”としたのは、憲法9条によって禁じられてきた集団的自衛権行使について、一部を容認するよう解釈変更を検討するという方針だった。訪米直前に有識者会議を設置する念の入れようだ。一国の首相が「憲法違反」に当たる検討を米大統領に報告する。日米関係の異様なありようを如実に示したものだ。米国の求めに応じて自衛隊が世界各地に派兵され、米軍と肩を並べて戦う。同盟強化の美名の下、そんな懸念が現実化しようとしている。
 集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある他国が攻撃された場合、その攻撃を自国への攻撃とみなして実力で阻止する権利だ。近年では米国が9・11テロに対する自衛権を主張してアフガニスタンを攻撃した際、NATO(北大西洋条約機構)諸国が集団的自衛権を主張し参戦した。NATO軍は現在、反撃に転じたタリバンと血みどろの戦いを続けている。
 一方、9条を持つわが国は、自衛権の発動として武力行使ができるのは、「わが国に対する急迫不正の侵害」「排除するために他の適当な手段がない」「必要最小限度」の3要件に該当する場合に限られるとするのが政府解釈である。「専守防衛」だ。従って、わが国が攻撃されてもいないのに他国を攻撃するという集団的自衛権の行使は、9条違反で認められないとするのは自然な論理だ。
 これに異を唱えたのが米国だ。世界規模の米軍再編では、同盟国の役割強化が柱の1つとなる。米英同盟が日米同盟のモデルだとして日本に衝撃を与えた「アーミテージ・レポート」(2000年)から約7年。日米の軍事的一体化が着々と進められてきた。
 米国を狙った弾道ミサイルの迎撃など4類型について有識者会議は今秋までに結論を出すという。たとえ限定的であろうと、集団的自衛権行使を容認することの意味は決定的だ。武力行使に明確な歯止めはなくなり、9条の存在意義自体も損われるだろう。
 米国は軍産複合体が政治経済に強い影響力を持つ超軍事大国である。世界の総軍事費の約半分を一国で支出。朝鮮、ベトナム、パナマ、湾岸、アフガン、イラクなど数々の戦争を続けてきた。国際法違反の侵略も辞さない。イラク戦争はその一例だ。米国との軍事的一体化は平和主義と対極の道であり、国を危うくするものだ。
 共同通信社が4月に行った全国世論調査によると、集団的自衛権行使の政府解釈について「今のまままでよい」が54.6%で大半を占めた。「解釈を変更すべき」は18.3%にすぎなかった。国民も際限のない米国追随を強く懸念している。政府解釈の変更は決して許されるべきではない。

追記:
北海道新聞、東京新聞、神奈川新聞の社説は3回連続でしたので、3回目を貼り付けておきます。

憲法施行から60年*(下)*貧困を許さぬ生存権こそ(北海道新聞)

憲法施行から60年*(下)*貧困を許さぬ生存権こそ
[北海道新聞 2007年5月3日]

 給料が下がった。時間外の割増賃金がもらえない。解雇された…。
 もろもろの労働相談が昨年、道内で3万件を超えた。北海道労働局によるとわずか7年で3倍増だ。
 求人情報誌をめくってみる。札幌のコンビニの募集欄には「時給644円」が並ぶ。道内の最低賃金そのものだ。家族構成などにもよるが、生活保護より収入が少ない人も多いだろう。
 「働く貧困層」(ワーキングプア)が、全国で600万人以上いるとする研究者もいる。
 なによりも生活保護を受ける人が増えた。全国で100万世帯を超えている。10年間で7割増の勢いだ。
 いつの間にか、貧困という言葉が広く切実感を持つ社会になった。
 憲法が保障する「生存権」は守られているのだろうか。

*問われる「最低限の生活」

 憲法は言論や表現の自由、職業選択や居住の自由などを保障する。だが「自由権」だけで人間らしい生活ができるわけではない。
 そこで25条で生存権を定めた。第1項で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたう。
 この実現のため第2項で「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と国の義務を定めている。
 25条の第1項は、連合国軍総司令部(GHQ)案に基づく政府草案にはなかった。憲法制定の国会で社会党議員らの提案で盛り込まれた。欧州に広がっていた「福祉国家」の考えに根ざしたものだ。
 問題は「最低限度の生活」の中身である。これを正面から問うたのが1957年に結核患者の朝日茂さんが起こした「朝日訴訟」だった。
 「肌着は2年に1着」などを基準とした生活扶助費が月額600円では少なすぎる、という訴えだった。
 地裁は訴えを認めたが控訴審で朝日さんは敗訴。上告後に朝日さんが死去したため上告は棄却された。
 棄却に際して最高裁は、保護基準について「行政の裁量に委ねる」という判断を示し、同時に著しく低い保護基準や、行政の裁量権乱用は違法となりうると指摘した。
 朝日さんは訴訟に敗れたが、生存権という考えは裁判を通じて広く理解された。政府も一審判決後、保護額の大幅引き上げを行った。
 最低限度の生活がどのようなものかは、時代や社会状況によって違う。しかしある程度、客観的な保護基準を設けることはできるだろう。
 貧困問題が深刻ないまこそ、現状を検証する必要がある。

*総額抑制に悲鳴が上がる

 生活保護費は、政府の総額抑制路線の下で、世帯当たりの支給額が段階的に減らされている。
 70歳以上の老齢加算は2006年度に撤廃された。受給者の半分近くが対象だ。高齢者からは悲鳴と不満の声が上がり、各地で老齢加算の復活を求める訴訟が起きている。
 国は本年度から母子加算の段階的廃止にも踏み込んだ。女性の賃金は男性に比べ低く、子育てと仕事の両立は簡単でない。先進国では母子家庭への支援が福祉政策の主流なのに日本は逆の方向に向かっている。
 生活保護の支給額削減が、貧困拡大や国民生活の水準引き下げにつながってはいけない。
 最低賃金も見直しが不可欠だ。
 日本の最賃は先進国の中でも低水準だ。各地の労働組合が最賃での生活を実験し「生活できない」という事例報告を出している。
 最低賃金を月収に換算した額が、生活保護費を下回る地域が全国で10都道府県に及んでいる。
 最賃法は抜本改正が急務だ。「生活保護を下回らない水準」と、きちんと法律に書き込んでほしい。

*「福祉」の旗を立て直そう

 行きすぎた平等社会に決別する――政府の経済戦略会議がこう打ち出したのは8年前だった。規制緩和や競争がいっそう進み、働く形は様変わりした。パートや派遣など非正規労働者は450万人も増え、正規労働者は300万人近く減っている。
 憲法は25条で社会福祉・保障の対象を「すべての生活部面」と定めている。しかし自民党の憲法草案は「国民生活のあらゆる側面」と言い換えた。
 「側面」は、国の責務が主役から脇役に回り、国民に自助努力をうながすことを意味するだろう。
 経済協力開発機構(OECD)は先進各国の「貧困率」を定期的に調べている。国ごとに、国民の平均的所得の半分以下の所得者の比率を貧困率として計測する。
 驚くことに、日本の貧困率はこの10年でほぼ2倍に急上昇した。しかも先進国では、米国、アイルランドに次いで3位の高率だ。
 雇用と労働環境の急激な変化に社会が揉(も)まれている。
 それは戦後の日本が、欧州のような福祉国家の足腰をしっかり築かないまま、米国流の自由と競争の社会にかじを切ったからでもある。
 「働く貧困層」を含め多くの人が自立できず、家族などによる細く不安定な扶助に頼るのが現状だ。
 こうした社会だからこそ、国民一人一人に保障された生存権が重い意味を持つ。国の責務が問われる。

憲法60年に考える(下) 直視セヨ 偽ルナカレ(東京新聞)

憲法60年に考える(下) 直視セヨ 偽ルナカレ
[東京新聞 2007年5月3日]

 昭和前半の歴史をふり返るとき心に屈託が生まれてしまいます。「直視セヨ ミズカラヲ偽ルナカレ」。そんな気構えで史実をたどり、思うことがしばしばです。
 第二次大戦に学徒出陣した吉田満氏の手記「戦艦大和ノ最期」を読み直してみました。
 文部科学省の2006年度の教科書検定で、高校用日本史教科書から沖縄戦での集団自決が軍の強制だった旨の記述が一斉に消えてしまうという衝撃の“事件”があったからです。沖縄戦とは何だったのか。

歴史への責任がある

 「日米最後の戦闘」とも呼ばれた沖縄戦は、1945年3月26日の米軍の慶良間諸島上陸から6月23日の事実上の戦闘終結までの3カ月の戦いでした。
 惨たる戦闘の最たるものは、日本人の戦死者18万8100人のうち沖縄一般県民の死者が9万4000人にものぼったことでした。
 戦艦大和の出撃は、米軍が沖縄本島に上陸し「鉄の暴風」攻撃にさらされていた4月6日でした。
 戦記には、稚拙で無思慮極まりない作戦に伊藤整一・司令長官はじめ各艦艦長がこぞって抵抗したこと、連合艦隊参謀長が「一億玉砕ニ先ガケテ立派ニ死ンデモライタシ」と真の作戦目的を明かすことでやむなく作戦が承諾されたことなどが記されています。
 生還を期しがたい特攻作戦だったことは暗黙の了解でしたが、3500の乗組員が従容として死についたわけではありません。
 「国のため君のために死ぬことで十分」とする兵学校出身者と「死をもっと普遍的な価値に」と煩悶(はんもん)する学徒出身士官との激論があったことは印象的です。
 ついに鉄拳乱闘の修羅場ともなった論戦を収拾したのは臼淵磐大尉の「敗レテ目覚メル 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望」の持論だったことが回想されています。

歳月の流れにも時間差

 「直視セヨ ミズカラヲ偽ルナカレ」は、必死を目前にしての吉田氏(当時少尉)の覚悟の言葉ですが、あらゆる時代、あらゆる局面にあてはまる金言です。集団自決も直視されなければなりません。
 集団自決住民は沖縄各地で六、七百人とされ、軍によって配られた手榴弾(しゅりゅうだん)を爆発させたり、肉親親族がカマやカミソリで殺し合う悲惨さでした。この惨劇を軍の強制とする判断を避ける文科省の検定こそ歴史を偽るものといえるでしょう。
 一億玉砕が叫ばれ、戦艦大和の出撃もそのための捨て石でした。県民を戦火に巻き込む持久戦が選択され沖縄は投降の許されない「軍官民共生共死」のなかでした。
 軍の強制をめぐる多くの証言記録や生き証人も存在します。沖縄では今、諦観(ていかん)に似た憤りが急速に広がっているといわれます。「また本土に騙(だま)されるのか」と。
 戦後憲法は前文の通り、再び戦争の惨禍が起こることがないようにとの決意でした。戦没者300万人、その平和主義には中国や韓国などアジア諸国へ侵略と植民地支配に対する謝罪の意味が込められています。
 しかし、加害と被害の間には歳月の流れにも大きな違いがあります。戦前の歴史を忘れたかのような憲法改定の動きと従軍慰安婦問題の再燃や戦後補償訴訟提起は象徴的です。
 最高裁は最近になって、日中共同声明(72年)は個人に対する戦後賠償は放棄したもの、との初判断を示しましたが、中国や韓国では戦後は終わっていないのです。
 憲法改定の動きに中国や韓国の指導者の直接の発言はありません。それは内政不干渉の原則を守っているからで、強い警戒心と猜疑(さいぎ)心を抱いているのはもちろんです。
 「過去の戦争への反省が不十分な日本が軍備を強化しようとしているのは心配。他国はともかく日本人が銃を持つのは不安」(中国の新聞編集者)。「軍事力と交戦権を回復した日本は『普通の国』でなく、『普通ではない国』として韓国に脅威を与える」(朝鮮日報社説)
 近隣諸国を納得させられるのか。やはり平和主義はアジア諸国への百年の誓約です。いまだに恩讐(おんしゅう)を超えるには至っていません。

不完全な人間への自覚

 作家の吉行淳之介氏は「戦中少数派の発言」で、戦争に鼓舞される生理をもつ圧倒的多数の存在を語りました。
 戦争への感情爆発と陶酔の病理について、「昭和史」の半藤一利氏は日本人の腹の底の攘夷(じょうい)の発露とし、精神分析の岸田秀氏もペリー来航のショックと屈辱的開国が引き起こした日本の人格分裂で説明しています。
 理性や合理ではなく、その場の空気に支配される日本人の病理を研究したのは評論家の山本七平氏ですがいずれも自己の直視を忘れたわれわれの弱さや未熟さの指摘です。
 憲法にこめられた立憲主義や戦争放棄は、不完全な人間への自覚からの権力やわれわれ人間自身への拘束規定でしょう。その知恵を尊重したいものです。

憲法60年 平和主義は未来への財産(神奈川新聞)

憲法60年 平和主義は未来への財産
[神奈川新聞 2007/05/04]

 日本国憲法がきょう、施行六十周年を迎えた。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三大原則を掲げ、戦後日本の繁栄と平和の基盤となった憲法は今、大きな岐路に立っている。安倍晋三首相が任期中の憲法改正に強い決意をみせているほか、憲法改正手続きを定める国民投票法案が今月中にも成立する見込みだからだ。
 しかし、このような政治の動きは、本当に国民の思いを反映したものだろうか。共同通信社が四月に実施した全国世論調査によると、確かに57.0%が憲法改正に賛成と答えた。だが、その内容をみると、政治の議論と国民の意思との落差がはっきりする。
 自民などの改正論議の中心は「九条」といってよい。同党の新憲法草案は自衛軍の創設、海外での武力行使の容認などを盛り込んだ。だが世論調査では九条について改正反対派が44.5%で、賛成派の26.0%を大きく上回った。首相が再検討を表明した集団的自衛権行使の政府解釈についても、過半数が「今のままでよい」としている。九条については国民は現状維持を望んでいるのだ。
 一方、世論調査で改正賛成派が大きな理由に挙げたのは「新しい権利」の導入である。しかし、環境権などの「新しい権利」は、立法によって制度を整えれば、問題のほとんどは解決する性質のものだ。国会の怠慢が背景にある。国民の間で憲法改正論議が盛り上がってはいないと指摘されるのは、当然の結果である。
 こうした意識は、国民投票法案への態度でも見て取れる。「今国会成立にこだわる必要はない」は55.6%に達する。そもそも同法案は、最低投票率の不在、公務員・教育者の地位利用の禁止、メディア規制など問題が多い。廃案にして出直すべきだ。
 改憲論議の背景には、同盟軍として自衛隊の役割を強化したいという米国の世界戦略がある。在日米軍再編を通じて、日米の軍事的一体化が着々と進められてきた。イラク戦争では、仏、独などが明確に反対する一方、日本は真っ先に米国支持を表明した。集団的自衛権行使の容認や九条改定が行われた後に、平和主義が守られる保障や歯止めがあるのだろうか。国民は、米国の要求に抗し切れない外交に不安を抱いている。
 30年近く紛争地帯での人道支援などを行ってきたNGO(非政府組織)の前代表・熊岡路矢さんは「海外で日本は人道主義、平和主義、国際協調主義が評価されている。憲法がNGO、ビジネスマン、観光客を守ってきた」と指摘する。イラクでは米国の世界戦略の危うさ、軍事力の限界があらわになった。日本は憲法九条六十年の名誉と財産を生かし、日本にしかできない外交を展開すべきではないか。憲法の改正ではなく、憲法を生かすことを目指したい。

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