歴研大会に行ってきました

昨日、今日と、歴史学研究会の大会に行ってきました。

今日は現代史部会に出席。むかし大学院にいたときの専攻は日本近世史ですが、近世史じゃああまりにいまの仕事と関係がないので、頑張って勉強のつもりで現代史部会に参加してきました。部会テーマと報告は以下のとおり。

テーマ:「戦後」形成期における社会的結合――1950年代社会論の再開――
三輪泰史「紡績労働者の人間関係と社会意識――1950年代日本の職場サークルの歴史的位置――」
石井 聡「東ドイツにおける工業労働者の社会的結合」
金野 純「動員と社会――建国後中国都市社会の変動と民衆」

三輪報告は、東亜紡績泊工場(四日市)を分析対象として、50年代にサークル活動のなかで女性労働者たちがどのように主体形成していったかを、三輪氏の聞き取り調査をふくめて、検討したもの。露骨な身分的差別にたいする反発とか、生活・境遇の共同性・同質性の共感→集団形成、サークル活動を通じた人格的向上への意欲(「勉強したい」「本を読みたい」など。こうした傾向を三輪氏は、戦前の「修養主義」に対して、「人文主義的」「脱エリート的な教養主義」と評価されていました)などを析出し、そこから「階層横断的に結集し普遍的課題をになう戦後民主主義的な主体形成」という展望を提起されました。

いろいろ意見も出されましたが、しかし、僕は、いま「ワーキング・プア」や、青年の格差と貧困が問題になっているときに、若者の主体形成の道筋というもに焦点を当てた報告として、とても興味深く聞きました。

これにたいし、石井報告は、ソ連圏への包摂が明確になった50年代の東ドイツでの生産現場での労働者の組織化と動員をあつかい、金野報告は、内戦勝利直後でなおかつ朝鮮戦争真っ最中の中国での政治的動員(反革命鎮圧、三反・五反運動、百家争鳴・百花斉放、反右派闘争、大躍進運動)をあつかったもの。どちらも、「社会主義」を看板とした社会での上からの動員・組織化がテーマで、この点で、三輪報告との比較というのはちょっと難しいかなぁ…と。また、二報告のなかでも、石井報告は生産現場の、いってみれば経済的な動員であるのにたいし、金野報告の方は、本当にまったく恣意的な政治的動員で、同じ上からの動員といっても、だいぶ趣が違っています。

また、石井氏は、「社会主義」国=全体主義という見方が支配的だが、それにたいして、実際には生産現場に一定の「自由」があり、そこで労働者同士のいわば社会的な結びつきがあったということを強調したいと言われていましたが、僕から見れば、むしろ、社会主義を唱えつつ、実体的には対ソ従属を深めていく政治過程と、それにともなう経済統合の時期に、ソ連への賠償を確保しつつ、同時に、ソ連の「突撃隊」の機械的移入として「労働作業団」がやられていったとみるべきではないかと思われました。

3報告に共通するものがあるとすれば、戦後の米ソ対決が、各国の戦後のスタートにあたって、どのように国内体制を規定していったかという問題ではないかと思いました。こういう問題は、わりと簡単に「冷戦体制による規定性」などと言われたりしますが、そう話は単純でなく、そこには各国の固有の条件と歴史的経過があるわけで、それをふまえつつ、グローバルな米ソ対決による規定性がどういうふうに現われたかを見ていく必要があると思います。

もう1つは、とりあえず、50年代というものが歴史研究の対象にする必要もあるし、対象になる条件もあるということ。最後に現代史部会の委員会の人が発言していましたが、すでに歴研にあつまる若手は1970年代生まれだったりするし、その彼らが大学の非常勤講師などで相手にする学生は、すでに「ソ連」の存在を知らなかったりする時代に突入しており、そういう彼らにとってみると、50年代社会というもの自体が、遠い昔の時代だということなのでしょう。(といっても、それをあっけらかんと言われると、僕としては、う〜ん、そう言われても…と腕を組んでたちどまってしまうのですが)。

討論の中でも指摘されていましたが、最近の日本社会論のなかには、何でもかんでも「高度経済成長で世の中は大きく変わった」と言ってすませてしまうところがある、それだけに、50年代社会の実態を明らかにすることは重要だと思いました。

さて、昨日は、「寄進の比較史――富の再配分と公共性の論理」のテーマで全体会。報告は、以下の3本。

大月康弘「寄進と再配分の摂理――キリスト教ローマ帝国の生成」
湯浅治久「日本中世社会と寄進行為――贈与・神仏・共同体」
小浜正子「中国史における慈善団体の系譜――明清から現代へ」

えっと、こっちは、正直言って、前近代の「寄進」をもって「公共性」を論じるという問題の立て方がよく分かりません。(^_^;)

報告も、古代(大月報告)、中世(湯浅報告)、近現代(小浜報告)と時代もバラバラだし、「公共性」というのにふさわしいテーマをとりあつかったのは、民間の寄付(「捐」)で支えられた民間慈善団体をとりあつかった小浜報告だけ。湯浅報告がテーマにしているのは、実体的には土地取引。大月報告も、救恤などではなく、むしろビザンツ帝国において、支配階層である大土地所有者の教会寄進が帝国体制内化されるプロセスをあつかったもので、資料的にも、上からも資料だけなので、実体のところがよく分かりませんでした。

それにたいして、小浜報告で紹介された、孤児、寡婦などを助ける「慈善団体」が、明清期に誕生し、民国革命期をへて、人民共和国成立後、一時、地方政府の機構に組み込まれてしまうけれども、「改革開放」の時代になって、ふたたび民間団体として活動しているという事実は、中国現代史の知られざる一面として、非常におもしろいと思いました。

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