今週の「九条の会」(8月10日まで)

全国各地の「九条の会」の活動をつたえるニュースをインターネットから拾い集めています。7月は選挙があったので、ちょっと少なめ。

【平和と憲法と改憲】について考える公開講座を開催=伊勢
[livedoor ニュース 2007年07月09日07時13分]

 【PJ 2007年07月09日】? いせ9条の会(代表・坂本照子)では、戦争そのものを知る事を通して、憲法を深く理解しようと学習会を続けている。8日、生涯学習センター・いせトピア(伊勢市黒瀬町)にて、立命館大学コリア研究センターの庵逧由香(あんざこ・ゆか)専門研究員を講師に招き、学習会を開いた。
 学習会では「南京大虐殺」をテーマとして、中国に対する日本の責任と私たち自身の課題を考え、今回は、朝鮮との関係に於いても、過去から現代にわたる日本の姿を見つめ直したいと言う事が主課題であった。
 庵逧研究員は、「朝鮮からの強制連行は日本政府が認めているだけでも70万人にものぼる。そして今も韓国の人々から強制連行・強制労働に対する損害賠償を求める訴訟が、三菱重工などの企業や国に対して起こされている。ともすれば[『拉致問題』だけに耳目が集中する現代に於いて、現状への見通しをしっかりとつけるために、もう一方の『強制連行・強制労働』問題を正しく捉える事が、今必要だ。また、我々は、被害国である韓国政府と議会が被害者に対して救済措置をとっただけ、加害者である日本政府が今後どのような態度をとるのか注目せざるを得ない。特に日本の最高裁判所が法的救済は難しいが加害者主体の和解を通じた解決を期待すると勧告した以上は今こそ、日本政府自らが既存の政策政策から一歩踏み出し、被害者問題の解決に乗り出す時が来ている」と述べていた。【了】

護憲「九条グッズ」作成 岐阜の市民団体がバッジ、さるぼぼ人形
[中日新聞 2007年7月15日]

 憲法九条を守ろうと活動する岐阜市の市民グループ「長良九条の会」が十四日、同市の長良公民館で、バッジやさるぼぼ人形などオリジナルの「九条グッズ」を作った。
 会は同市の長良西、長良、長良東各校区の約二百五十人でつくっている。グッズはメンバーが使ったり身につけたりして、話題のきっかけにするのが狙い。会の事務局員ら七人が取り組んだ。
 「9条を守ろう」と書いたしおりや、数字の9の形をした紙粘土のバッジ、腹あてに九の字を書き入れたさるぼぼ人形などを手作りした。今後、それぞれの自宅でもグッズ作りを続けるという。
 事務局長の林磨利子さんは「会の賛同者を募る署名活動でもグッズを配りたい。特に若い人たちに九条に関心を持ってもらえるように頑張りたい」と話した。(稲垣時太郎)

〈争点の周りで:1〉誕生に緑、深い議論を
[asahi.com 2007年07月17日]

 高知市内を中心に展開されている「ピースウェイブ2007in高知」の一環で今月上旬、映画「日本の青空」(大沢豊監督)が上映され、3日間で延べ約600人が鑑賞した。映画は、敗戦直後、民間の立場で独自の憲法草案を作り、連合国軍総司令部(GHQ)の憲法草案にも影響を与えたとされる「憲法研究会」の憲法学者・鈴木安蔵(1904?83)を主人公に、憲法制定に当時の日本人の思いがどのように反映されたかなどを伝えている。
 今回の上映会を企画したのは憲法と同じ47年生まれの映画会社代表、馴田正満さん(59)だ。「主人公の安蔵は自由民権運動研究で高知に来たこともある。安蔵が研究した植木枝盛の旧邸も高知市桜馬場に残る。高知は憲法誕生と深い縁がある」と話す。「安倍首相は2010年に改憲を発議すると言っている。私たちも憲法を守る取り組みをしなければならない」

    ◇

 6月末、「中芸・憲法九条を守る会」が発足した。県内で47番目にあたる「九条の会」だ。奈半利、田野、安田、馬路、北川の5カ町村の約70人で結成した。事務局の西岡潤さん(68)は、「憲法のどこが悪いのか。改憲をした方がいいと考える人はなぜそう考えるのか。自己点検して一緒に考えて欲しい」と訴える。
 「九条の会」は、04年に作家の井上ひさし氏や大江健三郎氏の呼びかけで結成され現在、全国で6千団体を超える。同年12月に県内で、初めて発足した「こうち九条の会」は、自民党県連の元幹事長で県議会議長も務めた平山公敬さん(83)や同党県連の元総務会長で、須崎市長だった梅原一さん(77)も代表に名を連ねる。事務局の梶田順子(みちこ)さん(67)は「党派や信条を超えた広がりを感じます」。
 同会は毎月2回、署名運動を続け、約5000人分が集まった。呼びかけ人の一人、和田忠明さん(68)は、「一昨年の総選挙では郵政民営化など他の争点に隠れてしまったが今回の参院選こそ、大きな争点として憲法を論じて欲しい」と話す。

    ◇

 29日の投開票に向けて熱気を帯びる候補者らの訴えは、有権者にどう映るのか。「争点の周り」を追うとともに、高知選挙区(改選数1)の3人の候補者にアンケートをした。

紙芝居は平和のあかし 21日に戦時下の作品再演 大阪
[asahi.com 2007年07月20日]

 青空のもとでの紙芝居は平和のあかし――。そんな思いで、公園での街頭紙芝居を15年余り続けている女性がいる。大阪府豊中市の古橋理絵さん。戦争中、紙芝居は国策宣伝に用いられ、子どもたちから笑い声が消えた。そんな紙芝居の歴史を通じて平和の尊さを感じてほしいと、大阪市内で21日、戦時中の紙芝居を再演する。
 土曜日の夕方、豊中市本町7丁目の稲荷山公園に古橋さんが現れた。自転車の荷台にのせた木箱の紙芝居を組み立て、拍子木を打つと、遊んでいた30人ほどの子どもたちが一斉に駆け寄った。
 この日の演題は、エジプトのピラミッド探検とクイズ。30分ほどの紙芝居が終わると、駄菓子の販売だ。水アメにせんべい、アイスキャンディー。10円玉を手に子どもたちが並ぶ。小さな子が菓子袋をあけるのを中学生が手伝う。「紙芝居は年齢がバラバラの子どもを結ぶ、対話のきっかけをつくる」と古橋さん。
 子ども好きで学生時代は人形劇に没頭。一人でもできるものをと紙芝居を思いつき、自宅に近いこの公園で始めた。介護福祉の仕事をしつつ、毎週水曜か土曜の夕方、雨の日以外は演じてきた。
 紙芝居の歴史にも興味を持った。戦争を知らない高度成長期の生まれだが、古本屋で戦争中の作品を買い集め、紙芝居が「戦意高揚の道具」として利用され、隣組などの会合で用いられたことを知った。
 「国策紙芝居」と呼ばれた当時の作品には「天皇陛下バンザイ」「ゼイタクハテキダ」などのスローガンが登場する。収集した「国策」作品は約30作。表紙に「大政翼賛会紹介作品」と書かれた「ポンコン隊」(1941年)は、けんかするキツネとタヌキに、おじいさんが「いいか、今、日本の国は戦争をしているんだぞ。一億一心」と団結を呼びかける物語だ。
 「月の中のうさぎ」(43年)は、ウサギが少女のために火の中に身を投げて「わたしを食べてください」と訴える物語。裏面には製作意図として「友愛の精神と自己犠牲、捨て身奉公の勇気を強調する」とある。
 子どもたちの好奇心をかきたて、笑顔にさせる。そんな魅力は「国策紙芝居」には感じられないと古橋さん。「子どもたちは黙って見ていたのでしょう。でも、紙芝居は本来、子どもとにぎやかに対話しながら楽しくて平和な空間をつくり出すためのもの」という。
 古橋さんはふだんは戦時下の作品を演じないが、今回は市民団体「どこまでも9条の会」の依頼で、平和を考えるきっかけになればと、当時といまの紙芝居をともに実演しながら「絵の中に見えるもの 見えないもの」と題して話をする。
 21日午後2時から、大阪市立住まい情報センター(北区天神橋6丁目)で。参加費1200円(前売り1千円)。高校生は半額で、中学生以下は無料。予約は松本工房(06・6453・7600)へ。

’07参院選:明日を託す 憲法9条、下町論議 主婦ら勉強会「もっと考えよう」
[毎日新聞 2007年7月21日 東京夕刊]

 年金問題や「政治とカネ」の陰に隠れがちだが、憲法改正は重要な参院選の争点だ。安倍晋三首相は在任中の改正に意欲を示しており、手続きを定めた国民投票法ができたばかり。3年後には憲法改正案の国会提出が可能だ。そこで「憲法についてもっと考えた方がいいのでは」と考えた主婦たちが今月、勉強会を開いた。東京・下町の小さな部屋で開かれた勉強会をのぞいた。【桐野耕一】

 「(軍隊と変わらない)自衛隊があるのは事実なのに、このままずっと憲法9条を守り続けるのでしょうか」。今月初旬、東京都江東区にある古石場文化センターの一室。講師役の市民団体「九条の会」の事務局員、高田健さん(62)に、主婦や会社員の男性たちから質問が飛んだ。勉強会に参加したのは古石場地区や近くの21人。近所付き合いのある友人たちだ。
 「きっかけは主婦同士の長電話だった」と会を企画した戸井田由紀子さん(56)。「最近ニュースで憲法改正が話題になっているけれど、なんか不安だよねと。参院選で争点になるというし、みんなで勉強しようという話になった」と語る。
 安い講演料で講師を引き受けてくれる人を探していたところ、知人が高田さんを紹介してくれた。「九条の会」は、憲法9条を守ろうと作家の大江健三郎さんらの呼び掛けで発足した会だ。高田さん自身も憲法問題の著書がある。
 約1時間の講義の中心は、自衛隊の位置づけや集団的自衛権など9条をめぐる話題となった。「9条を次世代にバトンしたい」という高田さんの言葉に、主婦の河田文代さん(52)は「年金は身近な問題で関心があったけれど、憲法なんて人ごとのように思っていた。もっと深く勉強しないと」。会社員の福島有伸さん(45)は「憲法を変えるべきだとは思わないが、自分の考えがまだ見つからない」と感想を語った。「今後は憲法全体について勉強会を開きたい」と戸井田さん。
 高田さんは「昨年ごろから、市民の勉強会に呼ばれるようになった。市民団体の集会も必要だが、いろんな考えを持つご近所が集まって語り合うのが、憲法に関心を持ってもらうのに一番いい」と喜んでいた。

実相一途/北島さん「集団自決」芝居100回超
[沖縄タイムス 2007年7月22日(日) 朝刊 23面]

 「庶民は、体で感じた痛みを絶対に忘れない。うそをついているのは偉い人だよ」。女優の北島角子さんが二十一日、沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」を題材にした一人芝居「赤いぶくぶくー」を演じた。体験者から直接聞いた話を基に書き上げ、重ねた上演は百回以上を数える。(阿部岳)
 軍による強制の事実をゆがめる動きが強まる中、戦争を体験した同世代へ「子や孫のために真実を語り残そう」とのメッセージを込めた。
 舞台は座間味島。「赤いぶくぶくー」は、主人公の父が母の首をかみそりでかき切った時の血の泡を指す。米兵の上陸でパニックになった家族が殺すよう懇願し、父が次々に手を掛けた。生き残った主人公が、娘に初めて体験を語り聞かせる。
 「一生誰にも話したくないと思っていたけど、あの時亡くなった人たちの生きた証しがないのは、あんまりかわいそう。話すのは生き残った者の責務かもねえ」
 北島さんは復帰前後、本土の記者が「集団自決」を取材しようとしたが応じてくれないと嘆く記事を読んだ。「語りたくても語れないつらさが分からないのか」。この時の怒りをきっかけに書いた作品を通じて、悲惨な実相を伝え続ける。
 浦添市で開かれた「憲法を考えるつどい」(主催・コープおきなわ有志九条の会)での上演。北島さんがウチナーグチで語り、体全体を使って再現する惨劇に、約二百人の会場から悲鳴が上がった。ハンカチで顔を覆ったまま泣き続ける女性、「聞いちゃおれない」とつぶやき、席を立つお年寄りもいた。
 上演後の楽屋。北島さんは教科書検定による軍関与の記述削除などの動きに、「なかったことを、あったという住民がいるか。名誉を守りたい偉い人が本当のことを隠している」と、率直な怒りを語った。「私は車いすになってもしゃべり続ける。それぞれの家の中から平和を考えてほしい」と願いを込めた。

ウチナーグチで9条朗読 憲法考えるつどいに150人
[琉球新報 7/23 9:52]

 県生活協同組合「コープおきなわ」の組合員や職員などでつくる「コープおきなわ有志9条の会」の設立1周年を記念した「憲法を考えるつどい」が21日、浦添市産業振興センター「結(ゆい)の街」で開かれた。女優の北島角子さんが、ウチナーグチで憲法9条を朗読。約150人の参加者は味わい深い北島さんの朗読にじっくりと聞き入っていた。北島さんは9条朗読のほか、一人芝居「赤いぶくぶくー」を披露。オープニングでは歌手の会沢芽美さんも登場し、戦争と平和をテーマにした歌で会場を盛り上げた。
 コープおきなわ理事長でもある新垣勉弁護士は講演し、自民党の新憲法草案について解説した。草案と現行憲法を比較し、似たように見える表現にも大きな意味の違いがあることを指摘した。9条については「自衛隊があるし、憲法を変えてもいいんじゃないかという人もいる。しかし海外には派遣されたが武力行使はないとの前提だった。現行憲法は侵食されたが、規範としての力を持っている」と9条堅持の大切さを述べた。
 同会は現在約220人の会員がいる。

〈問う:憲法〉国民投票法、施行は3年後
[asahi.com 2007年07月26日]

 今年1月、京都市で開かれた青年会議所(JC)の全国会議で、日本JCが製作したアニメDVD「誇り?伝えようこの日本(くに)のあゆみ?」が映し出された。
 約28分間の上映が終わった時、県内から参加したJCの男性メンバー(33)は心が揺り動かされるような感動を覚えた。「このDVDを見て、子どもたちが日本が歩んだ本当の近現代史に興味を持てばいい」。働き続けて11年目。仕事しか頭にない日々を過ごしてきたが、初めて日本のあゆみを考えさせられた。
 「誇り」は、女子高校生の主人公が近現代史を学ぶ青年に会い、日清・日露戦争から東京裁判に至るまでの歴史を教わるストーリーだ。2人は靖国神社を訪れ、連合国軍総司令部(GHQ)の占領政策や戦後の教育について話し合う。青年は、第2次世界大戦について「侵略戦争だったのだろうか」と問いかける。そして「大東亜戦争は自衛のための戦争」「戦後、『悪いのは日本』という教育が施され、日本人から自信と誇りを奪っている」と主人公に諭す。
 日本JCは06年、「真の自立国家へのシナリオ」という提言を作成した。そこでは自立国家としての軍隊設置、憲法改正のほか、愛国心を育む政策として「戦争に踏み入った経緯や日本の精神の教育」を掲げている。DVDは、その一環で同年に製作された。
 2月末に男性は、「このDVDを使った教育事業をしては」とJCの会議で提案した。だが他のメンバーから「右寄りと言われかねない」「刷り込みをしようとしている、と思われないか」と異論が出て、実現しなかった。

     ◇

 7月21日、河合町のホール。河合「九条の会」が主催する映画「日本の青空」上映会が開かれ、メンバーらの当初の予想を上回る約400人が詰めかけた。
 「青空」は敗戦直後に新憲法の草案を作った民間グループ「憲法研究会」の中心メンバー、故鈴木安蔵氏に光を当てた。GHQが研究会の案を参考にして現憲法の草案をつくった憲法誕生秘話が描かれ、「今の憲法は戦勝国から押しつけられたのではなく、当時の日本人の思いが反映されている」と伝える内容だ。映画は1口10万円の製作資金を一般から募り、自主製作で撮影された。
 会場に足を運んだ近くの男性(81)は15歳から満蒙開拓青少年義勇軍に加わり、当地で20歳の時、終戦を迎えた。帰国すると、母親は大阪大空襲ですでに亡くなっていた。「あんな悲惨な経験はした者でないと分からない。9条は『歯止め』なんや。絶対守らんと」

     ◇

 今年5月、憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立した。同法の施行は3年後。いよいよ改正が現実味を帯びてきた。
 河合「九条の会」は昨年2月に発足したばかり。「会員は周辺のニュータウンに住み、定年後の新たな生きがい探しで活動を始めた人が多い」同会世話人の一人、木村裕さん(64)は話す。自らも長く勤めた損害保険会社を退社後、地域のつながりを求めて参加した。
 上映会場で実施したアンケートに憲法への関心を尋ねる質問があった。回答者の約半数の118人が「最近考えるようになった」と答えていた。
 「心の中で憲法の危機を感じ、何かやらなあかんかな、と思っている人が多いのでは」。木村さんはそう感じている。

〈香川の暮らしは・憲法 平和〉任務広がる自衛隊
[asahi.com 2007年07月27日]

 今年1月、防衛庁が省に昇格した記念祝賀会が高松市のホテルで開かれた。出席した自民、民主両党の県選出国会議員や首長らを前に、善通寺市に司令部のある陸上自衛隊第14旅団の笠原直樹旅団長(当時)は「昇格をバネに頑張りたい」と述べた。
 第14旅団は昨年3月、第2混成団から格上げされた。隊員は約2000人から800人増員となり、09年度には徳島県に飛行隊を新設するなど、四国4県すべてに陸自の部隊が配置される方針だ。
 第2混成団で団長を務めたOBの松浦征七さん(67)=善通寺市=は「四国で災害が発生したとき、即応できる」と評価する。
 松浦さんは62年に防衛大を卒業後、陸上自衛隊に入隊。北海道など十数カ所で40年近く勤めた。
 現役時代は山林火災などへの災害派遣活動で、地域の人から「ご苦労さん」「ありがとう」と声をかけられ、やりがいを感じた。地震などの大規模災害では、自衛隊の機動力が頼りになる場面も多い。ただ、入隊当初は「税金ドロボー」と言われると、「命をかけてやっているのに」と悔しく思うこともあった。
 憲法9条を巡り、「解釈次第で、自衛隊が合法と言われたり、違法と言われたりするのはおかしい」と思ってきた。平和をうたうことは大前提だが、隊員が任務に誇りが持てるように、「憲法は時代に合ったものにしたほうがいいのでは」と話す。

     ■

 自衛隊の「本来任務」は自国防衛、治安維持、災害派遣などだった。だが、90年代にPKO協力法や周辺事態法が成立すると、カンボジアや東ティモールなど海外派遣が本格化した。防衛省への格上げで、「国際平和協力活動」も加わり、当時の第2混成団からも、カンボジアやイラクなどに派遣された。
 一方、有事法制の整備で、「傷ついた外国人兵を地方の病院で受け入れるのか」「緊急車両で道が封鎖されるのか」などの議論が活発になった。県は昨年3月、日本への侵略事態が起きたときの避難や市町との連携などを定めた県国民保護計画を策定。攻撃を受けた場合、自主防災組織に情報や資財の提供を支援すること、有人島の住民を計画的に避難させ、県営住宅などを確保することが書かれている。琴平町を除く8市8町も、同様の計画を策定するなどして準備を進める。

     ■

 今年5月、憲法改正の手続きを定める国民投票法が成立した。懸念を示す共産、社民両党などは参院選の争点として、強く訴えている。
 そうした中、「かがわ芸術・文化 九条の会」が6月16日に発足した。作家の井上ひさし氏らが呼びかけ人となり、04年に発足した「九条の会」の広がりの一つ。県内では同年9月に「九条の会・かがわ」ができ、いまでは地域や職場単位で40以上の会があるという。
 法案の議論が高まった今年2月、劇作家や彫刻家、作家、歌人ら芸術家9人が「改正を止めるために何かできないか」と呼びかけあった。書家の南繁文さん(85)=高松市=は「憲法はひとごとと感じている人が多いが、実際は生活の土台の土台。身近に感じてもらえるよう啓発したい」と話す。
 南さんは太平洋戦争当時、戦闘機の整備兵として、ハルマヘラ島(現インドネシア)へ配属された。敵機の爆撃で、知り合いが何人も死んだ。密林で伝染病がはびこり、パラチフスで生死をさまよった。終戦後、旧国鉄に就職した。好きだった書道を始め、日展にも入選。現在は週2回、主婦らに教えている。
 「書道を続けることができたのは平和な日本があったから」と思う。かばんには憲法の本を入れる。「改正の動きの中心にいるのは、戦争を知らない人たちではないか。経験者からすれば、今の9条以上に平和を訴えるものはない」。議論は続きそうだ。=おわり

〈一票の思い〉平和憲法の重み活用を
[asahi.com 2007年07月27日]

■九条の会・しゅうなん呼びかけ人 田畑元久弁護士(43)

 憲法が施行されて60年。今ほどの危機はありません。改憲手続きの国民投票法ができたからです。
 発議後の考慮期間が最短2カ月と極端に短く、有料広告は無制限。潤沢な資金があれば国民を容易に扇動できます。最低投票率がないことは主権者たる国民を軽視している表れでもあります。
 改憲の焦点は「9条2項」です。常に戦争をしている米国と親密な日本が戦闘しなかったのは、戦力不保持と交戦権放棄のおかげ。有効な「歯止め」と誇るべきです。
 仕事柄、リストラや不安定雇用を背景にした多重債務や生活保護をめぐる問題に日々直面しています。生存権や労働基本権なども含め、人間らしく平和に生きる権利を保障する憲法の理念は、変えるどころか、これから一層生かされるべきです。
 欧州連合(EU)の通貨統合など、いわゆる「普通の国」の姿を離れて、戦争できないようにする仕組みを世界が考えていますが、日本は60年前から持っていた。
 その重みを、今こそかみ締めたいですね。

〈あなたの隣で:下〉憲法9条 国民が決める「自衛」
[asahi.com 2007年07月27日]

 137人――。06年度に自衛隊に入った県出身者の数だ。29日に投開票される参院選の結果は、こうした若者を含む自衛隊員の役割や活動に大きく影響する。集団的自衛権を行使できるようにする「解釈改憲」や、憲法改正を目指す安倍政権を信認するかどうか、が問われているからだ。
チャールズ・ワードさんが折った「きゅうちゃん」は5千羽を超えた。シッポを引っ張ると、パタパタと羽が動く仕掛け。羽には、自らのホームページのアドレスが書いてある

 ■自衛官を募集

 「つい1年前まで私も皆さんと同じ学生でした。周りの反対や悪いイメージもあるでしょうが、少しでも興味を持ったら、その気持ちを大切にして、突き進んでください」
 JR上田駅に掲示されたポスターの中から、制服姿の女性自衛官が後輩に呼びかける。「出身校名 上田染谷丘高校」と明記されている。
 自衛隊長野地方協力本部は、高校3年生への求人活動が解禁された今月2?6日、「ステーション作戦」を初めて展開した。制服姿の自衛官らが通学途中の高校生にティッシュを配り、「自衛官募集」をPRした。
 同本部の担当者は「少子化の中で、決まったパイを官民で奪い合う。正直言って厳しい」と話す。自衛隊を容認する世論の高まりや、今年1月の防衛庁から防衛省への昇格も、追い風になると期待している。
 松本市高宮西にある陸自松本駐屯地。昨年4月、ここから自衛官26人がイラク派遣の第10次支援群の一員として参加した。サマワに約3カ月滞在し、公共施設の修復や給水支援などをした。
 こうしたイラク派遣などの海外活動は、防衛省昇格に伴って自衛隊の付随的任務から本来的任務に格上げされた。また、現憲法のもとで「国際平和活動をともにする他国部隊への攻撃に対する駆けつけ警護」などがどこまで許されるか、の検討も始まっている。

 ■戦中派の危惧

 「自衛隊は専守防衛や災害救助のためにあっていい。だが、自民党の改憲草案のように『自衛軍』にすれば、戦争をするために自然と組織は膨張する」
 小布施町で200年続く栗菓子店の7代目、桜井佐七さん(80)はそんな危惧(きぐ)を抱く。
 04年5月、桜井さんら県内16人を呼びかけ人に「憲法9条を守る県民過半数署名をすすめる会」が発足した。1年半で約10万5000人分を集め、現在も活動中だ。
 三木睦子・元首相夫人や哲学者の梅原猛氏らが呼びかけて発足した「九条の会」も、県内の各地域や職場に231(今年1月末現在)ある。「人口を考えれば多い方ではないか」と、全国的な動向を取りまとめている「九条の会東京」の事務局は見ている。

 ■折り紙で啓発

 「若者も『戦争は良くないよ』と言うけれど、『じゃあ、戦争放棄の9条を守るにはどうすればいい?』と聞くと、黙っちゃう。戦争は嫌だけど、行動しない」
 英国で育ち、中野市に住むチャールズ・ワードさん(27)は、旅先で会う日本人の反応が不思議でしょうがなかった。
 英国の高校生のころ、インターネットで日本の憲法9条を知り、「素晴らしい考え方だ」と思った。04年に来日し、松本市で英語講師をした後、1年間、全国各地を回った。道行く人々に、折り紙のハト「きゅう(9)ちゃん」を渡して「行動」を促してきた。
 国民投票法が成立したことで、早ければ3年後に具体的な改憲案が国民投票に付される可能性もある。その改憲案をつくるのは国会議員だ。
 「自衛隊はシビリアンコントロール(文民統制)下にある。それは、国民が選ぶ国会議員の意思に従うということだ」。県内の防衛関係者がそう力説した。

〈選択のポイント〉

 長野選挙区の4候補のうち3氏が、憲法9条を「変えない方がいい」と答えた。集団的自衛権は全員が「行使できるようにするべきではない」。
 自民党の安倍首相は、改憲と集団的自衛権の行使に積極的。だが、同党の吉田博美氏は両方とも否定的だ。「個人の考え。安倍政権が必ずそうするとは承知していない」という。
 ただ一人、「変える方がいい」と回答した民主党の羽田雄一郎氏は「自衛隊の役割をはじめ解釈が時代とともに拡大している」とし、「現実的平和主義の議論を深めていく」と主張する。
 共産党の中野早苗氏と社民党の中川博司氏は、9条改正も集団的自衛権の行使にも反対。「世界の流れも武力より対話の外交に変化」(中野氏)、「9条があるから、自衛隊の武力行使に歯止めがかかってきた」(中川氏)というのが理由だ。
 組織や時代の空気に逆らっても、自らの考えを貫き通せる候補なのか、見極めたい。

戦後は「平和」のために 「辻堂文化・九条の会」会長として
戦争体験を語り継ぐ斉藤 一好(かずよし)さん 辻堂太平台在住 87歳
[タウンニュース 2007年8月3日号]

 ○…「『日本はアメリカと戦っても勝てるはずはない』そう考えていたから驚くばかりでした」当時の心境をそう語る。1941年12月8日。開戦を知ったのは連合艦隊の旗艦「長門」の艦内だった。
 ○…海軍機関中佐である叔父にあこがれ、海軍兵学校へ。入学時はトップ成績での合格だった。「海軍は比較的冷静な人間が多かった。状況から分析して戦争は起こらないと思っていた」。だが、想いとは裏腹に時勢は戦局へ。4年制の兵学校を3年間で卒業し配属に。駆逐艦「雪風」、潜水艦「イ400」と乗艦を代えつつ戦場を渡る。ガダルカナル島からの陸軍の撤退作戦では、飢えや負傷、マラリアで衰弱しきっている多くの兵士たちを見た。「悲惨な光景だった。人命が軽視されすぎていた」。
 ○…1945年8月15日。米太平洋艦隊の根拠地であるウルシー環礁への特攻直前に洋上で敗戦を迎えた。兵学校343人の同期で生き残ったのは120人。横須賀に帰港し、1カ月あまりの虜囚生活。そこで知り合った弁護士を目指す若い米軍兵士との出会いが人生を変えた。「戦争は終わった。これから何をするかが重要だ」。戦争という極限下で否定されていた『人権』。平和維持に欠かせない自由と人権を守ることに人生を捧げることを決めた。以来、数十年、弁護士として、スモン病裁判、水俣病裁判、横浜事件などを扱い、人権保護に心血を注いできた。
 ○…87歳になった今「ようやく地域に目を向けて活動するチャンスができた」と話す。8月15日に藤沢駅北口サンパール広場で行われる「不戦のちかい」では、「不戦兵士・市民の会」の一員として、また「辻堂文化・九条の会」会長として街頭に立ち演説する。「戦争の悲惨さ、愚かさを伝えていかなければならない」。洋上を渡り、生還したかつての兵士は今、次代へ平和の尊さを語り継ぐ。

この人に聞きたい:「憲法9条を守る一宮市民の会」事務局長・柴田伸治さん/愛知
[8月6日12時1分配信 毎日新聞]

 国民投票法の成立や集団的自衛権に対する見直し論が台頭する中、憲法9条を守ろうとする市民団体「9条の会」が全国各地に誕生している。一宮市でも04年11月、改憲の動きに危機感を募らせた市民らが「憲法9条を守る一宮市民の会」を設立した。事務局長として活動の先頭に立つ元小学校教諭、柴田伸治さん(64)に、憲法9条への思いなどをうかがった。【井上章】
 ◇同じ思いの人に勇気を??若者に大切さをどう伝えるか苦慮
 ――「9条の会」結成のきっかけは。
 以前から改憲論の高まりに不安を感じていました。4年前に小学校教諭を定年退職した際、戦争放棄と軍隊を持たないことを誓った世界にも例がない日本国憲法を守る活動を、今後のライフスタイルにしようと決心した。多くの人たちと一緒に地道な運動を続けていくことが可能かを考え、憲法9条を守るという一点でまとまれたらいいなと、思想信条を超えた組織を思い立ちました。
 ――苦労もあったと思いますが。
 まず、この地域の医者や僧侶、弁護士、教師らに手紙を出して、会の趣旨を訴えました。最初は反応が鈍かったのですが、運がいいことにそのころ、作家の大江健三郎さんらが同様の運動を始められたお陰で、一気に賛同者が増え発足にこぎつけました。
 ――9条に対する思いを。
 平和憲法の大切さを意識したのは、教員になり子供たちに教えるようになってからですね。戦中生まれですが戦争の記憶は全くなく、学校でも憲法を学んだはずなのに特に意識していなかった。68年に初めて6年生を受け持ち、授業で憲法を教えました。その際、児童に家族から戦争体験の聞き取りをさせ文集にまとめた。空襲の中を逃げまどい遺体を処理したこと、疎開先の苦労話など、それまで語られることのなかった話が多く集まった。児童らにとっては祖父母や父母らの体験だけに、戦争を生々しく身近な出来事としてとらえる貴重な学習になったようです。私自身も改めて戦争について考えさせられ、今の憲法のもつ意味とその大切さを改めて認識しました。
 ――会の活動と課題について。
 尾張北部には現在、一宮、犬山、江南、岩倉4市と扶桑、大口両町に「9条の会」があり、会員は合わせて2500人ほど。一宮では毎月第2土曜日にJR尾張一宮駅前でのビラ配りや講演会などを開いています。しかし、若者の参加者がほとんどいないのが悩みの種。憲法いかんで将来の日本や一人一人の生活が変わってしまうことを、どうやって伝えていくか苦慮しています。
 ――改憲を望む人も多いようですが。
 9条だけでみれば「変えてはいけない」という人が多いはず。ビラ配りの際にも、「改憲されると自分たちの子供がまた戦場へ行くことになる」と訴えると、高校生でも署名してくれます。戦争はイヤという素朴な思いと9条をいかにつなげて考えてもらえるか。また、活動には参加できないが同じ思いの人たちに対して、「9条を守りたいのは私一人だけじゃないんだ」と、少しでも勇気と安心を与えられればと考えています。
 ――今後は。
 さらに小さなミニ9条の会が活動を始めている。将来は友達との世間話として9条が話題に上るような状況になれば、たとえ国会で何が決まろうが、最後のとりでとして国民が日本を戦争をできる国にするようなことはないと信じています。

 ■人物略歴
 ◇しばた・しんじ
 東京生まれ。終戦間近の1946年に一宮市へ移り住む。65年から小学校教諭を38年間務める。定年退職後に登山を始めた。同市千秋町在住。

広島原爆の日 諏訪地方各地で祈念行事
[長野日報 2007-8-7 6:03]

 広島原爆の日の6日、諏訪地方各地で犠牲者の冥福を祈り、核兵器廃絶や世界平和を願う行事が行われた。終戦から62年がたち、戦争体験の風化が懸念される中、子どもたちも参加して平和を考えるきっかけにした。

■平和の塔に不戦誓う 茅野市平和祈念式

 第12回茅野市平和祈念式(実行委員会主催)は、市運動公園平和の塔前で行われた。年配者を中心に約100人が参加し、不戦の誓いを新たにした。
 原爆投下時刻の午前8時15分に全員で黙とう。有志でつくる実行委の堀晃実行委員長は「原爆が投下されたのは62年前だが、昔話にしてはいけない」と述べ、柳平千代一市長も「戦争を知らない世代が増える中、戦争の愚かさをいかに伝えていくかが大きな問題」と語った。広島市の秋葉忠利、長崎市の田上富久両市長の平和へのメッセージが代読された。
 近くの東海大三高校の生徒会役員5人が参加、全校生徒が折った千羽鶴を平和の塔前にささげた。3年の中村亮介君(17)は「改めて平和の大切さを感じた。実際に戦争を体験した人と時間を共有でき、いい経験になった」と話した。
 式後には「戦争体験を聞く会」を総合体育館で開き、満蒙開拓団とともに中国で終戦を迎えた名取昇一さん(80)=富士見町=と、7歳のときに中国から引き揚げてきた平出昭恵さん(68)=原村=から話を聴いた。

■核兵器廃絶祈り太鼓演奏 小井川小で岡谷平和の祈り

 岡谷市小井川小学校の昇降口前では核兵器廃絶岡谷平和の集い(岡谷9条の会主催)が開かれた。児童らが、恒久の平和を祈って太鼓を打ち鳴らした。
 集いは、毎年広島原爆忌に合わせて開いており、今年で12年目。長年同市の湖畔公園で開いていたが、昨年からは、被爆したアオギリの2世が植えられている同校前で行っている。同市長地柴宮の平福寺に安置されている「原爆の火」も会場に据え置いた。
 太鼓を演奏したのは、小井川小や長地小の児童、身障者太鼓、障害者聾(ろう)太鼓の四団体。約50人で祈りを込めて「諏訪湖ばやし」を打ち鳴らした。同会の笠原忠夫代表は「戦争は絶対起こさない。核兵器を廃絶する。日本では憲法を守ることでそれができる」とあいさつした。
 総合司会をした小井川小の武井一輝君(12)は「(原爆は)他人事みたいに思っていたけど、今日のことでいっぱいの人がつらい思いをしたと実感した。二度とそういうことが起きない平和な世界になってほしい」と話した。

広島原爆の日:原爆犠牲者慰霊・世界平和祈願 祈り天に届け――三井寺で法要/滋賀
[8月7日15時2分配信 毎日新聞]

 ◇120人黙とう、風船を空に
 広島の原爆投下から62年目を迎えた6日、大津市園城寺町の園城寺(三井寺)で「原爆犠牲者慰霊・世界平和祈願法要」が営まれ、寺院関係者や地域住民約120人が核兵器の廃絶と恒久平和を願った。【豊田将志】
 法要は1953(昭和28)年から毎年開かれ、今年で55回目。原爆投下時刻の午前8時15分から1分間、戦没者と原爆の犠牲者の冥福を祈り、静かに黙とうをささげた。その後、詩人の故・坂村真民さんの詩集から「人間と人間との殺し合いがいつの日かなくなりますように 憎しみあうことなく助けあうよい世の中になりますように」という詩の一部を描いた風船約3000個を一斉に空に放った。風船には「持つな作るな核兵器」などの市民のメッセージを書いた短冊も添えられた。
 続いて、遊心庵(大津市)の岡部善恵庵主が「言語や文化、宗教の違いを超え、核兵器の廃絶が人類の意思となるよう、平和の尊さを実感できる公正な世界の実現に向かって歩んでいく」と宣言。福家俊明・同寺長吏は「過去の戦争と歴史を見つめ直し、どうすればこの地球上に平和が訪れるのかをしっかり考えていただきたい」と訴えた。
 この後、同寺で滋賀・九条の会主催の「県民のつどい」も開かれ、紙芝居やシベリア抑留体験の講演などがあり、会場は平和の祈りに包まれた。

8月9日午前11時2分、「平和の鐘を」の運動広がる
[asahi.com 2007年08月08日14時51分]

 8月9日午前11時2分、62年前の長崎の悲劇を思い、平和を願う鐘を鳴らそう――。茨城県つくば市のフリーライター鶴文乃さん(66)が呼びかけたところ、東京都文京区の護国寺など、これまでに全国各地の約30カ所から賛同が寄せられた。親子で働きかけるなどの広がりも出ている。
 鶴さんは長崎県出身で、原爆で父と兄が死亡。母や姉、多くの知人が原爆症に苦しんだ。国民投票法が成立、憲法改正に道が開かれたことなど、父母らの苦しみの上に今の平和があるという意識が薄らいでいると感じている。「一人ひとりが平和を考え、行動するきっかけを作りたい」と「平和の鐘」の依頼文を各地の団体などに出し、新聞でも呼びかけた。
 静岡県沼津市の鈴木裕司さん(62)は「ぬまづ憲法9条の会」の仲間約10人と手分けをして、お寺など30カ所ほどを回った。「具体的な行動が大事」と考えたからだ。18カ所が同意してくれた。
 宮崎市内では3カ所で鐘が鳴る。その一つ、マリア布教修道女会には大きな鐘はないが、ハンドベルを鳴らす。シスターの山本モンさん(77)は「大きなことはできなくても、平和を願うお祈りはしたい」。
 横浜市の小林由香さん(38)は、鶴さんの呼びかけを知り、8歳の長女と自転車で近所のお寺などを訪ねた。3歳から長崎で過ごした小林さんは、日常的に原爆の体験を聞いて育った。だが、上京して進学した大学で自分が少数派であることに驚き、個人でできる活動を探してきたという。
 まだ鐘を鳴らすと返事をくれたところはない。しかし、「親が一緒に動くことで、子どもには確実に平和への思いが伝わるはず。こつこつと続けていきたい」と言う。
 鶴さんは、海外の教会にも依頼文を出している。「少し勇気を出し、行動することで、何かが変わる気がします」

九条の会:36年ぶり「憲法」復刻 「多くの人が意義、再認識を」――南相馬/福島
[8月10日12時2分配信 毎日新聞]

 ◇南相馬の「九条の会」4団体が小冊子
 南相馬市内の「九条の会」4団体が、小冊子「憲法」を36年ぶりに復刻する。憲法公布25周年の1971年に、旧・原町市が全戸配布したもの。今年は施行60周年に当たり、関係者は「多くの人に憲法の意義を再認識してほしい」と話している。
 4団体は「はらまち」「小高」「鹿島」「相双教職員」の各九条の会。復刻される「憲法」は手のひらサイズの59ページで、憲法全文をはじめ教育基本法、児童憲章を掲載している。「憲法を理解し守ることが豊かな市民生活をつくる」という当時の山田貢・旧原町市長の巻頭言も、そのまま紹介している。
 今年は、地元・南相馬市小高区出身の鈴木安蔵(1904?83年)を描いた映画「日本の青空」も製作された。鈴木は憲法起草に大きな影響を与えた憲法学者で、映画は「憲法誕生の真相」として全国で上映されている。小冊子は、終戦記念日の8月15日に3000部が復刻され、印刷費は「日本の青空」の収益金の一部が充てられた。
 4団体の山崎健一事務局長は「米国による憲法押し付け論も出ているが、問題はその内容。9条は世界の理想をうたっており、国外からの評価も高い」と語る。4団体の平田慶肇(けいいち)代表は「施行60周年の年に、憲法の素晴らしい内容を読み直してほしい」と話していた。
 小冊子は希望者に100円で販売する。申し込みは山崎事務局長。【塚本弘毅】

長崎原爆の日:投下時刻、「平和の鐘」全国で鳴る 沼津は19カ所で/静岡
[8月10日12時2分配信 毎日新聞]

 長崎に原爆が投下された時刻の9日午前11時2分に合わせて、全国各地の教会や寺などで「平和の鐘」が鳴った。沼津市では、「ぬまづ憲法9条の会」の働きかけに応じた所だけでも19カ所の教会や寺で、市民が平和を希求する思いを込めて一斉に打ち鳴らした。
 同市御幸町、日本福音ルーテル沼津教会では、横田弘行牧師(66)や信者ら8人が集まった。この日のために正面に設置された鐘を全員が一振りずつ鳴らした後、「長崎の鐘」を合唱した。
 横田牧師は「北朝鮮のミサイル発射で非核三原則を破棄し迎撃ミサイル構想を是認する国民感情が芽生えようとしている。やられたらやり返す論理は地球を地獄に落とす」と指摘。「平和は自動的に向こうからやってくるのではなく、つくり出すエネルギーが要る」と述べた。「平和の鐘・一振り運動」は、長崎の原爆で父と兄を亡くした茨城県つくば市の作家、鶴文乃さん(66)が呼びかけた。【安味伸一】

Similar Articles:

Leave a Comment

NOTE - You can use these HTML tags and attributes:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">