これは力作 大杉一雄『日中十五年戦争史』

大杉一雄『日中十五年戦争史』(中公新書)

先日、まろさんからご紹介をいただいた大杉一雄著『日中十五年戦争史』(中公新書)。版元品切れ・重版未定ということで、古本屋で手に入れて、読み終えました。

一言でいって、これはなかなかの力作。一読の価値ありの本です。

著者、大杉一雄氏は、1925年生まれ、東大経済学部卒業後、日本開発銀行に勤務し、その間、アジア経済研究所に出向、という経歴の持ち主。いわゆる専門の歴史研究者ではありません。しかし、なぜ日中は戦わざるを得なかったのか、戦争を回避する可能性はなかったのか、可能性があったとしたら、それを可能性のまま終わらせてしまったものは何か、それを追求した著作です。よく知られた各種資料はもちろんですが、それだけでなく、当時の雑誌などに掲載された政治家や知識人の論文や座談会での発言などを丹念に調べ上げて、いわば当時どんなふうに議論がなされていたかをふくめ再現されているのが特徴。とても勉強になりました。

著者は、本書執筆の動機と経緯について、次のように書かれています。

 われわれの世代はなぜあのような戦争に直面しなければならなかったのか、なぜあのような戦争が起こったのか――という問題意識は、50年前、旭川の軍隊で終戦を迎えて以来、絶えず筆者の胸中にあった。ただそれを専門に研究する業についたわけではなかったので、関係図書を読んだり、資料の収集につとめたりしたものの、それ以上考える機会はなかった。しかしいわゆる第二の人生を始めるにあたり、この問題について自分なりの考えをまとめてみたいと思い立ち、以後、このテーマに集中、ここにいちおうの結論を得ることができた。(本書357ページ)

この問題意識は、たぶん多くの戦争世代のみなさんに共通したものではないでしょうか。それを大杉氏は、<1>満州事変とは何であったか、<2>日中戦争への道、<3>日中戦争の拡大は防げなかったか、の3つの段階で追求。

<1>では、満州国承認が「ポイント・オブ・ノーリターン」であることを指摘しています。また<2>では、1935年、36年、37年の各段階で、日中交渉の可能性がどこにあったかを探究しています。盧溝橋事件以後をとりあげた<3>でも、なお日中交渉の可能性があったとされていますが、しかしここでは、それよりも、軍の独走がそれを踏みにじっていったことへの批判が基調となってゆくのは仕方ないことです。

著者は、当時の中国の「革命外交」(国権回復運動)について「その方法や手段がしばしば性急にすぎたり、あまりに直線的であったことに問題があった」(55ページ)と批判していますが、これはあくまで、日中が戦わずにすむ可能性があったのではないかという立場からのもの。著者の批判は、もちろんのことですが、当時の日本の「中国蔑視」におかれています。

まろさん、貴重な本をご紹介いただき、ありがとうございました。m(_’_)m

【書誌情報】
著者:大杉一雄/書名:日中十五年戦争史――なぜ戦争は長期化したか/出版社:中央公論社(中公新書1280)/発行:1996年/定価:本体874円+税/ISBN4-12-101280-1
※目下、版元品切れ・重版未定。古書では入手可。

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