小沢代表、早くもトーンダウン?!

アフガニスタンのISAFへの参加をぶちあげた民主党・小沢代表ですが、「ISAFの治安活動には疑問をもっている」と早くもトーンダウン。

それより問題なのは、小沢氏がISAF参加をぶちあげたばかりに、政府の「給油活動の方が無難」という答弁が、逆に説得力をもってしまうこと。まるで、給油継続に世論をもっていくためにわざと言い出したんじゃないかと思いたくなるほどです。

小沢・民主代表:ISAFの軍事部門参加、一転慎重(毎日新聞)
ISAF参加は憲法に抵触 首相、衆院予算委で(中日新聞)

小沢・民主代表:ISAFの軍事部門参加、一転慎重
[毎日新聞 2007年10月11日 東京朝刊]

 民主党の小沢一郎代表は10日の会見で、政権獲得後に参加するとしているアフガニスタンでの国際治安支援部隊(ISAF)について「ISAFの主力の治安維持には非常に疑問を持っている」と述べ、軍事部門への直接参加には慎重な姿勢を示した。そのうえで小沢氏は「何よりも生活が安定することが大切」とアフガンの民生を支援する重要性を強調した。小沢氏は5日付の党機関紙で「政権を担う立場になればISAFへの参加を実現したい」と語っていた。
 会見で小沢氏はISAFへの参加自体について「党の政権政策の基本方針にも書いてある」と述べ、国連決議に基づく行為は憲法違反ではないと強調した。与党だけでなく党内にも慎重論があることを念頭に「少数意見はあるが、党の方針にしたがって行動しなきゃ党人ではない。嫌なら離党するしかない」と述べた。
 自身の資金管理団体「陸山会」が政治資金で購入したマンションから家賃収入を得ていた問題について、空室となった1戸は近く売却し、財団法人に貸与中の1戸は陸山会が財団法人に家賃分を寄付し、事実上家賃を受け取らない方法を検討していることを明らかにした。その他の物件は「銀行のローン完済後に売却する」と述べた。この問題を報じた毎日新聞の記事について「政治的思惑で意識的に誹謗(ひぼう)中傷した報道だ」と述べた。【渡辺創】

ISAF参加は憲法に抵触 首相、衆院予算委で
[中日新聞 2007年10月11日 13時24分]

 福田康夫首相は11日午前の衆院予算委員会で、民主党の小沢一郎代表が提唱しているアフガニスタン本土での国際治安支援部隊(ISAF)への参加に関し「憲法で規定する問題につながってくる可能性があると懸念している」と述べ、武力行使との一体化などを禁じた憲法に抵触する可能性を指摘、参加は困難との考えを表明した。
 これに関連し高村正彦外相は、アフガンでの民生分野での支援について「アフガン全土に退避勧告が出ている。(政府が)一般の民間人に帰ってきてくださいと言っている中で、これ以上文民を増やすことは難しい」として現時点では困難との見方を強調。首相も「文民にお願いする状況ではない」と同調した。
 石破茂防衛相は、2003年2月の米補給艦への給油量を防衛省が最近になって約4倍に訂正したのは情報操作ではないかとの問いに「いいかげんな仕事はしていない。情報操作は一切していない」と反論した。(共同)

参考までに、小沢氏のISAF参加発言にたいする民主党内から異論について、記事を2つ追加しておきます。

民主の枝野氏「アフガン国際部隊、自衛隊参加は疑問」(NIKKEI NET)
前原氏 ISAF参加に異論(NHKニュース)

民主の枝野氏「アフガン国際部隊、自衛隊参加は疑問」
[NIKKEI NET 2007/10/07 23:16]

 民主党の枝野幸男元政調会長は7日のテレビ朝日番組で、アフガニスタンで活動する国際治安支援部隊(ISAF)への自衛隊の参加について「(憲法が禁じる)国権の発動に当たらないというのは無理がある」と述べた。小沢一郎代表は9日付の雑誌論文でISAF参加への積極姿勢を改めて表明。これに対し、枝野氏は「国連の旗の下だからというだけではなく、日本が活動の中のどこまでをバックアップするかが問われる」とも指摘。参加には相当数の国民の合意などが前提になるとの見方を示した。
 石破茂防衛相はテレビ朝日番組で「(ISAFに)参加し、武力行使するのは、憲法からして認められるところではない」と指摘した。

前原氏 ISAF参加に異論
[NHKニュース 10月11日 5時55分]

 民主党の前原副代表は、10日夜に開かれたシンポジウムで、小沢代表が政権を獲得した場合にはアフガニスタンに駐留するISAF(アイサフ)=国際治安支援部隊への参加を実現したいという考えを示したことに関連し、「党内には小沢氏の見解に違和感を感じる人は多い」と述べ、異論を示しました。
 民主党の小沢代表は、9日に発売された月刊誌で、政権を獲得した場合にはアフガニスタンに駐留するNATO=北大西洋条約機構を中心としたISAF=国際治安支援部隊への参加を実現したいという考えを示しています。
 これに関連し、前原副代表は、10日夜、東京都内で開かれたシンポジウムで「小沢代表は民主党と合併する前の自由党党首時代の見解をそのまま述べている。小沢氏の考え方に違和感を感じる人は党内にかなりいるのではないか」と述べ、小沢氏の見解に異論を示しました。また、前原氏は、小沢氏が国連安全保障理事会の決議があれば自衛隊の海外派遣を積極的に行うべきだとしていることについても「常任理事国の中国やロシアなど5か国すべてが同意するか棄権をしたものしか参加できず、日本の外交の選択肢を大きく狭めることになる。わたしはそういう立場はとらない」と述べ、否定的な考えを示しました。

ISAFとアフガニスタンの実態について、「毎日新聞」にこんな記事が出ていました。

クローズアップ2007:米アフガン攻撃6年 窮地のカルザイ政権(毎日新聞)

クローズアップ2007:米アフガン攻撃6年 窮地のカルザイ政権
[毎日新聞 2007年10月10日 東京朝刊]

◇タリバンとの和解模索

 01年の米軍によるアフガニスタン攻撃開始から、7日(日本時間8日)で6年が経過した。米国の圧倒的な軍事力の前に当時のタリバン政権はほぼ1カ月で崩壊したが、その後タリバンは勢力を盛り返し、いまや首都カブールでも自爆テロが日常的に続いている。米軍など外国の「力」に頼って治安回復をめざしたカルザイ大統領だが、情勢の悪化にタリバンとの和解を模索せざるを得ない状況に追い込まれている。【イスラマバード栗田慎一、外信部・西尾英之】

 7月に韓国人拉致、殺害事件が起きたアフガン中部ガズニ州。タリバンと厳しく対立してきたパッタン同州知事が9月17日、カルザイ大統領に解任され、後任にはかつてイスラム原理主義の軍閥へクマティアル派に属し、タリバンにも近いファイザン・ラワン氏が任命された。
 米同時多発テロからちょうど6年の9月11日、カルザイ大統領は記者会見で「タリバンとあらゆる話し合いに応じる」と呼びかけたばかりだった。パッタン前知事は韓国人拉致事件で中央政府側の交渉役を務めたが、人質解放後「タリバンが韓国政府から身代金を受け取った」と公言し、タリバンの強い反発を招いた。更迭は、タリバンとの和解を模索するカルザイ大統領の意向だ。
 さらに地元警察当局者は毎日新聞に対し、今月6日、同州政府にタリバンのメンバー約45人が加わったことを明らかにした。タリバンは武器を所持したまま州政府に「就職」した。メンバーは現在のところ「無任所」だが、ラワン知事がそれぞれの特性を生かした職務を探しているという。
 韓国人拉致事件は、カルザイ政権の統治能力が極めて限られたものであることを改めて証明した。「テロリストとは交渉しない」との米国の方針に縛られ、タリバンとの交渉すらできない政権に代わり、韓国政府が直接交渉に乗り出し、殺害された2人を除く21人の救出に成功した。
 「本来ならばわが国の警察や治安部隊が捜査・救出活動に当たるのが主権国家としての姿だ。だが我々にはその力も要員もない」。治安維持を任務とする内務省幹部は悔しげにつぶやく。
 タリバンは地元のアフガン東部や南部で事実上の支配地域を広げる一方で、首都カブールでも軍や警察を狙った自爆テロを繰り返している。国連によるとカブールでの自爆テロによる死者は今年、過去最悪だった昨年の123人をすでに上回った。
 ガズニ州知事の更迭劇は、カルザイ氏の「タリバンとの和解」の意向が本気であることを証明した。大統領はタリバン最高指導者のオマル師に対しても、政権参加を呼びかける。
 大統領の和解の動きに米国政府は直接反応せず、黙認しているようにみえる。
 だがタリバン側にカルザイ政権との共存を図る意思があるかは疑わしい。「(和解呼びかけは)カブール政府の弱体化の証拠だ」。大統領の呼びかけにタリバン報道官はそう語り、「駐留外国軍を撤退させるなら話し合いに応じてもよい」と、強気の姿勢を崩さない。
 「いまのカルザイ政権は、タリバン政権下の『北部同盟』のようなものだ」。内務省幹部は話す。01年まで、タリバンにカブール北方の狭いパンジシール渓谷に追い詰められ、崩壊寸前だった北部同盟のことだ。
 この時は同時多発テロという神風が吹き、北部同盟は米軍とともにタリバンを打ち破ってカルザイ政権の原点となった。だが6年後のいま、政権は再び追い詰められつつある。カルザイ大統領は米国の後ろ盾でかろうじて政権を維持しているにすぎない。

◇武力での掃討、限界

 カルザイ大統領が親タリバンのガズニ州知事を任命した9月17日、同州で開かれていたタリバン幹部の集会を米軍が空爆し、AP通信によると韓国人拉致事件の主犯格とされるアブドラ司令官が死亡した。政権がタリバンとの融和を図る一方で、米軍は強硬姿勢を取り続ける。だが、「力」によるタリバン掃討には限界も見えている。
 政権を追われたタリバンが生き延びた理由は、タリバンが逃げ込んだアフガン南部や東部の貧困と反米感情にある。戦闘が続いているため、住民の生活改善は手付かずのまま放置されている。また米軍の攻撃で住民にも多くの死傷者が出て反米感情が高まった。犠牲者の家族は復讐(ふくしゅう)を誓って銃を取る。武力攻撃が逆にタリバンの勢力拡大をもたらす側面がある。
 米軍は03年のイラク戦争開戦後、比較的、治安情勢が安定しているカブールやアフガン北部、西部に治安維持目的で派遣された北大西洋条約機構(NATO)主導の「国際治安支援部隊」(ISAF、37カ国が参加)に対し、南部などでのタリバンとの戦闘の肩代わりを要請した。仏独などは反対したが、05年にISAFは南部展開を受け入れた。
 だが南部に派遣された各国軍の死者が続出。ロイター通信の9月上旬のまとめでは、死者数はISAF所属の米軍440人、英軍78人、カナダ軍70人に上る。一方、北部に展開している独軍でも、自爆テロなどで26人の死者が出ている。
 日本は米軍主導の「不朽の自由作戦」(約20カ国が参加)に協力する形で、インド洋での燃料補給などに艦船を派遣している。これに対し、民主党の小沢一郎代表はISAFへの自衛隊派遣構想を打ち出した。だがいまのアフガンに「安全な場所」は存在しない。どこであろうと、部隊を派遣すれば犠牲者が出る可能性は否定できない。

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◇01年以降のアフガンをめぐる動き◇

01年 9月 米国で同時多発テロ発生
   10月 米軍がアフガン攻撃開始
   11月 タリバン政権崩壊
   12月 テロ対策特別措置法に基づき、海上自衛隊艦船がインド洋で米艦船への給油を開始
     同 国際治安支援部隊(ISAF)創設、カブールなどに展開
     同 暫定行政機構が発足し、カルザイ氏が議長に就任
02年 6月 国民大会議でカルザイ議長を大統領に選出
03年 3月 米英軍がイラク攻撃開始
04年11月 初の大統領選挙でカルザイ氏が当選
05年12月 NATOがISAFの南部展開と増派計画を決定
06年 9月 ISAFが南部で掃討作戦を実施し、タリバン武装勢力200人以上死亡
07年 6月 カブールの自爆テロで35人以上が死亡。日本人2人がけが。
    7月 タリバン武装勢力が韓国人23人を誘拐し、2人を殺害

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■ことば

◇タリバン

 イスラム神学校(マドラサ)の学生を中心に、アフガン内戦中の94年、南部カンダハルで結成されたイスラム原理主義組織。パキスタンの支援を受け急速に勢力を伸ばし、98年にはほぼ全土を支配下に置いた。主にアフガンの多数派パシュトゥン人で構成され、アフガン東部から南部のパシュトゥン人が多く住む「パシュトゥン・ベルト」を地盤とする。

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