『資本論』第31章

本日は、これから名古屋出張。職場で活動するみなさんとの学習会です。

しかし、その前に『資本論』第31章。

くり返し書いているように、31章は30章の続きです。冒頭でマルクスは「貸付可能な資本の形態での資本の蓄積が、どの程度まで現実の蓄積と一致するかという問題については、まだ結末に達していない」と書いています。

で、31章の問題は何か。マルクスは、「貨幣の貸付可能な資本への転化」については、2つのことを区別する必要があるとして、

  1. 単なる貨幣の貸付可能な資本への転化、と
  2. 資本または収入の、貸付可能な資本に転化される貨幣への転化

の区別を指摘。「現実の蓄積と関連する積極的な貨幣資本の蓄積」を表わすのは後者だけだと指摘しています。

まず第1節。貨幣の貸付資本への転化。
産業循環のなかで、生産的な蓄積とは反対に運動するマニード・キャピタルの堆積が生じる。それは、2つの局面で生じる。

  • 第1は、恐慌後の循環の開始期。この時期は生産も流通も収縮しているため、以前には生産と流通に使用されていた貨幣資本が遊休マニード・キャピタルとしてあふれる。
  • 第2の場合は、好転が始まってはいるが、商業信用がまだわずかしか銀行信用を必要としていない時期。この時期には、貨幣資本は次第にたくさん使われるようになるが、しかしまだ非常に低い利子率で使用されている。還流が円滑に進むので、信用も確実で、自己資本と短期的な商業信用で営業は行われている。だから貸付資本マニード・キャピタルは過剰になっている。ただし、マニード・キャピタルの絶対的な過剰はすでになくなっていて、需要に比べて相対的に過剰なだけになっている。

第1の局面では、マニード・キャピタルの過剰は、現実の資本の蓄積とは反対の状態を表わしている。
第2の局面では、物価はゆっくりと騰貴するが、利子率は低いまま。それが企業家利得に有利にはたらき、現実の蓄積が促される。こうしたことは、繁栄期まで続く。

857ページ――
マニード・キャピタルの蓄積は、銀行制度の拡張や集中といった技術的な改良からだけでも生じる。このような貸付可能な資本は“フローティング・キャピタル”と呼ばれている。このような貸付可能な資本の分量は、現実の蓄積とは関係なく増大する。

このあとは議事録からの引用。そこは省略。(^_^;)

863ページ――
大規模な公共事業、例えば鉄道建設は、一時的に貸付可能な資本を増加させる。なぜなら、払い込まれた金額は一度に全部使われてしまうのではなく、しばらく銀行の手の中で自由にできるから。そのことはすでに見た。

とりあえずここまで。第31章はまだまだ続く……

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