パキスタンの難しさ 民主化と対テロのアンビバレンス

今日の毎日新聞夕刊の「特集ワイド」欄で、パキスタン問題がとりあげられている。

もちろん、軍部による抑圧はよくないことである。しかし、ではムシャラフ大統領の退陣で解決するのかといえば、そう簡単にすまない。大もとには、アメリカが勝手に始めたアフガニスタン戦争と、パキスタンに対テロ戦争への協力を強いるアメリカの圧力がある。イギリス植民地からの独立と、イスラム・ヒンドゥーによる国の分裂、腐敗と政治の混乱、インドとの戦争、そうした現実のなかで、軍に優秀な人材が集まる、ということはありうること。中東の安定化のためには、世俗主義の方向に促していくことが大事だと思うのだが、アメリカのやっていることは、それに逆行することばかり。ヨーロッパ流の民主主義を押しつけて、原理主義が台頭すれば、混乱はパキスタン国内だけではすまなくなる。さて、どうしたものか…。

パキスタンを知る 両立できない民主化と対テロ(毎日新聞)

特集ワイド:パキスタンを知る 両立できない民主化と対テロ
[毎日新聞 2007年11月21日 東京夕刊]

◇トップの対立、思惑に揺れ

 パキスタンが揺れている。イスラム国家で唯一の核保有国の政治的混乱は、世界に何をもたらすのか。パキスタン政治が専門の広瀬崇子・専修大学教授に聞きながら、同国情勢理解のツボを整理してみた。【太田阿利佐】

 今月3日、パキスタンのムシャラフ大統領は非常事態宣言を発令、同国は事実上戒厳令下にある。汚職で政権を追われながら、大統領に恩赦を約束されて10月に帰国、政治的に“復活”したベナジル・ブット元首相は、今や民主化を求める勢力とともにその大統領と対立。16日に軟禁を解かれたが「国民の力で独裁を終わらせる」と対立姿勢を強めつつ、水面下では大統領と協力協議を進めているとされる。はっきり言って、これだけでも十分分かりにくい。
 「基本的に、今のパキスタンには二つの課題があります。一つは民主化で、一つはテロとの戦い。しかしこの二つがすんなり両立しない。民主化の論理に従えば、ムシャラフ大統領兼陸軍参謀長が退陣し、軍政は終わりにしろ、ということ。しかし米国は彼に退陣しろとは言えない。テロとの戦いには軍の力が不可欠で、彼を退陣させたら軍が協力しなくなる可能性があるからです。もしパキスタンが無政府状態になったり、テロとの戦いに協力しなくなったら、米国のアフガニスタン計画はおしまい。パキスタンはテロの巣となり、核は拡散し、全世界にとって重大な事態になります」
 広瀬さんはそう警告する。一体なぜこうなったの?

■優秀な人材は軍に

 99年、ムシャラフ氏が軍事クーデターでシャリフ首相(当時)を解任した時、米英は批判したが、国民の多くはムシャラフ氏に国の立て直しを期待した。「それはシャリフ氏もその前のブット氏も、民政政府が汚職でまともに機能しなかったから。パキスタンで優秀な人材が集まっているのは軍で、現在は、大学学長も研究所所長もみな退役軍人です」
 なぜか。英国領だったインドとパキスタンは1947年に分離独立した。その際、イスラム教徒がパキスタン側に、ヒンズー教徒がインド側へ移動しようと大混乱となり、50万?100万人が死亡したとされる。英国から半独立的地位を与えられていた国内各地の諸藩は、自ら帰属を決定できた。高級毛織物カシミヤの原産地、カシミール地方は藩主がヒンズー教、住民の多数はイスラム教でしかも割れていたため帰属が決まらず、これが紛争の種となり、印パは3度戦争した。
 98年にインドが核実験をするとパキスタンも続いた。軍事的緊張がパキスタン軍の発言力を高めてきた。またパキスタン指導層にはインドからの移住者が多く、民主主義に消極的な傾向があったともいう。「パキスタンでは独立以降、半分以上の期間が軍政で、軍政の方が治安も経済もいい」(広瀬さん)状況だった。

■米国のご都合主義

 ムシャラフ氏に批判的だった米国も、9・11米同時多発テロで一変する。米国はテロとの戦いにムシャラフ氏の協力を強く要請。パキスタン国内にも多数が住むアルカイダ関係者の逮捕、タリバンへの支援停止、マドラサ(イスラム神学校)の規制などの代わりにパキスタンは巨額な経済支援を受ける。
 「ムシャラフ氏は02年に国民投票を実施し、大統領として5年間の信任を得るなど、保身に専念した。経済成長率はインドと並ぶほど高いが、国内産業が育たず、資金が土地投機に向かってバブル状態。貧富の差は広がり、ムシャラフ氏の側近にも汚職が広がった」
 加えて治安も悪化。今年7月には首都イスラマバードでイスラム過激派学生らがモスク(イスラム礼拝所)にろう城した。
 「軍の突入で多数の被害者を出したことに国民は反発しています。パキスタンの新聞は『ムシャラフはテロをのさばらせているばかりか、モスク攻撃でかえってテロを増やしている』と報じた。テロと穏健なイスラムの間に明確な線引きはできません。人々は二つの間を揺れ動いている。モスクを攻撃する、米国の言うなりに行動するなどは人々をテロ側に引き寄せてしまいます」
 もともとパキスタン国民や軍には米国への不信感が強い。大国インドへの対抗上、米国の援助を仰ぎ、米国も旧ソ連軍のアフガニスタン侵攻の際、パキスタン軍に武器を提供し、ソ連軍に抵抗するイスラム聖戦士を教育させた。ところが冷戦が終わると米国はインドに接近した。国際的に孤立したパキスタンは過激なイスラム主義者のタリバンを支援した。
 「そして9・11以降、米国はタリバンを打倒せよと言い始める。あまりにご都合主義です。パキスタン人にとってはタリバンも同じイスラム教徒なのに」
 そこに、最大野党パキスタン人民党(PPP)を率いるブット元首相と、司法界がからむ。

■司法界に圧力

 「米国の計画は、ブット元首相を民主化のリーダーとして立て、実権はムシャラフ氏と軍が握るという、見せかけの民主主義。これに異を唱えたのがチャウダリー前最高裁長官をはじめとする司法界です」
 ブット元首相は、79年に処刑されたZ・A・ブット首相の長女。米英の大学で学び、88年に首相に就任するが、90年に収賄罪で告発され解任。93年に首相に返り咲くも96年に再び解任。99年には収賄罪による訴追を逃れるため、英国へ逃亡した。
 「ブット元首相に統治能力がないのは過去の例が証明済み。汚職もひどく、軍も統制できない。しかし演説は抜群にうまく、大衆動員力はある。一方、司法界は司法の独立と市民社会の確立を志向。彼らはエリート層で、強い経済力を持ち、非常に優秀で、大半が西欧諸国で教育を受けている。ジャーナリストやNGOメンバーも同じ階層です」
 パキスタンの大統領は議員による間接選挙で選ばれる。国民の支持を失いつつあるムシャラフ氏は、議会選挙後に大統領選をしたら自分は選出されないと判断。現議会のまま10月に大統領選挙を行い、当選した。しかし最高裁は陸軍参謀長を兼務したままの彼の立候補資格に違法の判断を出そうとしたため、ムシャラフ氏は非常事態宣言を出し、最高裁長官を解任。治安を乱した容疑などで判事らを逮捕、何千人もの司法関係者を自宅軟禁した。最高裁のメンバーを一新し、近く大統領再選が認められると見られている。
 「もし再選無効なら、彼の政治生命は絶たれる。だから絶対に譲れなかったのです」
 米国は、ブット元首相と協力体制を組ませようと必死だが、司法界への圧力は見ないふりだ。ムシャラフ大統領は、来年1月8日に総選挙をするとしているが、「選挙が公正に行われる見込みはない」(広瀬さん)。パキスタンと世界の未来は、決して明るくない。

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  1. 壊れる前に… - trackback on 2007/11/25 at 00:07:11

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