全国一斉学力テスト、何が問題か

17日付の「日経新聞」に、文部科学省が実施した全国一斉学力テストについて、興味深い論評が載っていた。筆者は、大阪大学の志水宏吉教授。

志水教授は、全国一斉学力テストの結果について、主要には次の3点が明らかになったとまとめられている。

  1. 知識を問うA問題では7-8割、知識の活用の仕方を問うB問題では6-7割の正答率に達したこと。
  2. 家庭学習時間の増加や朝ご飯を食べる子どもの比率の増加など、子どもたちの生活習慣や学習習慣に一定の改善が見られたこと。
  3. 「地域間格差」がそれほど大きくないという事実が明らかになったこと。

とくに、都道府県別の正答率が公表されたことから、各地でその差を問題にする動きがあるけれども、志水教授は、むしろ「今回見いだされた都道府県間の格差はきわめて小さい」「およそ40年前の調査と比べると、『学力の都道府県格差』は驚くほど縮小している」と指摘されている。

では、何が問題か。志水教授が問題とされるのは、「各学校の『就学援助率』と学力との関係」である。就学援助というのは、経済的理由で就学困難な児童・生徒を対象に、学用品の購入費、修学旅行費、給食費などを援助するもので、生活保護法にもとづいて実施されている。学力テストの結果、「就学援助率〔就学援助を受けている生徒・児童の比率〕が高い学校ほど、平均正答率が低下」という「かなりの相関関係」「顕著な傾向」が認められたのである。つまり、「校区の社会経済的な状況が、子供たちの学力に大きな影響を及ぼしている」ことが明らかになったということである。

志水教授は、これを、かつての「地域間格差」の時代から、「地域内格差」の時代へと移行している、として、これに対してどう取り組むかと言うことがいま非常に重要になっていることを強調されている。そして、自らがかかわってきたいくつかの自治体の学力実態調査の経験から、次の3点を指摘されている。

  1. 学校が立地する地域の社会経済的状況が、子どもたちの学力に及ぼす影響は思いの外大きい。
  2. 学校の学力向上の取り組みは校区の地域性や家庭の階層的背景の影響を強く受けざるをえない。
  3. それゆえに学校の取り組みの成果を評価するには、そうした要因を考慮に入れる必要がある。

ここから、志水氏は次のことに注意を促されている。

 このような事実が認識されていないと、次のようなことが起こる。経済的に豊かな地域に立地する学校では、仮に教師たちが全く学力向上に取り組まなくても、「学力の高い、よい学校」とみんされ、逆に、社会的・経済的に多くの課題を抱えた地域に立地する学校では、教師が全力で学力向上に取り組んでもなかなか結果が出ず、「学力の低い学校」というレッテルを張られてしまうという事態である。

そこに、いま進められている「学校選択の自由化」がかぶさってくるとどうなるか? 志水氏は、イギリスの失敗を教訓にすべきだと主張される。

 思い出されるのは、英国での出来事だ。私は1990年代初頭に英国で研究を行っていた。その時に目撃したのが、ナショナルテストと呼ばれる全国一斉学力テストに振り回される教育現場の混乱ぶりだ。「学校選択の自由」を認められた保護者の多くが、公表されたテストの結果・点数に基づいて学校を選ぶために、「頑張ってはいるが成果のでない学校」の人気が地に落ち、閉校や廃校の憂き目にあう公立学校が少なくなかった。

志水氏は、日本の教育界にはどこに向かって進めばよいか「2つの方向性がある」と指摘される。1つは、「テストの結果を広く公表することで競争状態を作り出し、学校の自助・経営努力のもとで、子供たちの学力を高めていこう」とするもの。もう1つは、「『現場の力』を信頼し、テスト結果は学校の取り組みの成果を検証する内部的資料として使い」、そうすることによって「子供たちの学力の底上げを図っていこう」とする方向である。

この2つの方向性のうち、われわれはどちらを選択すべきか? 志水氏は次のように主張されている。

 私には英国での経験から、第2の道の方がよりよい選択肢に思える。学力テストの結果は、必ず独り歩きを始める。結果の公表は、点数による地域や学校の『序列化』を必然的に招き、『できない子の排除』とか、『テスト準備教育のまん延』などの望ましくない事態をもたらす。さまざまな条件の違いを考慮に入れないテスト得点の単純な比較は、メリットよりも弊害の方が圧倒的に大きい。
 誰もが思うように、順番をつけるためだけにテストを行うことは愚の骨頂である。今回のような学力テストは、教師や地域住民・保護者らが、自分の地域や学校の具体的課題を把握し、それを自らの力で解決していこうとする動きを生じさせることにこそ、用いられるべきである。

志水氏が指摘するような弊害は、けっして仮定の問題ではない。すでに足立区では、校長を先頭に学校ぐるみでテストの不正がおこなわれたり、学習障害を持つ生徒を勝手に排除したりするという、まことに非教育的な事件が生じている。全国一斉学力テストの結果・点数が学校の予算配分にリンクされたり、「学校選択」の主要な参考資料にされたりすることになれば、足立区のような事態が広がることは明らかである。だから、第2の道を選択すべきだという氏の結論には、私も賛成したい。

ところで、学力テストの結果を、いま言ったような意味で生かすとすれば、はたしてすべての学校で、すべての生徒を対象に一斉テストを行う必要があるのか、という問題が生じる。志水氏は、文部科学省への「要望」として、次の3点を上げておられる。

  1. テストの実施に関して。今回のような悉皆(しっかい)調査、すなわち当該学年の是認が受ける調査を毎年実施する必要はない。全国の状況を把握するという趣旨でならば、せいぜい5年に1度で事足りるだろう。またその際にも、サンプリング調査で十分である。70億円余という莫大(ばくだい)な経費は、教師の増員等の他の学力向上の手立てに用いられるべきであろう。
  2. テストに分析に関して。今回発表された分析結果は、ごく一部にすぎない。文科省は今回得られた莫大なデータを、「格差の実態把握」をはじめとする多様な観点から分析し、施策に反映させる責務を負っている。結果の分析・検証を都道府県に丸投げするわけにはいかない。
  3. テストに基づく施策の展開に関して。英国では、97年に労働党が政権について以来、社会経済的なハンディキャップをもつ地域・学校に優先的に予算や人員を割り振り、学力の底上げをはかる政策をとっている。しかしながら、日本では、「格差解消」に向けての手立てはほとんどとられていない。/「格差にいどむ」というスタンスが、今私たちに求められている。

傾聴に値する重要な指摘だと思う。

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