今週の「九条の会」(3月7日まで)

地域で活動する「九条の会」にかんするニュースを、インターネットから拾い集めました。今年になってから初めての投稿になってしまいました。そのため、1月ごろの記事は見つかりませんでした。お許しあれ? m(_’_)m

大きな出来事といえば、箱根町教育委員会が、地元の「九条の会」の活動を「偏っている」「一方的」だとして、町の施設を利用させない、ポスターの一部を勝手に隠すなどの規制をしていること。とんでもない話です。

他方で、河北新報が宮城県内の市町村長経験者が「九条を守る首長の会」を結成したことを受けて、「幅の広い憲法論議に向けて一つの窓を開けた」とする社説を掲載。

戦災樹木伝え9年 浅草の「講談人力車」
[朝日新聞:東京 2008年03月07日]

 浅草で個人で人力車を営む岡崎屋惣次郎さん(41)は、本業の傍ら東京大空襲で焼け残った戦災樹木の無料ガイドをしている。修学旅行の中学生らを相手に軽妙な語り口で戦火を伝える活動は、9年目を迎えた。(古源盛一)
 浅草寺境内で大空襲を体験した樹木はイチョウや柳、アカメガシワなど十数本が残る。正味20分のガイドでは浅草寺の歴史から始まり、境内の2本のイチョウを案内する。表面は何の変哲もないが裏に回れば内側が裂け、内部は真っ黒だ。
 「紛れもなく戦火の跡でございます。21世紀にいたった現在も炭という形で木に残されているんです」
 愛知県出身。高校卒業後に上京、宅配便のセールスドライバーや歌舞伎町のホストに吉原のソープランド店長と幾つもの仕事に就いた。その経験が話芸につながり、97年、独特の口調で浅草の歴史を語る「講談人力車」を始めた。
 車を引き始めて間もなく、戦災樹木のことを知った。浅草寺の歴史を語るには欠かせない。でも年配中心のお客に話すよりも、「本当に伝えなきゃいけないのは、子どもたちでしょう」と、99年12月にボランティアを始めた。
 終戦時は全体が焼け焦げていたイチョウだが、外側の炭は風雨に洗われ、もう残っていない。
 「これが風化なんですねえ。人間の心の中身と一緒です。今はまだ(戦争の)経験者が懸命に語り継いでいますが、これからは君たち未経験者が語り継ぐ時代。ぜひまた来た時に家族や知人にこの木のことを伝えて下さい」
 最後には必ず、こう付け加える。

◆浅草の戦跡紹介「マップ」が完成

 台東区浅草に残された東京大空襲のつめ跡を地図にして1時間の散策コースを紹介した「浅草戦跡マップ」(200円)が今年完成した。8?11日に浅草公会堂で開かれる「被災63周年 東京大空襲資料展」(実行委主催)会場で披露される。
 憲法9条を守る市民団体「台東九条の会」が昨年、跡地を回るツアーをしたのを機にまとめた。焼けただれた跡の残る隅田川の言問橋から、犠牲者が一時埋葬された寺院を回り浅草寺へと、11カ所の戦争史跡と5カ所の文化史跡を紹介。戦争史跡では体験者の手記も載せた。
 同会事務局の木村昭一さん(71)は「実際に見て回ることで、戦争を語り継ぐ契機になれば」。資料展会場では希望者がいればマップのコースの無料ガイドも予定している。問い合わせは台東九条の会の電子メール(taito-9jou@voi.co.jp)へ。

ひしの九条の会「文化のつどい」
[朝日新聞:愛知 2008年03月07日]

 9日午後1?4時、瀬戸市萩山台4の萩山公民館2階大集会室。結成2周年記念事業で、愛知大学准教授の長峯信彦さんの講演「私たちの足腰を鍛える」や、コンサート、合唱会などがある。

あつぎ・九条の会:「陸に上った軍艦」 2周年記念に上映/神奈川
[毎日新聞 2008年3月5日]

 「あつぎ・九条の会」は結成2周年を記念して14日、厚木市恩名1の同市文化会館で映画上映会を開催する。作品は映画監督の新藤兼人さん(95)が体験した軍隊生活を描いた「陸(おか)に上(あが)った軍艦」(山本保博監督、1時間35分)。午前10時、午後2時、同7時の3回上映で、第1回上映後と第2回上映前に山本監督があいさつする。
 脚本は新藤さんが担当。1944(昭和19)年春、広島県の呉海兵団に2等水兵として入隊した32歳の新藤さんには過酷な軍隊生活が待っていた。映画は新藤さんが証言するドキュメンタリー部分と、実体験を再現したドラマ部分からなる。
 前売り券は1200円(学生600円)、当日券は1500円(同800円)。問い合わせは同会の安本さんへ。【佐藤浩】

護憲は「一方的主張」/箱根町教委が九条の会施設利用に制限
[神奈川新聞 2008/03/03]

 平和憲法を守ろうと結成された箱根町の住民団体「箱根九条の会」が町施設を借りる際、グループ名を名乗らずに活動せざるを得なくなっていることが、2日までに分かった。イベント開催で町教育委員会に「九条堅持に偏って主張することは避けること」などと条件を付けられたためで、会の主張を前面に打ち出しにくい状況が生まれている。
 メンバーらは、7年ほど前から活動する「核兵器をなくし平和を進める箱根の会」を母体に、2005年10月に箱根九条の会を立ち上げた。結成時に記念集会を開くため町仙石原文化センターの使用を町教委に申請。チラシにカンパ要請の記述があり、町教委は「営利目的」と判断。カンパの文言削除を条件とした。
 さらに、町教委によると、一方的に9条堅持に偏っての主張は避けるという条件も付けた。その理由を「不特定多数を招く催しなので公平・平等の立場で使ってほしいため」と説明している。
 同会によると、町教委は護憲を訴えるチラシを配ることも禁止し、チラシの点検を求め、「9条を守るというのは偏った考え。九条の会は政党に類する。一切、9条について参加者に訴えないで」と言ったという。
 これに対し、町教委は「事前チェックはしていない」と否定。「一方的な考えを強く主張するのはやめてほしいと伝えたまで」と説明した。
 同会は条件をのみ、集会にはプログラムなどだけを持ち込み、九条について語らないことを参加者に説明した。以来、同会名では活動が制限されるとして、箱根の会名で施設を借り続けている。
 だが、箱根の会名での催しでも問題が起きた。同会によると、06年夏ごろ町社会教育センターに掲示した催しを告知するポスターの「憲法九条が危ない情勢」との記載部分を、同センター側が紙で覆い隠した。当時のセンター所長は「内容が中立ではなかったため」と話している。
 隣接する小田原九条の会の場合、05年11月、小田原市の施設で結成集会を開いたが、物品販売をしないことだけが条件で、その後も活動を制限されずに同会名で使用している。市側は「学習の場としての使用ならば問題ない」という。
 全国レベルでの九条の会呼び掛け人の一人で作家の澤地久枝さんは「市民を中心に平和を守るのは常識で、色をつけたり閉め出したら民主主義も平和主義もなく、今世紀を生きていく国ではない」と憂えた。9条の会を名乗らないことには「市民運動は緩やかでいい。後ろに下がったのもその団体の判断。ただ、少しずつ勇気を持つことは大事」と話した。

◆九条の会 2004年6月に井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、澤地久枝さんら9人の知識人や文化人を呼び掛け人として結成された護憲団体。同会事務局(東京都千代田区)によると、賛同した各地の「九条の会」は07年11月現在で全国6801団体、県内302団体。

社説 九条を守る首長の会/憲法は地域住民の隣にある
[河北新報 2008年02月28日木曜日]

 憲法九条(戦争放棄と戦力の不保持)の改正反対を主張する宮城県内の市町村長経験者14人が今月初め、「憲法九条を守る首長の会」(会長・川井貞一前白石市長)を結成した。
 「……九条の会」といった各界の組織は全国で5000を超えると言われるが、「首長」と名のつく会は川井会長が言っている通り、恐らく初めてだろう。
 地域社会でも先の戦争体験の風化が進む中、首長の会の結成は「住民と戦争」あるいは「自治体と憲法」について重い問題を提起しているのだと思う。
 自民党が2005年につくった「新憲法草案」は現憲法九条一項の戦争放棄を維持した上で二項の戦力不保持を変更、国の安全保障や国際平和協力のため「自衛軍」を創設するという。
 かいつまんで言えば、集団的自衛権か個別的自衛権かは別にして、日米同盟関係の変化に対応しながら国際社会で発言力を増すためには相応の軍備(自衛軍)が必要だ――との理屈が同党の九条改正論の裏側にある。
 これに対し、地方政治には縁遠いとみられてきた九条にあえて着目した理由について川井氏は「住民の安全安心など、戦争がひとたび起きれば吹き飛んでしまうからだ」と言っている。
 住民生活の向上を政治判断の最大基準にしなければならない市町村長の経験者だからこそ、九条改正に厳しい目を向けざるを得ないということだろうか。
 川井氏の発言は、能動的な外交やグローバリズム時代を重視した九条改正論と自治体住民の意識の間にはまだまだ大きな開きがあることを浮き立たせる。
 憲法改正の手続きを定める国民投票法が昨年5月成立した。
 「憲法は不磨の大典ではないのだから改正の自由を確保しておくべきだ」といった率直な世論に後押しされてのことだ。
 しかし、法を成立に引っ張ったのは九条を柱とする憲法改正に前のめりなほどの意欲をみなぎらせた安倍晋三内閣だった。
 続く福田康夫首相の登場で安倍カラーは消されて改憲熱も冷めたかに見えるが、改憲論はいつ再燃しても不思議はない。
 そうした重苦しい空気を背景に、国民投票法の成立効果とも言える現象が広がっている。
 明確な九条改正、九条を維持した上での憲法改正、そして護憲。それらを求める動きは政党レベルだけでなく、意識的な市民団体にまで見られるようになった。「……九条の会」のような組織もその一つと言えよう。
 その中で、九条改正に異を唱えつつ改憲問題にアプローチしようとする「首長の会」の登場は特別の意味があると考える。
 川井氏はかつて自民党籍を持ったが、市長時代に自民党の公約を強行したわけではあるまい。自治体の首長は住民を意識するほど政党イデオロギーに縛られまいとする。
 そして自治体の住民は政党政治の思惑に左右されない行政のサービスを受けることになる。
 「首長の会」の主張はこうした「普通の住民」の集まりである地方自治体からの発信だ。幅の広い憲法論議に向けて一つの窓を開けたと言えるだろう。

防長評論:きのこ雲の記憶/山口
[毎日新聞:下関版 2008年2月25日]

 「わが身をさらすのはつらい。でもそれを乗り越えなければ分かってもらえない」。かつて、被爆の語り部の男性から聞かされたことがある。時には家族の事情も人前で語るのは、勇気がいることなのだと解釈した。
 先日、下関市勤労福祉会館で講演した作家、佐木隆三さんも似た心境だったのかもしれない。九条の会しものせき主催の講演会。8月6日に見た広島のきのこ雲や戦争体験を語った。
 佐木さんの父母は広島の農村出身。父は一旗上げようと朝鮮に渡って銀山に勤め、海軍に召集された。母子4人は故郷に戻った。銀山会社から給料が毎月送られ、比較的裕福だった。あの日は田んぼの草取りを手伝っていると、青空がピカッと光った。そして入道雲のように厚い雲が広がった。夕方にはけが人が運ばれ、小学校の講堂はあふれた。約50キロ離れた小田村(今の安芸高田市)での光景だったという。
 終戦で給料は止まった。母はヤミ米を汽車で広島に運んでは売り、生活を支えた。当時8歳の佐木少年は、しばらくして母に同行する。「うれしくて付いてきたのに、初めて見た広島は見渡す限りの焼け野原。どんなにおぞましいことが起きたんだと初めて知ったんです」。そこまで話すと急に声がうわずり、涙をぬぐった。
 戦地の父から届いた手紙は、資源豊かな海外に雄飛する志を持つよう説いていた。「これが当時の日本人だった」。そんな話をしてまた涙。
 凶悪事件に迫るルポを送り出し、冷静沈着に裁判を分析する佐木さんらしからぬ印象を受けながら、これがわが身だったらと胸にこみ上げた。私の隣席にいた戦中世代の男性はしきりに目頭を押さえていた。
 戦後世代は戦争を語れない。だから戦中を生きた人たちには伝えてもらいたい。感情がこもった話を聞いてこそ次世代に引き継げる。<下関支局長・嶋岡倫志>

平和教育 被爆者らが貢献
[10代がつくる新聞 ひろしま国:中国新聞社 2008年2月25日]

 カナダはヒロシマ・ナガサキの体験に学び、平和を創るための活動が盛んな場所です。知り合いの小学校教師T・アンダーソンさんは「サダコと千羽鶴」(英文、エリナー・コア著)などを積極的に授業教材に取り入れています。広島、長崎の市長が世界の都市に呼びかけた「平和市長会議」には1月末現在63都市が加盟していて、私の住むバンクーバー市も参加しています。
 広島で被爆したラスキー絹子さんは2004年に亡くなるまで、地域や学校で証言や折り鶴づくり指導などをし、バンクーバーの平和教育に貢献しました。その夫デイビッドさんの尽力もあり、ここでは毎年8月6日を「ヒロシマ・デイ」とする宣言がされています。昨年8月4、5日に開かれた、恒例の日系カナダ人の夏祭り「パウエル祭」でもサム・サリバン市長が核兵器廃絶と平和を訴える宣言文を読み上げました。カナダ国内ではこの時期に計18都市で原爆に関係するイベントがあったそうです。
 バンクーバーではこのパウエル祭と同時に原爆展を開きました。05年に日本の憲法九条を守り、世界に九条を知ってもらうために設立されたバンクーバー九条の会の主催です。この会は06年に広島原爆をテーマとした井上ひさしの「父と暮せば」の朗読会を開いた際、日本被団協から贈呈されたパネル資料を使って「原爆と人間展」を各地で展開しているのです。
 昨年のこの原爆展では、被爆者の苦しみと闘いを伝えたパネルと同時に、旧日本軍の慰安婦問題も扱いました。アジア系移民の多いバンクーバーでは、ヒロシマ・ナガサキを伝えると同時に日本の加害も一緒に伝えていってこそ幅広い市民の理解が得られるであろうと考えたからです。予想通り、多くのメディアの注目を浴びました。
 また昨年10月26日、東部トロントでやはり広島の被爆者、サーロー節子さんがその長年の平和活動の功績に対し、「オーダー・オブ・カナダ」を授与されました。カナダでは民間人に与えられる最高の栄誉とされる勲章です。バンクーバーではラスキー絹子さんの胸像がシーフォース平和公園に設置されることも決まりました。
 このようにカナダ全土で、ヒロシマは被爆者、平和活動家、教育者によって語り継がれています。私もその一端を担い続けていこうと考えています。

抗議緊急アピールを採択 米兵少女暴行で女性9条の会
[八重山毎日新聞 2008/02/25]

 憲法9条を守る取り組みをしている女性グループ「いしがき女性9条の会」の定期総会が24日午後、石垣市健康福祉センターで開かれ、今月10日の在沖米海兵隊員による女子中学生暴行事件に抗議する緊急アピールを採択した。
 アピールでは「戦争を放棄したこの国に米軍はいらない。もうこれ以上の犠牲はゴメン」と訴え、日米安保条約と日米地位協定の破棄、被害者への謝罪と補償、加害兵士への厳正な処罰などを求めている。
 この日決まった2008年度の事業計画には、5月3日の「憲法記念日」などの節目に合わせて、憲法9条の重要性などをアピールする企画を行うことなどを盛り込んだ。
 総会の冒頭では大島忠枝事務局長が「去年は(憲法改正手続きを定めた)国民投票法案が成立した。今後は集団的自衛権の容認に進みかねない。阻止しなければならない。憲法9条は世界にとって大事な宝。守り抜こう」とあいさつした。
 同会は2007年3月に発足し、憲法9条を変えないための活動を行っている。

「非軍事で支援宣言を」と護憲力説 城山九条の会で土山氏講演
[長崎新聞 2008年2月24日]

 護憲活動に取り組む城山憲法九条の会(共同代表、下平作江さんら二人)は23日、長崎市内で結成三周年の記念講演会を開催。元長崎大学長の土山秀夫氏(82)が「次世代のための日本国憲法」の題で、憲法九条の堅持と非軍事的な国際貢献の重要性を説いた。
 同会は2005年1月に発足。憲法に関する学習会や、護憲活動を紹介するニュースの発行などに取り組んでいる。
 講演会には約60人が集まった。土山氏は「改憲された場合、影響を受けるのは次の世代だが、関心が薄い」と指摘。大日本帝国憲法下で憲兵らに監視された戦前社会と比べながら、基本的人権を尊重し思想の自由なども保障された日本国憲法の意義を説明した。
 1990年代以降、湾岸戦争や日米防衛協力のための新指針(新ガイドライン)合意などを経て「米国側の強い要求に日本が応じる形で改憲への動きが加速した」と説明。改憲で「自衛軍」ができた場合については「軍がいったんできると『より多くの予算を。より最新の兵器を』と勝手に増殖するのは間違いない」と危機感を示した。
 その上で、9条堅持の戦略として「日本は戦後復興など非軍事面で最大限支援することを堂々と宣言すべきだ」と力説した。

「米軍基地の撤去を」米兵少女暴行で労働、女性団体が抗議
[八重山毎日新聞 2008/02/20]

 今月10日に発生した米兵による女子中学生暴行事件を受けて八重山からも怒りの声が上がり、八重山地区労働組合協議会(大浜明彦議長)、県高校障害児学校教職員組合八重山支部(渡辺賢一支部長)、県教職員労働組合八重山支部(佐賀裕敏執行委員長)が19日、事件を糾弾する抗議声明を発表した。
 大浜地区労議長が声明を読み上げ「米軍が駐留する限り、県民の安全は脅かされ、特に女性に対する人権蹂躙(じゅうりん)の事件は繰り返される。このような事件の解決は米軍基地撤去以外に方法はない」と強調。(1)被害者と家族に対する謝罪と誠意ある対応を早急に行うこと(2)米軍人、軍属による犯罪を根絶するために早急に米軍基地を撤去すること(3)日米地位協定の抜本的な見直しを図るとともに日米安保条約を再考すること――を求めている。
 会見には「九条の会八重山」「石垣女性九条の会」「みーどぅんの会」「新日本婦人の会」4団体のメンバーらも参加し憤りをあらわにした。
 同声明は総理大臣、外務大臣、駐日米国大使、在沖米国総領事、在日米軍海兵隊司令官あてに送付する。

真宗大谷派・九条の会:東本願寺で設立集会 鶴見俊輔さんが講演/京都
[毎日新聞 2008年2月19日]

◇「正義」への警戒心を
 「真宗大谷派・九条の会」設立集会がこのほど、下京区の東本願寺であり、哲学者の鶴見俊輔さん(85)が「9条を支える自分とは何か」をテーマに講演。シニカルな鶴見節で自身の半生をひもときながら「正義」を振りかざす権力者に対して立ち上がった人々に力強いエールを送った。【武井澄人】
 冒頭、鶴見さんは「自分の葬式を『ご近所葬』にしたい」と切り出した。弔辞もなく、僧侶の読経も牧師の祈りも拒否する。「無信仰者として死にたい」と話す裏には、僧侶らが戦時中、中国人を殺す正義を説いて回る姿を目撃したため芽生えた不信がある。母親に実力行使をいとわぬしつけで育てられ、力と一体化した正義への警戒心を学んでもいた。
 15?19歳を過ごした米国から捕虜交換船で帰国し海軍軍属に。ドイツ語通訳として赴いたインドネシアで、「上官の命令で黒人捕虜を殺害した」と官舎の隣室の兵士に告白された。「正義の立場なら上官に国際法違反とはっきり言うべきだったが、私は何も言わず、自分に命令が来なかったのをいいことに経験だけを得た」。戦後も引きずった葛藤(かっとう)が「九条の会」呼びかけ人としてのかかわりにつながったという。
 講演は現代に至る日本の思想史にも及んだ。鶴見さんは維新期の思想家、横井小楠(しょうなん)が「主君をいさめる諫奏(かんそう)が臣下の忠義」と主張したのに対し、門弟の元田永孚(ながざね)がこれを否定し、後に教育勅語を起草した事実を指摘。「諫奏の思想は教育勅語になく、『生きて虜囚の辱めを受けず』と説いた戦陣訓からも抜け落ちた。敗戦で米国が宗主国になったらその言いなりだ」と喝破し、異論を唱える姿勢の大切さを説いた。

建国記念の日:9条の大切さ訴える 護憲派市民団体が行進――宮崎市/宮崎
[毎日新聞 2008年2月13日]

 建国記念の日の11日、護憲の立場で平和を訴える「ピースウオーク」が宮崎市であった。昨年5月には憲法の改正手続きを定めた国民投票法が成立しており、憲法9条の大切さを市民に訴えながら市街地を練り歩いた。
 「みやざき九条の会」メンバーら約30人が参加。メンバーらは9条の中でも特に2項の「戦力不保持」について言及し、「米軍と基地を共用し戦争する国へ替えようとしている」と訴えた。「平和」の文字が印刷された旗などを持ちながら「戦争はいや」などと呼び掛け、宮崎駅周辺からデパート前まで往復した。
 ウオークに参加した西都市の佐川嘉正さん(66)は「(新富町の)航空自衛隊新田原基地に米軍が来るのは反対。9条を厳格に守れば、米軍と共同訓練するという発想は起きない」と話した。【小原擁】

成人式会場で憲法の意義訴え
[中国新聞 2008/1/15]

 広島県東部では14日、4市1町で成人式や集いが開かれ、大人の仲間入りをした若者たちを祝い、励ました。会場前で、憲法九条の意義を訴える市民グループもあった。
 福山市のローズアリーナであった成人式。出席した約3200人を代表し、大学2年高島徹さんと同高雄優さんが「自らの行動が善いと確信したときは正々堂々と発言し、実行する」と誓った。
 尾道市は県立びんご運動公園で式典を開き、約1110人が出席。3月末で閉校する上川辺小の5年生11人が祝福の言葉を送った。
 三原市の市芸術文化センター「ポポロ」で催された式典には約880人が集った。会場前では、「九条の会・三原」の約20人がビラを配った。
 府中市の市文化センターであった祝う集いには約390人が参加。世羅町の式はせら文化センターであり、約160人が出席した。

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