全国紙はなぜ「九条の会」を締め出すのか?

「九条の会」全国講演会が、8日、渋谷で開かれました。この講演会は、「九条の会」のよびかけ人の1人で、昨年なくなった小田実氏の志を受け継ごうとの趣旨で開催されたもので、2,300人が参加。

しかし、主要全国紙では、この講演会の記事はまったく報道されていません。小田氏が亡くなったときには、あれだけ大きく取り上げたのに、まったく奇妙な態度です。

「東京新聞」や「神奈川新聞」など、地方紙では、共同配信の記事を載せたところもありました。しかし、その扱いは、「東京新聞」でいえば、第2社会面に1段見出しで載っただけ。毎日新聞は、独自の取材で割りと大きな記事を載せましたが、これも残念ながら都内版だけでした。

九条の会:講演会に2300人、小田実さんしのぶ――渋谷/東京(毎日新聞)
「小田実さんの志継ぐ」 九条の会が追悼の講演会(東京新聞)
護憲 情熱“小田実さんの志 受け継ぐ” 「九条の会」が全国講演会(しんぶん赤旗)

九条の会:講演会に2300人、小田実さんしのぶ――渋谷/東京
[毎日新聞:都内版 2008年3月9日]

 「平和憲法を守るという一点で手をつなごう」と設立された「九条の会」の呼びかけ人で、昨年7月に75歳で亡くなった作家の小田実さんを追悼する同会主催の講演会が8日、渋谷区のホールで開かれ、約2300人が参加した。同じ呼びかけ人で評論家の加藤周一さん、作家の大江健三郎さん、井上ひさしさん、澤地久枝さん、哲学者の鶴見俊輔さんらが故人の足跡をたどり、憲法への思いを語った。
 小田さんはベトナム反戦などの平和運動をはじめ、自らも被災した阪神大震災では生活再建支援の市民立法運動に取り組んだ。
 「戦争を止めることはできなくても犠牲者を助けることはできると考えて行動した。それが小田さんの『べ平連』の運動だった」と加藤さんは言い、「弱い者を救出することに力を注いだ」と振り返った。井上さんは「小田さんの本がある限り、私たちの中では亡くなっていない」と言葉に力を込めた。
 この日は小田さんの妻の玄順恵(ヒョンスンヒェ)さんも姿を見せた。「小さな人間が力を持ち得ること。平等。戦争と平和。彼の中にはこの三つの柱があった」と述べ、「一人でこつこつとやってこられたのは九条の会のみなさんの熱い支援があったからだと思う」と話した。最後に登壇した澤地さんは「小さな市民が動かなければ政治は動かない」と呼びかけた。【明珍美紀】

「小田実さんの志継ぐ」 九条の会が追悼の講演会
[東京新聞 2008年3月8日 17時58分]

 憲法9条を守るためにつくられた「9条の会」の呼び掛け人の一人で、昨年7月に亡くなった作家小田実さんを追悼する講演会(同会主催)が8日、東京都内で開かれた。講演した劇作家の井上ひさしさんら呼び掛け人たちは小田さんの人柄をしのびつつ、活動を続ける大切さを約2200人の参加者に語りかけた。
 井上さんは「小田さんが亡くなり途方に暮れている。残した作品やメッセージをよく読むことで、志を継ぎたい」と語った。
 評論家加藤周一さんは「戦争は職業軍人だけで終わらず社会に広がる。どこでいつ止めるか。小田はよく見抜いていた」と振り返り「われわれは持続的な(反戦という)抵抗をしなければならない。それが小田の志を継ぐことになる」と話した。(共同)

護憲 情熱“小田実さんの志 受け継ぐ” 「九条の会」が全国講演会
[2008年3月9日 しんぶん赤旗]

 昨年7月に亡くなった「九条の会」呼びかけ人で作家の小田実氏の志を受け継ごうと、「九条の会全国講演会」が8日、東京都渋谷区で開かれ、北海道から沖縄まで全国各地から会場いっぱいに2,300人が参加しました。呼びかけ人7氏が講演したほか、哲学者の梅原猛さんがメッセージを寄せました。小田夫人の玄順恵(ヒョン・スンヘ)さんも「九条の会の人々の熱い友情に支えられた」とあいさつしました。
 講演のなかで、評論家の加藤周一氏は「小田さんは戦争がなし崩しに始まり、拡大していくものだということを見抜いた」と指摘。なし崩しの戦争に対して黙っていたら手遅れになる地点があるとして、「小田さんが生きていたらいつ転換点なのか指摘しただろう。小田さんの遺志を受け継ぐということは解釈改憲の継続を許さないことだ」とのべました。
 作家の大江健三郎氏は、『HIROSHIMA』を題材に小説家としての小田氏を論じ、哲学者の鶴見俊輔氏は「世界の思想史の中に置いてみたい」として、小田氏の思想を批判的常識哲学だと評しました。
 90歳ながらかくしゃくとした姿をみせた三木睦子氏(三木武夫記念館館長)は「憲法九条というのはまったくよくできた憲法」と強調。「九条が本当に戦後の日本にふさわしい」とのべ、「謙虚で平和で楽しい日本にしてほしい」と期待を語りました。
 「良心的軍事拒否国家」という小田氏の考えを紹介した劇作家の井上ひさし氏は、第2次大戦中に中立国が人道的な役割を果たした例も示し、「日本にはすばらしい憲法がありこれを国際関係に生かすこと」を提起。憲法研究者の奥平康弘氏は、小田氏も原告となっていた自衛隊のイラク派遣違憲訴訟について触れ、憲法が人々の生活や運動の灯台的な役割を果たしているとしました。
 作家の澤地久枝氏は、「日本に市民という言葉を定着させたのは小田さん」と市民運動家としての足跡を評価。「憲法の原点に戻りたい」という一点で集まった「九条の会」が、自公民の改憲議連「新憲法制定議員同盟」に名指しで“対抗”されるまでになったことをあげ「私たちと向き合う対等な関係になりたければ、議員をおやめになったほうがいい」と会場の笑いを誘いました。
 講演を聴いた千葉県船橋市の男性(66)は「自分たちの頭で考えやれることをやって、『九条の会』をもっと大きくしていきたい」と語っていました。

   ◇

 講演会の休憩時間中に呼びかけ人会議が開かれ、「小田さんはいなくなったけれど、私たちとともにいる」(三木氏)として、今後も9氏の氏名、写真を配した「九条の会」のポスター、リーフなどは変えないこと、憲法セミナーを今年6月と秋に開催することなどを確認しました。

梅原猛さんがメッセージ

 「九条の会」呼びかけ人の1人である哲学者の梅原猛さんは、8日に渋谷区で開かれた「九条の会」講演会にメッセージをよせました。
 梅原さんはメッセージで、「私は戦後一貫して平和憲法を守れという態度をとっています。それは平和憲法、特に9条には人類の未来の理想が含まれているからです」と思いを語り、「憲法改正論者の多くは、日本をもう一度19世紀の国家主義思想に戻そうとするものです。そうである限り、私は一生憲法改正の動きに反対を続けていこうと思っています」と訴えました。

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