伝統ある日本語表現

2008年4月2日 (水) at 19:20:51 Posted in 映画

伝統ある美しい日本語表現のお勉強です。

「盗人猛々しい」

【意味】

悪事や不義理などでよくない事をしていながら、かえって居直って、他を責めたりして極端にずうずうしいこと。(三省堂『新明解国語辞典』第4版)

【用例】

「靖国」派の(日本会議国会議員懇談会」)稲田朋美衆議院議員は、「靖国」上映を「中止してほしくない」などといっているが、発端は、稲田議員が文化庁に圧力をかけて開かせた試写会。その場で、「大きな問題になるから覚悟したほうがいい」などという怒声がとんだ、というのだから、映画公開への圧力であることは明らかだ。

自分たちで圧力をかけておきながら、「中止してほしくない」とは、“盗人猛々しい”にもほどがある。<(`^´)>

クローズアップ2008:映画「靖国」上映中止 揺れる表現の自由(毎日新聞)
映画『靖国』上映中止 “自粛”の連鎖 表現の危機 劇場現場より会社の意向?(東京新聞)

クローズアップ2008:映画「靖国」上映中止 揺れる表現の自由

[毎日新聞 2008年4月2日 東京朝刊]

 靖国神社を舞台にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映中止が、波紋を広げている。グランドプリンスホテル新高輪(東京都港区)が今年2月、日本教職員組合の教育研究集会の会場使用を拒んだのと同じ構図が、映画界にも波及したとみられるためだ。中止を決めた映画館周辺では、右翼団体による抗議活動が確認されている。【勝田友巳、棚部秀行、野口武則】

◇「自己規制、生まないか」

 「やむにやまれぬ判断。劇場内には三つのスクリーンがあり、安全な上映環境を確保できるか、不安がぬぐえない。表現の自由を守れと言われても、限界がある」。上映中止を決めた映画館「銀座シネパトス」(東京・銀座)を運営するヒューマックスシネマの中村秋雄・興行部長は戸惑いを隠さない。昨年10月に上映を決めた際にはこんな事態は予想もしなかったという。中止決定から一夜明けた1日は代わりの作品の選定などに追われた。
 一方、3月31日に国会議員の試写などへの抗議声明を出した直後、上映予定全館での中止を知った日本映画監督協会も事態に驚く。崔洋一理事長は「映画の表現の自由は映画館での上映があって守られる。作り手が自己規制する空気が生まれないか心配だ」と話す。
 問題の発端とみられるのは、自民党の稲田朋美衆院議員が2月12日、文化庁に「映画の内容を確認したい」と問い合わせたこと。稲田氏は、文化庁管轄の独立行政法人「日本芸術文化振興会」が製作に750万円を助成したのを問題視していた。文化庁は配給協力・宣伝会社のアルゴ・ピクチャーズと協議し、3月12日夜に国会議員向けの試写を行い、自民、民主、公明、社民4党の40人が参加した。
 この時点で映画は都内4館、大阪市内1館で、今月12日から公開されることが決まっていた。しかし「バルト9」(東京・新宿)が3月18日「営業上の総合的判断」を理由に公開中止を発表。他の上映予定館周辺では街宣活動が行われたり抗議電話がかかってきた。右翼団体が稲田氏らの動きに刺激された可能性がある。バルト9の中止決定から約1週間後、他館も「観客や近隣に迷惑がかかる」などの理由で、相次いで公開を取りやめた。
 過去には92年に「ミンボーの女」の伊丹十三監督が暴力団員に襲われ、翌年、伊丹監督の「大病人」が上映中、右翼団体員にスクリーンを切り裂かれた。98年には「南京1937」のホールなどでの上映会が右翼の街宣活動で相次いで取りやめになった。00年には「バトル・ロワイアル」の暴力描写を、石井紘基衆院議員が問題視して国会で取り上げた。しかし映画館での公開が中止に追い込まれたのは極めて異例だ。

◇自民議員「反靖国だ」――勉強会、怒声も

 「稲田氏の行動が自粛につながったとは考えないが、嫌がらせとか圧力で表現の自由が左右されるのは不適切だ」。町村信孝官房長官は1日の記者会見で、上映中止問題について一般論で応じた。
 国会議員向け試写会の翌日の3月13日、自民党の保守派でつくる「伝統と創造の会」(会長・稲田氏)と「平和靖国議連」(会長・今津寛衆院議員)が、文化庁などを呼んで合同勉強会を開いた。
 両団体とも首相の靖国参拝を支持する議員の集まり。試写後、映画を「靖国神社が侵略戦争に国民を駆り立てる装置だったというイデオロギー的メッセージを感じた」と論評した稲田氏は勉強会で日本芸術文化振興会の助成金問題を集中的に取り上げた。
 約10人の出席者からは「反靖国の内容だ。大きな問題になるから覚悟した方がいいよ」との怒声も飛んだ。稲田氏は3月31日「問題にしたのは助成金の妥当性。私たちの行動が表現の自由に対する制限でないことを明らかにするためにも中止していただきたくない」とのコメントを出した。
 一方、警視庁によると、上映予定の映画館に対する右翼団体の街宣活動は複数回確認されていた。しかし「際立った抗議活動は把握していない」(警視庁幹部)という。警察白書によると、07年の右翼の検挙数は1752件2018人。5年前は1691件2217人で件数は増加したものの人数は減少し全体ではほぼ横ばいの状態だ。
 右翼の事情に詳しい関係者は「大部分の右翼にとって靖国神社は特別な存在。過敏に反応してしまう傾向はある」と指摘した。

李纓監督 ◇李監督「作品を見て健康的な議論を」

 李纓(リイン)監督(44)は1日、毎日新聞の取材に今回の動きについて、「市民から『考える自由』を奪う危険な事態。まずは作品を見て健康的な議論に生かしてほしい」と話した。
 中国広東省出身の李監督は、大学で文学を学んだ後、国営中国中央テレビに入局。チベットの伝統芸能祭の復活を追ったドキュメンタリーなどを製作したが、中国での報道に限界を感じて退局し、89年に来日した。
 97年には、南京大虐殺を否定する趣旨の集会に参加した。「日本兵の名誉回復を熱心に訴える人々の姿に衝撃を受け、理由が知りたくて靖国神社でカメラを回し始めた」。10年間撮りためた映像を123分にまとめて、「靖国」を作った。「靖国神社の空気をできるだけ静かに、先入観なく感じ取ってもらえるように、あえてナレーションは付けなかった」と説明する。【福田隆】

◇映画館に責任ない――映画監督の羽仁進さんの話

 「靖国」は非常に慎重に作られており、靖国神社に対する批判を強硬に打ち出している映画ではない。文化庁が助成金を出したのは、映画の出来を評価して、一般の人に見てもらうため。もちろん政治家にも見てもらいたいが、彼らが文化庁に文句を言うのは筋が違う。また、映画に反対する人たちが映画館や近隣の人に迷惑になるような形で意見表明することは、社会のルールを壊している。上映中止の責任を映画館側に押しつけてはいけない。

————–

■ことば 映画「靖国」
 第二次世界大戦中の靖国神社境内で、軍人に贈る「靖国刀」を作った刀鍛冶(かじ)へのインタビューと境内でのさまざまな出来事で構成。軍服姿で参拝する団体や、「靖国支持」という看板を掲げる米国人、A級戦犯合祀(ごうし)に抗議する台湾人遺族らの姿がナレーションなしで映し出される。
 監督は日本在住約20年の中国人、李纓さん。自分が日本で設立した製作会社「龍影」と中国電影学院などが共同製作した。日本芸術文化振興会のほか韓国の釜山国際映画祭から助成を受けている。

映画『靖国』上映中止 “自粛”の連鎖 表現の危機 劇場現場より会社の意向?

[東京新聞 2008年4月2日 朝刊]

 靖国神社を題材にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」(李纓(リイン)監督)は、すでに上映中止を決めていた一館に四館が追随、国内最大のマーケットである東京で作品が見られないという事態になった。劇場側は抗議や嫌がらせによるトラブル回避を理由に挙げているが、今後、上映を予定する地方に“自粛”が広がっていくのではないかと懸念する声が出ている。 (近藤晶)

 「お客さんや近隣への迷惑もあり、通常の上映環境を維持できるとは思えない」。銀座シネパトスを経営する「ヒューマックスシネマ」は先月二十六日、同映画の配給協力・宣伝会社「アルゴ・ピクチャーズ」に上映中止を伝えた。同二十日ごろから劇場前で街宣車などの抗議を受けていたという。
 アルゴ・ピクチャーズが、他の上映劇場にシネパトスの中止を伝えたところ、渋谷Q?AXシネマに加え、シネマート六本木とシネマート心斎橋を経営する「エスピーオー」も中止に。これら三館では、これまでに抗議などはなかったというが、シネパトスの自粛で、嫌がらせや上映妨害が集中する恐れがあったという。
 全館中止に至るまでには、一連の流れがある。先月上旬、一部の国会議員が、同映画に文化庁所管の独立行政法人から助成金が出ていることを問題視。同十二日に国会議員を対象とした異例の試写会が開かれた。その数日後、新宿バルト9を運営する「ティ・ジョイ」が上映中止を決めており、他の劇場が追随した形だ。

    ◇

 十年前の一九九八年、横浜市の映画館で、南京大虐殺を扱った映画「南京1937」の上映初日にスクリーンが切りつけられる事件が起きた。その後、公共施設などで上映を拒否する動きが広がったことがあった。
 同映画の全国上映委員会代表だった、名古屋市の映画館シネマスコーレの木全純治支配人は「『靖国』の中止は、残念としか言いようがない。劇場側が見せるべきだと思えば、石にかじりついてでもやるべきだ」と自粛の動きを批判。「今後、より敏感になる劇場が出てくる」と影響の広がりを懸念する。
 最初に中止が決まった新宿バルト9を運営するティ・ジョイはシネコン大手。「靖国」のような映画を上映するのは、極めてまれなケースだ。木全支配人は「大手だと何かあった時にすぐ引いてしまう」と指摘。別の映画関係者も「一連の報道などを受けて作品を選ぶ劇場の現場より、経営会社の意向が強く働いたように思える。内容どうこうという問題ではないのではないか」と憂慮している。

    ◇

 東京・大阪での上映中止は、札幌、名古屋、京都など今後、上映を予定している他の映画館の“判断”にも影響を与えそうだ。東京で公開されないと、雑誌などで作品の内容が紹介されず、宣伝が不十分になる。興行的にも難しく、先行上映しにくい、という実情もある。
 上映を予定している劇場の一つは上映するかどうかについては「近く配給会社と話し合いたい」としている。

 映画ジャーナリストの大高宏雄さんの話 今回の問題は、数カ月ほど前からマスコミでも取り上げられてきたが、なにやら危なそうだ、という実態のないものだ。こういう形で公開が中止になるのは大変な問題。憂慮すべき事態だ。
 「劇場はだらしない」などといわれるが、一概にはいえないだろう。映画館としては女性の従業員が多く働いており、上映後のことも考えないといけない。
 ただ上映中止を決めた映画館が再び上映に踏み切ることは考えにくい。そこで、この映画を上映したいという個人映画館をあらためて募ったらどうか。何としても公開のめどを立てる方策をとってほしい。前例をつくらないためにも、そうした努力が不可欠だ。

 映画監督・森達也さんの話 問題視した稲田朋美衆院議員が個人的に批判するのはまったく構わない。しかし、国政調査権を盾に映画を見せろと要求し「政治的イデオロギーを感じた」と言っていることには違和感がある。
 映画は表現であり、すなわち思想だ。メッセージが偏ってはいけないとか中立であるべきだというのだろうか。根本的に映画が分かっていない。こんな低レベルな言辞に振り回された映画界は反論しないまま幕を下ろそうとしている。
 腰の据わった映画館が動きだすことを期待するほかない。メディアの反応が冷えきっているのも問題だ。これほどの由々しき事態になぜもっと問題を提起しないのか。

<映画「靖国 YASUKUNI」> 19年間日本に住む中国人の李監督が、終戦の日に靖国神社を訪れる参拝者や遺族、「靖国刀」を造る刀匠の姿などを10年間にわたって記録した日中合作のドキュメンタリー映画。釜山やベルリンなどの海外映画祭でも上映され、香港国際映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。

この問題で新聞各社も社説を掲載。

社説:「靖国」中止 断じて看過してはならない(毎日新聞)
『靖国』上映中止 自主規制の過ぎる怖さ(中日新聞)
社説:映画「靖国」 上映こそ政治家の責務(北海道新聞)
「靖国」上映中止 文化と民主主義の危機だ
「靖国」上映中止―表現の自由が危うい(朝日新聞)

社説:「靖国」中止 断じて看過してはならない

[毎日新聞 2008年4月2日 0時06分]

 中国人監督によるドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映が全面的に中止になった。予定していた計5館が嫌がらせや妨害が起きることを懸念し、取りやめたためだ。
 黙過できない。言論、表現の自由が揺らぐ。そういう事態と受け止めなければならない。
 今年初め、日本教職員組合の教研集会の全体会場、宿所だった東京のグランドプリンスホテル新高輪が、一転して使用を断った。右翼の街宣や威圧行動で顧客や周辺の住民、受験生らに迷惑がかかるというのが理由だった。裁判所は使用をさせるよう命じたが、ホテル側はこの司法決定にも従わないという空前の異常事態になった。
 私たちはこれについて「今後前例として重くのしかかるおそれがある」と指摘した。「靖国」中止で「おそれ」は現実になったといわざるをえない。
 作品は、10年間にわたり終戦記念日の靖国神社の光景などを記録したもので、一部のメディアなどが「反日的だ」とし、文化庁所管である芸術文化振興の助成金を受けていることを批判した。自民党の国会議員からも助成を疑問視する声が上がり、3月には全国会議員を対象にした試写会が開かれた経緯がある。
 萎縮(いしゅく)の連鎖を断ち切るには、再度上映を決めるか、別会場ででも公開の場を確保する必要がある。安全を名目にした「回避」は日教組を拒絶したホテルの場合と同様に、わが意に沿わぬ言論や表現を封殺しようとしている勢力、団体をつけ上がらせるだけであり、各地にドミノ式に同じ事例が続発することになろう。
 一方、警察当局にも言いたい。会場側が不安を抱く背景に、こうした問題で果たして警察が守りきってくれるのかという不信感があるのも事実だ。発表や集会を威圧と嫌がらせで妨害しようとする者たちに対して、きちんとした取り締まりをしてきたか。その疑念をぬぐうことも不可欠だ。
 また、全国会議員が対象という異例な試写会は、どういう思慮で行われたのだろう。映画の内容をどう評価し、どう批判するのも自由だ。しかし、国会議員が公にそろって見るなど、それ自体が無形の圧力になることは容易に想像がつくはずだ。それが狙いだったのかと勘繰りたくもなるが、権力を持つ公的機関の人々はその言動が、意図するとしないとにかかわらず、圧力となることを肝に銘じ、慎重さを忘れてはならない。
 逆に、今回のように「後難」を恐れて発表の場を封じてしまうような場合、言論の府の議員たちこそが信条や立場を超えて横やりを排撃し、むしろ上映促進を図って当然ではないか。
 事態を放置し、沈黙したまま過ごしてはならない。将来「あの時以来」と悔悟の言葉で想起される春になってはならない。

『靖国』上映中止 自主規制の過ぎる怖さ

[中日新聞 2008年4月2日]

 靖国神社をテーマにしたドキュメンタリー映画の一般公開が中止になった。表現の自由が過度な「自粛」で踏みにじられた格好だ。大事なことを無難で済ます、時代の空気を見過ごしては危うい。
 遺族が参拝する。軍服の人々が行進する。日の丸が振られる。星条旗まで掲げる人がいる。「魂を返せ」という韓国や台湾の遺族もいる。八月十五日の靖国神社の光景である。
 中国人監督が終戦記念日を映像に収め、ドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」を制作した。東京と大阪で公開される予定だったのに、中止となった。その経緯に重大な問題がある。
 映画制作に文化庁所管の独立行政法人が助成金を出しており、これを週刊誌が取り上げた。政治的な宣伝意図を有したものは、助成金の対象にしないと、この法人が定めているからだ。
 そして、保守色の強い自民党の衆院議員が、助成金拠出の妥当性を問い合わせた。だが、法人側は外部の専門委員会が「適正」と判断し支出を決めたと、回答した。
 では、なぜ中止となったのか。ある映画館の経営会社の説明は、こうだ。街宣車が別の映画館に来た。「何で上映するのか」という電話もあった。別の映画館は、商業ビルの店子(たなこ)だったから、「迷惑になる」と心配した。さらに別の映画館では、上映を妨害するような被害が起きない限り、警察が動いてくれないだろうと考え、中止を決めた?という。
 中国人監督だから、内容は反日的だったろうか。映画を見た人によれば、ナレーションもなく、その場の生の音声を拾い、淡々と「特別な一日」を中心に記録したものだったという。
 国会議員向けに試写会も開かれたが、火をつけた議員自身が「上映の是非を問題にしていない」と述べている。上映中止は、日教組の集会で、都内のホテルが街宣活動などを恐れ、使用を拒否したのと、背景は同じではないか。
 自由の首を絞めているのは誰なのか。メディア側に問題はないか。映画の関係者に過剰反応はないか。議員もむろん言論の自由には注意深くあるべきだ。自主規制という無難な道を選ぶ、社会全体が自縄自縛に陥っていないか。そこに危険が露(あら)わに見える。
 権力だけが言論を封じるのではない。国民の自覚が足りないと、戦前のセピア色が急に、生々しい原色を帯び始める。

社説:映画「靖国」 上映こそ政治家の責務

[北海道新聞 4月2日]

 「表現の自由」は、吹けば飛ぶような軽いものなのか。ここは危機感を持って考えたい。
 今月中旬から公開されるはずだった映画「靖国 YASUKUNI」の上映が見送られる。予定した東京と大阪の映画館すべてが、中止を決めたからだ。
 「抗議活動で近隣の商業施設や客に迷惑がかかる」「他の映画館が中止する中で上映すれば、非難が集中する」というのが、その理由だ。
 一部の映画館には街宣車が押しかけたという。嫌がらせの電話もあったようだ。
 周辺にお構いなしの大音量で身勝手に振る舞う街宣車の行動は、厳しく批判されねばならない。
 だが、この状況で公開を中止すれば上映阻止をもくろむ人たちを喜ばせるだけではないか。
 映画館側の対応は、憲法が保障する表現の自由を自ら狭める行為であり、きわめて残念だ。ここは踏ん張って、上映姿勢を貫いてほしかった。
 映画演劇労組連合会はきのう、すべての映画人に上映努力を求める声明を出した。映画が表現や言論の手段でもあることを考えれば当然だ。
 しかしこれは、映画人だけでなく、社会全体でも考えるべき問題だろう。脅しや暴力におびえ自己規制する社会は、健全とはとうてい言えない。
 ここに至った経緯を振り返れば、異例の試写会を開催させた与党国会議員の責任は大きい。
 映画は終戦記念日の靖国神社に参拝する人、抗議する人などの情景や「靖国刀」を作る刀匠の思いを、十九年も日本に住む中国人監督が描いた。今年の香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。
 一方で、「反日的な映画ではないのか」という声があがっていた。
 製作に政府の公的な助成金が出ていることから、自民党の稲田朋美衆院議員が文化庁に問い合わせた。文化庁が奔走し、先月中旬に国会議員向けの試写会が開かれた。
 国会議員という特定の人を対象に試写会を催し、その目的が、映画の公開前に「公費助成にふさわしいかをみる」という発想は、検閲につながるものではないか。
 助成の是非を論じるにしても、表現の自由を考慮すれば、公開後でいいはずだ。
 これが上映中止につながったのだとしたら、試写会に参画した議員も文化庁も責任を自覚すべきだろう。
 文化庁は、開催した経緯をきちんと説明する必要がある。
 稲田議員らは上映中止を「残念だ」と言っている。ならば上映実現に全力を注いではどうか。
 国会議員として、民主主義を守る志を、行動で示してほしい。

「靖国」上映中止 文化と民主主義の危機だ

[神奈川新聞 2008/04/02]

 靖国神社をテーマにしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映が、東京都内では行われないことになった。上映予定だった四館がいずれも中止を決めたためだ。その一つ「銀座シネパトス」(東京都中央区)を運営するヒューマックスシネマ社(新宿区)は「近隣の商業施設に迷惑を掛ける恐れがあるため」と説明しているという。
 嫌がらせや何らかの圧力があったのならば、憂慮すべき事態だ。日本はいつから、そのような圧力がまかり通る社会になってしまったのだろうか。表現の自由の危機、民主主義の危機である。
 最近では、グランドプリンスホテル新高輪(東京都港区)が、日教組の教育研究全国集会をめぐって、裁判所の仮処分を無視して施設使用を拒否したほか、予約していた集会参加者の宿泊を旅館業法に反して拒否した。
 日教組の集会では、批判する右翼の街宣車が集まって会場周辺が騒然とした雰囲気になる。同ホテルは使用拒否を「お客さまの安全安心」のためとした。法と社会的責任を無視してまで何を恐れたのか。このような事例が続けば集会の自由、表現の自由が封殺されると危ぶまれたばかりだった。
 映画「靖国」は、日本在住の中国人、李纓(りいん)監督が、終戦記念日の情景や戦時の映像などを交えて靖国神社の現実を追った映画だ。内容を「反日的」と聞いた一部自民党議員が、文化庁の所管法人から助成金が出ていることを理由に試写を要求。公開前に全国会議員向けの試写会が開かれるという異例の事態となった。日本映画監督協会(崔洋一理事長)は「上映活動を委縮させ、自由な創作活動を精神的に圧迫している」と強く抗議したが、その後も一部の政治団体が、上映中止を求める動きをしていたという。
 今回の事態について、「靖国」の配給・宣伝協力のアルゴ・ピクチャーズ社は「日本社会における言論の自由、表現の自由への危機を感じる」とのコメントを発表した。切実な言葉だ。日本社会は自由にモノも言えない社会になろうとしているのではないか。一部政治家の責任は重大だ。
 自由な社会を維持するためには、すべての市民の毅然(きぜん)とした態度と努力が欠かせない。会場施設や映画館などには、集会の自由、表現の自由の担い手であることを再認識してもらいたい。都内の映画館は、ぜひ勇気と気概を持って上映の名乗りを上げてほしい。そして、そうした担い手を孤立させないよう、主義主張を超え市民の応援の輪をつくることが必要だ。
 映画「靖国」は今年の香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。ところが、舞台である当の日本の首都では見ることができない。「先進民主主義国」として恥ずべき事態である。

「靖国」上映中止―表現の自由が危うい

[朝日新聞 2008年4月2日]

 これは言論や表現の自由にとって極めて深刻な事態である。
 中国人監督によるドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の今月公開を予定していた東京と大阪の五つの映画館が、すべて上映中止を決めた。来月以降の上映を準備しているところも数カ所あるが、今回の動きが足を引っ張ることにもなりかねない。
 右翼団体の街宣車による抗議や嫌がらせの電話など具体的な圧力を受けたことを明らかにしている映画館は一つしかない。残りは「お客様に万が一のことがあってはいけない」などというのが上映をやめた理由だ。
 トラブルに巻き込まれたくないという気持ちはわからないわけではない。しかし、様々な意見がある映画だからこそ、上映してもらいたかった。
 すぐに思い起こすのは、右翼団体からの妨害を恐れて、日教組の集会への会場貸し出しをキャンセルしたプリンスホテルである。
 客や周辺への迷惑を理由に、映画の上映や集会の開催を断るようになれば、言論や表現の自由は狭まり、縮む。結果として、理不尽な妨害や嫌がらせに屈してしまうことになる。
 自由にものが言えない。自由な表現活動ができない。それがどれほど息苦しく不健全な社会かは、ほんの60年余り前まで嫌と言うほど経験している。
 言論や表現の自由は、民主主義社会を支える基盤である。国民だれもが多様な意見や主張を自由に知ることができ、議論できることで、よりよい社会にするための力が生まれる。
 しかし、そうした自由は黙っていても手にできるほど甘くはない。いつの時代にも暴力で自由を侵そうとする勢力がいる。そんな圧迫は一つ一つはねのけていかなければならない。
 言論や表現の自由を守るうえで、警察の役割も大きい。嫌がらせなどは厳しく取り締まるべきだ。
 五つの映画館が上映中止に追い込まれた背景には、国会議員らの動きがある。自民党の稲田朋美衆院議員らが公的な助成金が出ていることに疑問を呈したのをきっかけに、国会議員向けの異例の試写会が開かれた。
 稲田氏は「私たちの行動が表現の自由に対する制限でないことを明らかにするためにも、上映を中止していただきたくない」との談話を出した。それが本気ならば、上映を広く呼びかけて支えるなど具体的な行動を起こしたらどうか。
 政府や各政党も国会の議論などを通じて、今回の事態にきちんと向き合ってほしい。私たちの社会の根幹にかかわる問題である。
 いま上映を準備している映画館はぜひ踏ん張ってもらいたい。新たに名乗りを上げる映画館にも期待したい。それを社会全体で支えていきたい。

ほかにも、読売、産経も社説を掲載しているが、読売の社説は、この問題に引っかけて、櫻井よしこ氏の講演中止を「言論の自由の封殺」だと主張するもの。

そんな中で、産経の「主張」はまったく異常。街宣車まで出ているのに、「抗議電話くらいで上映を中止するというのは、あまりにも情けない」などと、完全に事実をねじ曲げている(これだけでもジャーナリズム失格)。さらに、「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」と書いて、問題のもみ消しをねらっている。挙げ句の果てに、「不確かな写真を使った記録映画に、国民の税金が使われているとすれば問題」と、映画「靖国」こそが問題だとしているのだ。

【主張】「靖国」上映中止 論議あるからこそ見たい – MSN産経ニュース

【主張】「靖国」上映中止 論議あるからこそ見たい

[MSN産経ニュース 2008.4.2 03:04]

 靖国神社を題材にした中国人監督のドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」が東京と大阪の映画館で上映中止になった。抗議電話などがあり、客やテナントに迷惑をかけられないという。残念だ。
 この映画は、靖国神社の参拝風景や神社に納める「靖国刀」をつくる刀匠の姿などを記録した作品である。文化庁が750万円の助成金を出していたため、自民党議連「伝統と創造の会」(会長・稲田朋美衆院議員)の要請で試写会が開かれた経緯がある。
 そこで、助成に必要な政治的中立性などをめぐって疑問点が指摘され、今月の封切り前から話題を呼んでいた。映画を見て、評価する人もいれば、批判する人もいるだろう。上映中止により、その機会が失われたことになる。
 実際に、公的機関などから上映中止の圧力がかかったり、目に見える形での妨害行為があったわけではない。映画館側にも事情があろうが、抗議電話くらいで上映を中止するというのは、あまりにも情けないではないか。
 上映中止をめぐり、配給・宣伝協力会社は「日本社会における言論の自由、表現の自由への危機を感じる」とのコメントを発表し、映画演劇労働組合連合会も「表現の自由が踏みにじられた」などとする抗議声明を出した。憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか。
 映画界には、自民党の議連が試写会を要求したことを問題視する声もある。日本映画監督協会(崔洋一理事長)は「(議連の試写会要求は)上映活動を萎縮(いしゅく)させるとともに、表現者たる映画監督の自由な創作活動を精神的に圧迫している」との声明を発表した。
 しかし、「伝統と創造の会」が試写会を要求したのは、あくまで助成金の適否を検討するためで、税金の使い道を監視しなければならない国会議員として当然の行為である。同協会の批判は的外れといえる。
 試写会に参加した議連関係者によると、この映画の最後の部分で“旧日本軍の蛮行”として中国側が反日宣伝に使っている信憑(しんぴょう)性に乏しい写真などが使われ、政治的中立性が疑われるという。
 不確かな写真を使った記録映画に、国民の税金が使われているとすれば問題である。文化庁には、助成金支出の適否について再検証を求めたい。

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