榎原雅治『中世の東海道をゆく』

榎原雅治著『中世の東海道をゆく』(中公新書)

ちょっと気分転換にと軽い気持ちで読み始めたのですが、意外に面白かったです。鎌倉時代に京から鎌倉に下った貴族の日記から、当時の東海道がどこを通っていたか、どんな道だったのかなど、徹底的に日記の記述などにこだわって調べています。

濃尾平野の揖斐川、長良川、木曽川がどこをどんなふうに流れていたかのとか、名古屋(熱田)からどのようにして伊勢湾を渡っていたのかとか、浜名湖と海とはつながっていたのかどうか、などなど、各種の資料を付き合わせてみると、日記の記述もあながちテキトーとはいえないことが分かってくるあたりが、なかなかおもしろかったです。東海道などといっても、潮が引くのを待って、砂洲のようなところを渡っていたらしい、というのも意外でした。

日本は、中世末期から近世初頭に“大干拓時代”を迎えます。それ以前は、水はけの悪い沼地、低湿地、河川敷だったようなところが、埋め立て・開拓されて、耕地に変わってゆきます。だから、それ以前の時代に、日本の地理がどうなっていたか、これが意外に大事なのです。そういうことは知識としては知っていましたが、こうやって詳しく解明されると、ほほ??と感心してしまいます。

関東でも、いまは古道となった鎌倉街道などは、むしろ山の中を通っています。これは、鎌倉時代には、いま私たちが住んでいるような低地は、むしろ湿地帯で、人は住めなかったし通るにも不便だったからだと聞いたこともあります。中世の大阪湾周辺や関東平野がどんなふうになっていたのか、ぜひ知りたいところです。

【書誌情報】
著者:榎原雅治/書名:中世の東海道をゆく――京から鎌倉へ、旅路の風景/出版社:中央公論新社/中公新書1944/発行:2008年4月/定価:本体800円+税/ISBN978-4-12-101944-8

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  1. こんばんは。
    こちらの南部にも大きな干拓地があります。
    http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/midori/kanryou/oguraike/index.html

    そういえば震災のときに、この辺りは結構揺れたような話を聞きました。

  2. winter-cosmosさん、こんばんは?

    リンク情報ありがとうございました。
    漠然と、巨椋池も江戸時代に埋め立てられてしまったのかと思っていましたが、干拓事業が始まったのは昭和になってからだったんですね。びっくり (O_o)WAO!!!

    勉強になりました。m(_’_)m

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