芝健介『ホロコースト』

芝健介『ホロコースト』(中公新書)

ヒトラー・ドイツでナチスによっておこなわれたユダヤ人の大量殺戮。映画「シンドラーのリスト」や「戦場のピアニスト」で、大きく、重いテーマとなった問題ですが、600万人にものぼるユダヤ人の殺害は、なぜ、どのようにしておこなわれることになったのか。著者は、ナチスのユダヤ人政策が、どのように変遷していったかを丹念にあとづながら、戦争の進展のなかで「追放」政策が行き詰まり、「絶滅収容所」による計画的な大量殺戮にいたったとしています。

しかし、「最終解決」が始まる以前の、ユダヤ人を「劣等民族」として社会から締め出し、権利と財産を剥奪し、ゲットーに押し込めていく過程だけでも、読んでいて、うんざりしてきます。

本書ではまた、ドイツ各所に設けられた強制収容所と、アウシュビッツに代表される「絶滅収容所」の違いも明確にされています。

「絶滅収容所」は、1941年11月から建設が始まり、ベウジェツ、ゾビブル、トレブリンカ、マイダネク(ルブリン)、ヘウムノ、アウシュビッツの6つの絶滅収容所が建設されます。意外だったのは、「絶滅収容所」の実際に起動していた期間が短かったこと。「ラインハルト作戦」で最初につくられたベウジェツ(42年3月?43年10月)、ゾビブル(42年5月?43年10月)、トレブリンカ(42年7月?43年11月)の起動期間は、いずれも1年半前後。最も長いアウシュビッツでも、42年3月?44年11月まで、3年になりません。そんなわずかな期間に、300万人余りのユダヤ人が「ガス室」によって「処分」されていったというのは驚くほかありません。

本書最終章では、ホロコーストの歴史がどのように研究され、明らかにされてきたかも紹介されています。それを読むと、戦後63年以上たって、いまなお新しい資料が発掘され、研究が進められ、ナチス、ゲシュタポ、SSの関与はもちろん、ドイツ国防軍や当時の市民の暗黙の関与も含めて明らかにされ、ドイツ国民自身が「歴史の責任」と真摯に向き合ってきたのだということが分かります。その姿勢にも、私たちは大いに学ばなければならないと思いました。

かつて、日本の某週刊誌で「ホロコーストはなかった」というデタラメな特集がおこなわれ、ちょっとした騒ぎになったことがありました。しかし、本書を読むと、「あったか、なかったか」などという議論の余地はまったくない、ということがよく分かります。また、自分たちの政策が行き詰まるなかで、いかに効率よく「処理」してゆくかというところから、ガス室による計画的大量殺戮に行き着いた“狂気”の恐ろしさも痛感します。大きな問題ですが、新書1冊のなかに分かりやすく整理・紹介されていて、必読の文献だと思いました。

【目次】
 まえがき
 序章 反ユダヤ主義の背景――宗教から「人種」へ
 第1章 ヒトラー政権と迫害の開始――「追放」の模索
 第2章 ポーランド侵攻――追放から隔離へ
 第3章 「ゲットー化」政策――集住・隔離の限界
 第4章 ソ連侵攻と行動部隊――大量射殺
 第5章 「最終解決」の帰結――絶滅収容所への道
 第6章 絶滅収容所――ガスによる計画的大量殺戮
 終章 ホロコーストと歴史学

【書誌情報】
著者:芝 健介(しば・けんすけ)/書名:ホロコースト――ナチスによるユダヤ人大量虐殺の全貌/中公新書1943/出版社:中央公論新社/発行:2008年4月/定価:本体860円+税/ISBN978-4-12-101943-1

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