ロイターが『蟹工船』ブームの記事を配信

ロイターが東京発で、小林多喜二『蟹工船』のブームについて記事を配信しています。曰く――

 1929年に書かれたマルクス主義者の小説が、日本のベストセラー上位に上がっている。それは、世界第2位の経済大国での雇用不安と所得格差の拡大を反映している。……

ロイター配信記事の全文はこちら↓。
Japan economy angst boosts sales of Marxist novel – Reuters

いちおうのヘッポコ訳をのせておきました。

ロイターの記事の拙訳は以下のとおり。引用転載はご勘弁を。日本語で引用する場合は、英語原文からご自身で翻訳してください。細かいところはいろいろ省略したり、意訳したりしていますが、根本的な訳し間違いがあった場合はご指摘いただくと助かります。

日本の経済不安がマルクス主義小説の販売を促している
[ロイター 2008年8月12日 6:32am IST]

クボタ・ヨウコ

 東京(ロイター) 1929年に書かれたマルクス主義小説が、世界第2位の経済大国での雇用不安と所得格差の拡大を反映して、日本のベストセラー上位に上がっている。
 「人々は、経済が減速し始めて、万事もっと難しくなると強く感じている」と、最近この本を読んだマーケティング・コンサルタントのフルヤ・ソウタ(27歳)は言う。
 フルヤは、最近数カ月にベストセラーに上がっている『蟹工船』を買った多くの読者の1人である。同書は、このジャンルの本にはほとんど縁のなかったいくつかの主要ベストセラーで上位となっている。
 『蟹工船』は、サディスティックな船長[1]のもと、過酷な条件で働くカニ加工船乗組員の物語である。それは、1933年、29歳で警察によって拷問され殺された共産党員・小林多喜二によって書かれた。
 小説の大半は、乗組員たちの闘争が統一されてストライキに立ち上がってゆく姿を描いている。そして、彼らの資本主義経営者の打倒を誓うところで終わっている。
 同書は、長く、マルクス主義文学の研究者のものだったが、「ワーキングプア」と結びつけた宣伝のあと大きな関心を獲得した。文庫版を出版する新潮社のササキ・ツトムはそう言った。同書がベストセラーにのぼってきたのは、5月頃以降だ。
 専門家は、同小説の人気は、雇用不安や賃金格差の拡大、パートタイム、派遣労働者など増大する低所得層がこうむっている苦難を反映していると指摘する。
 「共感と類似性がキーワードになっていると思う」と早稲田大学教授・十重田裕一は言う。
 「若者はいま、この小説のなかに、自分たち自身といまの状況を見いだして、共感しているのだ」

労働者の状態

 しかし、ストーリーが共感されているといっても、この小説が、現在の日本の労働者たちに実践的な意味をもつことはほとんどない。なぜなら、日本では、労働組合員は何十年も減り続け、左翼政党への投票はわずかしかないからだ。
 「共感はたままた起こったものもので、私は、それが組織された運動を引き起こすとは思わない」と十重田は言う。「読者もバラバラだ」。
 日本は、かつては終身雇用制で知られていたが、1990年代の不況いらい、日雇いや短期契約で雇用される労働者が年を追って増加している。彼らは、しばしば医療保険や年金からも排除されている。
 評論家は、小泉純一郎首相の2001?2006年の任期中にすすめられた経済改革がこの傾向を助長したと指摘する。非正規雇用の労働者の数は年間平均1730万人になった(2007年3月31日発表の政府統計[2])。それは、5年前より19%、10年前より50%以上も増加している。
 そのような非正規労働者の実態は、6月になって、新聞の主要見出しを独り占めするようになった。それは、25歳の派遣労働者が、インターネット上に自分の仕事と孤独についてのメッセージを投稿したあと、東京の有名なショッピング街で数名の死傷事件を起こしてからのことだ。
 この何十年か、日本人の大部分は、自分たちを中流階級だとみなしてきた。しかし、雇用条件が変わって、経済的な不平等が拡大している――そうはいっても、富裕層と貧困層の格差はいまでもアメリカよりもとても小さいのだが。
 多くの日本人はまた、急速な高齢化で年金のコストが増えると、自分たちの将来の年金について不安に思っている。今世紀半ばには、65歳以上が人口の5分の2を占めるだろう。
 若者の間に広がる経済的な苦悩は、『蟹工船』の読まれ方にも反映している。新潮社のササキが言うには、読者のおよそ30%が20代であり、30%が30代、40代であり、残り3分の1が50代と60代である。かつては、この種の古典のファンはほとんど学生か退職者たちだった。
 「いまは、高度経済成長時代の雇用条件とはすっかり違っている」と、早稲田大学の十重田は言う。「終身雇用はすでに過去のものであり、人々が自分の年金を受け取れるかどうかは不確実になっている」。
 「このような不安が人々をこの小説に向かわせるのだと思う」
 そうはいうものの、読者たちも、自分たちが、資本家雇い主に対抗して街頭に出たりはしない、ということでは一致している。
 「この小説は夢のようだ。みんなが団結して闘い、いっしょに勝利するなんて」と24歳のブルーカラー労働者のサカイ・トオルはいう。「しかし、僕たちがいまそんな行動をとるとは思わない」
 マーケティング・コンサルタントのフルヤも同じ意見だ。
 彼は、「いまの社会は非常に多様化しているので、人々が連帯できるようなことは1つもない」という。「いまの世の中は、この小説の世界ほど単純ではない」

記事は、『蟹工船』が現代日本で実践的な意義をもつことはないと言っていますが、はたしてそう言いきれるでしょうか? 部分的ではあっても、日雇い派遣などで働かされる若者たちが声を上げ始めています。これがどこまで広がるかは今後の課題ですが、その可能性を切り捨ててしまうような見方には、僕は賛成できません。

現実の世の中は『蟹工船』の世界ほど単純じゃない、というのは簡単ですが、しかし、労働者たちが団結して立ち上がってゆくところに共感が寄せられているのも事実。そこは、きちんと見ておくことが大事だと思います。

ロイター記事の原文はこちら↓。

Japan economy angst boosts sales of Marxist novel
[Tue Aug 12, 2008 6:32am IST By Yoko Kubota]

TOKYO (Reuters) – A Marxist novel written in 1929 has climbed to the top of Japan's best seller list, reflecting growing anxiety about job security and widening income gaps in the world's second-biggest economy.

"I think people are feeling keenly that the economy is starting to slow down and things are getting more difficult," said 27-year-old Sota Furuya, a marketing consultant who recently read the book.

Furuya is one of the many Japanese readers who have put "Kanikosen", or "A Crab-Canning Boat", on bestseller lists in recent months. It is near the top of several of Japan's leading bestseller lists, almost unheard of for a book of this genre.

"A Crab-Canning Boat" tells the tale of a crab boat crew working in harsh conditions under a sadistic captain. It was written by Takiji Kobayashi, a communist who was tortured to death by police at the age of 29 in 1933.

Most of the novel is devoted to the crew's struggle to unite and coordinate a strike, and the story ends with their vow to topple their capitalists masters.

The book has long been a favorite of scholars of Marxist literature, but it gained mainstream attention after an advertising campaign linked it with the concept of working poor, said Tsutomu Sasaki of Shinchosha Publishing Co, which reprints the pocket-sized book. The book has been on bestsellers' lists since around May.

Experts say the novel's popularity reflects anxiety over job security, widening wage gaps and the hardships suffered by growing ranks of low-paid part-time and contract workers.

"I think the keywords here are sympathy and similarities," said Hirokazu Toeda, a professor at Tokyo's Waseda University.

"Young people are sympathizing because they see themselves and today's situation today in the novel."

WORKERS' PLIGHT

But while the story resonates, the novel is unlikely to hold practical lessons for workers in present-day Japan, where labor union membership has been in decline for decades and only a tiny minority of voters back leftist political parties.

"The sympathy is sporadic and I don't think it will lead to organized movements," Toeda said.

"The readership is too fragmented."

Once famed for its life-time employment system, Japan has seen the number of workers hired by the day and on short-term contracts, often without medical or pension benefits, grow in the years since its economy slumped in the early 1990s.

Critics say economic reforms introduced during the 2001-2006 term of prime minister Junichiro Koizumi sped up the trend.

The average number of non-permanent workers rose to 17.3 million in the year to March 31, 2007, government data show. That was up 19 percent from five years earlier and more than 50 percent from a decade ago.

The plight of such workers grabbed headlines in June after a 25-year-old temp worker stabbed seven people to death in a popular Tokyo shopping district, after posting messages on the Internet complaining about his work and loneliness.

For decades, a majority of Japanese considered themselves middle class. As employment conditions change, economic inequalities are widening, although the gap between rich and poor is still much narrower than in the United States.

Many Japanese are also anxious about their future pensions, given the growing costs of a fast-ageing society in which two in five people will be 65 or over by mid-century.

The economic angst among younger Japanese is reflected in the readership of "A Crab-Canning Boat." About 30 percent are in their 20s, 30 percent in their 30s and 40s, and another third in their 50s and 60s, Shinchosha's Sasaki says. Fans of similar classics in the past have been mostly students or retirees.

"Things are different now from the stable employment conditions of Japan's period of high economic growth," said Waseda University's Toeda. "Life-time employment is gone and it's uncertain whether people will receive their pensions.

"I think such insecurity attracts people to this text."

That said, readers agreed they were unlikely to take to the streets against their capitalist employers.

"The novel's like a dream … everyone uniting, fighting, and winning together," said Toru Sakai, a 24-year-old blue-collar worker. "But I doubt we'll see that type of reaction now."

Marketing consultant Furuya agreed.

"Society today is too diverse so there isn't one thing that people can bond over," he said. "It isn't as simple as it was in the novel."

(Editing by Linda Sieg and Megan Goldin)

ところで、話は全然違いますが、愛媛・今治市には大正時代に北洋の蟹工船で儲けた実業家の邸宅が残っているそうです。現代の蟹工船は御免ですが、こうした旧邸は歴史の記録としてぜひ残していってほしいものです。

関西フォトジャーナル:再びのワーキングプア、何と見る 愛媛・今治「蟹御殿」に脚光(毎日新聞)
ライトアップ:「蟹御殿」幻想的に――今治・旧八木邸/愛媛(毎日新聞)

再びのワーキングプア、何と見る 愛媛・今治「蟹御殿」に脚光
[毎日新聞 2008年7月27日]

蟹御殿と呼ばれる旧八木邸=愛媛県今治市で
蟹御殿と呼ばれる旧八木邸=愛媛県今治市で

◇1300坪、市民団体が催し

 プロレタリア文学作家、小林多喜二(1903?33)の「蟹工船(かにこうせん)」が再評価される中、愛媛県今治市で「蟹御殿」と呼ばれる大正時代初期の木造家屋に市民グループが着目。貴重な建築遺産として地元ラジオ番組でアピールするなどし、8月1日にはライトアップも計画している。【土本匡孝、写真も】

 今治市の実業家、八木亀三郎氏(1862?1938)が建てた「旧八木邸」(木造2階建て延べ約800平方メートル)。県教委などによると八木氏は北海道函館市に店を構え、24年に業界初の3000トン級蟹工船「樺太丸」を建造。40人が作業できる缶詰工場を備え、近代的な母船式カニ漁業の先駆けになった。
 屋敷は今治市波止浜(はしはま)2にあり、宅地と裏山を合わせ広さ4200平方メートル。地元出身画家のふすま絵やサハリンから取り寄せたという庭石などがあり、県は04?05年度調査で建物や庭園が当時の面影を残していることなどから、「後世に残すべき」との見解をまとめた。
 現在は空き家で市内の企業経営者が所有。「四国風景づくりの会」(代表=羽藤英二・東大大学院准教授)が2年前から着目し、メンバーで東大大学院生の浦田淳司さん(23)=埼玉県新座市=が今年4月から今治市に度々滞在して屋敷にまつわる地域の話を聞き、ラジオ番組で「招いた小学生が裏山を見て驚いていました」と紹介。ライトアップは8月1日午後5時半から約2時間、市民らの手作りの灯籠(とうろう)300?500個で、屋敷と周辺を照らす。
 「蟹工船」は1929(昭和4)年の作品。カムチャツカ沖でカニを捕って缶詰に加工する船の労働者たちが過酷な労働条件に怒り、ストライキに立ち上がる。ワーキングプアなど現在と通じるものがあるとして、作品を収録した新潮文庫「蟹工船・党生活者」は異例のブームが続いている。

ライトアップ:「蟹御殿」幻想的に――今治・旧八木邸/愛媛
[毎日新聞 2008年8月7日 地方版]

 大正時代に蟹工船(かにこうせん)を操業した実業家・八木亀三郎(1862?1938)が建てたことから「蟹御殿」とも呼ばれる旧八木邸(今治市波止浜2)で1日、学生や地元住民らが手作りの紙灯ろうでライトアップをした。
 配置されたのは高さ約20センチの三角柱の紙灯ろう約100個。サハリンから取り寄せたという庭石などが置かれた庭園を中心に、裏山に続く小道や国道に面する邸宅前にも並べられた。屋内も開放され、普段入れないこともあってカメラを持った大勢の市民らが訪れた。
 旧八木邸以外にも波止浜一帯の道路沿いに紙灯ろう約200個が並べられ、幻想的な夏の夜となった。近くの龍神社では、四国風景づくりの会(代表=羽藤英二・東大大学院准教授)などが5月から開いていた「風景づくりの学校」参加の地元小学生の発表もあり、「旧八木邸に初めて入れてうれしかった」などと感想を話していた。【土本匡孝】

こちらが、その「風景づくりの会」のブログ。旧八木亀三郎邸のなかでの講座の様子が紹介されています。
西村先生による論座@旧八木亀三郎邸 – 風景づくり夏の学校2008ブログ

旧八木亀三郎邸はそれなりに有名なようで、Google画像で「八木亀三郎」をキーワードに検索すると、このほかにもいろいろ出てきます。

そして、こちら↓が八木亀三郎氏の蟹工船「樺太丸」の模型。これが莫大な儲けをあげたところから、同様の蟹工船が多数つくられるようになったそうです。

北海道開拓記念館  蟹工船「樺太丸」

※ヘッポコ訳に、思いっきり恥ずかしい勘違いがありましたので、訳文を一部訂正しました。ご指摘いただいたS谷様、ありがとうございます。m(_’_)m

【追記】
このロイターの記事にも登場する早稲田大学の十重田裕一教授が『蟹工船』ブームについて書かれたものが、「読売新聞」のウェブサイト「教育×WASEDA」に公開されています。

社会:オピニオン:閉塞の現代を映す「蟹工船」ブーム(教育×WASEDA ONLINE)

  1. 正しくは、浅川は監督。 []
  2. 総務省「労働力調査詳細集計」のこと。 []

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