アラ還のオッサンがマルクスの勉強やらコンサートの感想やらを書き込んでいます

今週の「九条の会」(8月15日まで)

2008年8月15日 at 21:42:57

各地の草の根で活動する「九条の会」の様子を紹介したマスメディアのニュースを、インターネットの中から拾い集めています。

今週は、8月6日の広島原爆忌、9日の長崎原爆忌、それに15日の敗戦記念日にちなんで、各地でいろいろな取り組みがおこなわれました。

金沢で終戦記念日に平和を祈る催し(北陸朝日放送 8/15)
童仙房・高麗寺で平和の鐘をつく 南山城村9条の会(京都民報 8/15)
自作の「9条音頭」披露 市民団体 憲法改正反対訴え 大分市(西日本新聞 8/15)
玉音放送、リレートーク 「九条の会・京築」15日集会 行橋市(西日本新聞 8/14)
講演会:「戦場は人の感情奪う」 イラク帰還米兵が講演――人吉/熊本(毎日新聞 8/14)
憲法学習講演会:徴兵拒否の農民テーマ――鉾田/茨城(毎日新聞 8/12)
「暴力で平和築けぬ」 イラク帰還米兵 ウールソンさん講演 憲法9条 堅持訴え 熊本市(西日本新聞 8/12)
「平和は暴力では築けない」 「戦争で人間性が失われる」 福岡市 イラク戦争従軍の元米兵(西日本新聞 8/11)
イベント:平和や憲法の大切さ考えよう 9条の会、大分市で催し/大分(毎日新聞 8/11)
08夏の伝言:戦争体験語り合う 九条の会貴志川、紀の川で平和のつどい/和歌山(毎日新聞 8/10)
野田で「平和のための戦争展」(朝日新聞 8/10)
平和へ願い込めて 萩原で折り鶴・原爆写真展:岐阜(中日新聞 8/10)
長崎原爆の日:県内の教会や寺、一斉に平和の鐘/静岡(毎日新聞 8/10)
子どもを守る9条の会発足(京都民報 8/8)
広島原爆忌:胸につかえた63年間の思い 園城寺で平和祈願法要/滋賀(毎日新聞 8/7)
9条のおかげで戦死者出していない! 夜久野9条の会(京都民報 8/7)
原爆展:戦地の父からの手紙集 大崎・吉野作造記念館で公開――きょうから/宮城(毎日新聞 8/6)
秋田の市町村長経験者ら12人 9条守る会結成(河北新報 8/6)
井上ひさしさん9日米子で講演(朝日新聞 8/6)
平和・いのち・暮らし 山階9条の会(京都民報 8/4)
憲法9条:金沢の市民グループ、看板を設置/石川(毎日新聞 8/3)
「九条」「平和」考えよう 作家の井上ひさしさん招き講演会(山陰中央新報 8/2)
戦争体験語り継ぎたい 左京平和の夕べ(京都民報 7/30)
映画鑑賞会:特攻隊の秘話描いた「あの遠い夏の日があった」――来月2日/滋賀(毎日新聞 7/26)
日本を戦争できる国にしない ママ友9条の会1周年(京都民報 7/23)

金沢で終戦記念日に平和を祈る催し
[北陸朝日放送 2008年8月15日 14:06]

 きょう8月15日は63回目の終戦記念日です。金沢市石引の石川護国神社では戦没者平和祈願祭が開かれ第2次世界大戦で亡くなった元兵士の遺族や戦友らおよそ250人が参列しました。参列者は正午の時報に合わせて黙とうを捧げ、戦没者を悼みました。主催者を代表して英霊にこたえる会県本部の松井吉二会長が「会員の高齢化や減少で解散する組織があるが、戦没者への慰霊の思いは変わらない」と述べました。主催者によると戦争体験者の高齢化が進み、参列者は年々減少傾向で今年も去年に比べ50人ほど減ったということです。
 一方、金沢市内の寺では玉音放送が流れた正午に合わせて平和の鐘を突く催しが開かれました。この催しは寺町台九条の会がおととしから開いており、今年はおよそ70人が参加しました。会の世話人を務める塚林淑江さんの挨拶のあと参加者は金沢市内の9つの寺に分かれ正午に合わせて一斉に鐘を突き、平和を祈りました。

童仙房・高麗寺で平和の鐘をつく 南山城村9条の会
[京都民報 2008年08月15日 15:33]

 「南山城村9条の会」は15日、同村童仙房の高麗寺で「平和の鐘」の集いを行いました。二度と悲惨な戦争を繰り返さないために、憲法九条を守り生かそうと呼びかけ、33人が参加しました。
 高麗寺住職と「南山城村9条の会」代表、6人の子どもが33回鐘をつき、続いて参加者一人ずつがそれぞれの思いをこめて鐘を鳴らしました。参加者は「軍事費をなくして医療費や物価を下げて、年寄りに優しい政治をしてほしい」「子どもたちに平和憲法と平和な社会を引き継ぎたい」などと語っていました。
 願いと決意のこもった鐘の音が童仙房高原の静かな大気を震わせて響き渡りました。(柴垣治男)

自作の「9条音頭」披露 市民団体 憲法改正反対訴え 大分市
[2008年8月15日 09:52 西日本新聞]

 戦争放棄を定めた憲法九条の改正に反対する街頭運動「平和憲法9条を守る8・10竹町行動」がこのほど、大分市中央町の竹町ドーム広場で開かれた。憲法九条の堅持を呼び掛ける市民団体が自作の「9条音頭」を披露。平和の大切さを買い物客らに訴えた。
 憲法改正の手続きを定めた国民投票法が昨年5月に成立したことを受け、改正に反対する市民らが翌月に立ち上げた「市南西部九条の会」の主催。「9条音頭」は、合唱団の指揮者を務める会員の森典正さん(68)が作詞、作曲し、振り付けも担当した。
 市南西部九条の会や、うたごえ九条の会(大分市)の会員たち約40人が参加。「楽しく過ごす、この国は憲法九条あるおかげ」などと歌声を商店街に響かせ、浴衣姿で踊りを披露した。憲法改正に反対する署名活動も行った。

玉音放送、リレートーク 「九条の会・京築」15日集会 行橋市
[2008年8月14日 01:54 西日本新聞]

 「戦争放棄」の憲法九条を守る運動を展開する「九条の会・京築」(事務局長・沖勝治元苅田町長)は、終戦の日の15日、行橋市西宮市のJR行橋駅東口で不戦を誓う集会を開く。
 集会では正午から、昭和20年8月15日に昭和天皇が連合国のポツダム宣言受諾と終戦を国民に告げた「玉音放送」を流す。続いて「私の8月15日」をテーマに自由参加でリレートークを行う。
 九条の会では市民に参加を呼び掛けている。

講演会:「戦場は人の感情奪う」 イラク帰還米兵が講演――人吉/熊本
[毎日新聞 2008年8月14日 地方版]

 イラクからの帰還米兵約2000人でつくる「反戦イラク帰還兵の会」のアッシュ・ウールソンさん(26)の講演会が13日、人吉市の東西コミュニティーセンターであり、約100人が耳を傾けた。
 ウールソンさんは「9条の会」など全国の市民団体が主催する全国キャラバンで、今月4日?9月17日、全国約70カ所で講演する。「米兵として見たイラク戦争の現実と、一般市民がメディアを通じて知る『イラク戦争』は違った。敗戦の苦しみを知る日本の人にも知ってもらい、平和の尊さを再認識するきっかけになれば」という。
 米ウィスコンシン州出身で、大卒後に学費支払いのため州兵となり、03年5月から約1年間、イラク南部へ派遣された。
 講演の中でウールソンさんは、ある日の任務を振り返った。
 米軍車両が誤って8歳の少女とヤギ2匹をひいて死亡させた。ウールソンさんらの部隊は補償交渉のために娘の家族の家へ行った。上司の士官が家族と話している間、兵士は家の周囲を包囲し、道端で遊んでいる子供たちに銃を向けた。
 その間に、士官は少女に100ドル、ヤギに200ドルの補償金を支払うことで家族側と合意した。ウールソンさんらは謝罪をせず、金だけを支払って基地へ引き返したという。
 ウールソンさんは「米ドル札を手に泣いている家族の姿が今でも思い浮かぶ」と言い、しかも「交渉で、少女よりヤギ2匹の価値が高いという結論になった。戦場では誰もが人間としての感情を失ってしまう」と語った。
 「イラク戦争で利益を得ているのは米国の石油業界と民間軍需産業だけ。イラク人にも米兵も得るものはなく、必ず何かを失っている」とイラク戦争の実像を指摘し、反戦を訴えた。【高橋克哉】

憲法学習講演会:徴兵拒否の農民テーマ――鉾田/茨城
[毎日新聞 2008年8月12日 地方版]

 「憲法学習講演会」が10日、鉾田市の市立鉾田中央公民館であり、市民ら約30人が憲法と徴兵制などについて学んだ。「憲法九条の会・鉾田」の設立準備会事務局が主催。茨城大の田村武夫名誉教授が「日本国憲法は世界の宝」と題して講演した。
 旧鉾田町史の編集に携わった田村名誉教授は、徴兵を拒否して農業に精を出した明治時代の鉾田地域の農民魂をテーマに、憲法9条の大切さについて解説した。
 新憲法制定の動きについて「憲法19条の思想・良心の自由、21条の表現の自由を尊重すべきだ。個人の考えに高い価値を置き、国としての良心的兵役拒否を宣言した憲法を忠実に守る努力をしていく必要がある」と強調した。【岩本直紀】

「暴力で平和築けぬ」 イラク帰還米兵 ウールソンさん講演 憲法9条 堅持訴え 熊本市
[2008年8月12日 10:39 西日本新聞]

 「平和は暴力では築けない。憲法9条のメッセージを世界中に発信していってほしい」。イラク戦争に従軍した元米兵のアッシュ・ウールソンさん(26)が10日夜、熊本市手取本町の県民交流館パレアで講演し、戦地での体験を交え、平和への思いを訴えた。
 ウールソンさんは、米ウィスコンシン大学に在学中、学費返済のため州兵に入隊。2003年5月から04年4月までイラクで従軍した。帰国後「イラク帰還反戦米兵の会」に参加し、反戦運動に取り組んでいる。
 今回の講演は全国約60カ所をウールソンさんが講演して巡るキャラバンの一環。同市の市民団体「子育て・教育九条の会」が主催し、約80人が耳を傾けた。
 講演でウールソンさんは、「イラクに行くまでは正当化される戦争もあると思っていた」と当時の心境を回顧。イラクで一般市民に銃口を向けた経験を紹介し「人間らしい感情を失っていた」と振り返った。
 また、戦争放棄をうたう日本国憲法9条が防衛費の増額や改憲論の高まりなどで「危機にさらされている」と指摘。「平和を守るために、みんなで憲法9条を守っていってほしい」と参加者に呼び掛け、講演を締めくくった。
 会場には若い世代も多く参加。熊本市池亀町の会社員前田佑介さん(23)は「同世代の生の体験談を聞き、あらためて戦争が幸福を奪う残酷なものだと感じた」と話した。
 ウールソンさんは13日に人吉市の東西コミュニティーセンター(午後1時)、熊本市坪井の明篤館(午後6時半)でも講演する。参加費は500円(15歳以下は無料)。

「平和は暴力では築けない」 「戦争で人間性が失われる」 福岡市 イラク戦争従軍の元米兵
[2008年8月11日 01:59 西日本新聞]

 イラク戦争に従軍した元米兵アッシュ・ウールソンさん(26)の講演会が10日、福岡市中央区舞鶴の「あいれふ」であった。ウールソンさんは戦争の最前線の緊迫した状況と日本の平和憲法への思いを語り、「平和は暴力(戦争)では築けない。憲法九条の理念を世界に広めたい」と訴えた。
 市内各地の「九条の会」など17団体でつくる実行委の主催。約150人が参加した。
 ウールソンさんは大学在学中、学費返済のため州兵に入隊。2003年の開戦から1年間、イラク南部で士官の護衛車の運転手などを務めた。帰国後は反戦活動の一方、日本の平和憲法に関心を持ち、九条の会の活動などに参加している。
 ウールソンさんは「『イラクの子どもは手りゅう弾を投げてくる』と上官に言われ、食べ物をねだって戦車に近寄る子どもにも銃口を向けざるを得なかった」「護衛車がイラク人の8歳の少女とヤギをひき殺してしまったが、父親に少女の分で100ドル、ヤギ1頭につき200ドルを代償として払っただけだった」といった体験を披露。「戦争は自分たちが人間であることを忘れさせてしまう」と述べ、反戦を訴えた。

イベント:平和や憲法の大切さ考えよう 9条の会、大分市で催し/大分
[毎日新聞 2008年8月11日 地方版]

 平和や憲法の大切さを考えるイベントが10日、大分市の竹町ドームであった。約50人が参加。9条音頭を披露し、リレートークもあった。
 昨年6月結成の「大分市南西部9条の会」の主催。9条の会は04年、大江健三郎氏らが平和憲法を守る世論を多数派に、と設立。全国7000以上の地域・職場組織がある。
 憲法改定発議が可能となる国民投票法施行を2年後に控え、大分市南西部9条の会幹事の立川真隆さん(67)は「まさか、まさかで投票法ができた。声を上げないと『まさか』が現実になる」と話し、9条賛同署名を募った。大分市の女性(21)は「長崎の修学旅行で戦争の悲惨さを知った。二度と起きて欲しくない」と署名に応じていた。【深津誠】

08夏の伝言:戦争体験語り合う 九条の会貴志川、紀の川で平和のつどい/和歌山
[毎日新聞 2008年8月10日 地方版]

◇「無抵抗の弱い者がえらい目にあう」

 長崎への原爆投下から63年の9日、紀の川市貴志川町上野山の中貴志コミュニティセンターで「平和のつどい」が開かれた。約30人が参加し、戦争体験を語り合い、平和への願いを確かめ合った。
 平和憲法を守ろうと活動する市民グループ「九条の会・貴志川」(遠藤守代表)主催。疎開先での飢えやいじめについて語った小川美枝子さん(74)は「おなかを壊しても不調を訴えられなかった。食料を減らされてしまうから」と振り返り、「戦争は抵抗できない弱い者がえらい目にあうもの」と総括した。
 旧満州(中国東北部)で終戦を迎えた能島外雄さん(83)は、シベリア抑留について証言した。収容所では栄養失調で倒れる同僚が続出し、「朝起きたら隣のベッドで冷たくなっていた。裏山に埋めた戦友の遺体は夜の間にオオカミに食べられた」という。
 ある女性(82)は和歌山大空襲の1週間後に、徴用先の大阪の工場から帰ってきた。「顔を真っ黒にした人がぞろぞろ歩き、あちこちでトタンの下に死体が横になっていた」。自宅にたどり着くと、焼け跡に父親の毛筆文字。「家族は無事」。避難先で父母と再会し泣いて喜び合ったが、そばでは空襲で両親を失ったいとこが悲しみをこらえていた。「今、子供たちに『なぜ戦争に反対しなかったのか』と聞かれると言い訳もできない。怖かったんです。二度とあんなことにならないよう、力を合わせて戦争にはどうしても反対したい」と力を込めた。【奥村隆】

野田で「平和のための戦争展」
[asahi.com 2008年08月10日]

 戦争の惨禍と実相を多くの人に伝えようと、「平和のための戦争展・のだ2008」が9日、野田市中央公民館で始まった。10日まで、入場無料。広島・長崎に投下された原爆の悲惨さを伝える写真パネルや、出征する兵士が記した戦陣訓など戦中の資料、フィリピン戦死者慰霊碑巡拝の今夏の写真や資料などが展示されている。
 同展は、戦争語り部の会や野田・九条の会などで結成した実行委員会が主催し、昨年に続いて2回目。実行委の会長で、06年から野田市を中心に戦争語り部の会を開いている日佐戸輝さん(85)は「私たち戦争体験者が、一般の人に強く『戦争をやってはいけない』と言わなければならない責任がある」と話す。
 この日、催し物会場で、日佐戸さんの戦争体験語りや戦時中の飛行機工場のフィルム上映、ノンフィクションライター・島本慈子さんの「戦争と格差社会」と題した講演会などが行われた。
 10日も、午前10時から、水木しげるさんの戦争体験ドラマの上映、午後からは、野田市戦争語り部の会の語り、「被爆者からの伝言」の上映などが予定されている。

平和へ願い込めて 萩原で折り鶴・原爆写真展/岐阜
[中日新聞 2008年8月10日]

 下呂市萩原町の南飛騨はぎわら16館で6?8日「サダコと折り鶴・原爆写真展」があり、親子連れなどが戦争の悲惨さをあらためて実感した。
 九条の会・萩原の主催。原爆の被害や、広島で被爆し、折り鶴に回復への願いを込めながら12歳で亡くなった佐々木禎子さんなどをパネルで紹介。原爆を記録した映画「ヒロシマ・ナガサキ」も上映された。
 折り紙も用意され、子どもたちが母親に教わりながら丁寧に折り鶴を作った。鶴は広島の平和祈念館に送り、禎子さんをモデルにした「原爆の子の像」の前に飾られる。 (福本雅則)

長崎原爆の日:県内の教会や寺、一斉に平和の鐘/静岡
[毎日新聞 2008年8月10日 地方版]

 63年前に長崎に原爆が投下された時刻の9日午前11時2分に合わせて、各地の教会や寺で「平和の鐘」が鳴った。沼津市では、「ぬまづ憲法9条の会」などの呼びかけに応じた約30カ所で鐘が一斉に打ち鳴らされた。
 同市本郷町、カトリック沼津教会では鐘を突く前に平和集会(香陵憲法9条の会主催)が開かれ、約40人が参加。アダム・ジェラール司祭(61)が「尊い命が無差別に奪われたことを忘れず、子供たちに伝えたい。平和憲法を守るだけでなく非武装、慈愛の道をつくらなければならない」と語りかけた。
 長崎生まれで父と兄を原爆で亡くした茨城県つくば市の作家、鶴文乃さん(67)が06年から提唱している「平和の鐘・一振り運動」に賛同した取り組み。【安味伸一】

子どもを守る9条の会発足
[京都民報 2008年08月08日 14:52]

 京都子どもを守る会は6日、京都教育文化センター(京都市左京区)で「子どもを守る9条の会」が発足しました。連日の猛暑にも関わらず約30人が参加しました。
 檀王法林寺の信ヶ原雅文住職が、命の尊さと平和の大切さについて講演しました。
 参加者らは「戦争と平和について」というテーマで懇談し、「子どもの幸せを今こそ見守っていきたい」という発言に、平和が一番大切だと話し合いました。
 日本共産党の石村かず子京都3区代表は「今こそ子どもたちの命と平和を守るために、手をつなぎ広げましょう」と発言しました。
 平和を願うのにふさわしい「さとうきび畑」のフルート演奏を聞き、子どもたちの幸せを願って「憲法九条五月晴れ」「願い」を合唱しました。(浅井明美)

広島原爆忌:胸につかえた63年間の思い 園城寺で平和祈願法要/滋賀
[毎日新聞 2008年8月7日 地方版]

◇佐藤さんが被爆体験を証言――僧侶や住民ら不戦誓う

 広島への原爆投下から丸63年の6日、「原爆犠牲者慰霊・世界平和祈願法要」が大津市園城寺町の園城寺(三井寺)で営まれ、100人余りが参加した。僧侶や地域住民らが不戦を誓い、世界平和を祈願して風船約3000個を空に放ち、被爆体験談に耳を傾けた。【森田真潮】

 法要では、参列者が原爆犠牲者や戦没者の冥福を祈り、原爆投下時刻の午前8時15分から黙とう。「世界中の人々の心と心がつながりますように」などの文言が書かれた短冊付きの風船を青空に放った。福家俊明長吏は読経後、「原爆肯定のような発言を聞く一方、将来に思いをはせ63年前の原爆被害や沖縄のことを思うと、いてもたってもいられない」と述べた。
 その後、原爆投下当時、女子挺身(ていしん)隊員として爆心地から約2・6キロの陸軍被服支廠(ししょう)に勤務していた佐藤泰子さん(80)=広島県廿日市市=が、同寺観音堂内で自身の体験を証言した。
 佐藤さんは被爆の様子を「ボッと音がして、青白い光が来た。その後、ドカーンと音がして、鉄の扉があめのように曲がっていた。自分のいる建物に爆弾を落とされたのだと思った」と話した。
 さらに、佐藤さんは被服支廠に、けが人が次々に運び込まれ、その中に佐藤さんの近所の中学生もいたことを紹介。佐藤さんは彼に「三宅等(ひとし)」と名前を聞き、帰りに家族に知らせると、翌日、三宅さんの家族が自宅に来て、佐藤さんに被服支廠への案内を頼んだ。しかし、佐藤さんは自分の家族と一緒にいたいため断ったといい、「63年間、胸につかえた思い」と涙ぐみながら話した。

  ◇  ◇  ◇

 一方、この日、同寺で、「滋賀・九条の会」主催の「県民のつどい」も開かれ、大津市長等2、平野喜三さん(87)が旧満州(中国東北部)で迎えた敗戦時の混乱や、過酷なシベリア抑留の様子を証言した。
 また、同会は同日の呼びかけ人会で、3人いる共同代表のうちの1人が死去したため、大津市在住の渡辺久丸・島根大名誉教授(69)を選んだ。

9条のおかげで戦死者出していない! 夜久野9条の会
[京都民報 2008年08月07日 13:41]

 「夜久野9条の会」は広島に原爆が投下された6日、福知山市夜久野町板生の瑞林寺(村尾春雄住職)で平和の鐘つきと戦争と平和を考えるつどいを開き、24人が参加しました。
 午前8時15分、一人ずつ鐘をつき、原爆犠牲者の冥福を祈りました。その後、寺の本堂で太平洋戦争の実録映画を鑑賞。村尾住職は「太平洋戦争で日米とも多くの死者を出したが、アメリカはその後もベトナム、イラクなどで多くの戦死者を出している。日本は憲法9条のおかげで戦後、一人の戦死者も出していない。この平和憲法を今後も守って行かねばならない」とあいさつしました。
 福知山市梅谷在住の細谷陽一さん(72)が「満蒙開拓団と細谷一家の犠牲」について体験を語りました。細谷さんは昭和13年に家族で渡満。終戦の 20年9月、現地で襲撃を受けるなど、7人の家族のうち4人が次々と亡くなっていった辛い思い出を涙ながらに語り、「国民の耳目を閉ざし、国民を戦争に導いた戦前の翼賛体制から教訓を引き出し、今こそ日本国憲法の生きる政治を進めよう」と訴えました。
 戦争体験者の夜久廣さん(93)は「今後、日本は武器を持って海外へ行くことがあってはならない」と話していました。(夜久弘明)

原爆展:戦地の父からの手紙集 大崎・吉野作造記念館で公開――きょうから/宮城
[毎日新聞 2008年8月6日 地方版]

 戦時中、フィリピンに軍政要員として赴任した父親が涌谷町の留守家族に毎日のように送ったクレヨン画付きのはがきや手紙をまとめた私家版のはがき画集と手紙集が、6日から大崎市古川の吉野作造記念館で開かれる「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の一角に展示される。題して「戦地から家族を支えた父の贈り物」。家族への愛情と現地の風物、人々への優しいまなざしが漂う。【小原博人】

◇滞在先マニラの様子、はがき画200点に描く

 展示するのは「古川憲法九条の会」世話人の1人、氏家洋子さん(65)。「贈り物」は、1943(昭和18)年3月?45年5月、警察官だった父・小川一郎さんが陸軍司政官として滞在したマニラから送った手紙やはがき画を、氏家さんの長兄の幸直さん(故人)が戦後50年に際して編集製本し、兄弟や親族に配布した。
 手紙集は600ページを超え、はがき画は大判のアルバムに約200点を収めている。「聖戦への心意気」「決戦下の生徒の本分」など以上に、「午睡風景」「靴磨きの少年」「目の大きな母と子」など現地の人々の様子を見たなりに画付きで紹介。軍国調通信文の域を超えている。
 氏家さんは「父は私が生まれて1週間目に赴任した。終戦後も帰還せず、長兄らによると、50年に帰ってきた白木の箱には『昭和20年5月、マニラで35歳で戦病死』の板切れ1枚だった」と振り返る。幸直さんは手紙集の序に「聖戦が残した結果のなんと情けないことか」と記している。原爆展は15日まで。無料。

秋田の市町村長経験者ら12人 9条守る会結成
[河北新報 2008年08月06日水曜日]

 憲法九条の改正に反対する秋田県の市町村長経験者らが5日、「憲法九条を守る秋田県市町村長の会」を結成した。同会によると、首長経験者による九条を守る会は、宮城県に次いで全国2番目という。
 呼び掛け人は、元横手市長の千田謙蔵氏ら元市町村長8人で、このほか現職の鈴木俊夫湯沢市長と3人の元市町長経験者が会に加わった。
 同会は今後、県民を対象とした集会を開いたり、護憲を守る会など県内約50の関連団体と連携し、改憲反対の運動を広げていく方針。
 2004年に作家の井上ひさし氏や大江健三郎氏ら9人が集まって発足した「九条の会」のアピールに賛同しており、政治活動とは切り離し、一党一派に偏らず、賛同者を募る。
 呼び掛け人代表の千田氏は「会に賛同する各市町村長は、それぞれの自治体で平和や暮らしを守ってきた自負がある。全国で憲法九条を守る動きは広がっており、会を結成する好機と考えた」と話している。

井上ひさしさん9日米子で講演/鳥取
[朝日新聞 マイタウン鳥取 2008年08月06日]

 「米子九条の会」は9日午後1時半から米子市角盤町2丁目の市公会堂で文化講演会「いま私が思うこと、伝えたいこと」(朝日新聞米子支局など後援)を開く。「子どもにつたえる日本国憲法」を著した作家井上ひさしさんを招き、コーラスグループ「ゴスペルオーブ」も出演する。入場無料。
 「九条の会」はノーベル賞作家大江健三郎さんや井上さんらが04年6月、憲法9条改憲の動きに警鐘を鳴らそうと立ち上げ、賛同する市民が「九条の会」を全国で発足させ、現在では約7千団体を数えるという。米子では05年9月11日、弁護士ら130人が呼びかけ人になって発足。反戦平和運動に参加している音楽評論家湯川れい子さんや「冤罪はこうして作られる」を著した刑事訴訟法学者小田中聰樹さんらを招いた講演会、日本国憲法誕生の真相に迫る映画「日本の青空」の上映会を開くなどしてきた。会員は500人を超え、今回の講演会は設立3周年記念イベントとして企画。長崎に原爆が投下された8月9日に計画した。当日は臨時託児所を設ける。

平和・いのち・暮らし 山階9条の会
[京都民報 2008年08月04日 17:36]

 「山階9条の会」の結成3周年を記念して「平和・いのち・くらし山階のつどい」が3日山科区内で開かれ、105人が参加しました。
 「イラクへの自衛隊派兵は違憲」の判決を勝ち取った西川研一弁護士が、米軍のイラクに対する爆撃などのスライドを上映しながらイラクの現状について語りました。また、ガソリン1リットルで車は6から7キロ走るが、戦車は200メートルほどしか走らないことを挙げ、戦争が地球温暖化につながっていることを指摘しました。
 市民共同法律事務所の中村和雄弁護士が07年の市長選を戦った経験から、「国保料の引き下げ、保険証取り上げ中止は憲法25条を保障するもの」「憲法 27条を保障するための自給1000円条例」など暮らしの中に憲法を生かすことを重視して提案した政策について話しました。
 唐橋診療所所長で反核医師の会創立世話人の足立明医師は、原子力発電の問題点や乳がんとの関係、原爆訴訟について話しました。

憲法9条:金沢の市民グループ、看板を設置/石川
[毎日新聞 2008年8月3日 地方版]

 憲法9条の大切さを広く訴えようと、金沢市の市民グループ「小立野・犀川ロード九条の会」(会員約200人)が2日、金沢市笠舞3の幹線道路沿いに意見看板を設置した。
 高さ2.7メートル、幅1.2メートルで、「憲法9条世界の宝 子どもたちに平和な未来を」と大書。同会は2年前から毎月「9」の付く日の朝、会員が辻々に立ち、のぼりで9条堅持を訴えている。この日は約30人が集い、合唱などで完成を祝った。【野上哲】

「九条」「平和」考えよう 作家の井上ひさしさん招き講演会
[山陰中央新報 2008/08/02]

 作家で劇作家の井上ひさしさんを講師に招き、憲法九条について考える講演会が九日午後一時半から、米子市角盤町一丁目の米子市公会堂で開かれる。入場無料。
 憲法九条を守る活動を続ける「米子九条の会」が主催する。
 井上さんは小説、戯曲の執筆や、劇団こまつ座の代表一方で、護憲派の論客としても長年にわたり活躍。当日は「今私が思うこと、伝えたいこと」と題した井上さんの講演のほか、地元のコーラスグループ「ゴスペルオーブ」のステージもある。
 会場には託児所あり。問い合わせは高橋敬幸法律事務所内の米子九条の会事務局。

戦争体験語り継ぎたい 左京平和の夕べ
[京都民報 2008年07月30日 12:30]

 第4回憲法9条を守る左京平和の夕べ(主催は同実行委員会)が27日、高野東開キ児童公園で開かれ約500人が参加しました。
 仏教大学の学生らでつくるBUピースアクションが、「戦争体験者が高齢になっている中で、私たちが聞いた戦争体験を伝えなければと思っていましたが、話を聞き学んでいく中で『伝えなければ』から『伝えたい』という気持ちに変ってきました。これからもがんばります」と発言し会場から大きなな拍手が送られました。
 今年も焼きそば、ネギ焼き、かき氷、イカ焼き、冷やしうどん、カレー、フランクフルトなどの模擬店がならびました。舞台では、地域9条の会や各団体からのリレートーク、シンガーソング僧侶の鈴木君代さんのライブ、学童有志による太鼓、京自教労組の合田バンドのライブ、ぞうれっしゃの組曲など多くの出演者と盛りだくさんの内容で、子どもから大人まで楽しみ、平和についてふれるまつりとなりました。(松原秀樹)

映画鑑賞会:特攻隊の秘話描いた「あの遠い夏の日があった」――来月2日/滋賀
[毎日新聞 2008年7月26日 地方版]

◇「九条の会」上映後に座談会も――八日市図書館

 大戦末期の特攻隊の秘話を描いた映画「あの遠い夏の日があった」(高田拓土彦監督)を、戦争を知らない人たちにも見てもらおうと、東近江「九条の会」(代表、大西晃さんら)が8月2日、東近江市金屋の市立八日市図書館で鑑賞会を開く。同会のメンバーらとの座談会も予定しており、同会では「ぜひ足を運んで」と来場を呼び掛けている。
 軍が生き残った特攻兵を、再教育するという大義名分のもとに「振武寮」という寮に収容、軟禁虐待した特攻隊の隠された史実を映画化。一昨年、青森映画祭で上映され話題を呼んだ。京都府舞鶴市や県内では野洲市でも昨年上映された。
 同会員の中には、現在の東近江市内にあった陸軍八日市飛行場跡や、同市五個荘地区の街並みが、過去の特攻隊映画のロケに使われたことを記憶している人もいた。今回の映画の中で、特攻隊の“不名誉”な結果を封じる「振武寮」があったことを知り、ぜひこの東近江でも上映会を開こうと企画した。
 上映時間120分。午前10時と午後2時から2回上映。映画会の後、同会のメンバーと来場者数人の座談会を開く。祖国や親を思い、出撃して行った特攻隊員の思いを振り返りながら、真の平和とは何か、そのために何をなすべきかなどを語り合うことにしている。【斎藤和夫】

日本を戦争できる国にしない ママ友9条の会1周年
[京都民報 2008年07月23日 11:09]

 ママ友9条の会は20日、結成1周年の学習会を京都市西京区の西京区役所で開きました。
 講師の広橋澄子さん(立命館大学国際平和ミュージアムのボランティアガイド)は、「母は体が弱いのに、産めよ増やせよで7人の子どもを産んだが女の子ばかりで肩身の狭い思いをしました。当時2歳だった妹が餓死した時、小さな遺体を入れた柳行李を抱いて離さない母の姿が忘れられません」と幼少期の戦争体験を語りました。
 そして、「どうして戦争が起こったのか。被害だけでなく、中国に攻めていった日本の加害の歴史から知ることが大事」と強調し、改憲の動きを批判。「憲法9条が変わるということは日本だけの問題ではありません。日本を戦争のできる国にしないために私達1人ひとりが知ったことを1人ひとりに伝えていくことが大事です」と述べました。(高田裕美)

Similar Articles:

Tags:

Print This Post Print This Post

人気ブログランキングに参加しています。よかったらクリックしてください。

Trackback This Post

http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2008/08/15214257/trackback/

Leave a Reply