幕末には佐賀が一番の先進藩だった?!

毛利敏彦『幕末維新と佐賀藩』(中公新書)

毛利敏彦氏の『幕末維新と佐賀藩』(中公新書)を読み終わりました。

帯にもあるとおり、明治維新をもたらした「薩長土肥」の雄藩のなかで、一番マイナーな佐賀藩。しかし、実は幕末・維新期には、佐賀藩が一番の先進藩だったという、ちょっと意外な話です。

それは、西洋式の鉄製大砲の製造において、佐賀藩が断トツの技術を持っていたということ。嘉永6年(1853)、浦賀沖にアメリカのペリー艦隊が現われ、幕府に対して国書を提出して、いったん引き上げますが、著者は、幕府がその直後に江戸湾警固のための鉄製大砲200門の製造を佐賀藩に依頼したことに注目。もともと武威で天下統一をはたした徳川幕府が、藩に軍事援助を乞うというのは、「客観的には征夷大将軍の武威に致命的な傷をつけ、実に徳川幕藩体制の崩壊はここにはじまったといえる」出来事だからです(iv)。

ということで、前半は、軍事力と外交権を中心にしながら、幕末?維新にいたる時期の政治過程を、佐賀藩主・鍋島斉正の動きを中心におっかけています。幕末・維新期にはなぜ幕府が慣例を破って諸藩に意見を徴したり、天皇に条約勅許を求めるようなことをやったのか、なぜ尊皇攘夷で始まった明治維新が開国に終わったのか、などなど、わかりにくい話がいくつもありますが、そこを西南雄藩と幕府、朝廷をめぐる政治過程に話を絞ることで、ずばずばと整理してゆきます(ただし、著者は法制史研究者であるため叙述は政治史的な側面に限られており、幕末・明治維新の全体を理解するために不可欠な社会経済史的な側面はまったく触れられていません)。

他方、後半は、江藤新平を軸にした話。こちらは、残念ながら、江藤新平が「佐賀の乱」で死罪にならなければよかったのに…式の話で、話が平板になっています。「明治6年政変」(西郷隆盛が「征韓論」を唱えて、政権から退いたとされる事件)についての著者独自の見解などもあって、そのあたりの評価はちょっと保留しておきますが、鉄製大砲製造技術に着目して、幕末・維新変革過程にはたした佐賀藩の役割に着目したのは、なかなか渋い(通をうならせる)着目点です。

著者も参考書にあげていますが、新日本出版社からは長野暹『佐賀藩と反射炉』(新日本新書、絶版)などという超渋い本があります。

長野暹『佐賀藩と反射炉』(新日本新書)

終章では、この時期の「民族的危機」についても著者は論じています(208ページ?)。その結論はともかく、幕末・維新期を1つの「民族的危機」としてとらえるという立場を明確にされているのは、大事な点だと思います。

【書誌情報】
著者:毛利敏彦(もうり・としひこ)/書名:幕末維新と佐賀藩――日本西洋化の原点/出版社:中央公論新社(中公新書1958)/発行:2008年7月/定価:本体760円+税/ISBN978-4-12-101958-5

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