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追悼 吉岡吉典さん

2009年3月2日 at 22:09:00

日本共産党の元参議院議員の吉岡吉典さんが、昨日、韓国で亡くなられました。ソウルで開かれた3・1独立運動のシンポジウムで報告をされたあと、心臓発作で倒れられたそうです。

共産党元参院議員の吉岡吉典さん急死(朝日新聞)

吉岡さんは、安保・日米同盟論や日本の侵略戦争の問題で、事実を徹底的に調べて骨太い論を組み立てる論客で、本が出たらともかく買って読むと僕が決めている数少ない人のうちの1人でした。

昨年11月、上田耕一郎元共産党副委員長の「お別れの会」で、吉岡さんは「初めて赤旗記者になったとき、上田さんからは、赤旗記者たるもの主要新聞と月刊誌はみんな目を通さなければならない、と言われた」と語っておられました。それを聞いて、まだまだ吉岡さんは仕事をされるつもりだし、自分もそれに倣わなければならないと思ったばかりです。

本当に残念でなりません。心からご冥福をお祈りしたいと思います。

共産党元参院議員の吉岡吉典さん急死

[asahi.com 2009年3月2日11時31分]

 吉岡 吉典さん(よしおか・よしのり=元共産党参院議員) 1日、訪問先の韓国・ソウルで、心筋梗塞(こうそく)で死去、80歳。葬儀は未定。
 赤旗編集局長を経て、86年に参院比例区で初当選。3期務め、04年に引退した。党政策委員長、参院議員団長などを歴任した。ソウルに同行した関係者によると、吉岡さんは、日本統治下の朝鮮半島で19年3月1日に始まった「3・1独立運動」のシンポジウムで講演。その後の夕食会で倒れたという。

【追記】

吉岡さんの主な著書は、以下のとおりです。(国会図書館のデータベースによる)

  1. 『総点検 日本の戦争はなんだったか』(新日本出版社、2007年4月)
  2. 『「日米同盟」と日本国憲法』(下町人間総合研究所、2004年9月)
  3. 『史実が示す日本の侵略と「歴史教科書」』(新日本出版社、2002年5月)
  4. 『資料集 20世紀の戦争と平和』(新原昭治氏と共編著、新日本出版社、2000年8月)
  5. 『日清戦争から盧溝橋事件』(新日本出版社、1998年4月)
  6. 『日本の侵略と膨張』(新日本出版社、1996年2月)
  7. 『侵略の歴史と日本政治の戦後』(新日本出版社、1993年1月)
  8. 『戦後半世紀の日本の政治』(新日本出版社、1991年12月)
  9. 『歴史に学ぶもの逆らうもの』(新日本出版社、1988年12月、新日本新書)
  10. 『日本型ファシズムと革新の展望』(新日本出版社、1987年2月、新日本新書)
  11. 『戦後軍縮交渉と核問題』(新日本出版社、1985年7月、新日本新書)
  12. 『いまなぜ国家機密法か』(新日本出版社、1985年11月)
  13. 『転機に立つ日本の政治』(新日本出版社、1984年10月)
  14. 『軍縮・平和・安全への道』(新日本出版社、1983年10月)
  15. 『レーガン政権下の日米軍事同盟』(新日本出版社、1983年3月)
  16. 『危機に立つ社会党』(新日本出版社、1982年6月)
  17. 『日米関係の実像』(学習の友社、1981年12月)
  18. 『安保再改定論と日本の安全』(大月書店、1981年2月)
  19. 『韓国をみる視点』(白石書店、1980年11月)
  20. 『日本共産党アメリカを行く』(白石書店、1980年4月)
  21. 『有事立法とガイドライン』(新日本出版社、1979年4月)
  22. 『日米安保体制論』(新日本出版社、1978年1月)

こちら↓が、同じく国会図書館のデータベースから引っ張り出した吉岡氏の論文リスト。このほかにもたくさん書かれていますが、国会図書館の収録雑誌から漏れたものや、「しんぶん赤旗」などに書かれたものは含まれていません。単行本に収録されているものも含まれます。

  1. 安保体制は日本に何をもたらしたか(『人権と部落問題』2008年5月号)
  2. レッド・パージと戦後の労働運動――反共主義とのたたかいの歴史的、今日的意義を考える(『労働総研クォータリー』2007年夏季号)
  3. ILO創設と日本政府の対応(『経済』2007年11月号)
  4. 7・7事件70周年を迎える世界と日本の状況(『前衛』2007年8月号)
  5. 日本軍国主義のアジア侵略とアジア認識――欧米崇拝と大国主義・優越思想、アジア蔑視はどのようにして形成され、今日にいたったか(『季刊中国』2006年冬季月号)
  6. 遺族座談会 息子は自衛隊に殺された(『金曜日』2006年8年4月号)
  7. アメリカの占領政策とレッド・パージ――被害者の名誉回復を、誤りは正して歴史をすすめねばならない(『前衛』2006年3月号)
  8. 日中関係と憲法改悪(『季刊中国』2005年春季月号)
  9. アジアに対する侵略戦争と戦後政治の問題――平和憲法改悪(『季刊中国』2005年冬季月号)
  10. 座談会:歴史認識と東アジア(大日方純夫氏、石山久男氏との討論、『経済』2005年12月号)
  11. 「日本の戦争」美化論が抹殺する戦争の真実(『前衛』2005年9月号)
  12. 日韓関係の現状に考える――植民地支配の反省なき戦後(『前衛』2005年6月号)
  13. シンポジウム:戦後日本の進路と対外関係(牧野富夫氏、小西一雄氏他、『経済』2005年4月号)
  14. 補論 戦前・日本帝国主義のアジア侵略と歴史問題(『経済』2005年4月号)
  15. 「戦争のない世界」をめざす歴史的到達点――憲法第9条を守りぬくために(『前衛』2004年12月号)
  16. インタビュー なぜ自主性のない“安保絶対”の国か(『前衛』2004年1月号)
  17. 特異な対米追随は日本をどこにみちびくか(『前衛』2003年10月号)
  18. 論点 「創氏改名」はどう強制されたか(『前衛』2003年8月号)
  19. 見なおし迫られる対米追随外交(『前衛』2002年12月号)
  20. 周辺事態への参戦体制確立めざす「有事法制三法案」(『経済』2002年7月号)
  21. ソ連崩壊後の安保の変容と21世紀の日本(『前衛』2002年6月号)
  22. 政治家の本棚 新聞を創刊号から全部読むと(『一冊の本』2002年1月号)
  23. 柳条湖事件70周年によせて――「新しい歴史教科書」問題とも関連させて(『季刊中国』2001年秋季月号)
  24. アジアとどう仲良くするか――孤立深める日米軍事同盟強化と侵略戦争合理化(『前衛』2001年9月号)
  25. 映画「プライド」と日本の中国侵略――映像と史実の対比は何を明らかにするか(『前衛』1998年8月号)
  26. 義和団戦争から盧溝橋・南京大虐殺へ(『前衛』1998年1月号)
  27. 盧溝橋事件60周年によせて(『季刊中国』1997年6月号)
  28. 「戦後50年」のなにが問題か――戦後50年と「不戦決議」の根本問題(『前衛』1995年6月号)
  29. 戦前日本の侵略と膨張――細川首相の「侵略戦争」発言によせて<下>(『前衛』1994年3月号)
  30. 戦前日本の侵略と膨張――細川首相の「侵略戦争」発言によせて<中>(『前衛』1994年2月号)
  31. 戦前日本の侵略と膨張――細川首相の「侵略戦争」発言によせて<上>(『前衛』1994年1月号)
  32. 日本支配層の「戦後政治の原点」とは何だったのか――戦後50周年をあと2年後にひかえて(『前衛』1993年9月号)
  33. 戦争と戦前政党史の今日的教訓――ことしの12・8を考える(『前衛』1992年12月号)
  34. 千島をめぐるスターリン、ルーズヴェルトのかけひきと日本(『文化評論』1992年9月号)
  35. 三たび歴史の教訓にそむくのか――冷戦後の世界と日米関係(『前衛』1992年8月号)
  36. 行き詰まる自民党政治――農村でも――深まる宮沢内閣の矛盾、その国民的打開の道(『あすの農村』1992年3月号)
  37. 自民党政治の矛盾と革新多数派結集の展望(『前衛』1992年2月号)
  38. 戦後日本政治とA級戦犯――太平洋戦争開始50周年にさいして(『文化評論』1992年1月号)
  39. 現在の政治戦線・政党の現状と日本共産党(『前衛』1991年7月号)
  40. 太平洋戦争開始50周年にさいして(『文化評論』1991年7月号)
  41. 旧皇室法令はなぜ生き残ったか――「即位の礼」「大嘗祭」の時代錯誤(『文化評論』1990年12月号)
  42. 90年代の情勢と日本共産党――国民が「国の主人公」、軍事ブロック解体、政治戦線の状況を中心に(『前衛』1990年11月号)
  43. 過去の“反省”とはどういうことか――朝鮮人強制連行者名簿問題を中心に(『文化評論』1990年8月号)
  44. 日本の政治情勢をどうみる――〔日本共産党〕党大会・中央委員会決定を学ぶために<下>(『前衛』1988年9月号)
  45. 日本の政治情勢をどうみる――〔日本共産党〕党大会・中央委員会決定を学ぶために<上>(『前衛』1988年8月号)
  46. アジア侵略合理化論と戦後史(『文化評論』1988年8月号)
  47. 竹下政権をどう見るか(『文化評論』1988年1月号)
  48. 労働戦線の右翼再編と政治戦線(『前衛』1987年9月号)
  49. 2年間の情勢の発展と核兵器廃絶の力(『前衛』1987年8月号)
  50. 中曽根政治はいかに審判されたか(『文化評論』1987年6月号)
  51. 革新の展望はどこにあるか――同時選挙後の情勢がしめすもの(『前衛』1987年1月号)
  52. 選挙結果と革新勢力の課題――吉岡吉典氏に聞く(『労働運動』1986年8月号)
  53. 歴史の岐路と日本共産党――参議院選挙の意義と争点(『前衛』1986年4月号)
  54. 「農業を基幹的生産部門に」――ますます生命力発揮する党綱領――吉岡吉典政策委員長に聞く(『あすの農村』1986年2月号)
  55. 「戦後総決算」路線の危険な道――中曽根政治の背景と矛盾(藤原彰、山口 正之氏との討論、『前衛』1985年11月号)
  56. 国際シンポジウム:核戦争阻止、核兵器廃絶 いまこそ核兵器廃絶を前面にかかげて――戦後40年の歴史の検証をふまえて(『前衛』1985年9月号)
  57. 国際シンポジウム:核戦争阻止、核兵器廃絶 日本共産党・第一発言(『前衛』1985年9月号)
  58. 戦後軍縮交渉と核廃絶の課題(『前衛』1985年5月号)
  59. 核兵器廃絶と科学的社会主義の立場――日ソ両党共同声明とその政治的・理論的基礎(『季刊科学と思想』1985年4月号)
  60. 中曽根新体制と日本共産党(『前衛』1985年1月号)
  61. 第2次中曽根内閣と各党――84年の政局展望(『前衛』1984年3月号)
  62. 社会党の危機と石橋路線――果たして「再生」につながるか(『前衛』1984年1月号)
  63. ひろがる田中判決・田中所感の衝撃と怒り(『文化評論』1983年12月号)
  64. 中曽根所信表明のカラクリ(『文化評論』1983年11月号)
  65. 金権・田中角栄の原点と自民党(『文化評論』1983年10月号)
  66. 国政、地方政治をめぐる争点と選択――日本共産党の主張(金子満広氏との共著、『前衛』1983年9月号)
  67. “ロンとヤス”の関係はいま――強まる米の対日要求(『文化評論』1983年9月号)
  68. 中曽根首相の“ウソつき”発言の周辺(『文化評論』1983年8月号)
  69. 中曽根首相の2つの顔(『文化評論』1983年7月号)
  70. 赤信号ともった中曽根政権(『文化評論』1983年6月号)
  71. “与党化”を原理として動く反共野党(『文化評論』1983年5月号)
  72. “変身”せまられるレーガンと中曽根(『文化評論』1983年4月号)
  73. 異常づくめの中曽根訪韓(『文化評論』1983年3月号)
  74. シンポジウム「日本共産党の60年」は語る(『前衛』1983年2月号)
  75. 中曽根政権をみる視角(『文化評論』1983年2月号)
  76. 危機と転換の時代(『文化評論』1983年1月号)
  77. 鈴木退陣表明――2つの背景(『文化評論』1982年12月号)
  78. 「新日本軍国主義」と韓国(『文化評論』1982年11月号)
  79. 徹底討論 教科書問題と戦後政治の原点(藤原彰氏、本多公栄氏と、『前衛』1982年10月号)
  80. 延長国会――4つの問題(『文化評論』1982年10月号)
  81. 国際理論シンポジウム 日本の情勢と革新統一戦線(『前衛』1982年9月号)
  82. 延長国会はどうなっているのか(『文化評論』1982年9月号)
  83. 揺れる韓国情勢を読む(『文化評論』1982年8月号)
  84. “官僚受難”の時代(『文化評論』1982年7月号)
  85. 軍縮の系譜と現代の課題――軍縮論の歴史的背景(『前衛』1982年6月号)
  86. 総理と政治は誰のものか(『文化評論』1982年6月号)
  87. 先鋭化するレーガンの対日要求(『前衛』1982年5月号)
  88. 間違いだらけの日本「防衛」論(前田寿夫氏との対談、『文化評論』1982年5月号)
  89. だれも化かせなかった“減税”政治決着の“化け物”(『文化評論』1982年5月号)
  90. 復権か復讐か――田中角栄の“生きがい”(『文化評論』1982年4月号)
  91. “2つのおどし”で動く鈴木政治(『文化評論』1982年3月号)
  92. 世界史の流れと82年の日本(『文化評論』1982年2月号)
  93. 80年代の政治動向を予測する――各紙第一線政治記者座談会(『文化評論』1982年2月号)
  94. 自民党のお座敷まつ公明党(『文化評論』1982年1月号)
  95. 変転のなかの日本外交――日米首脳会談からサミット、日韓へ(『文化評論』1981年10月号)
  96. 日米首脳会談の焦点――対米「自主性」の装いと打算(『文化評論』1981年6月号)
  97. 「社公民」はどこへ行く(清水慎三氏、増島宏氏との座談会、『文化評論』1981年4月号)
  98. 反動攻勢下各党はいかに変位したか(『前衛』1981年3月号)
  99. 日本の真の安全保障の道――独立、平和、中立・自衛の政策展望(『前衛』1980年12月号)
  100. アメリカの対日要求と日本の安保・外交姿勢(『前衛』1980年10月号)
  101. 特集:金大中、そして韓国と日本 韓国の事態をどうみるか(『民主文学』1980年10月号)
  102. シンポジウム 選挙結果と、各党の政権論(『文化評論』1980年8月号)
  103. 非同盟・中立・自衛の日本をめざして――日米安保条約に危険な局面(『季刊世界政経』1980年7月号)
  104. 日米軍事同盟の現段階――60年安保20周年にあたって(『文化評論』1980年7月号)
  105. 社会党右転換の歴史的意味――社会党第44回大会を終わって(『前衛』1980年4月号)
  106. 日本共産党調査団アメリカを行く<10完>在韓米軍撤退問題と米中のかけひき(『文化評論』1980年4月号)
  107. 日本外交の新展開と80年代日米協調路線<下>(『前衛』1980年2月号)
  108. 日本共産党調査団アメリカを行く<9>米日韓 協調と対立の構図(『文化評論』1980年2月号)
  109. 日本外交の新展開と80年代日米協調路線<上>(『前衛』1980年1月号)
  110. 日本共産党調査団アメリカを行く<8>金大中事件と朴、キッシンジャー(『文化評論』1980年1月号)
  111. 日本共産党調査団アメリカを行く<7>中国のベトナム侵略の背後に(『文化評論』1979年12月号)
  112. 日本共産党調査団アメリカを行く<6>続・新段階へ向かう日米軍事同盟――国防情報センターでの取材(『文化評論』1979年11月号)
  113. 80年代めざす審判を前に――各党の路線と役割をつく 報告:自民党の80年代反動路線(『前衛』1979年10月号)
  114. 日本共産党調査団アメリカを行く<5>新段階へ向かう日米軍事同盟――ペンタゴンの取材から(『文化評論』1979年10月号)
  115. 日本共産党調査団アメリカを行く<4>支配層に底流する二つの潮流(『文化評論』1979年9月号)
  116. 日本共産党調査団アメリカを行く<3>今なおベトナム侵略の深い、傷跡が……(『文化評論』1979年8月号)
  117. アメリカの明暗と日本の役割――「世界における日米協力」の意味するもの(『前衛』1979年7月号)
  118. 日本共産党調査団アメリカを行く<2>(『文化評論』1979年7月号)
  119. 日本共産党調査団アメリカを行く<1>(『文化評論』1979年6月号)
  120. 黒い翼の下で――航空機疑獄の構図(『文化評論』1979年4月号)
  121. ここまできた“有事立法”の危険――現局面の重大性を訴える(『文化評論』1978年12月号)
  122. 日米軍事同盟と軍国主義復活――急進展の「有事立法」と自衛隊増強の背景は(『前衛』1978年10月号)
  123. “80年代安保”への胎動――カーター戦略と日本(『前衛』1978年9月号)
  124. 日米軍事同盟と米日韓――70年を境に軍事一体化へ急進する再編過程<下>(『前衛』1977年12月号)
  125. 日米軍事同盟と米日韓――70年を境に軍事一体化へ急進する再編過程<上>(『前衛』1977年11月号)
  126. 日米軍事同盟の第2段階(『前衛』1977年8月号)
  127. 日米軍事同盟の変貌――サンフランシスコ体制の発足から安保改定へ(『前衛』1977年6月号)
  128. サ体制成立の歴史的背景(『前衛』1977年5月号)
  129. 公明党の仮面をはぐ(河田貴志氏、河邑重光氏との討論、『前衛』1976年10月号)
  130. 座談会 現情勢と統一戦線の探究(『前衛』1976年5月号)
  131. 民社党大会の到達点と新しい役割――「保革連合」路線をめぐって(『前衛』1975年4月号)
  132. 各党の共産党「批判」にこたえる(『前衛』1974年3月号)
  133. 春日氏の「政府綱領提案」非難にこたえる――親米・親自民・非革新を鮮明にする春日談話(『前衛』1974年1月号)
  134. 民社党第17回大会が示したもの(『前衛』1973年7月号)
  135. 本質を露呈する田中外交――誤った議論にふれて(『前衛』1972年12月号)
  136. 資料と解説:安保条約下の事前協議(『前衛』1972年8月号)
  137. 資料と解説 ベトナム侵略戦争と安保条約――事前協議を中心に(『前衛』1972年7月号)
  138. 安保新段階と基地・自衛隊(『労働法律旬報』1972年7年10月号)
  139. シンポジウム サンクレメンテ会談と日本の政局(『前衛』1972年3月号)
  140. 天皇訪欧のねらいと内外の論調(『前衛』1971年12月号)
  141. 活発化する自民党の“改憲”策動(『前衛』1971年5月号)
  142. 軍国主義体制めざす4次防・防衛白書(『前衛』1970年12月号)
  143. シンポジウム 「野党再編」問題とその背景(『前衛』1970年11月号)
  144. “ジョンソン証言”とその公表のねらい(『前衛』1970年10月号)
  145. 在「韓」米軍削減構想の意味するもの(『前衛』1970年9月号)
  146. 日本独占資本の進出とアジアの“世論”(『前衛』1970年5月号)
  147. 朝鮮をめぐる情勢と安保条約――日米共同声明によせて(『前衛』1970年2月号)
  148. 吉田・アチソン交換公文、国連軍地位協定について(『前衛』1969年4月号)
  149. 70年闘争と社会党の「統一戦線論」批判(『前衛』1969年4月号)
  150. 国連での「朝鮮問題」討議と佐藤政府の策動(『前衛』1968年12月号)
  151. 米騒動50年:朝鮮の米騒動研究について(『労働運動史研究』1968年12月号)
  152. 第59臨時国会の問題点(『前衛』1968年10月号)
  153. 植民地朝鮮における1918年――米騒動と朝鮮(『歴史評論』1968年8月号)
  154. 公明党の安保「段階的解消」論批判(『前衛』1968年7月号)
  155. 自民党の「改憲」意図と倉石「発言」(『前衛』1968年4月号)
  156. 「朝鮮合併」と日本の世論<下>(『朝鮮研究』1968年4月号)
  157. 第1次佐藤内閣改造のねらい(『前衛』1968年2月号)
  158. 第2自民党としての民社党の実態と政策(『前衛』1968年1月号)
  159. 「日米共同責任」と佐藤外交(『前衛』1967年11月号)
  160. 新しい沖縄問題と返還運動の課題――労働者の政治読本<4>(『労働法律旬報』1967年11年5月号)
  161. 「韓国」訪問と佐藤内閣のアジア外交――世界と日本(『前衛』1967年9月号)
  162. 佐藤内閣のベトナム侵略戦争加担の実態(『前衛』1967年6月号)
  163. 核論議と佐藤内閣のねらい(『前衛』1967年4月号)
  164. 戦争と侵略の佐藤内閣(『労働法律旬報』1967年1月号)
  165. 本質を鮮明にした「日韓条約」の1年(『前衛』1966年11月号)
  166. 「日韓条約」をめぐる日本の思想(『朝鮮史研究会論文集』1966年11月号)
  167. 戦争に加担する佐藤内閣と労働者の課題(『労働法律旬報』1966年10月号)
  168. 外国人学校制度のねらうもの――付・学校教育法の一部を改正する法律案(『労働法律旬報』1966年8月号)
  169. 外国人学校制度のねらいと本質(『前衛』1966年6月号)
  170. 「反日教育」とはなにか(『文化評論』1966年6月号)
  171. 日韓新時代と歴史家の任務――「日韓国会」を傍聴して(『歴史評論』1966年3月号)
  172. 日韓人民連帯の伝統――日韓条約批准阻止闘争のために(『部落』17 1965年9月号)
  173. 在日朝鮮人の法的地位はどうなるか(『文化評論』1965年8月号)
  174. 危険な軍事条約・日韓基本条約(『労働法律旬報』1965年7年25月号)
  175. 「経済協力」の名による経済侵略(『労働法律旬報』1965年7年25月号)
  176. 在日朝鮮人の法的地位・処遇協定(『労働法律旬報』1965年7年25月号)
  177. 明治社会主義者と朝鮮――日韓会談反対闘争によせて(『歴史評論』1965年6月号)
  178. 日韓会談にたいする朴政権の論理(『朝鮮研究』1964年11月号)
  179. 南朝鮮学生闘争のめざすもの<下>(『朝鮮研究』1964年10月号)
  180. 南朝鮮学生闘争のめざすもの<上>(『朝鮮研究』1964年8月号)
  181. 関東大震災時の弾圧を研究する自衛隊、警視庁――世界と日本(『前衛』1963年11月号)
  182. 関東大震災時の虐殺事件に学ぶ2つの立場(『歴史評論』1963年9月号)

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2 Responses to “追悼 吉岡吉典さん”

  1.  吉岡吉典さんの訃報をこのブログで知りました。残念です。
     論文は丹念に調べ上げて書かれてましたよね。だいぶ、吉岡さんの論文にはお世話になりました。
     まだ、読んでない著書も残っています。
     また1人、日本共産党を支えてきた方が亡くなりました。さびしくなります。

  2. 参議院議員としては、特に平和、外交問題でつねに舌鋒鋭く自民政府を追及し、また、引退後は著作で平和と民主主義を説き、そして日米軍事同盟の危険性を鋭い筆鋒で暴いた。その精力的な活動に常々敬服し、大きな信頼を寄せていた革命家だった。こんなにも早く他界されるとは――驚き、悲しむばかりだ。心よりご冥福を祈ります。板橋区 大林克巳

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