津村記久子『ポトスライムの舟』

津村記久子『ポトスライムの舟』(講談社)

【追記】
津村記久子さんの作品について、ここで述べた評価は不正確でしたので、津村記久子『ポトスライムの舟』再論をお読みください。

先日の「朝日新聞」に津村記久子さんが書かれているもの[1]を読んで、初めて、芥川賞をもらった「ポトスライムの舟」という小説が非正規で働く女性を主人公にした小説なのだということを知った。さっそく仕事帰りに買い込み、とりあえず受賞作の「ポトスライムの舟」の方だけ読み終えた。

で、読後感だが、就職氷河期に卒業して、最初の職場でセクハラにあって退職を余儀なくされたとか、時給800円のパートから月給13万8000円の契約社員に昇格したとか、コンベアを流れる乳液の点検をやる様子など、ある意味非常にリアルに書かれている。

「今がいちばんの働き盛り」という刺青を腕にいれたいという思いにとりつかれてしまった理由を、「たぶん自分は先週、こみ上げてくるように働きたくなくなったのだろう」と説明しているところや、給与明細を見ていて、「『時間を金で売っているような気がする』というフレーズ思いついたが最後、体が動かなくなった」という描写は、本当にリアルなモノを感じさせる。主人公のナガセが、何かあるごとに、いくら使ったかという金額を手帳に書き付ける癖?には、ある種の凄みも感じる。主人公の回りに登場する女性たちが、それぞれ、転職したり、離婚したり、しようとしたりと、「問題」をかかえて苦労としている様子も分かる。

しかし、描かれている世界は、やっぱり狭いのではないだろうか。契約社員としての働き方や、30歳を前にして結婚などに思いをめぐらすという、主人公のあり方は、なるほど普遍性をもっているかも知れないが、しかし、作品の中では、主人公が大学を卒業後最初の職場で受けたというセクハラの問題はすでに過去のことになっている。主人公自身は、離婚で悩んでいる訳でもないし、子連れで離婚して暮らしていく苦労をしている訳でもない。そうした“問題”を身近には見聞きするけれども、当事者ではない。そういう曖昧な立場が気になる。

主人公は、自分の工場での年収に保母等しい167万円を貯金するということにこだわるのだが、それだって、たまたま工場に貼られていたポスターに書かれていた世界一周の費用が167万円だというだけで、どうしても世界一周がしたい訳でもない。その額が偶然自分の年収とほとんど同じだという理由からにすぎない。もちろん、自分の年収が世界一周の費用と同じだという事実が主人公に与えた衝撃というものはわかるし、そこに作者のこめた意味がわることもわかるのだが。

さらに言えば、彼女が工場での給料をほとんどまるごと貯金して167万円を貯めるのも、母親と2人で実家に暮らしているからであって、もし主人公がアパートを借りての一人暮らしをしていれば、工場での仕事のあとの喫茶店アルバイトと、週末のパソコン教室のアルバイトをかけもちをしているとは言っても、とても167万円を貯めるという計画自体が難しいだろう。

確かに、生きていく以上、社会のさまざまな矛盾や困難に巻き込まれ、ふりまわされているだけでは、人間は生きられない。だから、そうした困難とも、ある種の“折り合い”とつけながらでなければ、生きることは難しい。その意味では、さまざまな社会の矛盾、生活の困難に直面している若者の多くが、主人公のように、現実とある種の“距離”を置きながら、なんとか自分の生きている意味を見つけ出そうともがいているのかもしれない。それでも、その“距離”をさらにもう一歩縮めてほしいと思う。作者の今後の期待したい。

ところで、ポトスライムというのは、これ↓。名前は知らなかったが、観葉植物としてはよく見かけるもの。

ポトスライムの鮮やかな葉と茎の流れ – green daily life

【書誌情報】
著者:津村記久子(つむら・きくこ)/書名:ポトスライムの舟/出版社:講談社/刊行年:2009年2月/定価:本体1300円+税/ISBN978-4-06-215287-7

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  1. 「朝日新聞」2009年3月12日付朝刊、雇用ショック・インタビュー編「労働は基盤 簡単に奪わないで」 []

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