井村喜代子『「資本論」の理論的展開』(5)

第5章 拡大再生産表式分析の意義と方法

初出:『三田学会雑誌』73-6、1980年

はじめに

・表式分析にもとづいて拡大再生産過程、拡大再生産経路を考察しようという試みの共通した問題点。マルクスの表式例の前提――貨幣の価値どおりの環流、固定資本の捨象――のもつ意味を看過したまま、その前提のもとでの表式例、数式の時系列的展開を試みていること。したがって、I(v+mv+mk)=II(c+mc)を満たす範囲であればI、II部門の拡大率をまったく自由に想定できるように考えて、展開を試みている。(137ページ)

第1節 拡大再生産の条件の把握について

2つの注意点

  1. 表式分析における、貨幣の価値どおりの環流という前提のもつ意味を見落とさないこと。
  2. 耐久的な労働手段・固定資本の存在を無視して分析をしないこと。

(1)第1の点について

・マルクスは、第1部門、第2部門いずれかの資本家があらかじめ商品流通を媒介するための貨幣を所有していると前提し、この貨幣が商品の転態を媒介した後に最初の所有者の手元に価値どおりに環流していくことによって、次年に再び同じような貨幣の媒介による商品の転態が可能になるとしている。(138ページ)
・社会的総生産物の転態を媒介する貨幣が価値どおりに出発点に環流すること――販売と購買とが分離しないこと、を大前提にして、社会的総生産物の価値的・素材的関連を解明した。
・このように貨幣の価値どおりの環流を前提にすれば、IcとII(v+m)の部分は自部門内転態で解決されるので、I(v+m)=IIc、I(v+mv+mk)=II(c+mc)だけが社会的総生産物の価値どおり交換、再生産の「正常な進行」の条件となる。
・これは、販売と購買とが分離せず、社会全体として供給と需要が一致しているという前提を置くことを意味する。
・したがって、貨幣の価値どおりの環流という前提のもとでの再生産の条件は、社会全体として供給と需要が一致しているもとでの部門間転態の条件にほかならない。
・だから、貨幣の価値どおりの環流がおこなわれないならば、たとえI(v+m)=IIc、I(v+mv+mk)=II(c+mc)であっても、価値どおりの転態・再生産の「正常な進行」は妨げられる。(139ページ)
・たとえばI(1,000v+1,000m)=II2,000cだとしても、I部門の資本家が支払ったI部門の労働者が消費手段を購入した後、II部門の資本家の手に渡った貨幣のうち500が償却基金として積み立てられるとすれば、生産手段500vは販売不能になるし、I部門の資本家は次年に支払うべき賃金500を失う。I4,000cの部門内転態についても、ある資本家が貨幣を投じて生産手段1,000を購買したのにたいして、販売者の資本家がこの1,000の貨幣を償却基金として積み立てるとしたら、部門内転態は不可能になる。
・この「不均衡」は、販売と購買との分離によって、社会全体として供給より需要が下回る結果生じた「不均衡」であって、これは資本・労働の部門間移動によっては解決しない。
・マルクスが、このような内容の「不均衡」を理論的に明確にしたことは、再生産表式分析、恐慌・産業循環分析にたいする重要な理論的貢献。
・しかし、従来はこれを見落として、貨幣の価値どおりの環流と切り離して、I(v+m)=IIc、I(v+mv+mk)=II(c+mc)としてのみとらえる傾向が少なくなかった。

(2)この誤りは、再生産表式分析で固定資本の存在を無視する第2の誤りと結びついている。

・耐久的な労働手段が存在せず、すべての生産手段が年々全価値を移転し、したがって年々現物補填されると仮定してしまえば、販売と購買の分離、供給と需要の乖離は重要性はもたない。(140ページ)
・この仮定をする限り、Ic、IIcはすべて販売され、同時に年々新しい生産手段を全額購入される。そこでは販売と購買、供給と需要の乖離は生じない、といってよい。
・この誤りは、表式例という表現様式の特徴によっていっそう倍加される。表式上の数字に目を奪われて、表式上に表示されていない諸問題の重要性を見落とす。

(3)マルクスは、表式を用いて社会的総生産物の価値的・素材的補填の諸関連を解明するさいに、諸関連を純粋かつ単純に明示する必要上、貨幣環流を前提にすると同時に、とりあえず固定資本を捨象しているが、そのあと、特殊な回転を示す固定資本の補填というきわめて難解な問題を取り上げて、この補填の諸関連・諸条件を解明。それをつうじて、固定資本の補填をめぐって深刻な内容をもった販売と購買との分離、供給と需要との乖離が生じる可能性が強いことを明らかにした。拡大再生産における固定資本の補填の分析は未完で残されたが。(141?142ページ)

・だから、マルクスは、再生産表式分析によって、固定資本の現物補填(更新投資)と資本蓄積(現実的蓄積=新投資)こそが社会的総需要と総供給との乖離を生み出し、拡大再生産の動きを大きく規定する重要な要因である所以を明確にした。
・このように、拡大再生産表式分析の重要な内容には、数式には示され得ない部分が少なくない。それを考えることなく、表式例の数式や時系列的展開を試みると、マルクスの表式分析の貴重な内容が失われる。(142?143ページ)

第2節 拡大再生産におけるI・II部門の拡大率

・拡大再生産表式分析にとっていま1つ重要な問題は、I・II部門の拡大率、「剰余生産手段」の部門間配分比率をいかにとらえるか。(144ページ)

(1)

・有機的構成一定、剰余価値率一定と仮定しても、ある範囲内で、I・II部門がいろいろな率をもって拡大する経路を表式上えがくことができる。
・しかし、表式例は、貨幣の価値どおりの環流、社会的総供給と総需要の一致を前提にしているので、表式上には、需給関係の変化=価格(利潤率)の変化に対応して各部門の拡大率が変化する関係は一切表示されない。(144ページ)
・この点は、拡大再生産と単純再生産とでは大きく違う。単純再生産では、生産力一定、有機的構成一定、剰余価値率一定である以上、それらに対応して部門構成はある一定不変のものになる。

(2)I・II部門の拡大率にかんして、古くからある誤解。I部門の蓄積率・拡大率が先決され、II部門は従属的に決められる、という誤解。

・富塚「均衡蓄積軌道」批判。(146ページ)
・生産力不変のもとでは部門構成も不変だとするのは勝手な思い込み。

・I・IIの蓄積率、拡大率がどのようなものであれ、I部門が2年続けて同じ蓄積率を続けると、次の年はI・II部門の拡大率が「均等化」するという主張。これは、労働手段・固定資本を捨象した表式でのみ示されるもの。労働手段の価値が部分的に移転するという前提を置けば、まったく成り立たなくなる。(148ページ)

(3)I・II部門の拡大率のとらえ方について注意すべき点
・資本制生産では、資本家のおこなう資本蓄積・投下資本拡大(新投資)、現物更新(更新投資)、生産力の発展の動向が、関連生産部門の需給関係・価格・利潤率を動かし、この需給関係・価格・利潤率の動きを媒介として、資本家の資本蓄積・投下資本拡大が規制されていくという関係にある。(149ページ)
・しかし、表式上にはこうした需給関係の変化・価格の変化は一切表示されない。したがって需給関係の変化・価格の変化に媒介されつつ資本蓄積・投下資本拡大が進む関係も一切表示されない。(150ページ)

(i) I部門であれII部門であれ、資本蓄積がすすみ拡大率上昇の動き(要求)が生じると「I部門の不均等拡大」が惹起され、持続・強化されていく必然的傾向がある。(150ページ)
・I部門の不均等な拡大がひとたび惹起されると、最初の拡大率上昇という起動力から相対的に独立して、I部門が独自に高い拡大率を持続させいっそう上昇させていく基盤がある。(151ページ)
・すなわち、I(c+mc)部分、I(f+r+mF+mr)部分は、I部門内転態なので、相互に需要を拡大し、加速的となり、I部門の拡大率の持続的上昇を促進していく必然性がある。
・また、I(f+r+mF+mr)部分の伸びに比例してI(v+mv+mk)部分が伸びるわけではないので、I部門の「不均等的拡大」は直ちに部門間「不均衡」を生み出すわけではない。

(ii) 「I部門の不均等的拡大」は「余剰生産手段」の累増・「余剰率」の上昇を必然化する。したがって、累増していく「余剰生産手段」をI部門が主導的に吸引・利用していくかぎりで順調な拡大がおこなわれる。このような「I部門の不均等的拡大」は、生産と消費の関連としてみると、I部門での“蓄積のための蓄積”、“工場増設のための工場増設”という内容をもち、消費はこのようなI部門の拡大に従属して、それより低いテンポで増大するにすぎない。
・これは、I部門の拡大が消費の拡大と「照応」した「均等的拡大再生産」を理論的基準としてみると、「I部門の不均等的拡大」こそが労働者の制限された消費のもとで生産が無制限的発展をとげてゆく基本形態であり、「I部門の不均等的拡大」の進展のもとで生産と消費の矛盾が累積されている、ということが明らかになる。(152ページ)

(iii) 「I部門の不均等的拡大」の進展をつうじてI部門の投下固定資本・生産能力が累増して、年々生産される「余剰生産手段」が累増した基礎のうえで、もしI部門の拡大率が累増する「余剰生産手段」を吸引するのに十分でなくなるとすれば、I部門用生産手段の需要<供給→I部門の拡大率のいっそうの鈍化→いっそうのI部門用生産手段の需要<供給…が生じて、累増していた「余剰生産手段」がいっきょに過剰化する。(152ページ)

・表式上可能であっても、I部門の拡大が鈍化した場合にII部門の拡大率が上昇し、「余剰生産手段」をII部門が主導的に吸引・利用していくというようなことは、資本制経済のもとではとうていあり得ない。資本制経済では、「余剰生産手段」の累増と対応して労働者1人あたりの消費を増大させ、そのためにII部門の拡大に「余剰生産手段」を活用していくメカニズムは存在しない。このようなメカニズムがなく、労働者の消費が制限されていることに「余剰生産手段」の過剰化の基本的原因がある。(153ページ)

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