マルクスはリカードウをどう読んだのだろう?

『剰余価値学説史』を読んでみると、マルクスは、すでにリカードウを自家薬籠中の物にしている。『57-58年草稿』の学説史の部分を読んでみても同じ。

そもそも1851年に、エンゲルスにたいして、古典派経済学はリカードウ以来なんの進歩もしていないと書いて送っているのだから、そのころにはすでに十分読みこなしていたと考えられる。

しかし、リカードウの『諸原理』を読んで、あそこからマルクス的な労働価値学説を引き出すには、かなりの読みこなしが必要なはずで、いったいマルクスは、どんなふうにリカードウあるいは『諸原理』を読んでいったのだろうか?

(注)1851年4月2日付のエンゲルスへの手紙で、マルクスは、次のように述べている。

 経済学にはうんざりしてきた。要するに、この科学はA・スミスとD・リカードウ以後はすこしも進歩していないのだ。たとえ個々の研究では、しかも往々にして非常に細かい研究では、たくさんのことがなされているにしてもだ。(『資本論書簡集』<1>、93ページ)

この前に、1月7日付の書簡で、マルクスは、「理論上の小さな問題について君の意見を聞かせもらいたい」といって、リカードウの地代論についての批判をエンゲルスに書き送っている。さらに、2月3日付のエンゲルスへの手紙には、リカードウの通貨論についての批判を書いている。

しかし、7月31日付のマルクスからエンゲルスへの手紙以降、2人の書簡のやり取りのテーマは、プルードンの『19世紀における革命の一般理念』に移っている。

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