明治憲法「不磨の大典」は実は見掛けだけ

歴史科学協議会の『歴史評論』2009年11月号で、名古屋大学の増田知子氏が「日本近代史における憲法研究の展開」という論文を書かれている。

憲法史研究の新動向などを取り上げた短い論文だが、そのなかで増田氏は、明治憲法(大日本帝国憲法)について「政治権力の規制という点では空疎な憲法」であり、「『不磨の大典』は装飾にすぎなかった」と指摘されている。

この「不磨の大典」論については、憲法9条を守れという運動にたいしても、それがまるで日本国憲法を明治憲法のように「不磨の大典」扱いするものだと批判、攻撃、揶揄する部分があるだけに、実は、明治憲法は「空疎な憲法」だったからこそ改正されることがなかった、だから「不磨の大典」というのは見かけ倒しだというのは、なかなか大事な指摘だと思う。

もちろん、あまり一面的に明治憲法体制の「空疎」さを強調すると、それはそれで実態と合わなくなると思う。また、「空疎な憲法」ということでいえば、従来から、エセ立憲制ということで指摘されたところでもあるけれども、それを「不磨の大典」論と結びつけて、明治憲法というのは立派だったから改正されなかったのではなくて、実は、内容空疎だったから改正する必要がなかったんだ、というのは、おもしろい切り返し方だと思う。

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