映画「誰がため」 スウェーデンの抵抗運動

映画「誰がため」チラシ

今日も渋谷で映画を見てきました。デンマークの反ナチ抵抗運動を描いた「誰がため」。ナチスの幹部や対独協力者を処刑していく「フラメン」(炎)と「シトロン」(レモン)というコードネームで呼ばれた2人の、実話にもとづく映画です。(今年2本目)

しかし、デンマークの歴史を知らなかったので、ストーリーがいまいちよく分からなかったところもありました。ということで、おさらい。

まず、山川出版社『新版世界各国史21 北欧史』を参考に、年表を作ってみました。

1939年6月 デンマーク、ドイツと不可侵条約
1940年4月9日 ドイツ軍がデンマーク、ノルウェーへの侵攻を開始。ドイツ軍当局は内政不干渉の立場をとり、デンマークは保護国となる。
1941年7月 アスラングと呼ばれる抵抗運動(国歌の合唱運動)が起こる。
1941年11月 デンマーク・ドイツ防共協定締結。コペンハーゲンで抗議デモ。
1942年9月 非合法新聞「自由デンマーク」発行。
1942年11月 デンマーク国王の誕生日にヒトラーが送った祝辞にたいし、国王が簡単な電報しか返送しなかったことに、ヒトラーが怒り、デンマーク駐在ドイツ大使をSS(親衛隊)メンバーに替える(電報事件)。
1943年8月 ドイツ軍当局が国家緊急事態を宣言。警察が解体され、ドイツ軍による軍政が敷かれる。これをきっかけにレジスタンスが本格的に広がる。
1943年9月18日 各地のレジスタンス・グループを指揮する「自由評議会」結成。
1943年10月1日 ドイツ軍、約7000名のデンマーク在住ユダヤ人を逮捕。
1944年6月 コペンハーゲンに夜間外出禁止令。
1944年7月 対独ゼネストが広がる。
1945年5月5日 ドイツ占領終了。ブル社民党挙国内閣成立。

で、北欧諸国の政治状況はどうなっていたかというと、

  • デンマークとノルウェーは、1940年4月にドイツが侵攻して占領、保護国化。デンマークは、政府も国王も国内に存続したが、ノルウェー政府は国王ともどもイギリスに亡命。
  • スウェーデンは、いちおう中立国の立場を維持。1941年6月にはドイツ軍の国内通過を承認。
  • フィンランドは、1939年11月〜1940年3月の「冬戦争」でソ連が侵攻し、カレリア地峡を失ったあと、9月、ドイツ軍が上陸し、枢軸国側で対ソ戦を開始(継続戦争、1944年9月停戦、同11月、ドイツ軍がフィンランドから撤退)。

ということで、映画のなかで「4月9日」を覚えているか、みたいなセリフが出てきますが、それは、1940年のドイツ軍侵攻を表わしています。で、冒頭には、消防や警察の組織も抵抗運動に協力しているという話が出てきますが、それは、1940年4月のドイツ軍侵攻から43年8月の軍政開始までの間のことだったわけです。「フラメン」と「シトロン」の活動は、そのあたりから始まって、44年まで続いたようです。

また、抵抗組織のメンバーへのナチスの追及が厳しくなると、スウェーデンに逃げ出したりする場面が登場しますが、それはスウェーデンが中立国だったからなんですね。

『誰がため』オフィシャルホームページ

オフィシャルホームページには、歴史的背景を解説した詳しい年表が出ています。これから映画を見るという人は、ぜひご参照ください。

【映画情報】
監督:オーレ・クリスチャン・マセン/出演:トゥーレ・リントハート(赤毛の「フラメン」役)、マッツ・ミケルセン(「シトロン」役)、スティーネ・スティーンゲーゼ(ケティ役)/デンマーク、チェコ、ドイツ、2008年

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