時計の仕組みを調べてみる

『資本論』第12章「分業とマニュファクチュア」第3節「マニュファクチュアの2つの基本形態」で、マルクスは、異種的マニュファクチュアの例として、時計のマニュファクチュア的分業を取り上げています。

そこには、1つの時計を組み立てるにあたっての細目労働の職名がずらりあげられているのですが、なにせ、そもそも時計というのはどういうふうに作られるのかを知らないので、さっぱり分かりません。

それで、なにか参考になるものはないかと思っていたら、こんな本を見つけました。

本間誠二監修『機械式時計 解体新書』(大泉書店)

本間誠二監修『機械式時計 解体新書』(大泉書店)。昨年12月に出版されたばかりで、クラシカル・ウォッチの魅力を紹介するためのものなのですが、その前段として、機械式時計のメカニズムについても詳しく紹介をしています。

マルクスは、時計マニュファクチュアについて、次のように述べています。

……時計は、ニュルンベルクの1人の手工業者による個人的製品から、次のような無数の部分労働者たちの社会的生産物に転化した――エボーシュ〔当時では地板、受(うけ)、香箱車〕工、主力ゼンマイ工、文字板工、テンプゼンマイ工、穴石工・振石工、針工、側(がわ)工、ネジ工、メッキ工、それから多くの小区分、たとえば、歯車工(さらに真鍮の歯車と鋼の歯車とに分かれる)、カナ工、日ノ裏装置工、カナ仕上工 acheveur de pignon(歯車をカナに固定したり、切子を磨いたりなどする者)、ほぞ工、車組立工 planteur de finissage(さまざまな歯車とカナを仕掛けに組み込む者)、香箱車仕上工 finisseur de barillet(車に歯を刻み、穴を適当な広さにし、巻止め[1]とコハゼをしっかりさせる者)、脱進機工、シリンダー脱進機の場合にはさらにシリンダー工、がんぎ車工、テンプ工、緩急針(時計を調速する緩急針装置)工、脱進機組立工 planteur d’échappement(本来の脱進機工)。それから、香箱車最終仕上工 repasseur de barillet(香箱および巻止め[2]を完成させる者)、鋼磨き工、歯車磨き工、ネジ磨き工、文字描き工、七宝文字板工(銅板にエナメルをかける者)、リュウズ工 fabricant de pendants(側のリュウズ環だけをつくる者)、蝶つがい仕上工 finisseur de charnière(側の蝶つがいに真鍮の軸を入れるなどの作業をする者)、側バネ工 falseur de secret(蓋をあける側バネをつくる者)、文字彫刻工 graveur、紋様彫刻工 ciseleur、側磨き工 polisseur de boîte、等々。最後に、時計全体を組み立ててそれを動くようにして引き渡す最終仕上げ工 repasseur。時計の諸部分のうちでごくわずかのものだけが、さまざまな人手を経るのであって、これら“引き裂かれたる四肢”のすべてがはじめて集められるのは、それらを最終的に1つの完全な機械に結合する人手のなかにおいてである。(新日本新書版『資本論』第3分冊、595〜596ページ。一部訳文を変更)

あとの方に、「蝶つがい仕上工」とか「側バネ工」出てくることから分かるように、マルクスがここで取り上げている時計は、蓋付きの、いわゆる懐中時計です。腕時計そのものは、マルクスの時代以前から存在していたようですが、一般的になるのは20世紀に入ってから。マルクスの時代には、時計といえば、まだ懐中時計が当たり前だったのでしょう。

原文を読むと、マルクスは、ところどころフランス語で細目労働の職名を書いています。これは、当時の時計生産の中心がジュネーブなどフランス語圏のスイスだったことによるようです。すでにドイツ語になっているような職名はともかく、そうでない場合には、マルクスもどう訳してよいのか分からなかったので、フランス語で職名をあげ、カッコで説明を加えたのではないでしょうか[3]

しかし、そもそもがよく分からない。分かるのは、ゼンマイ、がんぎ車、テンプ、リュウズぐらいで、冒頭のエボーシュも分からなければ、その説明に訳注として〔〕に書かれた「地板、受、香箱車」も分かりません。そのあとも、カナ、日ノ裏装置、脱振機、等々、分からない言葉ばかりです。

で、この本を開いてみると、腕時計の説明ではありますが、図解入りで機械式時計のメカニズムが詳しく紹介されていました。

まず、全体の大まかな構造はこんな感じ。この基本部分が「エボーシュ ébauche」(これもフランス語)と呼ばれているもののようです。それにあと文字盤や針をつけ、全体をケースに収めると時計が完成するわけです。

手巻き式時計の構造(本間誠二『機械式時計 解体新書』から)

で、香箱(フランス語では barillet)の仕組みはこちら↓。なかに動力となるゼンマイが収められている箱なのですが、それ自体に歯が切ってあって、これが1番歯車となっています。これをなぜ「香箱」と呼ぶかというと、元々日本ではお香で時間を計っていたので、そこから来たのではないか、ということのようです。

香箱(『機械式時計 解体新書』から)

3つめは、カナとホゾ。ホゾというのは、木造家屋を建てるときに、柱と梁をくむときなどに、片一方は凸に、もう一方に穴を掘り、そこに凸部分を差し込むというやり方があって、その凸部分を「ホゾ」、受ける側を「ホゾ穴」といいます。それと同じように、歯車の軸の先端部分、ちょうど軸受けにはめ込む部分をホゾというのだろうと想像がつきます。

カナは、フランス語ではpignon、英語で言えばpinion(ピニオン)。一般には、大歯車やラックにかみ合わせる小歯車のことをそう呼びます。時計の場合は、歯車の軸に小歯車をはめ込む場合だけでなく、車軸そのものに歯を刻んで歯車とかみ合わせる場合もあるそうです。

時計の車(本間誠二『機械式時計 解体新書』から)

そして最後は、テンプやがんぎ車。がんぎ車は、僕は、古い柱時計で、振り子が揺れるたびに、カッチンカッチンと揺れて、時計の歯車を1歯ずつ進めていたものを見たことがあります。テンプは、振り子時計の振り子の代わりに、ゼンマイの振動の等時性を利用して時刻を正確に計るものです。テンプゼンマイの回転運動をカッチン、カッチンという動きに変えるのがアンクルと呼ばれる部品で、これががんぎ車を決められた速度で回転させるわけです。

リュウズから調速機まで(本間誠二『機械式時計 解体新書』から)

リュウズというのは、電池式の腕時計しか見たことがない若い人にはなじみがないかもしれませんが、手巻き式の腕時計には横にぴょこっと跳びだしたネジ頭が必ずついていました。それがリュウズ(竜頭)で、このリュウズを回して時計のねじを巻いていました(懐中時計の場合には、頭部についていました)。ねじを巻くほかに、1段引き出すと時計の針を動かして時刻あわせることができ、2段引き出すとカレンダーの曜日や日付を修正した、というように、いろいろな役割を果たしていましたが、一番の役割は、リュウズを回してゼンマイを巻くこと。自動巻式の時計だと、リュウズでねじを巻く必要がなかったので、昔はかっこよく思ったものです。

以上が、時計の動力とそれを正確に時を刻ませるメカニズム。テンプやがんぎ車によって、2番車の軸は1時間で1回転するように調整されます。したがって、それに針をつければ分針に、この2番車の回転をさらに12分の1に落としたものが時針になるわけです(実際には、針は軸に完全には固定されず、時刻調整が可能なように半固定されている)。こうした一連の歯車のメカニズムが「日ノ裏装置」と呼ばれるものです。しかし、なんで「日ノ裏」なんていう変わった名前になったのかは分かりませんが…。

横から見た時計機械(本間誠二『機械式時計 解体新書』から)

それにしても、これだけ複雑なメカニズムを、薄っぺらい腕時計のあの小さなスペースの中に入れ込む訳ですから、時計って、ほんとに見事な装置ですね。

僕は、小学校の頃、ゼンマイ式の目覚まし時計を分解して、親にこっぴどく叱られたことがありますが、子どもながらに、正確に時を刻む時計のメカニズムが不思議だったんでしょう。いまのデジタル式時計では、こういうメカニズムはまったく分かりませんからねぇ〜 (^_^;)

ということで、とても全部は紹介できませんが、マルクスの時計マニュファクチュアの説明が少しは分かってきたように思います。

なお、本書には、巻末に簡単な時計用語の解説がありますが、そこには英語、フランス語の用語も書き添えられています。それによると、新日本版では「車仕上工」と訳されている planteur de finissage の finissage は「輪列」のこと、「輪列」とは「歯車とカナのように互いにかみ合って動く一連の車の総体」と説明されています。つまり、planteur de finissage は、まさにマルクスが()の中で説明したとおり、様々な歯車とカナを時計装置に組み込む作業のこと。したがって、「車組立工」あるいは「輪列組立工」と訳した方が分かりやすいと思います。「車仕上工」といわれると、なにか1つ1つの歯車を仕上げる職人のように思えてしまうので[4]

機械式時計のメカニズムを解説したサイト↓です。

Horology – 機械式時計の仕組み,知識,解説,研究 – | 機械式時計を楽しむサイト「TOKEI ZANMAI -時計三昧-」

【書誌情報】
書名:機械式時計解体新書/監修:本間誠二/出版社:大泉書店/発行:2009年12月/定価:本体1600円+税/ISBN:978-4-278-05302-9

  1. ここで「巻止め」と訳されているのは、ドイツ語でStellung。独和辞典を引く限りでは「巻止め」といったような意味は出てこない。小学館『独和大辞典』には、「時計の進み遅れを調整する装置」という意味が出ているので、むしろ脱進機あるいは緩急針のことかも知れない。ただし、脱進機や緩急針は香箱とは別の装置だが。河上肇訳では「調整盤」と訳されているが、何を指しているかは不明。『機械式時計』の図解を参考にすると、香箱車にくっつける、コハゼ以外のものというと、リュウズの力を伝える角穴車があるが、それが果たしてドイツ語で何というか分からない。 []
  2. この「巻止め」もStellung。ただし、フランス語版では「香箱を完成させる」となっており、「巻止め」にあたる言葉はない。 []
  3. 新日本版では、フランス語は書かれていないが、職名がフランス語で書かれているものは“”でくくられている。国民文庫版や岩波文庫版は職名のあとにフランス語があげられている。 []
  4. ちなみに新日本訳では、planteurはみんな「仕上工」と訳されているが、「仕上工」といえば別に finisseur という言葉もあって、こちれは文字通り finish させるものという意味。planteur は、フランス語で「栽培者」いう意味で、歯車をはめ込んでいくのを植物を植えるのになぞらえた言い方か。むしろ「組立工」と約した方がよいのかもしれない。 []

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