亜洲青年管弦楽団2010、芝原拓自、電磁機関

アジア・ユース・オーケストラ2010

アジア・ユース・オーケストラ2010。8月はせっかくの夏休みなのに、オケはオフシーズン。ということで、生オケが無性に聴きたくなって、本日はぷらりとかようなコンサートへ行ってきました(オペラシティ)。

中国、台湾、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの、17歳から27歳の若者2万人のなかから選抜された108人のオーケストラ。3週間のリハーサルキャンプのあと、3週間でアジア各国16カ所で公演をして回るそうだ。

本日のプログラムは、

  • シューマン:チェロ協奏曲 イ短調 op.129
  • マーラー:交響曲第5番 ハ短調

指揮はジェームズ・ジャッド、チェロ独奏は王健(ジャン・ワン)。

王健のチェロは、やや強引に感じるところもあったけれど、きわめて情熱的。シューマンのチェロ協奏曲の切なさが一段と引き立つように思われた。しかし、オケの方は、王健のチェロに合わせるので精一杯だったようだ。王健はアンコール2曲の大サービス。

後半のマーラー。出だしのトランペットは、なかなか見事だった。多少のしくじりはあったものの、金管はいい音を響かせていた。しかし、全体として演奏が単調になったように思う。もっと艶っぽく響かないと、マーラーは成功しない。このあたりは、楽団員の技量というより、指揮者の好みなのかもしれない。

芝原拓自『世界史のなかの明治維新』(岩波新書)

芝原拓自『世界史のなかの明治維新』(岩波新書、1977年)。ちょうど大学に入学した年に出たもの。一昨日、芝原氏のことを書いたので、もう一度読んでみようと思って探したが見つからない。インターネットで検索したら紀伊国屋書店に在庫があるというので、早速買い込んできた。奥付を見ると、今年6月に復刊されたもの。気づかなかった…。さらにショックだったのは、パラパラと読んでみてまったく中身を覚えていなかったこと。(- -;)

もう一度まじめに勉強しよう。

ところで、今日、『資本論』第13章「機械と大工業」を読んでいて、よく分からないところにぶつかった。これまた『資本論』全体の理解にはあまり関係ないのだが、機械を構成する3つのモメント――原動機、伝動機構、道具機・作業機の説明をしたくだりで、マルクスは、自ら動力を生み出す原動機として、「蒸気機関、熱気機関、電磁機関」をあげている(新日本新書、第3分冊、646ページ、ヴェルケ版393ページ)。蒸気機関は説明不要。熱気機関についても、新日本訳には、アメリカの技師エリクソンが発明したものとの訳注がついているので、これも分かる。で、最後の「電磁機関」って何?

ドイツ語は elektro-magnetische Maschine。英語ではelectromagnetic machine。「電磁気機関」と翻訳しているものもあるが、いずれにしても、辞書、辞典、インターネットなどいろいろ調べてみても、該当する言葉は出てこない。どうやら、現在使われている用語ではないようだ。

電気と磁気で動く機関というと、真っ先に思いつくのはいわゆる電動機(モーター)だ。平凡社世界大百科事典によると、直流電動機が実用化されたのは1867年以降のことらしい。1867年といえばちょうど『資本論』が刊行された年。マルクスが原稿を書いていた頃に電動機がどこまで実用化されていたかは微妙なところだ。

 1821年にM.ファラデーが原理的な電動機を製作し、36年にアメリカのダベンポートT.Davenport(1802‐51)が直流電動機を作って電池の電力で旋盤を回したが、直流電動機が広く実用されるようになったのは,67年にE. W. von ジーメンスが、電池の助けをかりずに発電する自励式直流発電機を考案してからである。(平凡社「世界大百科事典」デジタル版第2版「電動機」の項から)

実は、マルクスのこの叙述は、1855年に刊行された『諸国民の産業』第2巻からとられている。『資本論草稿集』(大月書店)第9分冊の71ページに、該当部分が引用されている。『諸国民の産業』第2巻は、1851年のロンドン万国産業博覧会の展示内容をもとにしたもので、この博覧会はマルクスも見学している。

ということで、マルクス「機械論」の研究をされている吉田文和氏の『マルクス機械論の形成』(北海道大学図書刊行会、1987年所収)を調べてみたら、そのなかに、「『諸国民の産業』と『資本論』」(初出、北海道大学『経済学研究』第32巻第3号、1982年11月刊)という論文があった。

同論文によれば、『諸国民の産業』第2巻の第2章「機械的動力の源泉」には、「電磁気機関」も登場している。吉田氏は次のように紹介されている。引用文中、本書とは『諸国民の産業』第2巻のことである。

 第2章の末尾は電磁気機関つまり電動機について検討する。本書はロシアのヤコビが彼自身の電動機を非実用的とみなしているとのべ(p.144)、これにはたちいらない。それにたいし、デンマークのS・ヨルトとアメリカのC・G・ペイジの電動機を取りあげる。これらは蒸気機関のピストン機構に似たもので、ソレノイド〔いわゆるコイルのこと――引用者〕に鋼鉄の磁心が引きこまれる往復運動をクランクで回転運動に変えるのである。本書は、電磁気機関が今後利用されるかどうかは、技術学的な問題よりも、蒸気機関とくらべての経済性の問題であると本書はいう(pp.118-119)。しかし、電動機の完成には、技術史が示すごとく、その後の技術学的な改良の積み重ねがなお必要であった。(吉田、前出書、216-217ページ)

ここでは、吉田氏は、「電磁気機関」のことを「つまり電動機」と言い換えられている。しかし、ここで紹介されているヨルト、ペイジの電動機は、現在、われわれが知っている電動機とはかなり様子が違うようだ。吉田氏がいう「技術学的な改良の積み重ね」の結果が、1867年のジーメンスの電動機なのだろう。

つまり「電磁(気)機関」は、現在の電動機とはかなり仕組みは違うが、それでもやはり電動機のことのようだ。

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