「気づく」ということの大切さ

『中小商工業研究』という雑誌(第105号)をぱらぱらと眺めていたら、「中小企業診断士による中小業者への提言」として「事件は現場で起きている」(長谷川猛氏)という記事のなかに、こんな表が載っていました(98ページ)。

タイプ 気付く 考える 実行する 継続する 育成方向
A × × × × まず気付かせる。どんな事に、何に
B × × × 気付いたら何をどうすべきかを考えさせる。気付かないふり…モラール欠如
C × × 実行の仕方を考えさせる。気付きの捉え方。
D × × 頭で分かっていても実行しないので、実行の意味、実行の仕方・やり方。やり方を知らないふり…モラール欠如
E × 継続こそ価値。継続を評価。
F 安心して任せられるスタッフ。

これは、「現場対応力の育成」というテーマで、現場スタッフのタイプと育成方向をまとめてみたものだそうです。

○×というのは点数をつけているみたいだし、もともと「育成」目的のものなので「上から目線」になってますが、しかし、この表で指摘されていることは、中小業者の「現場対応力」というのにとどまらない内容がありそうです。

実は、先日もある青年の学習会で、マルクスの理論について話した後、「それでも自分はまだましと言っている人に、どうやったら自分が搾取されているということが分かってもらえるのか?」という質問が出されました。

その問題を、上の表に引きつけて考えてみると、こんなふうに考えられないでしょうか。

ます、自分が直接体験していることが、いまの世界や日本の資本主義と結びついている、ということに「気づく」という契機が必要です。

さらに、そうしたことに「気づいた」ならば、それを自分の問題として「考える」というプロセスが必要です。

そこから、さらにそれを「実行する」に結びつけるためには、何をどうすればよいかという「実行の仕方・やり方」を自分で「考える」という契機が必要になる。

と、まあ、こんな3段階のプロセスが考えられないでしょうか。「気付く」という認識の段階から、「実行する」という実践の段階へ、ストレートに結びつけるのではなく、そこに「考える」という主体的契機がはさまっているところが興味深いのと、さらに「知らないふりをする」「分からないふりをする」という問題機制を加えてあるところが考えさせられます。

まずは「気づく」という契機。自分が安い賃金で働かされていること、非正規でしか働けないこと、突然一方的に解雇されたことと、マルクスが『資本論』で明らかにした資本の本性というものとが「つながっている」ということに「気づく」ことが最初の一歩です(これは誰も異存がない?)。そこにはさらに、気づいても「気づかないふり」をするという問題がある、ということになります。

で、「気づかないふりをする」ことがないようにするにはどうしたらよいか? それは、「気づいたこと」を自分自身の問題として「考える」というプロセスです。

この「考える」というプロセスは、一般的な「考える」ではなくて、主体的に「考える」ものでなければなりません。資本の本性に、自分自身がどう向き合ったらよいのか? それに、自分なりに答えを出していかなければなりません。

それにたいしても、「そんなことより次の仕事を見つけないと」「とりあえずなんかいい仕事につけばいい」とか、「搾取されていることが分かっても、資本主義はなくならないのだから、どうしようもない」等々、「知らないふり」をする口実はいろいろとありそうです。

そこらあたりを、どう働きかければ乗り越えることができるのか? そういうふうに、問題をいくつかのプロセスに分けて考えてみることができるのではないでしょうか。

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