今週の「九条の会」(10月29日まで)

全国の草の根でがんばっている「九条の会」の活動を、インターネットを流れるニュースの山の中から拾い集めています。俳句・川柳を集めたり、「平和おどり」を復活させたり、旧海軍飛行場跡地を訪ねたり、各地の「九条の会」のとりくみは多彩です。

市民ら反戦テーマに俳句や川柳 世代超えた225句を収録

[北海道新聞 10/29 14:07]

 【北広島】8月に平和をテーマにした俳句や川柳の作品展を開催した「平和575」実行委員会が、出展作品をまとめた句集を発行した。高校生から90代のお年寄りまで幅広く寄稿しており、実行委は「俳句や川柳に込められた願いを感じてほしい」と話している。
 悲惨な戦争の記憶を風化させてはならぬと、終戦65年に合わせ、北広島九条の会や北広島市文芸協会のメンバーら8人が実行委をつくり、市民から俳句や川柳を募った。
 市民だけでなく札幌や函館からも応募があり、8月中旬にJR北広島駅隣のエルフィンパークで展示会を開催した。会期中、会場には市民や旅行者など多くの人が足を運んだ。
 来場者の中から、冊子にまとめてほしいという声が上がり、実行委は句集の発行を決めた。
 225句を収録。読みやすさを心がけ、1ページにつき2首を掲載した。「好きだった彼(ひと)も還(かえ)らぬあの戦」「運動会この子らを戦場へなど」など、一句一句から悲しみや平和への決意が伝わる。絵手紙で寄せられた作品はモノクロで載せている。
 表紙にもこだわり、色とりどりの押し花で自然豊かな地球を表したほか、護憲の意味を込めて九つの花をちりばめた。実行委の大貫喜也代表は「今回の試みは、道内の俳句愛好者にも好評だった。ほかの都市にも動きが広がってくれればうれしい」と語る。
 A5判、138ページで1冊300円。

憲法のつどい2010ひろしま

[asahi.comマイタウン広島 2010年10月29日]

 ◆憲法のつどい2010ひろしま 11月2日18時半〜21時、広島市中区大手町1丁目の県民文化センター。県内85の「9条の会」で構成される県9条の会ネットワークが主催。琉球大法科大学院長の高良鉄美さんが「沖縄から見た平和憲法 日米安保の『いま』を問う」と題し、普天間基地問題で揺れる沖縄の視点から、憲法9条の価値を再認識する必要性を語る。参加費999円(高校生以下と障害者は無料)。手話通訳や保育(要予約)もある。問い合わせは石口俊一法律事務所。

「九条の会ちりゅう」結成4周年のつどい

[asahi.com マイタウン愛知 2010年10月28日]

 31日午後1時〜午後4時30分、知立市広見3丁目の中央公民館講堂。徐勝・立命館大教授(同大学コリアン研究センター長)が「誰にも故郷はあるものだ・韓国併合100年と在日の家族」の題で講演。サムルノリ演奏も。参加協力費500円。

九条の会:世界平和を願い 来月3日、加古川で集い/兵庫

[毎日新聞 2010年10月27日播磨・姫路版]

 東播磨2市2町の「九条の会」7組織でつくる実行委員会(委員長、幹栄盛・鶴林寺住職)が主催する市民集会「平和と文化のつどい」が11月3日午後1時半〜4時、加古川市民会館(加古川町北在家)で開かれる。
 7組織は、野口、北加古川、平岡、別府(以上加古川市)、たかさご(高砂市)、いなみ(稲美町)、播磨町の各会。実行委によると、加古川市内3地区で新たに会結成の動きがあり、平和追求の運動は広がっているという。
 全日本仏教会副会長などを務めた安田暎胤・奈良薬師寺長老が「世界をまほろばに」をテーマに講演。世界平和への熱い思いを語る。また、全国九条の会の講師陣のひとりでもある国際的に活躍するバイオリニスト、松野迅さんのストラディバリウスを使った演奏とトークがある。演奏曲は「トロイメライ」「荒城の月」など9曲。
 入場料は一般1000円、中・高生500円。障がい者と介助者は無料。問い合わせ先は実行委事務局。

安重根の自叙伝、邦訳し再検証 県内の宗教者グループ

[中日新聞 2010年10月26日]

 1909年10月26日に中国・ハルビンで伊藤博文を暗殺し、死刑になった韓国の独立運動家、安重根(アンジュングン)が獄中で書き残した自叙伝について、県内の宗教者のグループが来春の出版を目指し、原文の翻訳に取り組んでいる。
 安重根は旅順刑務所で拘置中、自叙伝と「東洋平和論」(未完)を著している。自叙伝の邦訳は研究書としては一部で紹介されているが、一般にはあまり知られていない。
 出版を目指すグループは宗派を超えた宗教家や信者らでつくる「愛知宗教者9条の会」。安重根は敬虔(けいけん)なクリスチャンで知られ、没後100年にもあたることから8月に勉強会で取り上げたところ、出版の機運が一気に高まった。
 原文は漢文で書かれ、20字詰め12行の90ページ。翻訳を担当している同会のうのていをさん(76)は「端正な文字で、マス目がないにもかかわらず文字数にも乱れがない。きちょうめんな人柄を思い起こさせる」という。
 翻訳は順調に進めば年内に終える予定。命日にあたる3月26日を目標に、来春の出版を目指す。同会の石川勇吉住職(61)は「戦時中は宗教者も日本の朝鮮侵略を推進した。戦争責任を明らかにする上で、安重根についても再検証する義務がある」と話している。

◆意義が大きい

 ■森沢久雄岐阜女子大地域文化研究所研究員(韓国文化論)の話…安重根は韓国では救国の英雄だが、日本ではテロリスト程度の認識しかない。両国の認識の隔たりを埋める意味でも本書を出版する意義は大きい。

医師・中村哲さんのアフガン最前線報告講演会 29日に開催

[和歌山放送 2010年10月21日(木) 15:37]

 アフガニスタン難民のハンセン病治療のほか、井戸や灌漑(かんがい)用水の建設など現地の復興活動にも取り組む医師、中村哲(なかむら・てつ)さんの講演会が、今月(10月)29日(金)、和歌山市民会館小ホールで開かれます。これは「9条ネットわかやま」と、「憲法9条を守る和歌山弁護士の会」の創立5周年を記念して主催するものです。
 中村さんは、1946年福岡市出身の医師で、パキスタンやアフガニスタンで難民の結核やハンセン病治療に従事したほか、井戸や灌漑用水の建設など現地の復興にも力を注ぎ、2003年『アジアのノーベル賞』といわれる「マグサイサイ賞」の平和と国際理解部門を受賞するなど、多数の表彰を受けていて、現在、パキスタンとアフガニスタンの医療支援団体「ペシャワール会」の現地代表を務めています。当日は「アフガン最前線報告」というテーマで、中村さんが現地での体験をもとに平和とは何かを訴え、参加者と共に考えます。
 中村哲さんの講演会「アフガン最前線報告」は、今月(10月)29日(金)午後6時半から、和歌山市民会館小ホールで開かれます。入場料はひとり500円、高校生以下は無料です。詳しくは、和歌山市のトライ法律事務所までお問い合わせ下さい。

憲法九条を考える 旭区「九条の会」が催し

[タウンニュース 2010年10月21日号]

 憲法九条への理解を深めようと活動する旭区「九条の会」が10月23日(土)、「みんなのつどい2010」を旭公会堂で開催する。午後1時半から4時。
 当日は第1部で全国の「九条の会」事務局長で、東京大学大学院教授の小森陽一さんが講演する。2部はウクライナ出身のナターシャ・グジーさんによるコンサート。チェルノブイリ原発爆発事故で6歳のときに被ばくしたナターシャさんが、ウクライナの民族楽器バンドゥーラを響かせる。
 参加費は950円。予約制の保育もある。

23日に「みんなのつどい」を開催する旭区「九条の会」事務局長

[タウンニュース 2010年10月21日号]

池田 靖子さん 中沢在住 72歳
平和への思いに突き動かされ

 ○…2004年に発足以来、全国的に活動する「九条の会」。旭区内では05年に発足し、現在は約1400人の会員が賛同する。定例会で話し合いや勉強会を開くほか、月1回の事務局会議では区内各地区の代表が集まる。「新しい運動の方法かな」。参加者から出たアイデアやその時々の課題をまとめ、定期配布するのが主な役割だ。「できることをやりたい。縁の下の力持ちになれれば」
 ○…京都府出身。終戦の年、小学校に入学した。幼少時の戦争体験は今もはっきりと憶えている。「防空壕の中の様子や空襲の音、嫌な記憶しかない」。それは今の活動の下地を作った。子育てや教育に関心があり、大学では児童学を専攻。卒業後は東京都で小学校の教員に。「いろいろな立場の子どもたちがいたけれど、皆で協力し合うと本当にいいクラスになる」。時にはクラスを”おにぎり”に例え、まとめたことも。現場の外でも研究会など多くの活動に携わってきた。「人間が大好き。周りの人の意見や考えをたくさん聞きたい」と明るく笑う。
 ○…27年間の教員生活で貧困や虐待、家庭の問題で苦しむ子どもも見てきた。「人間は根本の部分を見なければ」。海軍の大佐だった父が終戦後、職を失って農業を始めた姿は、心に焼きついている。「私のライフワークは平和、人権、平等。強い人ほど、弱い立場の人を大事にしてほしい」。九条の会へは旭区内での発足前、知人に誘われ参加した。「下積みなら何でもやる」。考え始めると思わず心が熱くなり、動き出す。
 ○…退職後、平和や女性問題など携わる活動分野は幅広い。国外の事情を知るため、ヨーロッパやアジアなど数多くの国を訪れた。「世界で起きている問題を広い視野で見ていくことが必要」。次に訪れるのはギリシャ。月1回の演劇鑑賞も楽しみの一つだ。「命尽きたら終わり。元気なうちはやりたいことをやりたい」。自然な自分の姿に幸せを感じる。

とよかわ九条の会5周年のつどい

[asahi.com マイタウン愛知 2010年10月20日]

 30日午後1時半、豊川市代田町1の市文化会館中ホール。司法試験などの受験指導校「伊藤塾」塾長の伊藤真弁護士が「私たちの暮らしを守る憲法の話」と題して講演する。参加費千円で、高校生以下は無料。

ひめゆり学徒隊:「地獄のありったけ」を見た 生存者・新川さん、尼崎で講演/兵庫

[毎日新聞 2010年10月17日 阪神版]

 ◇沖縄戦の悲惨さ事細かに
 ◇『命どぅ宝』で世界は平和になる

 第二次世界大戦中に日本で唯一の地上戦が行われた沖縄の様子を語り継いでいる大阪府豊中市の新川初さん(84)の講演会「沖縄戦を生きて……ひめゆり学徒隊の生存者として」が16日、尼崎市東園田町4の園田地区会館で開かれた。新川さんは「地獄のありったけを詰めたという言葉がぴったりくる」と当時の悲惨さを訴えた。
 新川さんは師範学校の学生だった1945年3月、ひめゆり学徒隊として負傷した兵士の看護や食事の世話をすることになった。麻酔なしの手術を受けた兵士のうめき声や、体力が落ちた人の傷口に虫がわく様子など、悲惨な状況を事細かに話す新川さん。「戦争が風化し、美談化されている面もあるが、そういう風には伝えたくない」という。
 また、日本の飛行機がアメリカの軍艦に向かって特攻する様子を見ながら、一撃でも当たると喜んだというエピソードも披露。「貴重な命が失われるのに、なんで攻撃が成功するために祈っていたんだろうと今は思う」と振り返り、「沖縄には『命(ぬち)どぅ宝』という言葉がある。かけがえのない自分の命を大切にできる人は、他の人の命を大切にできる。みんなが命を大切にすれば世界は平和になる」と話を締めくくると、聴衆からは大きな拍手があがっていた。主催した東園田九条の会世話人代表の本岡わか子さん(64)は「まだ若い女の子たちが死体を埋葬したなど生の体験の話を聞いて衝撃を受けた」と話した。

平和おどり復活へ レコード見つかり振り付けも判明

[京都新聞 2010年10月17日 11時44分]

 新憲法公布を記念して京都市民3万人が踊ったとされる「平和おどり」が、公布日にあたる11月3日に同じ会場の円山公園(東山区)で63年ぶりに再現される。踊りに参加した女性が手がかりを探していることを紹介した本紙夕刊記事がきっかけでレコードが見つかり、振り付けを覚えている人も名乗り出た。女性は幅広い参加を呼び掛けており、「踊ることで平和を見つめ直してほしい」と話している。
 平和おどりは新憲法の普及を目的に京都新聞社が紙面で歌詞を公募した。作詞家西條八十や歌人吉井勇らが審査し、公布翌年の1947年5月に円山公園で発表会が開かれた。そこで踊った中京区の川井禎子さん(79)が「あの開放感をもう一度味わいたい」と、本紙を通して資料や証言を求めていた。
 レコードは山科区の収集家、井元清さん(75)が保管していた。記事を読んだ井元さんがCDに録音し、川井さんに提供した。
 振り付けは東山区で料理店を営む生田邦枝さん(73)がほぼすべてを覚えていた。当時は小学4年。複数の学校の児童でつくっていた「教育舞踊研究會」の一人として、円山公園での発表会に参加していた。「進駐軍のキャンプでも踊った。軽やかな動きが忘れられず、歌は最近もよく口ずさんでいた。まさか再び踊れるとは」と喜ぶ。
 踊りの参加希望者は川井さんの知り合いを含め約100人に膨らんだため「平和おどり普及会」を発足、練習を重ねている。
 踊りの指導は当時振り付けを担当した上方舞の楳茂都(うめもと)陸平の流れをくむ楳茂都梅衣華(うめきぬはな)さん(63)=北区=が手がける。
 3日午後3時から「憲法9条京都の会」が開く憲法集会で披露する。練習会を今月24日正午から四条大橋東詰のレストラン菊水(東山区)で開く。ともに当日参加可能。川井さんは「若者にも参加してもらい、体で当時の憲法に託した希望を感じるきっかけになれば」と話す。

ねむろ九条の会が海軍飛行場跡で慰霊

[釧路新聞 2010年10月14日]

  ねむろ九条の会が海軍飛行場跡で慰霊 悲惨な戦争の歴史を語り継ごうと、ねむろ九条の会(細川憲了代表)は11日、根室市牧の内の海軍飛行場跡で慰霊と踏査を行った。同会では初めての慰霊で、別海九条の会や一般市民ら約30人が参加、コンクリートが生々しく残る滑走路跡や飛行機が避難する掩体(えんたい)壕などを訪れ、戦争の傷跡を心に刻み非戦を誓った。

根室の牧の内飛行場跡 市民が慰霊・踏査

[北海道新聞 10/13 14:19]

 【根室】ねむろ9条の会(細川憲了代表)が11日、市内牧の内に残る海軍牧の内飛行場跡をめぐる慰霊・踏査の会を開いた。朝鮮人労働者の悲惨な労働実態に関する生々しい証言もあり、約30人の参加者は65年前の戦争への思いを新たにしていた。
 清隆寺の住職も務める細川代表の読経に合わせて全員で合掌した後、元市議会議長の田家政一さん(81)が証言をした。根室商業学校(現・根室高)3年生の時、2カ月間、同級生30人と勤労奉仕で誘導路造りに当たった体験の持ち主だ。
 いまだに厚いコンクリートが風化せずに残る滑走路跡の上で、田家さんは「朝鮮人の人たちは自分たちの半分の重さのもっこをよろよろと運び、何でよろよろしているのかと思ったら食べ物が違っていた」などと、言葉につかえながら語った。
 昼食をはさんで近くの牧場内に残る飛行機が待避する掩体壕(えんたいごう)や、根室高校横に残る、根室駅から飛行場まで延びていた鉄道引き込み線跡なども見学した。
 道道友知・牧の内線沿いにある同飛行場跡は、存在こそ知られているが、慰霊・踏査の会が行われたのは今回が初めて。参加者の中には、計根別飛行場などの歴史を研究する別海町の関係者もいた。

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