『剰余価値学説史』はどう読めばいいのか?

『剰余価値学説史』(「1861-63年草稿」の「剰余価値にかんする諸学説」部分)には何度か挑戦していますが、まったく歯が立ちません。(^_^;)

そもそもマルクスは、何を明らかにするためにこれを書いたのか? それを考える以前に、全体の組み立てさえよく分からない。そのまま闇雲に読み始めてみても、さっぱりつかめいない。

マルクスがここはこうだと見通しをもって書いている部分と、マルクス自身が経済学者の著作と格闘している探求的部分とがあるようだ。そこを区別しながら読み進むしかないのだろうか。

まず、全体の組み立てを整理しておこう。ということで、まず『資本論草稿集』(大月書店)の目次から。

5、剰余価値に関する諸学説
 a サー・ジェイムズ・ステュアート
 b 重農学派
 c A・スミス
  年々の利潤と賃金とが、利潤と賃金のほかに不変資本をも含む年々の商品を買うということは、どうして可能であるか、の研究
  生産的労働と不生産的労働との区別
  収入と資本との交換
 d ネケール
 余論。ケネーによる経済表
 e ランゲ『民法理論…』ロンドン、1767年
 f ブレイ(J・F・)『労働の害悪と労働の救済策…』リーズ、1839年
 g ロートベルトゥス氏
 h リカードウ
  利潤、利潤率、平均価格などに関するリカードウの諸説
  平均価格または費用価格と市場価格
  表(〔手稿ノート〕574ページ)の解説
  A・スミスの地代論
  剰余価値に関するリカードウの理論
   1、労働量と労働の価値
   2、労働能力の価値。労働の価値。
   3、剰余価値
   4、相対的剰余価値
   5、利潤率
     利潤率の低下に関する法則
  蓄積論
  リカードウの雑論
   総所得と純所得
   機械
 i マルサス
 k リカードウ学派の解体
  1、R・トレンズ『富の生産に関する一論、…』ロンドン、1821年
  2、ジェイムズ・ミル『経済学要綱』ロンドン、1821年
  3、種々な論争書
  4、マカロック
  5、ウェイクフィールド
  6、スターリング
  7、J・St・ミル
 l 経済学者たちにたいする反対論〔リカードウを基礎とするプロレタリア的反対論〕
  1、『国民的苦難の根源と救済策』
  2、ピアシ・レイヴンストン、M・A『国債制度とその影響の考察』
  3、『資本の要求にたいする労働の擁護、または資本の不正賛成の証明。一労働者』
  4、トマス・ホジスキン『民衆経済学。ロンドン職工学校における4つの講義』
 m ラムジ
 n シェルビュリエ
 o リチャード・ジョーンズ

「諸学説」の目次は上のとおりだが、ノート第8冊、ノート第10冊の表2にマルクス自身が書き込んだ内容目次では、最初「c、A・スミス」のあとに「d、ネケール。e、リカードウ」と書き込んだものが消され(ノート第8冊)、「e、ランゲ。f、リカードウ。ブレイ」と書かれたものから「リカードウ」が消され、さらに「g、リカードウ。ロードベルトゥス氏…」と書かれたものから「リカードウ」が消され、と、たびたちリカードウの項目が先送りされている。このことから、マルクスは、スミスのあとにリカードウについてまとまった整理を書き付ける構想をあらかじめ持っていたこと、しかし、実際に「諸学説」の執筆が展開するなかでそれが先送りされていったこと、がわかる。

こうやって見ると、やっぱり、h リカードウの部分と、k リカードウ学派の解体、l リカードウを基礎とするプロレタリア的反対論(いわゆるリカードウ派社会主義のこと)の部分が「諸学説」の中心になるのではないだろうか。

前半の山場はアダム・スミス。ここで初めて社会的再生産の問題が取り上げられる?

しかし、重農学派の前にジェイムズ・スチュアート(1712-1780)が来ているのはどうしてだろうか? 重農学派への橋渡しという意味だろうか? どうしてマルクスは、剰余価値にかんする諸学説をジェイムズ・スチュアートから書き起こしたのか? ここがいつも一番わからないところ。

「諸学説」の冒頭で、マルクスはこんなふうに書いている。

 すべての経済学者が共通に持ている欠陥は、彼らが剰余価値を純粋に剰余価値そのものとしてではなく、利潤および地代という特殊な諸形態において考察している、ということである。このことからどんな必然的な理論上の誤りが生ぜざるをえなかったかは、第3章〔「資本と利潤」〕で、剰余価値が利潤として取る非常に変化した形態を分析するところで、さらに明らかになるだろう。

だから、少なくとも冒頭の部分は、経済学者たちが剰余価値を――純粋にではないにせよ――どう捉えているかを明らかにしている。「サー・ジェイムズ・ステュアート」と「重農学派」については、おそらくマルクスは見通しをもって書いていると思われるが、「A・スミス」になると、探求的要素が強まる。

さて、次↓は、戦前のカウツキー版の目次。戦前の『剰余価値学説史』から拾ってみた。カウツキーは、マルクスの草稿を、経済学者、経済学説の時代順に並べ替えている。

【第1巻】
第1章 重農学派とその2、3の先行者および同時代の人々
 1、サー・ウィリアム・ペティ
 2、チャールズ・ダヴィナント
 3、サー・ダッドレイ・ノースとジョン・ロック
 4、デヴィッド・ヒュームとジョセフ・マッシィ
 5、サー・ジェームズ・スチュアート
 6、重農学派の体系の一般的性質
 7、チュルゴー
 8、フェルディナド・パオレッティとピエトロ・ヴェリ
 9、アダム・スミスの重農主義的見解。彼の翻訳者ジェルマン・ガルニエ
 10、テオドール・アントン・ハインリヒ・シュマルツとグラーフ・ド・ビュア
 11、イギリスの一重農主義者
 12、ネケール
 13、ランゲ
 14、ケネーの『経済表』による社会的総資本の再生産と流通
 『経済表』への付録
  1 表における最初の2つの流通行為
  2 土地所有者と借地農業者との間の流通
  3 最後の流通行為
  4 資本家と労働者とのあいだの流通
  5 流通に必要な貨幣量
  6 商品の売られる前に労賃が前貸しされるということからする資本利潤の説明

第2章 アダム・スミスと生産的労働の概念
 1、アダム・スミスの労働による価値の規定
 2、剰余価値の発源
  (a)利潤
  (b)地代
  (c)資本利子
  (d)租税
  (e)重農学派を超えたスミスの進歩
  (f)より多くの労働とより少ない労働の交換
  (g)剰余価値と利潤の混同
 3、資本および土地所有、価値の源泉
 4、価格の労賃、利潤および地代への分解
  (a)これにかんするアダム・スミスの議論
  (b)他の著述家のこれにかんする議論
 付論
  (1)全資本の労賃および利潤への分解の問題の研究。第1設問
  (2)問題のさらに進める研究。第2の設問
  (3)資本と資本のあいだの交換およびこれにたいする価値変動の影響
  (4)収入と資本の交換
 5、生産的労働と不生産的労働
  (a)資本を生産する労働としての生産的労働の定義
  (b)商品を生産する労働としての生産的労働の定義
  (c)スミスの定義にたいする論争
  (d)アダム・スミスの前後における生産的労働にかんする2、3の見解
   (α)僧侶
   (β)商人と小商人
   (γ)弁護士、医師、役人等々
   (δ)貧民、失業者
  (e)ジェルマン・ガルニエ
  (f)ガニール
  (g)ガニールとリカードウの総収入および純収入論
  (h)フェリエ、スミスの資本蓄積論、生産的労働の新たなる定義
  (i)ラーダデールとセイ
  (j)デステュット・ド・トラシィ、利潤の成立
  (k)ハインリヒ・シュトルヒ、精神的生産
  (l)ウィリアム・ナッツソウ・シィニョア
  (m)ペレグリノ・ロッシ
  (n)トーマス・チャルマーズとアダム・スミスの2、3の見解
 付論 生産的労働の概念

【第2巻】
第1章 剰余価値と利潤
 1、リカードウの著作の構造
 2、リカードウの利潤理論
  (a)リカードウの価値の説明
  (b)利潤、利潤率、生産価格
  (c)生産価格と市場価格
   (α)リカードウの見解
   (β)生産価格と市場価格にかんするスミス
 3、リカードウの剰余価値の叙述
  (a)剰余価値と利潤
  (b)労働の量と労働の価値
  (c)労働力の価値と労働の価値
  (d)剰余価値
  (e)相対的剰余価値
 4、利潤率
  (a)利潤の量と率
  (b)一般的な利潤率の形成

第2章 地代
 1、ロードベルトゥス
  (a)農業と工業
  (b)ロードベルトゥスにおける問題設定、農業における原料
  (c)価値、生産価格および地代
  (d)ロードベルトゥスの地代論の批判
  (e)批判の続き――3つのロードベルトゥスの定式
   (α)第1の定式
   (β)第2の定式
   (γ)第3の定式
  (f)差額地代
  (g)雑
  (h)リカードウにかんするロードベルトゥスの見解
 2、いわゆるリカードウの法則の発見と歴史にかんする注意
  (a)アンダーソンとマルサス。ロッシャー
  (b)絶対地代と差額地代
  (c)1641年から1859年にいたる穀物価格の運動
  (d)アンダーソン地代論
  (e)地代論にかんする種々の著者
 3、リカードウの地代論
  (a)種々な地代論の核心
  (b)リカードウの理論の歴史的諸条件
  (c)農業における価値と生産価格
  (d)リカードウによる地代の説明
  (e)豊穣な土地への移行による地代の変化
   (α)地代の量の変化
   (β)差額地代の諸変動
   (γ)リカードウの正常的場合の叙述
   (δ)リカードによる彼の正常的な場合の叙述
  (f)スミスの地代論にたいするリカードウの批判
  (g)アダム・スミスの地代論
   (α)価値、価格および地代
   (β)常に地代を生ずる土地生産物
   (γ)時には地代を生じ、時には生ぜざる土地生産物
   (δ)2種の土地生産物の価値の関係における諸変動
  (h)生産価格と地代
  (i)地代と利潤率の低落と
   (α)リカードウの諸前提の検討
   (β)この場合にかんするリカードウの所説
 付録 価値変動の、資本の有機的構成におよぼす影響

第3章 資本蓄積と恐慌
 1、単純再生産
 2、収入の資本への転化
 3、蓄積された剰余価値の可変資本および不変資本への転化
 4、恐慌
  (a)恐慌の原因
  (b)商品の過剰生産と資本の過剰
  (c)購買と販売の統一、生産過程と流通過程の統一
  (d)全般的過剰生産と部分的過剰生産
  (e)生産の拡張と市場の拡張
 5、蓄積と消費
第4章 雑
 1、総所得と純所得
 2、機械
  (a)リカードウの見解
  (b)バートンの見解

ちなみに、『剰余価値学説史』というのは、カウツキーが編集・発行するときにつけた表題。『資本論』を刊行し続けていたマイスナー社との関係で、『資本論』とは別の書名をつけざるをえなかったからだと言われている[1]

マルクス自身がつけた表題は「剰余価値にかんする諸学説」。ただし、このタイトルは、『経済学批判』の続巻として、『経済学批判』の「A 商品の分析の史的考察」「B 貨幣の度量単位にかんする諸理論」「C 流通手段と貨幣にかんする諸理論」の続きのつもりでつけられたもの。しかし、書いているうちに、狭い意味での剰余価値にかんする「諸理論」ではすまなくなって、再生産論なども論じられることになった[2]

そして、『資本論』では、『経済学批判』のように商品、貨幣、剰余価値のそれぞれについて、それぞれの理論的展開のあとに学説史をつけるというスタイルをやめて、『資本論』第4部として学説史をとりあげるという構想に変更された。しかし、「61-63年草稿」の「剰余価値にかんする諸学説」は、その第4部の草稿として書かれたものではない。もちろん、もしマルクスが『資本論』第4部を書いていれば、そのときには執筆の材料として「剰余価値にかんする諸学説」を利用しただろう。しかし実際には、マルクスは『資本論』第4部としての学説史にかんする草稿を何も書いていない。このことも、「剰余価値にかんする諸学説」を読むときのポイントだろう。

  1. 『剰余価値学説史』はディーツ社刊。 []
  2. そこらあたりの変転を読み取ることも、『剰余価値学説史』を読み解くカギになるだろう。 []

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