言葉だけでなく、資料と道理にもとづいた論立てが必要

われわれの意思が「微動だにしない」は当然だが、問題は、「ロシアによる占拠に根拠はない」「国際法的な評価は変わらない」と口でいうだけでなく、日本側の立場をきちんと国際法的な資料と道理で裏づけることだ。

北方領土、「われわれの意思は微動だにしない」 前原外相:AFPBB News

残念ながら、サンフランシスコ講和会議では、日本が放棄した千島列島には国後・択捉も含まれるということで話が進んでしまった。それは吉田首相も認めていた。だから、それを覆して、「ロシアによる占拠には根拠はない」というためには、「南千島は千島に含まれない」などという「言い逃れ」ではなく、しっかりとした根拠を示さなければならない。

また、日本政府はあずかり知らぬ問題だが、ヤルタ協定で米英は千島列島のソ連への「引き渡し」を認めているし、マッカーサーは歯舞・色丹を含むソ連の千島占領を認めたという経過もある。そういう日本に不利な資料についても、しっかりとした論立てをして「ロシアによる占拠に根拠はない」といえなければ、とても領土交渉にはならない。

ロシアが「第2次世界大戦の結果」を論拠として繰り返し強調しているのだから、ここんところで論立てをしっかりやらないと、とても太刀打ちできない。ロシアにとっては、何を言われても痛くも痒くもないということになる。ロシアがすぐに領土返還に応じるとは考えにくいが、それでも、ロシアに、これは反論しなければならないと思わせるような、相手の弱点を突く論立てが必要だ。

ロシアの極東開発への経済的援助を取り引き材料にして何とかしようというのでは、自民党時代と何も変わらない。それでは、いつまでたっても領土問題の解決は不可能である。

北方領土、「われわれの意思は微動だにしない」 前原外相

[AFPBB News 2011年02月10日 16:49 発信地:東京]

【2月10日 AFP】前原誠司(Seiji Maehara)外相は10日午前、11日からのロシア訪問を前に記者会見し、北方領土について「われわれの意思は微動だにしない」と述べた。
 前原外相は、「北方領土は国際法的にみて日本固有の領土であり、ロシアによる占拠に根拠はない」と指摘し、「(ロシアの)要人が何人訪問しようが、軍事的なプレゼンスを強めようが、国際法的な評価は変わらない」と述べた。
 菅直人(Naoto Kan)首相は7日、ドミトリー・メドベージェフ(Dmitry Medvedev)露大統領が前年11月に国後島を訪問したことは「許し難い暴挙」だったと発言。メドベージェフ大統領は9日、問題の島々は「ロシアの分離不可分の領土で戦略的な地域」であるとして、同地の軍備増強を命じていた。
 一方、枝野幸男(Yukio Edano)官房長官は10日午前の記者会見で、「ロシア軍の活動は活発化の傾向があり、引き続き関心を持って注視したい」と述べるとともに、日本は北方領土への主張を維持しつつ、両国間の諸合意に基づきロシアとの間で平和条約締結を目指すと語った。

国際社会に向かって日本の領土要求の正当性をきちんと裏づけられる論立てなしに、「われわれの意思は微動だにしない」とか「許しがたい暴挙」(菅首相、7日、北方領土返還要求全国大会で)とか、表面的に強硬な言葉だけを繰り返すというのは、外交としては愚の骨頂。国内向けの都合に合わせて、政権指導者が外交問題を語るのは、まったくの外交音痴、下の下である。

菅首相:「許し難い暴挙」露大統領の北方領土訪問に:毎日新聞

菅首相:「許し難い暴挙」露大統領の北方領土訪問に

[毎日新聞 2011年2月7日 13時02分(最終更新 2月7日 13時43分)]

 菅直人首相は7日、東京都内で開かれた「北方領土返還要求全国大会」に出席し、「昨年11月のメドベージェフ露大統領の北方領土、国後島訪問は許し難い暴挙で、直後のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会談の際に行われた私とメドベージェフ大統領との会談においても強く抗議した」と語った。首相は領土問題を解決してロシアと平和条約を締結する姿勢を改めて強調したが、「暴挙」との発言にはロシアから反発が出そうだ。
 大会には、10日からロシアを訪問する前原誠司外相、沖縄北方担当相を兼務する枝野幸男官房長官や北方四島の元島民らが出席。外相は「できるだけ早く返還させるため、政治生命を懸けて努力する」と語った。
 同大会は内閣府などの主催。択捉以南の北方四島を日本領土と確認した日露通好条約が1855年2月7日に締結されたことから、政府は2月7日を「北方領土の日」と定め、毎年この日に全国大会を開いている。【宮城征彦】

日露間の国境を画定させたというなら、なぜ1875年の千島・樺太交換条約(1875年5月7日締結)を問題にしないのだろうか。同条約によって、日露間の国境は平和裏に最終的に画定されたのであって、日露通好条約は、そこにいたる中間段階的な条約だった。その後、日本が南樺太を獲得したのは、もちろん日露戦争に勝って日本がぶんどったものなのだからで、第2次世界大戦の結果、日本がロシア(ソ連)に返還したのは当然だ。

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