エジプトはどこへ向かうか

ムバラク大統領が失脚したエジプト。とりあえず権力を掌握した軍は、憲法を停止し、議会を解散した。ムバラク体制を支えてきた憲法と議会なのだから、それは当然のことだろうが、しかし、内閣は、ムバラク前大統領が1月31日に任命したシャフィク内閣がそのまま居座っている。そして全権を握った軍そのものが、実はムバラク体制を支えてきた一番の立役者なのだから、民主化を求める改革は、まだ第一歩を踏み出したばかりといえる。

すでに、カイロ市内では賃上げを求める集会やデモ行進が始まっているし、銀行員による幹部追放要求も出されているようだ。こうした動きに、軍がどう対応するのだろうか。

カイロで政府職員ら大規模デモ:徳島新聞
エジプト軍警察 広場に残る抗議行動参加者に対し強硬策も辞さず: The Voice of Russia
エジプト:熱気冷め、不協和音 警官隊デモに市民怒声:毎日新聞
エジプト:待遇改善求め警官らがデモ:毎日新聞
エジプト:景気刺激策を取りまとめへ―停滞する経済の活性化目指す:Bloomberg.co.jp
民主制度を機能させられるか―全権掌握のエジプト軍部:WSJ.com
憲法停止、議会も解散=政権保持は6カ月―市民生活、正常化へ・エジプト軍政:時事通信

カイロで政府職員ら大規模デモ

[徳島新聞 2011/2/14 21:08]

 エジプトのムバラク政権崩壊を受け、カイロで政府系企業の職員や警官らが大規模なデモを行った。

エジプト軍警察 広場に残る抗議行動参加者に対し強硬策も辞さず

[The Voice of Russia 14.02.2011, 11:56]

 14日、TV「アリ-アラビヤ」が伝えたところでは、カイロ市内の治安を担当しているエジプト軍警察は、タフリール広場に残った抗議行動参加者達に対し、直ちにその場を立ち退くように求め、さもなければ逮捕すると警告した。
 11日ホスニ・ムバラク大統領は辞任し、権力をフセイン・タンタウィ国防相を長とする最高軍評議会に委譲した。軍はすでに、合法的な文民政権に取って代わる意向を明らかにし、公正かつ自由な選挙及び憲法にのっとった改革の実施を約束した。
 13日、ムバラク体制に対する抵抗の中心地となったタフリール広場では、車の通行が再開され、軍人達は、テント村を撤去しバリケードを片付け、抗議行動参加者らに広場から出、自宅に戻るよう求めた。しかし、一部の人々は広場に残り、最高軍評議会に対し、自分達の出した要求を直ちに遂行するよう強く主張している。
 また13日、カイロやエジプトの諸都市では、賃金値上げや労働条件改善を求めて、多くの労働者、銀行員、ジャーナリストさらには警察官らが、街頭に出た。 エジプト国内の社会的経済的緊張は、25日に始まった大規模な騒乱を引き起こし、その結果、少なくとも300人が死亡、およそ5000人が負傷した。

エジプト:熱気冷め、不協和音 警官隊デモに市民怒声

[毎日新聞 2011年2月14日 東京夕刊]

 【カイロ鵜塚健】市民のデモの力でムバラク前大統領の独裁体制を倒した「革命」から2日たった13日、カイロの熱狂の温度は徐々に下がり始めている。タハリール広場から去るべきか去らざるべきか、議論を続けるデモ隊を軍が押しのけ、車を通し始める。デモ隊を弾圧した警官らは市民との和解と待遇改善を求めデモ行進。ムバラク政権から任命された幹部の追放を求め、銀行員らはストを決行した。改革への熱い思いの次の矛先を探しあぐね、カイロは戸惑っているように見える。
 「政治犯の釈放が先だ」。広場に居座りを決め込んだデモ参加者が排除しようとした兵士にくってかかる。小競り合いになり、兵士が棒を振り回した。軍と市民が衝突するのは初めてだ。軍は市民が泊まり込んでいたテントの撤去作業を開始した。「新しい国づくりに向け、当面軍を信じていいのではないか」(食堂経営、マフムードさん)との声もあるが、軍主導の暫定統治でムバラク一派が居残るのではないかと疑問を呈する人もいて、果てしない議論が続く。
 地元メディアによると警官隊が隊列を組み賃上げを求めてデモを始めた。「市民と警察は手を携えている」。つい先日まで、デモ隊に催涙弾を撃ち、暴行した警官隊の主張に、「非人間的な行為をやったのはおまえらだ」と市民から怒鳴り声があがる。「すべて上からの命令でやったんだ」。あまりの怒りの激しさに泣き出す警官もいる。軍はデモを解散するよう指示し威嚇射撃した。内務省前に移動した警官らにワグディ内相は、「チャンスがほしい」と待遇改善への努力を約束した。内相は警官らが市民への暴行で訴追されないことも示唆した。
 広場では銀行員らが「(幹部は)去れ」と大声をあげる。ムバラク前大統領に指名され、高額な報酬を得る幹部への不満が爆発したのだ。教職員組合の男性らが「権力にコントロールされるのはごめんだ」と叫んだ。
 ムバラク前大統領を倒して自由を得ることでは一致していた市民の次の目標は多様だ。一体感を取り戻そうと、デモ隊は18日の金曜礼拝の日に「勝利の行進」を予定している。

エジプト:待遇改善求め警官らがデモ

[毎日新聞 2011年2月14日 22時38分(最終更新 2月14日 22時45分)]

 【カイロ樋口直樹】ムバラク政権が崩壊したエジプトで14日、首都カイロを中心に国営企業職員らによる待遇改善要求デモが続発した。銀行や交通、観光分野をはじめ、警察官もデモに加わった。実権を握る国軍最高評議会が労働組合や職能団体の集会を禁じる動きに出る、との報道もある。デモには郵便、メディア、繊維、鉄鋼分野の職員らも参加している模様。同評議会は市民生活の正常化を急ぐ方針を示している。

◇平静戻る…タハリール広場

 【カイロ伊藤智永】タハリール広場は、ムバラク前大統領の辞任から3日目の14日、反政府派市民の看板などがほとんど撤去され、車の流れも元の状態にほぼ復旧した。見物に訪れる市民は多いが、主張や抗議する姿は影を潜め、反政府派市民を弾圧した警官たち数百人が待遇改善を訴えて広場に繰り出した時も、見守るだけだった。
 警官たちは隊列を組み、市内各所から内務省まで「市民と警察は一体だ」と叫びながら、勤務時間短縮や賃上げを要求。デモ弾圧の際に亡くなった同僚の顔写真を掲げ「我々は誰も殺していない」と主張した。
 13日のデモでは沿道から怒声も浴びたが、市民からは「彼らにも立場がある」など容認する声も聞かれた。

エジプト:景気刺激策を取りまとめへ―停滞する経済の活性化目指す

[Bloomberg.co.jp 更新日時: 2011/02/14 15:09 JST]

 2月14日(ブルームバーグ):アシュラフ・アブデルワニスさんには、エジプトのムバラク大統領を辞任に追い込んだ数万人規模の反政府抗議デモに参加する相当の理由があった。39歳の彼は、5年前に砂糖工場の職を失い、今は主に妻の月給50ドル(約4200円)と母親の年金で暮らしている。
 約3週間に及んだデモの中心地、カイロのタハリール広場で取材に応じたアブデルワニスさんは「エジプト人家族の栄養素は豆料理が主体で、週に1度でも野菜料理を作れればラッキーなんだ」と話した。
 ムバラク氏が退いた今、アブデルワニスさんのように貧困ラインの近くにあり、苦境を強いられている人が国民の40%を占めていることが、社会不安の拡大回避に必要な雇用創出を図る景気刺激策の策定をラドワン財務相に急がせている。国内および外資系の企業はエジプト軍最高評議会による暫定統治が終わるまでは投資を渋るとみられるため、刺激策はそうした影響も埋め合わせる必要がある。
 国際労働機関(ILO)でシニアエコノミストを務めたラドワン財務相は12日の電話インタビューで、「雇用に密接に関わる刺激策が必要だ」と述べた。
 バークレイズ・キャピタルのエコノミスト、アリア・マウベイド氏(ロンドン在勤)と投資銀行CIキャピタルの調査ディレクター、モナ・マンスール氏(カイロ在勤)によれば、景気刺激策に伴う歳出により、エジプトの財政赤字の対国内総生産(GDP)比率は昨年の8.1%から拡大し、政府の借り入れコストは上昇する可能性がある。2020年4月償還の国債利回りは先月、過去最高の7.2%に急上昇した。それでも政策当局者は、抗議デモの引き金の一つとなった約9%の失業率を押し下げるためには受け入れ可能な代償だと判断する可能性がある。

民主制度を機能させられるか―全権掌握のエジプト軍部

[WSJ.com 2011年 2月 14日 10:08 JST ]

 2週間にわたる政治的な混乱のあと、11日首都カイロを管理下に置いたエジプト軍部に対しては、デモ隊から称賛され、米政府もそのプロ意識を高く評価されるなど評判は上々だ。しかし、これからの問題は、同軍部が今後、アラブ世界で最大の人口を擁するエジプトを前人未踏の領域でうまくやれるか、つまり民主的な政治制度を機能させられるかどうかにある。
 米政府当局者の中にはエジプトが今後、政治的に不安定になるのではないかと不安を抱いている向きがある。一部の米軍事情報当局者は11日、ムバラク大統領の追放の結果、ムスリム同胞団ないしその他のイスラム集団がエジプトを支配するのではないかとの懸念を表明した。大半の国防当局者は、エジプト軍部がどのような役割を演じるのか、また軍部が野党指導者を暫定移行政権に引き入れるのか、正確に知る方法が皆無だと述べた。
 しかし多くの米国防当局者は、軍部が前向きの役割を演じ、最終的には民主的な政権を樹立させるのではないかと期待している。ある米高官は「軍部は地歩を固めなければならない。軍部が向こう数カ月間で何らかの形で統治形態を継続する唯一の機関だからだ」と述べた。
 エジプト政変以前、軍部の評判は下降していた。1960年代と70年代の2度にわたるイスラエルとの戦争の後遺症に悩み、ムバラク大統領が介入して軍部のトップを頻繁に入れ替えていたからだ。
 しかし今回の政変で判断を誤った政府とは対照的に、軍部は巧妙な政治手腕を発揮した。デモ隊とムバラク大統領を同時に保護する綱渡りをやってのけたのだ。
 エジプト軍部と陸軍元帥のフセイン・タンタウィ国防相は10、11日の両日、デモ隊の行動を称賛する言葉を送り、民主運動にはずみをつけた。カイロの外交筋によれば、政治的な危機の高まりの中で、同国防相は抗議行動の震源地であるカイロ中心部のタハリール広場を訪問し、軍部が指導者たち(ムバラク政権)の守護者ではなくエジプトの守護者として行動すると約束した。ある西側外交筋は「それまで、われわれは軍部が政権を擁護するために出向くと想定していたが、実際には国民全体を保護すると決意していたようだ」と語った。
 エジプト軍部は同国経済の中で、伝統的な軍需工場のほか、養鶏農場から水道会社、不動産に至るまで、膨大な利権を所有している。エジプトの州知事の大半は退役将軍だ。こうした企業利権があるため、軍人はエジプトの標準からみれば比較的贅沢なライフスタイルを享受している。こうした利権を維持することが軍部主導の移行政権の最優先課題になるのは間違いない。
 ある西側軍事筋は「軍部は、自分たちの金の壺が保護されるよう望むだろう」と述べ、「彼らは膨大な企業基盤を保有しており、エジプトで次に何が起ころうと、自分たちの利権が分割されることのないよう保証を求めるだろう」と語った。
 ムバラク大統領は将軍たちの顔ぶれを一般国民の目にさらさないようにしてきた。国営メディアも8年ほど前に最高司令官の写真や横顔を報じるのをやめた。同大統領はまた、特定の将軍が自分の支配を脅かさないようにするため、司令官をしばしば交代させた。
 この結果、軍部の最高指導者はおおむね国民に知られなくなった。それはカイロの米国大使館の軍事アタッシェ(駐在武官)事務所で掲げられているフローチャート(流れ図)に反映されている。そこではいつもくるくる変わる上級将校の顔ぶれが書き込まれているが、そのタイトルはなんと「Who’s Who in the Zoo(動物園の人物辞典)」となっているほどだ。
 しかしそんな中でタンタウィ氏は1991年以来、国防相のポストにある。異常な長期間だが、あるエジプト人退役将軍によれば、これは同氏に政治的な野心がないためだ。タンタウィ氏は健康上問題があると広く伝えられていて、3度辞任を申し入れたが、ムバラク大統領にその度ごとに留任を求められたという。
 ただ2008年と09年の米外交公電を暴露した内部告発サイト「ウィキリークス」によれば、タンタウィ氏は軍近代化と社会改革に敵意を抱いており、ムバラク大統領に対する忠誠心があまりに旺盛なため、中堅将校から「ムバラクのプードル犬」と蔑まれているとされていた。

憲法停止、議会も解散=政権保持は6カ月―市民生活、正常化へ・エジプト軍政

[時事通信 2011/02/14-00:30]

 【カイロ時事】ムバラク大統領の辞任を受けてエジプトの政権を掌握した軍最高評議会は13日、国営テレビを通じて新たな声明「コミュニケ第5号」を出し、憲法を停止するとともに議会を解散することを決定したと発表した。また、同評議会は6カ月間、あるいは大統領および議会選挙が実施されるまで政権にとどまるとの意向を表明した。
 さらに、憲法の条項改正のための委員会を設置する方針を明らかにした。同委の構成や設置時期については不明。
 エジプトの議会には、下院に相当する人民議会と上院に当たる諮問評議会があり、ともに解散される。
 声明はまた、軍最高評議会議長のタンタウィ国防相が国内的・対外的に国家を代表する地位にあることを確認した。
 一方、シャフィク首相率いる内閣は、軍による政権掌握後初の閣議を開いた。閣議後の会見で同首相は、最優先事項は国内の治安を回復することだと述べた。
 同内閣は、反政府デモが激化する中でナジフ前内閣が総辞職をしたことを受けてムバラク大統領により1月31日に任命された。軍最高評議会は12日の声明で、シャフィク内閣が新政府発足まで職務を継続すると発表していた。
 首都カイロ市内では休日明けの13日、反体制デモの中心地となった中心部のタハリール広場で軍警察がデモ隊のテントの撤収を開始、2週間にわたって途絶えていた車の交通が再開した。広場には軍警察に抗議するデモ参加者が残り、小競り合いが起きたが大きな混乱はなく、市民生活は徐々に正常に戻りつつある。

【BGM】Beethoven: Symphony No.4 in B flat, op.60 / Wilhelm Fultwängler, Winer Philharmoniker / 1-3.XII.1952

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