現在の資本主義世界経済をどうとらえるか

『前衛』2011年4月号

『前衛』2011年4月号

日本共産党の発行する政治理論誌『前衛』4月号に、リーマン・ショック後の現在の資本主義世界経済をどうとらえるか、をめぐる2つの論文が掲載されています。

  • 高田太久吉「世界不況は終わったのか」
  • 大槻久志「金融恐慌後の資本主義をどう把握するか」

それぞれ個性的な論文だけれども、おもしろく読みました。

高田論文は、アメリカのFRBやNBER(全米経済研究所)の「不況終結論」と、それを批判するケインジアンの主張とを取り上げたもの。これらの主張は、日本のエコノミストや御用学者のみなさんが、さもよく自分で考えたかのような顔をして、オウム返ししていることが多いから、本家アメリカでどんな問題をめぐって何が議論されているかを紹介してもらえるのは、とてもありがたい。

また、とくにケインジアンの議論について言えば、日本では、財界べったりの「新自由主義」学派にたいする批判として、革新的な議論であるかのように受け止める人もいるので、彼らの議論の当たっているところと限界をわきまえておくことも大事でしょう。

そのなかでなるほどと思ったのは、

――高田氏が、今回の経済危機について、たんなる「循環的景気調整局面」ではなく、「金融市場依存型資本主義」の矛盾の発現としてとらえるとして、その特徴をいくつかあげていますが、そのなかで、企業レベルで、実物投資が停滞し、家計と政府の債務がふくらんでいるにもかかわらず、消費は伸び悩んで経済成長率が傾向的に低下し、企業は利潤確保のために賃金抑制、雇用削減、M&Aをすすめ、産業構造の急激な変化とともに、失業増加と労働分配率の低下があげられていること。

――アメリカの富裕層の富の増大は恐ろしいほど。上位10%の富裕層の全所得に占める割合は1980年の34.6%から2008年の48.2%に増加。さらに、上位1%の最富裕層の所得シェアは、同じ期間に10.0%から21.0%に拡大したそうです。
 世界の富裕投資家についてみれば、100万ドル以上の金融資産を保有する富裕層は、2009年中の世界GDPの縮小(マイナス2%)にもかかわらず、17%以上も増加。保有する金融資産の総額は39兆ドル(18.9%増)にもなっています。

――高田氏は、オスロ会議でのIMF専務理事(シュトラウス・カーン)の発言として、「失業増加は世界が目下直面している最大の危機である」という言葉を引用していること。リーマン・ショック直後からみれば「景気回復」がいわれるにもかかわらず、失業が増加しているという問題は、大槻久志氏も重視されています。

――ケインジアンにたいする批判にかんして。高田氏は、ケインジアンの財政出動・有効需要政策の限界として、それが「現代資本主義の再生産構造それ自体の病弊に手をつけない限り、企業や投資家の行動を変えることができず、したがって、企業投資の活発化、雇用と賃金の増加、持続可能な経済成長には結びつかない」と批判されています。財政出動が経済危機打開の手段になるというのは、要するに、アメリカの経済危機は「過少消費」が原因だということになるのですが、サブプライムローン一つとってみても、「過少消費」が原因だというのはアメリカ経済の現実に合わないという批判はもっともです。
 また、210〜211ページの注のなかで、高田氏は、「ケインズ的福祉国家」への回帰という問題をとりあげておられます。そのなかでは、「ケインズ型福祉国家」というのはケインズ自身の言葉ではない、という指摘もあります。わかりきったことですが、これはケインズの位置づけをふくめ、非常に大事なこと。
 さらに、「ケインズ的福祉国家」に回帰する条件として、「耐久消費財部門を始めとする主要産業で企業の積極的な投資を促す新技術と有望な投資機会、生産性上昇に見合う賃金上昇と雇用拡大を可能にする労使間合意、金融活動に対する強い規制」が上げられています。この「積極的な投資を促す新技術と有望な投資機会」をどうつくり出すかという点は、やはり大槻氏が注目する、世界資本主義の発展の可能性ともかかわって、これからの資本主義世界経済をみていくうえで大事なポイントです。「ルールある経済社会」をめざすという場合にも、そういう問題をどう考えるかは重要な点でしょう。

最後に高田氏が、問題解決の方向として、次のような点を提起されています。

――過剰な貨幣資本の運動を制御し、社会的に活用するための方策
――多くの「遊休労働者」に、社会的に有用な労働の機会を確保するための方策
――従来の規制緩和、グローバル化や「自由貿易協定」などのルールの見直し

次に、大槻論文。こちらはリーマン・ショック後の現局面をどう理論的につかまえるか、という問題を中心に、いわば大槻氏の問題意識やとらえ方をざっくり展開したという感じの論文です。

そのなかで注目されるのは、大槻氏が、失業の増大に注目されていること。これは高田論文とも重なる点だし、私たちが、日本経済の現局面をとらえていく上でも大事な視点だと思います。

大槻氏はさらに、次のように述べています。

 しかし資本主義の発展、成熟、停滞とともに事態は深刻化する。失業者は増加する一方となり、社会政策支出は財政の行き詰まりによって、失業者の貧困と飢餓を救済するにはほど遠いものになって行く。ついには失業者は餓死するか自殺するかの選択に迫られる、これはマルクス以後の資本主義の発展の結果であり、資本主義の現状における失業者の状態を示したもである…。(前衛、222ページ)

これは、『資本論』の骨格部分を述べたものなのか、それとも現代にもあてはまる問題として述べられたものなのか、はっきりしないところがありますが、これをそのまま文字通り受け取れば、「窮乏化革命」説になるではないでしょうか。

もちろん、大槻氏の言いたいことはそういうことではありません。氏も「賃金の引き下げと労働時間の長時間化など労働条件の悪化が甚だしい」「景気の循環とは独立して失業者は増大し、労働者の状態は悪化している」などとくり返し書かれていて、狭い意味での失業者だけでなく、広く労働者の状態悪化を問題にされています。労働条件の悪化や非正規雇用の拡大、さらに失業者の増加、そういうものを一体のものとしてとらえておられるので、それが「ついには失業者は…」という表現になったのではないでしょうか。しかし、そうだとしても、やっぱり労働者全体の状態悪化の問題をもう少し展開する必要があったように思います。

もう1つ、大槻氏が、「中国を中心とする新興国の急速な経済発展は世界経済をこれまでと全く新しい段階に導きつつあり、従ってわれわれは世界経済を新しい尺度で観察する必要がある」「現在世界経済に起こりつつある事態は、たんに新興国が成長してきたということではなく、世界経済は歴史的な大きな転換期にさしかかっており、新しい段階に入りつつあるのだということを自覚する必要がある」と強調されている点。「地球上最大の人口と面積を有する国がテイク・オフしたのである」などというロストウ理論を思わせる表現もありますが、ともかく「その国の国民による資本の蓄積運動が始まった」「いったん離陸すれば、労働力の最生産費さえ支払われないような法外な搾取は消滅するかあるいは緩和され、国民の一人あたり所得は増加に向かう」「離陸した新興国は……まだまだ成長を続ける」「世界経済はこれまでの在来の先進国で構成された世界経済ではなく、劇的に拡大された、真の意味におけるグローバルな世界経済になる」等々等々、その可能性を非常に大きく、かつ「新しい段階」として注目されています。

同時にそれは、「先進国にとっては現在脱出しようとしている不況の、願ってもない救世主が登場していることを意味する」わけで、そうやって考えると「グローバルには資本主義の危機はない」と断言されています。

新興国の成長が、資本主義の将来にとって大きな問題であることは、その通りだと思います。先頃、中国のGDPが日本のGDPを追い抜いたということがニュースで大きく取り上げられました。しかし、中国の人口は日本の10倍であり、GDPで並んでも、国民1人あたりでみればまだ日本の10分の1ということ。したがって、中国やインドが、国民1人あたりGDPで日本やアメリカ並みに経済発展をとげるとしたら、そこに巨大な発展の可能性が存在していることは間違いありません。

大槻氏のこの指摘について、「資本主義の無限発展論ではないか」という声もでそうですが、前にも紹介したように、マルクス自身、ヨーロッパで社会主義革命が起こっても他の地域は資本主義の上昇線をただる可能性を認めていたのだし、現在から見ればマルクスの時代はまだまだ資本主義の発展期だったという見方もされているわけですから、資本主義の発展の可能性をきちんと見ておくこと自体は、決して「無限発展論」ではないと思います。

しかし、大槻氏の議論では、それと、先ほど取り上げた「窮乏化革命」論のようなものとが、2つばらばらに柱立てされていて、新興国、発展途上国を中心とした世界資本主義の発展そのものにどんな矛盾が含まれるのか、ということが十分掘り下げられていないと思います。

たとえば、新興国が、欧米、日本並みに経済成長を遂げるとともに、国民1人あたりのCO2排出量でも欧米、日本と同じように増えるとすれば、地球環境はひとたまりもありません。ですから、新興国が経済発展を遂げるにしても、それは、欧米や日本とは違ったタイプの経済発展でなければならないはず。それをどうやって実現するのか。そこに「世界経済の新しい段階」の特色が生まれるのではないでしょうか。

また、そうした新興国の経済発展を、日本国内の国民生活の向上に結びつけるにはなにが必要なのか。そこの分析もほしかったと思います。

大槻氏は、最後にTPPの問題にも言及されています。氏が、以前から、経済発展を遂げる「東アジアの共同市場化」を提唱されていることはよく知られていますが、それとTPPとの関係や如何? ということですが、氏は、「東アジア共同市場」には「アメリカを加えてはならない」という立場であって、当然、いま問題になっているTPPには反対。その理由も、短いスペースで列挙されていますが、凝縮された表現ながら、1つ1つなるほどと思います。

そのなかで、食糧確保のための農業保護に触れ、保護と同時に「ただ障壁を高くすることは経済の他のセクターに負担をかけるということでもあるから、少しでも生産性を向上し、コストを引き下げる努力も必要であろう。それは都市住民との同盟関係のためにも大切なこと」と書かれている点は大事な提起だと思って受けとめました。実際、「もうかる農業」づくりに取り組んでいる農家もたくさん生まれており、そうした人たちの努力を、食糧主権の確保や農業保護、さらには日本経済の健全な発展とどう結びつけていくのかが問われているのだろうと思います。

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