震災・津波から1週間がたちました

東日本大地震・津波から1週間がたちました。

死者が6539人になりました。16年前の阪神大震災の6434人を超えたといわれていますが、阪神大震災のこの犠牲者数は、震災後に避難先などで亡くなられた方も含んだ数字です。あのとき、1週間後に判明していた死者の数は5051人でした。

さらに1万を超える方々の安否がいまもなお不明のままです。

あらためて、今回の被害の大きさに言葉を失います。

東日本大震災、死者6539人に 阪神の被害超える – 東日本大震災:朝日新聞

僕が阪神大震災のときに、神戸に入ったのは、ちょうど1週間後でした。そのときは、電車は、阪急が西宮北口まで、阪神は青木まで通じていたと思います。西は須磨までJRが復旧していました。僕は、尼崎で調達した自転車で国道2号線を西に向かいました。尼崎、西宮、芦屋、東灘と進むにつれて、全壊した家屋が増えるなど、事態は本当にすさまじいものでした。

それでも、あのときは、1週間たったころには、被災地には被災地なりの「日常生活」の風景がありました。住民の多くは避難所にいて、まだ給水も回復しておらず、大変だったことは間違いありませんが、それでも、被災者のみなさんが給水を受けるために長い行列をしていたり、道路を救援車両がひっきりなしに走ったりしていました。何百、何千というボランティアの人たちが、毎日、電車の通っている終点から、食料品や水や救援物資を背負って、黙々と神戸の街を目指して歩いていました。神戸の市内は大変でも、大阪まで行けば、ミニスカートのお姉ちゃんが地下街を闊歩し、何でも必要なものが買えました。

でも、今回はまったく違っています。まだ、多くの被災地には、一般のボランティアが入っていける状況ではありません。避難所への日々の食料も、ガソリンや灯油も現場にはまだ届かない、そんなところが広範に残されています。それだけ、被害が大きく、広範囲にわたっているということです。しかし、被害が大きく、広範囲にわたっていることを、救援が遅れている言い訳にしてはならないでしょう。

一刻も早く、被災されたすべての方に、援助の手が届けられることを願ってやみません。

東日本大震災、死者6539人に 阪神の被害超える

[asahi.com 2011年3月18日15時16分]

 東日本大震災で確認された死者数が18日、6539人となり、1995年の阪神大震災の6434人を超えた。国内の自然災害の犠牲者としては戦後最悪。いまも約1万7千人の安否がわかっておらず、発生から8日目を迎えても犠牲者の数は増え続けている。
 警察庁が各県警からの報告を集計した結果、18日午後2時時点で死者数が6539人となった。内訳は宮城県が3860人で最も多く、岩手県は2040人、福島県は583人。犠牲者が出た地域は12都道県に及んでいる。

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