東北から見ると、律令国家の正体がよく分かる

鈴木拓也『蝦夷と東北戦争』(吉川弘文館)

鈴木拓也『蝦夷と東北戦争』(吉川弘文館)

先日読んだ坂上康俊『平城京の時代』でしばしば言及されていたので、続けて鈴木拓也『蝦夷と東北戦争』(吉川弘文館、2008年)を読んでみました。

坂上田村麻呂の名前ぐらいは日本史の授業で習いましたが、それ以上はよくわかないという人は多いでしょう。古代蝦夷というと、むしろ高橋克彦氏の『火怨』のような小説の題材というイメージが強いかも知れません。本書は、和銅2年(709年)から弘仁2年(811年)までの「征夷」(律令国家のおこなった「東北戦争」)を取り上げ、限られた史料から「征夷」戦争の具体的なプロセスや、蝦夷(えみし)の実態、そしてそもそも律令国家はなぜ征夷をおこなったか(おこなうことを必要としたか)という問題を丁寧に明らかにしています。

8世紀の日本の歴史というと、「奈良、唐にならって平城京」(710年、平城遷都)と「泣くよ、坊さん、平安京」(794年、平安遷都)は覚えていても、あとはせいぜい「三世一身法」(722年)や「墾田永年私財法」(743年)で班田収授が次第に崩れて荘園制につながるといった程度。律令国家が東北地方に徐々に支配を広げていったことは知っていても、それがどんな意味を持ったか、というのはほとんど考えたことがありませんでした。

そんな、いまいちよく分からない律令国家というものも、東北から見てみると、その正体がよく分かります。ただたんに、日本的「華夷」意識のためというだけでなく、「征夷将軍」などの位階制の意味、軍団兵士制と呼ばれる古代国家の軍隊制度、庸調による各国からの物資の動員システム、陸奥国・出羽国をつくり、そこに群を置き、公民を移民させるなど、律令国家の公民支配の仕組みが見えてきます。

「征夷」の負担は、桓武天皇の遷都とともに律令国家の財政を悪化させた2大原因となりましたが、その割に、教科書などでの取り上げ方は小さすぎると思いました。

この時代、残された史料は大和政権の側からのものに限られるので、蝦夷がどんな暮らしをしていたかなどはほとんど史料がありません。それでも、著者は、分かる限りで、蝦夷の暮らしぶりや、延暦8年(789年)の阿弖流為のたたかいなどが詳しく紹介し、彼らがけっして一方的に「征服」される対象でなかったことも明らかにしています。

この分野では、10年ほど前に工藤雅樹『古代蝦夷の英雄時代』(新日本新書、2000年[1])を読んだきりでしたが、研究がずいぶんと進んでいることを知りました。

【書誌情報】
著者:鈴木拓也(すずき・たくや、近畿大学准教授)/書名:蝦夷と東北戦争<戦争の日本史 3>/出版社:吉川弘文館/発行年:2008年/定価:本体2,500円+税/ISBN978-4-642-06313-5

  1. 絶版。現在は、平凡社ライブラリーの1冊として刊行。 []

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